(5)偽物の効用
「生憎と、私は既婚者ですので。深山様の『初婚、二十二歳から三十三歳まで』という条件に合致する方がおられる限り、ご紹介させていただきます」
それを聞いて、本気で断られるとは思っていなかったらしい深山が、怪訝な顔で反論する。
「え? だって左手の薬指に、指輪をしていませんよね?」
「結婚指輪の事ですか? 私は指の付け根より第二関節が太いタイプで、指輪をするとくるくる回って気になるもので。勤務中は集中したいので、指輪の類は一切付けない事にしております。それで勤務中、結婚指輪はこの状態です。それに最近では普段結婚指輪をされない方が、かなりの割合で存在するみたいですよ?」
玲は淡々と反論しながら、然り気無くブラウスの首元からチェーンを引っ張り出した。それに通されている指輪を目にして、深山が興味を失ったような冷めた目になる。
「へぇ……、そうですか。それでは引き続き、紹介を宜しくお願いします」
「畏まりました」
(陽菜から貰ったこれが、こんなところで役に立つとはね……)
それから玲は所定の手続きを済ませながら、かつて「御守り代わりに」と友人から押し付けられた指輪の予想外の用途に、内心で呆れ果てていた。
「全く、何なんですか、あの男!」
「西川さん、どうしたの?」
深山との面談を終わらせた玲が、会員との面談や契約を行うスペースから奥の業務室に移動し、自分の机で事務処理を進めていると、自分が指導役を務めている後輩が憤然としながら入室してきた。その様子に玲が驚きながら尋ねると、彼女が苛立たしげに捲し立てる。
「あの深山って医者ですよ! 自分が四十五のくせに相手が初婚で若くないと駄目だなんて、何様のつもりですか! 今から子供を作っても、成人する時は還暦をとっくに過ぎてますよ。第一、お金があったとしてもそれだけですよね? 若い子は若くてイケメンで性格が良くて金がある男を選ぶのに決まっているじゃありませんか!」
後輩のそんな身も蓋もない物言いに、玲は本気で頭痛を覚えた。
「西川さん……、深山様はクライアントよ?」
「クライアントだからって、際限無く無茶ぶりして良いって事ではありませんよね? 先輩が紹介した女性を、ろくに会いもせずに難癖をつけて何十人とお断りした上、今日なんか堂々と言い寄るって何なんですか。隣のブースで聞いていて、よっぽど怒鳴り込んでやろうかと」
「西川さん?」
立場上、さすがにこれ以上暴言を吐かせるわけにも暴走させるわけにもいかなかった玲は、彼女の台詞を遮りながら険しい表情で凝視した。その意味が分からない西川では無く、すぐに怒りを抑えて玲に頭を下げる。
「はい……、少々言い過ぎました。申し訳ありません。ですが」
「私達は各人に適していると思われるアドバイスはするけど、最終的にどのような条件を出すかは、個人の自由よ。強制はできないわ」
「分かっているつもりですけど……。あの人、桐谷先輩が脈なしとみて、他の人を担当に付けてくれって言い出しませんか? 私、嫌ですよ。散々無茶ぶりされた上、言い寄られるなんて気持ち悪いです」
「西川さん……」
一番言いたかったのはそれかと、玲が思わず溜め息を吐くと、西川の背後から冷静な声がかけられた。
「その時は、その方は私が担当するわ。ベテランの私が担当するなら、文句は無いでしょう」
その声に玲は安堵の表情になり、西川は対照的に慌てて振り返りながら声を上げる。
「猪瀬主任……」
「お疲れさまです!」
「西川さん、騒いでいないで自分の仕事をしなさい」
「はい!」
そこで西川は自分の机に駆け寄り、手早くファイルを取り上げて再び部屋を出て行った。
「例の、困ったさんのお医者様の事ね」
「お騒がせしました」
西川を見送った猪瀬が苦笑いで確認を入れてきた為、玲は自身が新人時代の指導役であり現在の上司でもある彼女に、軽く頭を下げた。しかし猪瀬は軽く首を振って続ける。
「あなたが騒いだわけでは無いでしょう。それにしても……、ナンパ目的で手当たり次第に集団パーティーに繰り出す人も困るけど、自分が真面目に婚活をしていると思い込んでいる人にも困ったものだわ……。悪かったわね。二十代で最初に離婚してから、バツ2で四人の子持ちで。でも私に言わせれば、四十五になるまで離婚どころか結婚すらできなかった人間に、どうこう言われる筋合いは無いわ。子供だって四十代だけど、あと一人や二人産んでみせようじゃない。経産婦をなめんじゃないわよ」
最後は深山を鼻で笑った猪瀬を見て、玲は思わず笑いを誘われた。
「主任位バイタリティーに溢れていないと、この業界でやっていけないのではないかと思えてきました」
「そうよ。この際あなたも、そろそろ再婚してみたら?」
「それは……」
明るく笑いながら猪瀬に言われた内容に、玲が困惑顔で応る。それを見た猪瀬は即座に自分の発言を反省しつつ、軽く玲の肩を叩きながら横を通り過ぎた。
「ごめんなさい。今のは軽口が過ぎたわ。とにかく、必要以上に気にしない事よ」
「そうします」
自分の結婚と夫との死別の経緯を知っている猪瀬に全く悪気は無かったのは分かっている上、この先深山との間でトラブルが生じた場合には、率先して対応する心積もりだと明言してくれた彼女に、玲は微笑みながら頷いてみせた。




