賢ちゃんと私
「返事は、いつでもいいから」
そう言って、一方的に電話は切られた。
「いつでもいいって…」
暗くなっていく画面を恨めしく見つめて、それから、携帯をベッドの方へ放った。
告白をされることに関しては、幼稚園時代のせいで随分ドライな感情を持つようになった気がする。
同い年の10人の男の子達が私を取り囲み、そして誰が彼氏になるかでもめ始めるのだ。
その時の私は、ストーカーのように私についてくる男の子達を蹴散らしてくれる友達のことが好きだった。今思えば恋愛感情ではないだろうし、その子はまあ、女の子なんだけど。
「どうしたもんかね…」
個人的にはずっと繋がっていたい友達だ。
私が彼の感情に答えた時点で、どのみち今まで通りの関係とはもう言えないだろう。
振ったら相手がどんな気持ちになるのか、なんて真面目に考えたのは初めてのような気がした。
いや、事実初めてなのだ。
「どうしたもんかね…」
私はもう1度呟いて、手で弄んでいた問題冊子を立て戻した。
勉強する気は、完全に無くなっていた。
6月の晴れだか曇りだか分からない天気は嫌いだ。
気温も湿度も高く、なんだか体が怠いせいで、やる気も起きない。
「大丈夫?柚子ちゃん」
ボーッと突っ立っている私に、彼女が声をかけてくれた。
「だいじょぶです…」
賢ちゃんへの返事はひたすら延ばし続け、とうとう丸1週間が過ぎてしまった。
「そう?なんか、悩んでるみたいだけど」
女の先生ってこういう時鋭い。
「本当に、大丈夫ですから」
対して私は、こういうことを誰かに相談できるほど乙女じゃなかった。
私の恋の相手が男の子だったら、少しは気が楽だったのかなぁなんて、がらにもなく考えてしまって、それは違うと思い直し、首をブンブンと横に振った。
別に、それが悪いわけじゃなくて、ただ私に振る勇気がないだけだ。
"明日、話がしたいんだけど"
震える手でメッセージを送った。
あれから10日。
私はイラチなので他人に待たされるのは嫌いだ。
でも、いざ自分が待たす側に立つと、熟考しているうちに日が経ってしまったのだから、なんだか申し訳ないけど仕方ないよねという気持ちになる。
"分かった\(^o^)/"
いつもと変わらぬ明るい文面で、賢ちゃんがメッセージを送り返してくれた。
勝負事の前日のように、緊張が今から自分の体を駆け巡っていく。
「やっほー」
放課後、昇降口前で本を読んでいると、賢ちゃんがやって来た。
「ごめん待った?」
「別に、今来たところよ」
賢ちゃんの担任の重野先生は、事細かくて心配性だから、学年3クラスの仲で1番ホームルームが長い。
対して、今日は坂本先生が出張だったため、うちのクラスのホームルームは彼女だった。
彼女の仕事は掃除からが早い。
私の学校では、掃除はクラス全員でやることになっている。
全員絶対なので、その後にホームルームがくるのだ。
…ってそうじゃなくて。
どうでもいいことに頭が流れて、リセットするために首を振る。
賢ちゃんが不思議そうな顔をした。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫」
少しの沈黙が流れる。
言わなくちゃ、私が先に。
「あ、あのね」
緊張して、若干震えた声で切り出した。
「今日呼んだのはあれのことなんだけど…」
「うん、知ってる」
優しげに、でも促すように賢ちゃんはそう言った。
スーッと1つ息を吸って、大きく深呼吸をした。
「ごめんなさい。他に、好きな人がいるの」
夕日が校舎にあたって、私と彼の影を長く伸ばしていく。
こういう光景って、漫画やアニメでしか見たことないわね。
「そっか〜やっぱダメかぁ」
少しの沈黙の後、賢ちゃんがそう言った。
言葉が少し胸に刺さる。
あなたは、ダメだとわかっていて告白したの?
訊こうと思ったことは今は聞くべきでなくて、言葉にならずため息として消えた。
「柚子の好きな人って、誰?」
唐突に、悪戯っぽい笑みに戻った賢ちゃんに問われる。
真っ直ぐな目に今更嘘はつけないし、私は覚悟を決めて本当のことを言うことにした。
「ねえ、レズビアンって知ってる?」
賢ちゃんが固まる。
知らない人だって多いこの世の中、別に彼が知らなくても…
「知ってるよ」
私の予想を大いに裏切り、賢ちゃんが答えた。
「知ってるの!?」
「うん」
賢ちゃん、腐男子説。
「柚子はそれなの?」
「ええ、うん、そうね」
決まっているわけじゃないけど。
「そっか〜…じゃあ、荒川、とか?」
「え!?何で??」
唐突に莉保ちゃんの名前があがり、ビックリする。
「いや、何となく」
「莉保ちゃんは友達よ」
「ふーん…じゃあ雛形とか?」
「あかりさんも友達!」
賢ちゃんが私の意中の相手を当てに来ているのだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
私の顔色を伺う賢ちゃん。
バレないように、少しだけ目を伏せる。
「えーじゃあ…ヒント」
せがむように言われて、私は少したじろいだ。
どうやらどうしても当てたいらしい。
私は少し迷った挙句、1番分かりやすく、範囲が広いものを言うことにした。
でも別に、これで賢ちゃんが分かってくれなくてもいいんだ。
「同級生じゃないわ」
もうどうでもいいと思った。
賢ちゃんになら、言っても多分大丈夫だと。
賢ちゃんは少し眉を上げた。
「それ、俺の知ってる人?」
「ええ、知ってるわよ」
単調なトーンで答える。
「先輩…まさか先生!?」
「さあどうでしょう?」
曖昧に笑うと彼は確信をついたという表情をした。
「え〜じゃあ…先生だから…」
ぶつぶつと呟く賢ちゃん。
正直、彼がここまで本気で私の好きな人を当てようとしているのがなんだか滑稽に見えてきた。
「あ、分かった」
不意に、私にも聞こえる大きな声で、賢ちゃんがそう言った。
「福原先生だ。違う?」
「せ、正解…」
当てられたことでこれ以上追求されることがないという安堵と、すぐ当てられるほど私は分かりやすいんだろうかという一抹の不安で、複雑な気分になった。
「どうして分かったの?」
「こうして考えると、柚子ってわかりやすいよ」
その瞬間、私は確信した。
ポーカーフェイスが上手くできなくなっていることに。




