森のレストラン『フレミア』
幼い少女は1人廃屋の隅で泣く。何度も何度も目を擦り、お腹の空いた腹部をさする。
なぜ泣いているのか。お腹が空いたから?見つかったら殺されるから?家族が殺されたから?一緒に生き残ったはずの友達が目の前で死んだから?
答えは少女にも分からない。ただ今は全てが悲しかった。
戦争で人が死ぬ。戦争でお腹が空く。戦争で悲しい悲鳴を毎晩聞く。その全てが少女にとっては地獄そのもので、苦痛で、悲しかった。
「なんで、こんなことになるの・・・?」
恐怖からか、追い詰められていたからか、少女は思わず声を漏らしてしまった。
「誰かいるなッ!」
「ひっ」
少女は敵軍の兵隊が近くにいるのに気づいてすぐに後悔した。
入ってきたのは『誇り』の意味を持つ十字架のシンボルを胸に掲げた礼装の男たちだった。魔法一強を主張する保守派の人間だ。男たちは入ってきて少女を見つけると一気に取り囲み、拘束魔法をかけた。
「隊長、ここにいるのはこの子供1人です」
「ふむ、逃げ遅れか?」
1人の男が報告すると、5人ほど男たちの奥からリーダーらしき男が近づいてきた。
顔立ちは若々しいが、少し荒っぽさが見え、官帽を被っているせいであまり見えないが髪色は赤に近い茶色、髪型はキリッと整えられていて、どこか清潔さを感じられる。
リーダーらしき男は威圧的に少女に問う。
「ここにいるのはお前だけか?」
少女はなす術も無くただ許しを乞うことしか出来なかった。
「や、やめて、ください・・・」
「質問に答えろ、時間はあまりかけられない」
リーダーの男が更に圧をかけて少女に質問する。
震える少女は首を横に振るので精一杯で、隅でさらに小さくなった。
「そうか」
「隊長、この娘の処遇はどうしましょうか」
「この娘も捕虜にしておけ、もう女の奴隷はいらないだろうが何かの役には立つだろう。だが俺の領地で審査を通しておけよ」
「はっ」
「い、嫌だ、嫌だ!」
少女は戦慄した。奴隷、という言葉を言われた人たちの結末を何回も見てきた。そのたびに胸が締めつけられる感覚がした。『奴隷』という言葉は少女にとってはなにに代えても聞きたくない言葉。それを次は自分が言われた。だんだん恐怖に体が染まって、動かなくなる。
男の1人が手を伸ばしてきた。
「いやだ!いやだよぉ!」
抵抗しようにも拘束魔法のせいで動けない。出来ることは必死に声を上げることだけだった。そして少女は自分に出せる最大の力を振り絞って叫んだ。
「————たすけてぇ!」
そのときだった。
—————バンッ!!!
銃声が辺りに響き渡った。
「・・・ぇ?」
「どうした!?」
隊長の男が驚いた様子で声を荒げる。すると————
「うっ・・・」
ドサッ
少女に手を伸ばしていた1人が胸を撃たれて力無く倒れた。
「なにっ!?」
「動くなよ」
「!?」
さっきまで聞こえなかった声がいきなり響き、隊長以外の慌てふためく男たちを黙らせた。
急いで少女がその声を追って目線を変えると、謎のローブを羽織りながらフードを深く被った謎の人物が、隊長の男の頭にボルトアクションライフルの銃口を押し当てていた。
「お前が西部エリア担当している捕虜回収部隊隊長コズだな?」
ローブの男が淡々とコズに質問する。それを聞いてコズは半笑いになりながら答える。
「ハッ、全く気配を感じない。探知魔法にも反応がない。いつどうやって俺に近付いたんだ?」
「答えろ」
「話はしない、か」
隊長の男は諦めたように頷き、質問に答えるように自己紹介をした。
「その名のとおり俺は祖国モーゼ国軍『保守派』少将及び捕虜回収部隊隊長、コズ・ファイエスタ本人だが、それがどうした?」
「近頃お前は捕虜の回収という名目を忘れ、自ら判断だけで住民の選別を行なっている。間違いないな?」
「なにか問題でもあるか?」
「戦争の条約として民間人の介入は“表向きでは”一切禁じられているはずだ。これは立派な条約破りだぞ」
