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人質王女は幼馴染の国王の執着から逃れられない  作者: 狭山ひびき


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私の最愛(SIDEアーネスト) 4

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 あれは、カレンが十歳の頃のことだろう。


 カレンのことは知っていた。

 彼女が人質としてノウェスナー国からフェアクロフト国に来て少しして、アーネストはカレンに会いに行ったからだ。

 そして彼女が離宮の使用人たちに虐げられているのを見て、アーネストはできる限りカレンを守ろうと決めた。


 母アナスタシアはカレンを――というよりはノウェスナー国を憎んでいるし、父は無関心。母親にべったりなグラッドウィンもカレンを助けるはずもなく、アーネストが動かなければカレンの生活は悲惨なものになっていただろう。

 人質とはいえ、国交を改善するために受け入れて他国の姫である。

 カレンの生活を保障することはこの国の王族の義務であるのに、我が家族ながら頭がおかしい連中ばかりだ。


 王太子として幼い頃から将来国を担う責任を求められて来たアーネストは、自分がカレンを守ることは当然のことだと考えた。

 それでも、まだ幼かった自分には力が及ばず、カレンのすべてを守ってやれたわけではない。


 しかし、アーネストはそれでもよかったのだ。それでも満足していた。

 自分がこの手で守らなければ死んでしまうかもしれない幼い王女。

 その存在が、この頃すでに疲弊しきっていた心に、ほんの少しの癒しを与えた。

 カレンは、自分が生かしてやっているのだという、傲慢な愉悦である。


 大人になって思い返してみたら、自分はなんて歪んだ子供だったのだろうと思ったが、きっとその歪みがなければ、カレンのことを見て見ぬふりをしたかもしれないので、あれはあれでよかったのだ。まあ、できれば封印したい黒歴史と言うやつではあるが。


 アーネストはカレンと出会った頃から、半分心が壊れかかっていたのだ。

 幼い頃から肩には王太子という名の重圧が乗り。

 一歳下には、優秀な弟グラッドウィンがいる。

 母は自分に似て、そして優秀な弟を溺愛し、アーネストがカレンを庇うようになってからは、ことあるごとにグラッドウィンの方が王にふさわしいというようになった。

 アーネストはそんな母に反発するようにカレンの元に通い詰めたから、母との関係は日に日に悪化しているが、それはいい。もともと母には何の期待もしていなかった。


 けれど母の言葉を鵜吞みにしたラングトン公爵家派閥が騒ぎ出し、アーネストではなくグラッドウィンを王にという声が上がりはじめている。

 それを聞き、父はアーネストに「お前の努力が足りないからだ」と言うわけだ。

 頭がおかしくなりそうだった。


 はっきり言おう。

 王の椅子になんて興味はない。


 強要したのは周囲で、アーネストが望んだわけではないのだ。

 頑張っても頑張っても、結果を出しても認められない。


 日に日に心を蝕まれていったアーネストはあの日、カレンの前で爆発してしまった。


「ねえカレン、こんな国、私と一緒に出て行かないか? カレンだってうんざりだろう?」


 十歳のカレンと、十三歳のアーネスト。

 この年の子供が二人だけで国を飛び出して生きていける保証はないし、そもそも逃げ出そうとしても失敗するのが関の山だ。


 しかしアーネストは本気だった。本気で、ここから出て行きたかった。

 カレンはきょとんとして、それから小さな腕を精一杯伸ばして、ぎゅっとアーネストを抱きしめた。


「お兄様、とっても疲れているんですね」

「ああ、疲れた。本当に疲れたよ。もう何も考えたくないくらいに疲れたんだ」


 カレンの味方は、この国ではアーネストだけ。

 アーネストがいなければ生きていけない少女。

 そんな彼女の存在だけがアーネストに心の平穏を与えてくれる。

 何故なら、カレンにとってはアーネストがすべてだからだ。カレンは、カレンだけは、アーネストを裏切ることができない。たった一人の味方だから。


 自分だけ。

 それは非常に甘美な響きだった。

 このまま依存させて、そして依存して、二人だけで生きていけるならどんなに幸せだろう。

 国のことも家族のことも何も考えなくていいのだ。

 ただ、自分に依存してくれる少女と、優しい世界だけで二人きりで生きていきたい。


「わたしがここからいなくなったら、お父様たちがとっても困ると思うの。だから、お兄様とどこかへ行くのなら、わたしがこの国にいなくてよくなってからがいいです。そうしたら、一緒にどこか遠くに行きましょう?」


 アーネストの腕の中で無邪気な笑みを見せるカレンの言葉に、アーネストはハッとした。

 その言葉に、その笑顔の下に、この弱くて脆い少女の覚悟が見えたからだ。


 親元から引き離されて、離宮の人間に虐げられ、こんなところに閉じ込められなお、この幼い少女は王女だった。

 祖国を思い、親を思い、悲惨なこの状況に涙をこらえながら、ただひたすらに耐え続けているのは――彼女が、王女としての自覚を強く持っているからだ。

 そんな自覚を持ちながら、王太子と言う重圧を放り投げようとするアーネストに優しく微笑んでくれるのだ。


(ああそうか。守られていたのは私の方か)


 アーネストは、自分がカレンを守っていると思っていた。

 そしてカレンは、アーネストがいなければ生きていけないのだと思っていた。

 だけどきっと――逆なのだ。


 いつの間にかアーネストが、カレンに守られていた。

 彼女がいなければ生きていけないくらいに依存していた。

 この国でたった一人、無条件に自分を慕って甘えて甘やかしてくれる幼い少女。

 出会ってから今日まで、無自覚なままに溺れていたのは、アーネストの方だ。


(情けないな……)


 甘えて縋って逃げて――それでは、男としてあまりにも情けなさすぎる。

 カレンがアーネストを慕って甘やかしてくれるのならば、自分は強くなろう。

 何者もカレンを傷つけられないように、アーネストが強くなって守るのだ。


 そのためには、あれだけ忌々しい存在だった玉座すら魅力的に思えてくる。

 この国において、あの椅子ほど強い力を持つものはないだろう。

 あの椅子を手に入れて、カレンを守る。そして手に入れるのだ。ずっとずっと、自分の元に留めるために結婚と言う名の鎖につないで、囲ってしまおう。


 可愛くて幼い、純粋な少女に向けるにはあまりに重たくドロドロした感情を胸に、アーネストはカレンを優しく抱き返す。


(ごめんね、カレン。きっと、逃がしてあげられない)


 この瞬間、アーネストの世界は、カレンの色ですべて埋め尽くされたのだ。





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発売日 : 2026/5/25

ISBN-10 : 4758099022

ISBN-13 : 978-4758099028



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