国王になった王子様 1
本日二回目の投稿です!
訃報は、突然届いた。
フェアクロフト国王を乗せた馬車が事故に遭い、国王陛下が亡くなったという。
それはわたしが十六歳になって少し経った、夏のこと。
しとしとと、灰色の空から雨が降り注ぐ、静かな昼下がりのことだった。
☆
「あなたのせいよ!」
人が少なく、いつも悲しいくらいに静かな離宮に、金切り声が響いていた。
わたしの部屋に入るなり、泣き腫らした赤い目でわたしを睨みつけて叫んでいるのは、この国の王妃――いや、代替わりがあれば王太后になるわね。だけど、まだアーネストお兄様が戴冠式を迎えていないから、まだ王妃のアナスタシア様だ。
国王陛下の訃報が届いてから二日が経った日のことだった。
国王陛下の葬儀は本日の朝に行われたと聞く。アナスタシア様は黒い喪服姿なので、葬儀の後でわたしの部屋にやって来たのだろう。
アナスタシア様の護衛騎士と侍女が部屋の入口のところでわたしに鋭い視線を向けていた。
「あなたのせいよ! あなたのせいで、陛下は亡くなったんだわっ! 人殺し! 人殺しっ!」
叫んで、手に持っていた扇が勢いよくわたしに投げつけられた。
とっさに手で顔を庇うと、それが腹正しかったのか、アナスタシア様が掴みかかって来る。
だけど、振り上げられた手が、わたしに振り下ろされることはなかった。
何故なら――
「母上‼」
鋭い声がして、アナスタシア様の手首が掴まれたからだ。
掴んでいるのは、アーネストお兄様だった。
ここまで走って来たのか息を切らしている。お兄様も喪服姿だから、葬儀の場から飛んできてくれたのかもしれない。
わたしは安堵で泣きそうになったけれど、必死に涙をこらえて、お兄様に頭を下げた。
「この度は、お悔やみ申し上げます」
「ああ。ありがとう」
「何がお悔やみよ! 陛下はあなたのせいでなくなったのにっ!」
「あれは事故です。カレンのせいではありません。そんな当たり前のこともわからないくらいに錯乱しているんですか、母上!」
アーネストお兄様がアナスタシア様を叱責し、傍観者になっていた護衛騎士と侍女を振り返りざまに睨みつけた。
「お前たちもなんだこのざまは‼ 主人にただくっついてくることしかできない能無しどもが‼」
アーネストお兄様の怒りに触れて、護衛騎士と侍女が蒼白になった。
お兄様がわたしのために怒ってくれているのはわかるけれど、わたしはどうしていいのかわからずに立ち尽くすことしかできない。
たぶん、余計なことを言えばアナスタシア様の怒りに油を注ぐことになるだけだろう。
ここは嵐が過ぎるのを黙って待つしかない。それが、この国でわたしが身に着けた自分自身の守り方だ。
アーネストお兄様はアナスタシア様を侍女に押し付け、今すぐにこの場から去れと怒鳴りつける。
蒼白になった侍女がアナスタシア様を促すも、アナスタシア様の方は納得がいかないのか、なおも大声で叫んだ。
「その子が! その子があの人を殺したのよっ!」
「ハァ。もういい。母上、どうやらあなたには休息が必要なようですね。北の離宮を手配しましょう。侍医と共に、しばらくそこで静かにお過ごしください」
「なんですって⁉」
アナスタシア様がぎょっと目を剥いたけれど、わたしも驚いたわ。
北の離宮っていうと、王都からかなり遠いところにあるもの。
そして――記憶が正しければ、三代ほど前の王妃様が、国王陛下の怒りを買って幽閉された場所じゃなかったかしら。
静かと言えば聞こえはいいけれど、周囲には何もない、寂しいところだったはず。
「アーネスト! あなた! 母親であるわたくしにっ! 離しなさいっ!」
「連れていけ。侍医を呼ぶまでは部屋に閉じ込めておくように。もし部屋から出すようなことがあれば、お前たちも処分を受けることを覚悟しろ」
淡々と告げるアーネストお兄様に、護衛騎士と侍女が青ざめたまま頭を下げ、アナスタシア様を力づくで連れて行く。
アナスタシア様はずっと叫び続けていたけれど、国王陛下亡きあと、次の王になるのが決まっているアーネストお兄様の命令には、護衛騎士や侍女も逆らえないわ。
しばらくすると、遠くから聞こえていたアナスタシア様の罵り声も静かになり、アーネストお兄様が改めてわたしに向き直った。
「カレン。手を見せて。……ああ、赤くなったね」
わたしの手の甲をアーネストお兄様が優しく撫でてくれる。
足元には、わたしに投げつけられたアナスタシア様の扇が転がっていた。
お兄様はそれを睥睨すると、足の裏でぐりぐりと踏みつける。
「お、お兄様?」
「侍医を呼ぼう。少し待っていなさい。……ああ、誰か! このゴミを今すぐに焼却処分してくれ」
アーネストお兄様が離宮の使用人を呼びつけて、踏みつけていた扇を片付けるように告げた。
離宮のメイドは戸惑いながらもお兄様の命令に従って、踏みつけられて壊れた扇を拾い上げ、持ち去る。
わたしは手の甲が少し赤くなった程度の怪我なのに、侍医が呼ばれて、わたしの右手にぐるぐると大仰に包帯が巻かれた。
「数日は安静だ。そうだろう、じいや」
