(4)ちょっとした災難
定休日の水曜日を挟んで三日寝込んでしまった玲は、金曜日にはいつも通り職場の結婚相談所に出勤し、休んだ二日分を取り戻すべく気合いを入れて働いていた。
「深山様、お待たせしました。この1ヶ月間の、活動内容を確認しますね」
「ええ、宜しくお願いします」
(毎回、最初の返事だけは良いのよね……)
月に一度の面談の為に出向いてきた顧客と、パーテーションで仕切られた個別ブースで机を挟んで向かい合った玲は、資料の束と机上のノートパソコンのファイルを開きながら、早速仕事に取りかかった。
「この間、こちらからデータをお渡しした女性は八名で、そのうち深山様からご紹介希望があった三人と連絡を取り、お二人と実際にお会いされたわけですね。深山さんからのご連絡では、両者とも以後の連絡はご希望無しとのお話でしたが……」
「ええ。どちらも三十代になっていましたし、大して見栄えがしない女性でしたので。話も盛り上がりませんでしたし」
素っ気なく言い放った相手に、玲はさすがに控え目に意見してみる。
「深山さん、初対面同士でいきなり意気投合して話が盛り上がるというのは、よほど珍しい事例かと思いますよ?」
「そうですか? それにしたって、仮にも女性なんですから多少は気を回して場を盛り上げる位はして貰わないと困りますよ。結婚したらこちらの仕事上の付き合いもあるんですから、そつなくこなして貰わないと」
(そうでしょうね。相手を見下している上、諸々面倒な事を丸投げして当然と思っているのを見透かされたのか、二人ともあなたより早く、会ったその日のうちにお断りの連絡を入れていますけど)
深山の勝手な言い分を聞いても、玲は言いたい言葉を飲み込んで話を続けようとしたが、相手が恩着せがましく言ってくる。
「まあ、あの二人はどうでも良いですよ。正直、あまり気乗りはしなかったですが、紹介してくれた桐谷さんの顔を潰すのも申し訳無いと思ったので、一応会ってみただけですし」
「……それはお気遣い頂きまして、ありがとうございます」
「それで、もう一人紹介をお願いした女性がいましたよね? 二十代のちょっと可愛らしい子」
途端に乗り気の様子で軽く身を乗り出しながら尋ねてきた深山に、玲は神妙に連絡事項を伝えた。
「その……、実は先方からは、ご遠慮する連絡が午前中に入っておりまして。今回、お伝えする予定になっておりました」
「……何だ。見る目の無い女だな」
あからさまに舌打ちした深山に、玲は何とか気を取り直しつつやんわりと進言してみる。
「深山様、これまでにも何度かご提案した事ではありますが、希望条件の見直しを検討されませんか? お相手が初婚に限る上、深山様の年齢に対してですと年齢が二十二から三十二歳までというのは、少々幅が狭いと思われるのですが……」
それに対する深山の反応は、素っ気ないものだった。
「そうは言っても、三十五を過ぎたら子供を産むのは難しいでしょう?」
「それは……、確かに高齢出産になる可能性は高いですが、今は以前と比べて危険性も少ないでしょうし、サポートも多い筈です。それに子供がおられないご夫婦も、最近では珍しくは」
「結婚するなら、子供はいて当然でしょう」
真顔でそう断言された玲は、かなり意外に思いながら言葉を返した。
「深山様は、子供がお好きなのですね」
「いえ、全く。ただ周りの同僚達が、妻子持ちばかりですから」
「……そうですか」
事ここに至って玲は完全に呆れ、相手の説得を半ば諦めた。
(要は、妻子はステータス達成の道具か、アクセサリー代わりなのね。そこら辺を色々割りきって結婚してくれる女性が出てきたら、それこそ奇跡だわ)
しかしここで投げ出してもどうにもならない事は理解しており、玲は相手をどう説得するべきかと真剣に悩み始めたが、深山が心底不思議そうに尋ねてきた。
「それに初婚を希望するのが、そんなに変ですか? 二十代のうちに離婚したり未亡人になったりした女なんて、変な借金を背負っていたり病気を貰っていたりしそうじゃないですか。そうは思いませんか?」
どうやら本気でそう思っているらしい相手に玲の表情が固まったが、幸い深山に気付かれる事は無かった。
「種々の事情についてご想像なさるのは、個人の自由ですね……。分かりました。引き続き従来の条件で、データマッチングを進めます」
玲が完全に事務的にデータの更新を進めていると、なおも深山の無神経な台詞が続く。
「宜しくお願いします。こちらとしては、相手の年収や学歴は不問にしているんですから、それ位条件を絞るのは当然ですよね?」
「……確かに深山様の年収を考えると、お相手の年収を考慮する必要は無いかもしれませんね」
「そうですよね! 実は一つ、良い提案があるんですよ」
「はい、どなたかお渡ししたデータの中で、気に入られた方がいらっしゃいましたか?」
何やら急に機嫌良く言い出した深山に、玲が殆ど義務感だけで問い返すと、彼は完全に予想外の事を言い出した。
「桐谷さんと私が、結婚すれば良いんですよ」
「…………は?」
「この前年齢を聞いたら、まだ三十一でしたし。独身だし、ちょうど良いじゃありませんか。毎回話も盛り上がっているし、相性は良い筈ですよ?」
(何言ってるの、この人?)
玲は唖然としながら深山を凝視したが、彼は自分の提案に自信を持っているらしく満面の笑みを浮かべていた。それを見た彼女は
怒りと共に吐き気すら覚えてきたが、それらを何とか堪えつつ傍目には冷静に、かつ事務的に話を進めた。




