第93話 ラビュリントスの守護者
建物の中から転がるように――いや、実際にころころと転がりながら出てきたのは、オーバーオールを着た白黒茶の三色の毛並みをした猫獣人の女性。
後ろ向きにぐるぐる回りながら向かいの店先まで転がっていった。
「いきなり何しやがるんだ!!こんちくしょうめ!!」
転がった勢いのまま立ち上がると、自分が飛び出してきた入り口の方に向かって威勢よく叫んだ。
江戸っ子猫?
どっかのお寺に飾られてる子かな?
しかし、そんなことは見えていないかのように、俺は足を止めることなく店前を通り過ぎようとした。
「うるせえよ!!このクソ猫が!!」
ちょうど店の扉の前に差し掛かった瞬間、その中から出てきた人物の大声が俺の鼓膜を突き破らんばかりに発せられた。
反射的にそちらに振り向いた俺の前にいたのは、見上げるような巨体の……牛?
半裸の上半身は、はちきれんばかりの筋肉に覆われ、その頭には2本の立派な角が生えている。
そして、その手には巨大な肉切り包丁が……。
ゲームで見たことあるミノタウロス……だよね?
咄嗟に距離を取って戦闘態勢を取る。
背中を掴んでいたタマちゃんが、それに反応出来ずに「わあにゃあ!」と情けない声を出してよろついた。
「タイセイ様どうしたんですか?」
ロリ様とバックスさんが不思議そうな顔で俺を見ている。
「どうしたって?!いや、ミノタウロスですよ?!」
「みのたうろす?なんでしょうか?それは?」
何それ?美味しいの?みたいな感じで頭を傾けるロリ様。
あれ?こっちでは言い方が違うのかな?
「ん?何だお前たちは?」
「喋った!!」
「タイセイ殿、落ち着いてください。さっきも喋っておりましたぞ」
「誰だお前は?それに何だ?俺が喋ったらおかしいのか?」
威圧するかのように恐ろしい顔で睨みつけてくる喋るミノタウロス。
「お前らもあいつの仲間なのか?それならまとめて相手してやるぞ?」
あいつというのは三毛猫の事だろう。
仲間でも何でもないが、村の中で魔物と出会った以上、倒さなくては村の人に被害が及ぶ。
俺は腰の剣に手をあて――
「はあ?!そんなやつらなんて知らねえよ!!この馬鹿牛があ!!」
おい!三毛猫!!
これ以上こいつを挑発するんじゃない!!
無差別に暴れまくったらどうするんだ!!
「何だとこのドラ猫が!!」
ほら怒ったじゃんか!!
「よくもうちの店でワイルドカウ料理なんて注文しやがったな!!」
ワイルドカウ?
『ワイルドカウ
成長すると体重が1トンを超える大型の野生獣。
見た目は牛に近く、普段は温厚な性格だが、非常時には獰猛な一面を見せる。
その肉はとても美味とされている』
説明ありがとう。
「ハッ!!それなら最初から、うちは牛がやってる店なんで、同族料理は置いていませんって書いておきやがれ!!」
「てめえ!!」
煽り散らかす三毛猫。
今にも爆発しそうなほどに怒り心頭なミノタウロス。
ん?店?料理?
「タイセイさん……」
いつの間にか、また俺の背中に張り付いていたタマちゃんが俺の背中をぎゅっと引っ張る。
「多分、勘違いしてると思うんですけど……その人は魔物じゃないですよ」
「……はえ?」
「その人は、牛獣人の方です……見た目は、その、アレですけど……」
……牛?獣人?
このミノタウロスが?
そおっと視線を店の方にやると――
《ミノスのベジタリアン料理店》
そんな看板が掲げられていた。
よく見ると、手に持っているのは菜切り包丁?でかいけど。
……俺は剣の柄にかけていた手をそっと放す。
「あ、すいません。人違いでした。えっと……あの三毛猫ですか?全然知らない人です」
三毛猫と俺を同時に睨んでいたミノタウ――牛獣人のお兄さんに頭を下げる。
「じゃあ、みんな行こうか?」
一瞬ぽかんとした顔になったミノスさん。
多分、ミノスが名前だよね?
みんなを促してこの場から逃げ出そうとした時――
「タマキ……様?」
三毛猫がそんなことを口走った。
え?知り合い……なの?
タマちゃんがびくっと体を震わせたのが背中越しに伝わってくる。
どうやらタマちゃんにも心当たりがありそうだな。
ん?今、タマキ――様って……。
「やっぱりお前らもあのクソ猫の仲間だな!!」
ミノスさんが菜切り包丁を振り上げて俺の方へ突進してくる。
「ちょ!待って!!本当に無関係だから!!」
――バキッ!!
俺の横を風が通り過ぎたかと思った瞬間、ミノスさんは凄い勢いで店の中まで吹っ飛んでいった。
そして目の前で仁王立ちしている三毛猫。
「大丈夫ですかタマキ様!!」
振り返って俺の背中で丸まっているタマちゃんに声をかける。
「タマちゃん?」
「違います!!私はタマキなんて名前じゃないです!!」
「え!?タマキ様はタマキという名前ではなかったのですか?!」
「なんと?!私もずっとタマキが本名だと思っておりました!!」
逃げようとしたタマちゃんの逃げ場を封じたのはまさかの味方であった……。
もう諦めな。
「てめえ!!」
怒声と共に店の中から突進してくるミノスさん。
あれだけ派手に飛ばされたのに、見た感じダメージはなくピンピンしている。
突進の勢いを乗せたパンチが三毛猫を襲う。
「ああん?!」
三毛猫はそれを簡単そうに両手で受け止めると、その衝撃で周囲に衝撃波のような突風が巻き起こった。
大きな体格差があるにも関わらず、その場で受けきった三毛猫。
しかしミノスさんの追撃の左拳までは受けきることが出来ずに、ギリギリ受け止めた右手ごと顔面を殴られ、後方に大きく吹き飛ぶ。
だが空中で3回転して着地すると同時に地面を蹴り、一気にミノスさんのボディへと蹴りを放った。どうやら飛ばされたのではなく、自分から後ろに飛ぶことで拳の勢いを殺したようだった。
鋭い蹴りをぎりぎりのところで腕をクロスして防御したミノスさんだったが、踏ん張った身体ごと地面を滑っていき、2メートルほど後方へと押し込まれた。
「やりやがったなクソ猫があ!!」
「うるせえ!!それはオイラの台詞だこの馬鹿牛!!」
まるで天下一武闘会の様な激闘を俺たちはただただ見ているしかなかった。
これがこの村が自警団だけで成り立っている理由。
身体能力の高い獣人が多くを占めるこの村では、普通の三毛猫とベジタリアンの料理人でさえも高い戦闘能力をもっているのだ。
「……行こっか?」
「そう、ですわね」
俺たちは部外者、俺たちは部外者、俺たちは部外者……。
「あ!タマキ様どちらへ!?」
どうして猫獣人はこうも空気が読めないのだろう……。
猫だからか?




