第37話 バイキング王の来訪と、世界の真実
翌日。
開拓が進む港湾都市『誠街』の波止場には、異様なまでの緊張感と、それ以上に圧倒的なスケールの喧騒が満ちていた。
「しばらくぶりで御座います、誠様、イリス様。それと……ガンダルフ!」
「おれだけ呼び捨てか!! つーか、ここは『ガンダルフ港』って名前まで付いてるんだぞ!」
豪快に笑いながらツッコミを入れたガンダルフの前に立っていたのは、海を統べるバイキング王・ガッツエルグその人だった。
彼は目をシバシバさせながら、目の前にそびえ立つ、自分たちの乗ってきた借りた舟とは比較にならないほど巨大な「蒸気船」を見上げて呆然としていた。
「こ、これは……。俺たちが離れている間に、この港は一体どれほどの進歩を遂げたんだ……?」
「まぁ、その話は後だ。それより1年半も体を張って調査を続けたんだ。向こう側の成果は出たんだろうな?」
イリスが腕を組んで涼やかに尋ねると、ガッツエルグはハッと我に返った。
「おう、もちろんだ! だが、まずは腹が減ってはなんとやらだろ? 船員たちも長旅でヘトヘトだ」
「わかってるさ。船員全員にたっぷりと振る舞ってやれ!」
誠の合図で、港に用意されていた予約済みの旅館の食堂が大きく解放された。
並べられたのは、極上のジンギスカン、湯気立つ温かい料理、そして見たこともないほど色鮮やかで味わい深い酒の数々・おつまみだ。海の荒者たちは、美味い飯と酒の前に一瞬で骨抜きにされ、歓声を上げて食らいつき始めた。
部下たちを階下に残し、ガッツエルグ、誠、イリス、そしてガンダルフの四人は、二階の個室へと進み、円卓を囲んだ。
席に着くやいなや、ガッツエルグは持参した一枚の大きな地図をドンとテーブルに広げた。
その地図を見た瞬間、誠は心の中で小さく息を呑んだ。
(……なるほど)
誠街の港を地図の最上部に配置し、東領、西領、そして南のこの港。さらにその西には海があり、それを隔てて向こう側には未知の大陸が広がっている。
その地形の配置を見た誠の脳裏に、地球での知識がよぎった。
(まるで——プレートテクトニクスが織りなす、大陸移動の境界線だな。この海は、かつて大陸が引き裂かれてできた『巨大な地溝帯』の海だったというわけか)
地球の科学的知識と目の前の地形がパズルのように噛み合い、誠はこの世界の成り立ちや、向こう側の大地の状況をある程度まで論理的に理解することができた。
「んで、肝心の調査結果だが……」
地図を指差しながら、ガッツエルグが険しい顔つきで語り出す。
「不毛の地と言われていた向こう側だが、上陸した連中が言うにはな——とにかく、どこまでも果てしない草原が広がっているそうだ。多少の野生動物や魔獣はいるが、ありがたいことに人間を脅かすような『魔獣の類』は少ないらしい」
「魔獣が少ない、だと?」
「あぁ。初めて見るモンスターにも多少は出くわしたが、純粋な大自然が広がっているだけの、まさに手つかずの土地だったぜ」
魔獣が少ない広大な草原——それは開拓と農業、そして牧畜を行うにはこれ以上ない絶好の環境だった。
報告を聞き終えた誠は、深く頷くと、ガッツエルグへまっすぐ視線を向けた。
「ガッツエルグ。よくぞ1年半も命がけで調査をやり遂げてくれた。感謝する。……そこでだ、褒美として何か欲しいものはあるか?」
一国の王である誠からの「褒美の提示」。
金か、領地か、あるいは酒か——誰もがそう構えた瞬間、バイキング王は一切の迷いなく、外に停泊している鉄の巨船を指差して叫んだ。
「あの船が欲しいっ!!」
「「「……は?」」」
あまりにも直球すぎる欲求に、その場の空気が一瞬で凍りついた。
だが、隣に座っていたイリスが、ふっと妖艶な笑みを浮かべてこう言い放った。
「ほう……あの蒸気船が欲しいか。ならば、我が魔王の配下の『一将』として忠誠を誓うというなら、船の一隻や二隻、気前よくくれてやってもいいが?」
魔王の軍門に下るという条件。
しかし、目の前であの圧倒的な鉄の塊——蒸気船の大きさとロマンにすっかり魂を奪われていたガッツエルグは、プライドも何もなく、即座に叫んだ。
「よし、分かった! 今日から俺たちは魔王様の忠実な部下だ!!」
——あまりの即決ぶりに、ガンダルフが「おい王様っ、節操がなさすぎるだろ!?」と盛大に頭を抱えたのは、言うまでもない。
こうして、海の荒くれ者を束ねるバイキング王ガッツエルグは、蒸気船の魅力に一瞬で敗北し、誠たちの陣営(魔王軍)へと下ることとなった。
数日後。
イリスは転移陣を使い、魔国の中心に鎮座する魔王城の謁見の間を訪れていた。
玉座に座る魔王へ深々と頭を下げ、イリスは静かに、しかし誇らしげに報告の声を上げる。
「魔王様。誠の知恵と手腕により、かねてより南の海にはびこるバイキング一族を、我が配下に収めることに成功いたしました。つきましては、バイキング王ガッツエルグの謁見をお許しいただきたく、ご報告に上がった次第にございます」
「なに……? 海にバイキングだと?、戦もせず従えたというのか……!?」
魔王は驚きに目を見開き、一瞬言葉を詰まらせた。
「はっ。誠曰く、『そして蒸気船の迫力に勝てる男はいません』とのことです」
「ふ……ふははは! またあの男か! どこまで我を楽しませれば気が済むのだ、山田誠……!」
魔王城に、魔王の愉快そうな高笑いが響き渡る。
こうして、存在すら知り得なかったバイキング王が、正式に魔王様の前にひれ伏すという前代未聞の謁見式が執り行われることとなった。
誠の「知恵と技術」が生み出したこの衝撃の事態は、さらに人間界側を混乱の渦へと叩き込んでいくのだった——。




