3章 剣の舞姫-3
「エルダ姫だ」
「剣の舞姫……」
クラスメイト達がごくりとつばを飲み込んだ。それほどの殺気を彼女は放っている。
恨みが籠もっているわけではない。ただ、本気であることを示すために剣気をぶつけてきているのだ。
その立ち姿だけでわかる。かなりの使い手だ。
「有名人なのか?」
オレの問いに首をかしげたシストラの代わりに、野次馬をしていた女子が答えてくれた。
「彼女はエルダ。魔法がほとんど使えないにも関わらず、あまりに剣の腕が凄すぎて、剣術担当の先生からの推薦入学した王族よ。魔法の実技試験を通る実力なしに合格したのは、三十年ぶりだそうよ」
王族か。だから『剣の舞姫』なんだな。
コネで入っただけ……というわけではなさそうだ。瞳に何らかの覚悟が見て取れる。
「私がこれまで出会ったどの魔道士よりも貴男は強い。お願い、私と闘って」
エルダは真っ直ぐにオレを見る。
「王族が平民に『お願い』をするのか」
「手間を取らせるのだから当然だわ。それに、王族と言っても継承順位は数を言うのもバカらしいほど後ろだもの」
自嘲気味に言うエルダだが、オレをここから逃がす気はないようだ。
「あんたで最後にしてくれよ」
周囲を見回すと、野次馬達は肩をすくめたり、首を横にふったりしている。これ以上オレにつっかかってくる奴はいないようだ。
あと一人くらいなら相手をしても良いだろう。それでこの騒ぎが収まるなら安いものだ。
何を考えているか知らないが、エルダの覚悟を無下にするのも多少は気が引けるしな。
「感謝します」
エルダは闘技訓練場に備え付けられた、剣の柄を手に取った。
彼女が柄を一振りすると、柄から光の刃が伸びた。
オレも彼女に倣って、剣を取る。
見たところ、このリング内だけで使える魔力剣といったところか。大した殺傷能力もなさそうだが、打ち込まれれば気絶くらいはするだろう。訓練用にはちょうどいい。木剣を使うよりもよほど安全だ。
「剣を使うのね」
すでに隙無く構えている彼女は、少し意外そうに声を漏らしたが、すぐに口を堅く引き結んだ。
無詠唱をできるオレが剣を持つのが不思議だったのだろう。
魔道士が剣を持つこと自体は珍しくない。傭兵稼業をするとなればなおさらだ。急に襲われた際、呪文を唱える時間を稼ぐのに有効だからだ。
だが、人生は有限だ。魔法を極めようとすればするほど、剣術はおろそかになる。オレの魔法を先に見ているエルダが、剣の腕を疑うのもわかる話である。
無限にも近い時間があったオレには適用されないがな。
せっかくだから剣で相手をしよう。剣士たる者、強者との戦いは糧になるはずだ。
「くっ……魔道士が私相手に剣で挑むですって?」
剣を構えたオレに対し、エルダは一瞬怒りの感情を覗かせた後、短く深呼吸。
一息に距離を詰めてきた。
速い!