「フハハハ、フハハハハハハハハハハハハハ!条約!条約だと!?今更そんなものを掘り出してくるのか小僧!」
「なにがおかしい?」
「馬鹿が、条約などこの戦争を名目上で互いに不利益にならないようにするために定められただけの古い綺麗事に過ぎん!いまでは両者ともに敵派閥の民間人を奴隷として扱っている!これがいまの時代の常識!この戦争において条約など当に破綻しているんだよ!」
「理解している。それ故に、我々はそれを正すために動いているからな」
「ほう?この腐った戦争の綺麗事を現実にしようと?素晴らしい志だ。そんな素晴らしい志を持って俺と相対するのであれば貴様はまず、先に条約を破っている革新派ではないのだろうな?かと言って『銃』を扱い、俺がお前のような兵士を把握していないということは俺たちと同じ派閥ではない。貴様何者だ?」
「それは伏せさせて頂こう。我々の名前が明かされるときにお前はこの世にいないかもしれないからな」
「そうか、残念だな。出来れば貴様の口から名を聞きたかったが、それは無理のようだ」
次の瞬間、コズはその言葉を合図に銃口を一瞬で払ったあと、強烈な後ろ蹴りを放つ。
「当たらない」
「舐めるな」
だがローブの男はそれを読んでいたかのように後ろにバックステップで避けたのと同時にコズの頭に目掛けて銃弾を浴びせた。それはコズの蹴りとほぼ同時。
「なるべく話し合いがしたいのだが」
「先制しておいてそのセリフか?」
しかしコズはその反撃を読み切り、銃弾を避けながら展開していた魔法陣から屋根を吹き飛ばすほどの威力の炎を飛ばし、その間に距離を詰め横蹴りを突き出した。だがローブの男は炎魔法を喰らっておらず、銃身で蹴りを受けると去なしながら銃口部分を手に持ち、柄の部分で思いきりコズを殴りつける。
「うおっ!」
「嘘だろッ!?あの隊長が正面から押されてるなんてッ!?」
「••••••凄い」
思わずコズの部下と少女が驚愕の声を漏らす。その一連のやり取りはまるで閃光のように一瞬の出来事で、周りの者から見れば目で追えないほどだった。
「ッ!ライフルの使い方間違ってんだろ!だがなぁ」
ガードしたもののコズは小屋の壁を突き破り外に吹っ飛ばされる。するとコズは相手に見えないよう体で隠していた左手の指で光魔法を銃弾のように飛ばした。
それは弾丸並みの速度で飛ばされる。並の人間では回避不可能の攻撃、その上まだローブの男はまだ銃を振りかぶっている。
「それで避けられるのか?」
「•••••••••」
そして魔法はローブの男を捉えた、はずだった————
「ほう?」
ローブの男はダメージを受けていなかった。正確には、“受ける以前に光魔法が掻き消えた”。
「ふぅむ、“俺たち”を対策しているのか、本当に初見で想定していなかったが“そいつ”のお陰で助かったのか分からんが・・・。炎が効いていないことといい、今のといい、これは中々厄介だな」
コズは目を細めてそう言った。そしてローブの男も口を開く。
「コズ、この子供を見逃してここで引け。今回僕は任務で来たわけではない」
「面白いことを言うな。じゃあなぜ俺の前に現れた?」
「・・・」
ローブの男は少し黙っていたがやがて口を開く。
「子供の声が聞こえた」
「はぁ?」
コズはしばらく呆気に取られた顔をしていた。だがその顔はだんだんニヤけ面に変わっていった。
「フハハハハハハハハ!実に面白い!その娘のために秘匿である自分の身を晒したのか!」
コズはしばらく手に顔を当てて笑い声を上げていたが、やがて笑いを収めると満足したように言った。
「良いだろう、ここは痛み分けにしといてやる。だが忘れるな、もうここは保守派の領地だ、次は無いぞ。そして次お前に会った暁には軍人として、本気で戦うと誓え」
「感謝する」
「隊長!?」
そこで声を上げたのはコズの部下たちだった。
