14話ー1:カートの先に待つ出会い
昨夜、占奈さんと長電話をした。
占奈さんの声が電話越しに耳に響くたびに、僕の心臓が軽く跳ねるのを感じた。その声はまるで優しく耳元で囁かれているようで、胸の奥がじんわりと温かくなり、同時に緊張が肌をチリチリと刺す。何度も深呼吸してみたけれど、そのたびに彼女の声が胸の鼓動を速めた。
夏休みの予定を話し合ううちに、僕たちは次のデートの日を自然と決めていた。4日後、また占奈さんに会えるという事実に、胸が熱くなり、心の中で何度も彼女の顔を思い浮かべた。
ベッドに横たわりながら、占奈さんの楽しそうな声が耳に残り続け、僕の頭の中をぐるぐると回っていた。枕の柔らかさを感じながら目を閉じても、彼女の笑い声が遠のかず、眠れないまま夜が更けていった。
朝、目覚めたときもその余韻は消えず、胸の中でワクワク感が膨らみ続けていた。占奈さんへの想いが不意に溢れ出し、心臓がまたドキドキと騒ぎ始める。鏡に映る自分を見て、「どんな服を着て行こうか」と考えた。頬が少し赤くなっているのを見て、自然と笑みがこぼれた。
今日は少し浮かれていた。髪も、いつもより丁寧にセットしようと決めた。櫛が髪をすく音が耳に心地よく、いつもは気にしない髪の流れまで細かく整えた。全ては占奈さんと会う日が近づいているから。心が浮き立つようなこの感覚に、自然と足が軽やかになるのを感じたが、無意識にスキップしてしまいそうな自分を少し抑えながら、次に会う日を楽しみに待っていた。
突然、玄関からお父さんの声が響いてきた。
「おーい、もう出かけるぞー!」
その声は家中に響き渡り、僕はふっと現実に引き戻された。夢の中のような心地よさが消え去り、今度は急いで準備をしなければならない。
「いま行くよ!」
僕は慌てて身支度を整える。今日は家族でバーベキューをする予定の日だ。占奈さんとのデートを楽しみにしながらも、家族との一日をどう過ごすか考えながら、心が揺れ動くのを感じていた。
お父さんの提案で、スーパーに買い出しに行くことになった。僕の胸の中でドキドキが高鳴り続けていた。占奈さんがこの近くに住んでいることを知っているからだ。これまで家族に占奈さんのことを話していないし、家族もまた占奈さんのことを知らない。もしスーパーで彼女に出会ったらどうしよう――不安と期待が交錯し、胸の中でグルグルと渦を巻いていた。
車に乗り込むと、お父さんはいつものようにラジオをつけ、リズミカルな音楽が耳をくすぐった。お母さんは助手席で買い物リストをチェックしている。後部座席からは、妹の菜那が楽しそうに鼻歌を歌っている声が聞こえてきた。車内には家族の温かな雰囲気が漂い、僕はその中で一人、心の中に密かな緊張を抱えていた。
スーパーに到着し、車を降りると、僕たちはカートを押しながら店内を歩き始めた。冷房の涼しい風が肌を心地よく撫で、夏の蒸し暑さを忘れさせてくれる。平日にもかかわらず、多くの家族連れや買い物客が賑わっていて、色とりどりの果物や野菜が鮮やかに並び、視界に活気が満ちていた。
「直生、今日は特別だから、何か欲しいものがあったら言っていいぞ」
お父さんが笑顔を向けてくる。普段ならここで何かをリクエストするところだが、今日はそうもいかない。僕の頭の中は占奈さんのことでいっぱいで、何を買いたいのかすら思い浮かばなかった。
「うーん、特にないけど……」
曖昧な答えが口から出てしまう。すると、妹の菜那が横目で僕をちらっと見てきた。
「お兄ちゃん、何か隠してるでしょ?」
にやりと笑う菜那の視線が鋭く突き刺さる。焦った僕は咄嗟に否定する。
「そんなことないよ」
けれど、その言葉はどこかぎこちなく、声が少し上擦っていた。菜那の鋭い勘は侮れない。僕の胸の内を見抜いているのではないかという不安が、さらに僕の緊張を募らせた。家族の温かさが漂う中で、僕の心臓は小さな鼓動を刻み続けていた。
僕たちは次々と必要なものをカートに詰め込んでいく。新鮮な野菜に冷えた飲み物、それからたっぷりのお肉。準備は順調に進んでいたが、僕の心の中は次第に落ち着かなくなっていた。
頭の中では、占奈さんのことが離れない。まさか、この近くで会うなんてことが本当にあるだろうか?いや、そんな偶然は――。
でも、もしも――。
そんなことを考えているうちに、胸の鼓動が早まっていく。心臓がドクン、ドクンと大きな音を立て、手に持っているカートの冷たさが指先にじわりと伝わる。
突然、視界の端に見覚えのある姿が飛び込んできた。
僕の心臓が一瞬で高鳴る。
それは――間違いない。うす紫のワンピース、軽く結ばれた髪――。
僕はその場で足が止まり、息を呑んだ。視界がぼんやりと滲む。耳の奥で自分の心臓が鳴り響く音が、周囲の喧騒をかき消していく。
僕の心の中で一気に感情が溢れ出し、思わず声が出てしまった。
「占奈さんだ!!」
その瞬間、胸の奥からじんわりと温かさが広がり、僕の顔には自然と笑みが浮かんだ。