エルダの横薙ぎを一歩下がって避ける。
「今のを避けた!?」
「オレは自分が魔道士だなんて名乗った覚えはないぞ」
オレは片手で無造作に剣を振るう。
「くっ! なんて重い斬撃だ!」
それをエルダはかろうじて受けた。
「身体強化魔法ね!」
数合の後、エルダが大きく飛び下がった。
身体強化なんて使ってないがな。
「貴男ほどの達人なら――使うわ。秘剣・虚舞!」
腰だめに剣を構えたエルダが高速で突っ込んで来る。
この踏み込みだけでも、大抵の魔道士は対応できまい。
だが彼女が『秘剣』と言うのだ。それだけではないだろう。
一瞬で間合いを詰めた彼女は、瞬時にオレの背後に回った。
これだけなら、ただ速いだけの移動だ。そこらの騎士じゃあ初見で見切れるものではないが、逆に言うとそれ以上の達人ならば対応できないことはない。
しかし、秘剣と呼ぶ所以はその速さだけではなかった。
目、四肢はおろか指先にいたるまで、全身で複数のフェイントを同時にしかけてきていたのだ。それも、人間がひっかかりやすいポイントを的確についたフェイントだ。
あまりに高速なため、ある程度以上のレベルにしか逆に通じない技だ。
人生十回目くらいまでのオレなら、ひっかかっていただろう。それほどの技である。
「うそ……止められた?」
オレは背後からきた一撃を、振り返らずに剣で受け止めた。
「あの一瞬で二十六回のフェイントを入れるとは、秘剣と言うだけのことはある」
「初見でそこまで見切って!?」
「だがな、五番目と十三番目のフェイントを変えると――」
オレは振り返りつつ、エルダの技を少し改良して放った。
「十人に分身!?」
彼女には、オレの分身に取り囲まれたように見えただろう。
残像と違い、実際に動いていない場所にも、分身が現れたように錯覚させることができるのがこの技の利点だ。
驚き硬直したエルダの喉元に剣をつきつける。
「全てのフェイントを視認できる相手でも、見える分身は四人のはず……技を一瞬でコピーされたあげく、改良されるなんて……完敗だわ」
エルダは刃を消すと、ゆっくり一歩下がった。
「私なら魔法にも剣で勝てると証明するつもりが、まさか剣で負けるなんてね」
「エルダなら、大抵の魔道士に勝てるさ」
これはお世辞でもなんでもない。十代でこれほどの技量を身につけられるには、かなりの才能と努力が必要だっただろう。
少なくとも、人生二回目のオレでは今の彼女に剣で勝つことは無理だったはずだ。
「大抵じゃだめなの……私には剣しかないから……。手間をとらせたわね……」
エルダは今にも消えてしまいそうな声でそうつぶやくと、リングを去って行った。
既に一流と呼んで差し支えない彼女だが、まだ伸びしろがあるように見える。彼女ほどの才能を持つ者は、数回の人生で一回会えるかどうかだ。将来が楽しみである。
根がまじめそうだし、平民への差別意識も低い。エルダがシストラの友人になってくれると嬉しいな。シストラにはまだ同姓の友達がいない。貴族だらけの学校において、平民だということがどうしても周囲との壁になっている。
それでも友達は人生を楽しむには必要な要素だろう。エルダなら申し分ない。何かあった時、ある程度自分の身も護れるだろうしな。
「舞姫に剣だけで勝ったぞ……」
「ディータのやつ、剣もいけるのかよ」
「すごいじゃねえか! どうやったらそんなに強くなれるんだ?」
野次馬達が一気に集まってくる。
「オレはあまり要領の良い方じゃ無かったから、ひたすら強い奴と戦い、知識をつけ、また戦った。それだけだ」
オレがまともに答える気が無いと思ったのか、やがて野次馬達は散って行った。
そんな騒ぎが収まった後、寮への帰り道、オレはなんとなくシストラに訊いてみる。
「エルダが推薦入学だってのを聞いて思ったんだが」
「なあに?」
「シストラのところに推薦の話はいかなかったのか?」
ベルリーナによると、大人気とのことだったが。
「三人くらいの先生から話が来たかなあ。でも、断っちゃったよ」
「なんでだ?」
あまり断る理由のないシステムだと思うが。
「だって、ディータ以上の先生なんて、いるはずないもの」
シストラの笑顔にくらっと来たオレは、思わず彼女を抱きしめそうになる。
いくらなんでも不意打ちだ。その笑顔は反則だろ。
「ま、まあな」
「あれー? 照れてる? めっずらしいなあ」
シストラがオレのほっぺをゆびでつついてくる。
百億回の人生で大抵のことには動じなくなったオレだが、シストラのかわいさにだけはどうしても慣れることはない。
「余計なこと言ってないで行くぞ」
「ふっふーん。ツンツンした感じも今日はかわいく見えちゃうなあ」
突き放してもなお絡んでくるシストラを退けるのは、いつもと違って少し難しそうだ。
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