3章 剣の舞姫-5
背後で轟音を上げながら、塔が崩れる音がする。立ち上る土煙は、風魔法で反対側に逃がしてやった。
「な、なんだ貴様! 娘をどうするつもりだ!」
でっぷり貴族が激昂している。こいつ、エルデの父親なのか。
「学校に連れて帰る」
「何の権利があってそんな戯れ言を! エルデの使い道は既に決まっているのだ。余計なことはしないでもらおう。魔法の使えん王族に役割を与えてやろうというのだ、ワシの寛大さに感謝してほしものだな」
不遜な態度はいかにも下っ端王族という感じだな。エルデの継承順位はかなり下の方らしいので、彼もまた直系からは離れているのだろう。色々と画策しているのだろうが、オレには関係のないことだ。
「お父様、彼が来なくても、なんとかして自分で出て行くつもりでした」
「…………なるほどな、男か。やはり学校になどやるべきではなかった。一家の恥をさらしただけだ!」
「ち、違います!」
必死で否定するエルデだが、男は聞く耳をもたない。
勘違いされたままというのは、オレとしても癪だな。
「女としてのエルデに興味などない」
「さすがにそこまで言い切られるのも……いえ、かまわないのだけど……」
エルデが一瞬むっとした表情を見せたが、そこに気を遣っている場合ではない。
「ただ、オレが負かしたことで学校を辞めるとなっては寝覚めが悪いから来ただけだ」
「そうか、貴様が……。礼を言わねばならないな。こうして娘の道楽を止めてくれたのだからな」
「道楽ではありません! 私は本当に剣の強さを証明したいと思っているんです! 魔法が使えなくとも強いと!」
エルデは剣の柄を握りしめ、反論する。
「お前にそんなことはできはしないとわかっただろう? おとなしくワシの決めた相手と結婚しろ」
魔法至上主義者か。魔法が使える者は優れている、だから使えない者は劣っている。そんな考えだ。この国の貴族にとって、常識と言ってもよいほどに広まっている。それがいつの間にか、魔道士の方が剣士よりも強い、という話になってしまっているのだ。
「でも……」
「剣だけで主席になる。絶対に誰にも負けない。それが王立学校に入る約束だったはずだ」
そういうことか。いよいよもってこれは、オレがエルデを負かしたのが原因だな。元はといえば彼女がオレに戦いを挑んできたからではあるが、自分がトップだと証明せざるを得なかったのだろう。オレの強さは、まだ二十年も生きていない彼女達からすると、インチキみたいなものだ。少し彼女に悪いことをしたという気分にはなるな。
「たしかに魔法は有力だがな、魔法を使えれば剣士より強いということにはならんよ」
戦術レベルでの強さが王族にとってどれほど重要かはともかく、それがエルダを学校を辞めさせる条件になっているのなら利用させてもらおう。
「なんだと?」
魔法至上主義者にはこの挑発がよく効く。
「今のエルデなら、そこにいる護衛騎士など簡単に倒せると言ったんだ」
「馬鹿な。彼らは剣を持っているが、魔法も使える優秀な騎士達だ。ワシ直属の護衛だぞ」
「それでも勝てるさ。だろ、エルデ」
「勝てるわ」
話を振られたエルデはしっかりと頷いた。
それを見た護衛騎士達が気色ばむ。
「ふむ……いいだろう。安い挑発だが乗ってやる。そんなことができるなら、エルデを学校に戻してやってもいい。だが、ワシの邪魔をしたんだ。ここにいる全員を倒せなければ、貴様はワシの下で一生ただ働きをしてもらう。王立学校の学生だ、使い道はあるだろう。使えん奴だったときは、ドブさらいでもさせるさ。ついでに貴様が壊した塔の修繕費も払ってもらう。平民が一生かかっても出せないような額だ」
「話が早くて助かる」
あっさり頷いたオレにエルデの父は一瞬ひるむも、すぐに顔を怒りに染めた。
「なぜ私のためにこんな……」
騎士達がぞろぞろとこちらに来るのを横目で見ながら、エルデが訊いてくる。
「オレのせいで退学第一号が出るなんて、学校でのオレの評判が心配だからだよ」
正直、学生や学校関係者ににどう思われようと知ったことではないが、それでは一緒にいるシストラが生活しにくくなってしまうだろう。
「私自身のせいなのに……」
「それに、あんたほどの腕ならば、人材として惜しいしな」
シストラの友人候補としてな。
「なぜ学校関係者でもない貴男がそんなことを言うのかはわからないけれど、私にとって何より嬉しい言葉だわ。……ありがとう」
エルデはかすかに頬を染めるとそっと目を伏せた。
「礼を言うなら、さっさと片付けてくれ。シストラにランチまでには戻ると言ってあるんだ」
「任せて」
軽く唇を濡らしたエルデは、長いスカートをやぶって太ももの付け根までスリットを入れると、剣をすらりと抜いた。
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