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人質王女は幼馴染の国王の執着から逃れられない  作者: 狭山ひびき


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国王になった王子様 5

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 あれは、わたしが十一歳のときのことだった。


 あの日は春の嵐の朝で、そのせいか、春なのに冬のように寒かった。

 わたしは、そんなに日にも関わらず、離宮の部屋の窓を大きく開けて、泣きながら下を見下ろしていた。


 部屋の隅では、くすくすと笑うメイドが三人。

 さきほど、あのメイドたちに、わたしは宝物のお母様のブローチを投げ捨てられたのだ。

 あのブローチは、わたしが人質としてフェアクロフト国に行くことが決まった日、お母様が涙を浮かべながらお守りとして託してくれたブローチだった。


 綺麗な水色のターコイズのブローチだ。

 ノウェスナー国では、ターコイズは身に着けている人を守ってくれるという言い伝えがある。

 フェアクロフト国へ向かうわたしに、お母様が「無事でいて」と願いを込めて渡してくれたブローチだった。

 メイドの一人が窓から放り投げたブローチは、どこへ飛んで行ったのかわからない。

 どれだけ目を凝らしても、土砂降りの雨の中、それらしいものを見つけることはできなかった。


「う……ひっく……っ」


 これだけの雨だ。

 雨が上がった中で探しに行っても、見つからないかもしれないし、見つかってもぼろぼろになっているかもしれない。

 泣きじゃくるわたしに、メイドたちが「無様ね」「いい気味」なんて言いながら笑い続けていたけれど、ふと、その笑い声がぴたりと止んだ。

 だけどわたしはブローチを捨てられたショックでその違和感にも気づかずに、ぐすぐすと泣き続けていた。


 と――


「カレン!」


 切羽詰まった声がして、ふわりと後ろから抱きしめれらる。

 アーネストお兄様だ。

 お兄様の声と腕の温かさに、わたしの涙がさらに溢れて、我慢できずに抱き着くと、お兄様はわたしをぎゅっと抱きしめながらメイドたちに鋭い視線をやった。


「これはどういうことだ」


 低く冷たいお兄様の声にメイドたちがびくりと震える。


「ぞ、存じ上げません。カレン王女殿下が突然泣き出しまして」

「え、ええ。お腹でも痛いのではないでしょうか。お医者様を呼んでまいりましょう」

「では、わたくしたちは失礼」

「部屋から一歩でも外に出たら、お前たちとその家族全員処刑してやる」


 冷徹な声を発するアーネストお兄様に、部屋から逃げようとしていた三人のメイドが青ざめて立ち尽くす。

 お兄様はそんなメイドたちには目もくれず。わたしの頭を撫でながら訊ねた。


「カレン、どうして泣いていた? こんな嵐の日に窓なんて開けて。カレンが怖がってやしないかと様子を見に来たが、これは怖がっていたわけではないんだろう?」


 お兄様の優しい声に、わたしはコクコクと頷く。

 もしかしたら、アーネストお兄様ならわたしのお母様のブローチを見つけられるかもしれない。

 幼いからこその単純な思考回路で、わたしは深く考えずにお兄様に助けを求めた。


 お母様からもらったターコイズのブローチが窓から投げ捨てられたことを聞いたお兄様は、護衛としてついて来ていた騎士にメイド三人を拘束しておくように告げると、「ちょっと待っておいで」と言って部屋から飛び出していった。


 しばらく待っていると、窓の下にお兄様の姿を発見してわたしはギョッとした。

 雨も風も強い嵐の日に、お兄様がどろどろの庭に膝をついて何かを探している。

 きっとわたしのブローチだ。

 まさかお兄様がこのような行動に出るとは思わず、わたしは窓から身を乗り出して叫んだ。


「お兄様! 危ないですから! ブローチは、雨が上がってから探しますから! だからっ」


 一生懸命声を張り上げたけど、雨と風の音でかき消されてしまうのか、お兄様は気づいていないようだった。

 わたしもお兄様の側に行きたいけれど、離宮から不用意に出てはならないとアナスタシア様に厳命されている。離宮の使用人にも見張られているし、玄関まではいけても、その外に出ることはできないだろう。


 だけど、せめて玄関までは……!


 わたしは部屋から飛び出すと、玄関ホールまで駆けていく。

 案の定、離宮の使用人が扉の前で通せんぼするように立っていて、そこから先はいけそうになかった。

 わたしはアーネストお兄様が帰って来るのをはらはらしながら玄関ホールで待ち続ける。


 すると、一時間ほど経った頃だろうか。

 雨と泥でぐしゃぐしゃになったアーネストお兄様が、前髪から滴る水を手の甲で拭いながら戻って来た。


「お兄様っ」

「カレン、抱き着いたら駄目だよ。汚れるからね」


 思わず抱き着こうとしたわたしを片手で制して、お兄様が手に持っていた小さなブローチを差し出す。


「これかな? カレンのブローチ」


 そこには、洗ってくれたのか、全然汚れていないターコイズのブローチがあった。

 一度引っ込んだ涙がまたぶわっと溢れだす。


「こ、これです」


 駄目だと言われたけれど、抱き着かずにはいられなくて。

 飛びついたわたしに、お兄様が「駄目だって言ったのに」と苦笑した。


 その後、アーネストお兄様にはすぐに離宮のお風呂を使ってもらったけれど、長く雨に打たれていたせいか、次の日には熱を出してしまったと聞いた。

 体を鍛えているお兄様でも、あの当時はまだ十四歳だ。体調を崩すのは当然だったろう。


 熱は二日で下がって、アーネストお兄様は何事もなかったかのようなけろりとした顔でわたしに会いに来たけれど、二日とはいえ寝込んだせいか、その顔色は少し悪くて――あの瞬間、ずっと大好きだったお兄様のことが、わたしはさらにずっとずっと好きになったのだ。






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