「腫れてはおりませんからそこまでじゃないですが、まあ、そうですな。小さな手です。あとあと痛まないように、数日はあまり使わない方がいいでしょうな。それにしても、殿下は相変わらず過保護でいらっしゃる」
お城の侍医が微苦笑を浮かべる。
わたしは、人質としてこの離宮に閉じ込められてから頻繁に怪我をしていた。
幼い頃は、離宮の使用人に陰で暴力を振るわれたり、気まぐれにやって来るアナスタシア様に殴られたり。
お兄様はそれを見つけるたびに激怒して、わたしに暴力をふるった離宮の使用人を解雇して入れ替えアナスタシア様に苦情をいれてくれた。
怪我をするたびにわたしの手当てをしてくれるこの侍医は、お兄様が子供のころから親しくしている王太子専属の侍医である。名前をモーガンといい、あと数年もしたら七十歳になるベテランの先生だ。人質であるわたしにも親切にしてくれる。
「過保護になるのは当たり前だ。昔からカレンはたくさん痛い思いをしているんだぞ」
「そうですな。まあ、それについては私も思うところはありますが」
「私は思うところしかない」
……先生じゃないけど、お兄様は本当に過保護だわ。
優しくされるととっても嬉しいけれど、そのたびにアーネストお兄様のことをもっと好きになってしまって、困ってしまうの。
アーネストお兄様はわたしのことを、妹同然に思ってくれているのだろう。つまりは妹扱いで、一人の女性として見られているわけではない。
それなのに、わたしだけ、アーネストお兄様への好きの感情が大きくなる一方なのよ。どうしたらいいのかしら。
「ああそうだ、じいや。あとで母上の部屋に行き、精神疾患の診断を出しておいてくれ」
「あの方はヒステリーなところはありますが、疾患と言うほどでもないでしょうに」
「離宮に送るのには理由が必要だ。母上の専属医をつけて北へ送ってやるつもりだが、専属医に任せていたら話が進みそうにないからな」
「はいはい、わかりましたよ。まあ、陛下がお亡くなりになって強いショックを受けておいでですからな、しばらく安静にするのは悪いことではありますまい」
モーガン先生がそう言って笑いながら去っていく。
部屋の中に二人きりになると、アーネストお兄様がふわりとわたしを抱き上げて膝の上に横抱きにした。
「お、お兄様?」
「しばらくは安静に、だ。そうだろう?」
それは、右手だけのはずではなかったのだろうか。
アーネストお兄様が離宮のメイドを呼んで、お茶とお菓子を運ばせる。
「あの、お兄様。喪服が皺だらけになってしまいますよ……?」
「葬儀も終わって当分使う予定がないから、皺になったところで構わないよ」
「……本当に、陛下のことは、その…………」
穏やかな顔で微笑んでいるけれど、実の父親を亡くしたばかりだ。アーネストお兄様はとても傷ついているに決まっている。
わたしは陛下にほとんど会ったことはないし、陛下はわたしをただの人質と言う道具にしか思っていなかったから、正直なところいい印象はない。
だけど、お兄様にとっては大切なお父様だ。
すごく悲しいだろうし寂しいだろうし――お兄様は想像よりも早くこの国の王になることになって、きっと心にとても負担がかかっていることだろう。
なんて声をかけていいのかわからずにおろおろしていると、アーネストお兄様がこつん、とわたしの額に自分のそれをくっつけた。
「カレンが頭を撫でてくれたら、少しは気分が上向くかもしれない」
そんなことで……?
だけど、珍しく甘えて来るアーネストお兄様が珍しくて、同時に頼りないわたしに甘えたくなるほどに心が弱っているようで、わたしはそっとお兄様の頭に左手を伸ばした。包帯を巻いている右手を使ったらお兄様に叱られそうだからだ。
「大丈夫ですよ、お兄様。ここにはわたししかおりませんから、泣いてもいいんです」
「……さすがに、泣きはしないかな」
くすっとアーネストお兄様が笑って、わたしの首筋に顔をうずめた。
「カレンとこうしていると、とても癒されるよ」
「そう、ですか?」
「ああ。……母上を追い出したら、ちゃんと城に部屋を用意するから、待っていてくれ」
お兄様ったら、まだそんなことを考えていたのね。
ずっと昔から、アーネストお兄様は「いつか城に部屋を用意させるから」とわたしを励ましてくれていた。
だけど、わたしはお兄様が会いに来てくれるだけで充分幸せだったから、正直なところ、お城の移っても移らなくても、どっちでもよかったのだけど。
……むしろ、離宮にいたほうが、お兄様と世界で二人っきりになった気がして嬉しいかも、なんて言ったら、お兄様はあきれてしまうかしら。
この部屋でお兄様と二人きりでいられる時間が、わたしはとても幸せなの。
アーネストお兄様の艶やかな銀色の髪を撫でながら、わたしは、この国にいられるのもあと二年なのねと、ちょっぴり寂しくなった。
面白い!続きが気になる!続きが読みたい!と思ってくださった皆様、
ブックマークや下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると嬉しいですヾ(≧▽≦)ノ