「こちらはカルがやられてるんですよ!?痛み分けな訳無いじゃないですか!仲間の仇をみすみす見逃すんですか!?」
「なァに言ってんだお前ら、別にカルの奴は死んでねぇよ。ちゃんと死体確認したのかよ?」
「ええ!?」
部下たちが倒れた兵士の息を確認するとちゃんと息をしていた。
「本当だ!」
「知っていたのか」
ローブの男は予想外なようにコズに聞いた。
「撃たれたにしては血は出てない。それにもし仮にボルトアクションライフルでお前が本気で俺の部下を殺す気があるなら、ここまで近づかないはずだ。お前の目的が俺に話があるか、お前の撃ったゴム弾の射程の関係くらいじゃないとお前のような優秀なスナイパーがこんなヘマをするはずはない」
「僕の予想以上にあなたは賢いようだ」
「そらその逃げ遅れた嬢ちゃんを連れていけ、もう少しで他の部隊も来る」
「心得た、では失礼する」
そしてローブの男は隅にいた少女のそばまで行き、屈んで手を差し出した。
「待たせて大変申し訳ない、もうお嬢さんに危険は無い。安全な場所まで連れて行きます」
「あ、えっと、その、」
少女は目の前の男に顔を合わせられなかった。
この人が来なければ私は連れて行かれていた。助かったことによる安心感と、今までの恐怖がまだ抜け切ってないためにまだ心臓の鼓動が早くなっている。
だが、それ以上に思ったのは—————
「カッコよかった・・・」
ずっと隅から彼が戦う姿を見ていた。その間ずっと自分に背を向けて守ってくれていた。最後の攻撃も私を守るために退かなかった。その姿がとてもカッコ良くて、この人みたいになりたいと思った・・・。
「あの!ありがとう...ございます・・・!」
「っ・・・」
ローブの男は少し驚いたようだった。だがその刹那—————
「ふふ」
フードで良く表情はそんなに見えないが口元が少しほころび、左耳についていた耳飾りが小さく光ったように見えた。
「お安いご用ですよ」
そして少女は手を取り、この日の思い出を大切に胸に刻んだ。
『この人みたいになりたい』
そんな想いを添えて・・・。
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この日の出来事から2年後、『第一次魔銃戦争』は終結した。
情勢はというと、両軍共に多大な被害を出しながら最後の最後まで戦った。領地を奪い、奪われを何度も繰り返した。そして歴史に大きく刻まれると言われた大国モーゼ南部、ローメルにある首都クロス街で両軍残りの全勢力を賭けた戦いが幕を開ける。
最初は優勢だった革新派側の天秤が保守派に傾き、決着を目の前にしたと思ったその時、予想外なことが起きた。
なんと、第三勢力が現れた。
彼らは両軍が疲弊しきり、決着がもうすぐと言われた瞬間、両軍から裏切って姿を現した。両軍は突然の第三勢力に動揺しながらもなんとか抵抗するが、謀反と疲弊、そして彼らの魔法と銃を組み合わせた圧倒的な戦闘力の差で少数である彼らに両軍は鎮圧された。
彼らは鎮圧した両軍の前で、6部隊の隊長の中から更にリーダーらしき若い女性が前に出る。
その女性は墨の如く真っ黒な髪を腰まで流し、右耳にはアイオライトの耳飾りを着け、薄い青緑色の瞳、整った顔立ちをしており、西洋風の軍服の上からコートを羽織った姿をしていた。
彼女は胸のシンボルを見せて高らかにこう宣言する。
『両軍聞け!この地、“ローメル地区クロス街での戦い”の勝者は我ら『維持派』だ!この戦いの勝利を以て、これよりこの国の指揮権は我らにあり、両軍我らの指揮に従え!貴君らの身は我らが保障し、必ず祖国モーゼを公平の基に!安寧に導くと約束しよう!
これより皆が従い、この国を平和に導く我が名は“キルシスヴァルド・ラストオーダー”!『平等』の意味を持つシンボル、天秤を胸に掲げる者だッ!!!」
—————と・・・。




