幕間 慣れてんじゃねぇよ、馬鹿
『無響大学・非公式掲示板』
夜になっても、例の動画の火は消えなかった。
むしろ、掲示板前に本人が現れたことで無響大の裏版は変な熱を帯びていた。
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【悲報】ラブホ前で猫に求婚した男、学内掲示板で本人降臨www
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ワイ、掲示板前で自分の晒し画像と自撮りする男を目撃し大学生活に不安を覚える
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【現地】例の猫男、今度は自販機裏で猫に謝罪してる
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【速報】顔面SSR不審者、橘める経由で学内コンテンツ化
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橘める「違ぇよ」猫男「否定が早い。つまり僕の言葉を聞いている」←これ
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中でも、もっとも伸びていたスレはこれだった。
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【速報】ラブホ前で猫に求婚する男現るwww
1:名無しの無響生
ラブホ前で猫抱えてポエム読んでる男いて草
2:名無しの無響生
ラブホ
猫
求婚
ポエム
単語が全部事故
3:名無しの無響生
動画見た
顔だけはいいのが余計に腹立つ
4:名無しの無響生
顔面SSR
行動UR
倫理N
5:名無しの無響生
倫理Nは草
6:名無しの無響生
「君の瞳は真夜中のブラックホール」みたいなこと言ってた
7:名無しの無響生
猫に?
8:名無しの無響生
猫に
9:名無しの無響生
猫、宇宙背負わされてて可哀想
10:名無しの無響生
こいつ昨日、大学で猫耳つけて犬の真似してた奴じゃね?
11:名無しの無響生
猫耳
↓
犬
↓
猫に求婚
進化ルート壊れてる
12:名無しの無響生
最初から全部壊れてる
13:名無しの無響生
橘めるの知り合いらしいぞ
14:名無しの無響生
知り合いっていうか、あいつ橘しか見てなくね?
15:名無しの無響生
普通に怖い話やめろ
16:名無しの無響生
橘める、現地で爆笑してたらしい
17:名無しの無響生
普通は引く
18:名無しの無響生
引いた上で笑ってるんだろ
耐性の種類がおかしい
19:名無しの無響生
顔はいいよな、あの猫男
20:名無しの無響生
顔で許される範囲はとっくに超えてる
顔面偏差値で不審者指数を相殺しようとするな
21:名無しの無響生
>>20
言い方草
22:名無しの無響生
猫の首についてたブレスレット、橘がもらったやつっぽい
23:名無しの無響生
つまり猫が中継役?
24:名無しの無響生
猫を通信インフラにするな
25:名無しの無響生
今日、自販機裏で猫に謝ってたぞ
「過剰な中継負荷をかけた」とか言ってた
26:名無しの無響生
中継負荷って何?
猫にLANケーブルでも刺さってんの?
27:名無しの無響生
刺さってるのはブレスレットだろ
やめろ猫が被害者すぎる
28:名無しの無響生
撫でようとして、猫に前足で指ぺしって止められてた
29:名無しの無響生
猫、有能
30:名無しの無響生
本人「拒絶ではなく一時停止か」って言ってた
31:名無しの無響生
拒絶だよ
32:名無しの無響生
アクセス拒否だろ
33:名無しの無響生
今日、掲示板前に本人いたぞ
自分の晒し画像とツーショ撮ってた
34:名無しの無響生
本人の中では記念日らしい
35:名無しの無響生
怖すぎる
36:名無しの無響生
橘めるも掲示板前で普通に話してたよな
あれ付き合ってんの?
37:名無しの無響生
付き合ってたらもっと静かだろ
あれは交際じゃなくて、事故物件が勝手に隣に建っただけ
38:名無しの無響生
>>37
詳しいな
39:名無しの無響生
見れば分かるだろ
分からないなら目を洗え
40:名無しの無響生
男は追うな
男の方が追ってくる
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◇◇
深夜。
薄暗い部屋に、モニターの光だけが浮いていた。
無響大学・非公式掲示板。
開かれているスレッドは、さっきからずっと同じものだ。
【速報】ラブホ前で猫に求婚する男現るwww
カタ、カタ、カタ。
キーボードを叩く音が、部屋の中でやけに大きく響く。
スレの上部には、誰かが切り抜いた動画のスクショが貼られていた。
画面に映っているのは、泥まみれの黒瀬じぇに。
その腕の中で無の顔をしている茶トラの猫。
その向こうで、腹を抱えて笑っている橘める。
画面の端には、緑色のアイコンが小さく光っている。
通知は来ていない。
男はしばらく無言でスレを眺めていた。
だが、度々流れてくるコメントに思わず苛立ちが出た。
「……うわ、きっしょ」
吐き捨てるような声だった。
「なんだこいつ。顔面SSRとか言ってる奴の頭がNだろ。ガチャ引く前に眼科行けよ」
スクロールする度に橘めるの名前が出てくる。
猫男。
橘める。
笑っていた。
知り合いらしい。
付き合ってんの?
くだらない文字列の中に、彼女の名前だけが妙に引っかかる。
男の指が止まった。
「……橘も橘で、何でそこで笑ってんだよ。餌やるなよアホが」
怒っているような声ではない。けれど、明らかに機嫌は悪かった。
「橘に餌付けされるタイプの不審者、増えるとクソ面倒なんだわ」
彼は椅子にもたれ、少しだけ天井を仰いだ。
それから面倒くさそうに前へ戻ると、返信欄にカーソルを置き、少し考えてから打った。
『顔で許される範囲はとっくに超えてる
顔面偏差値で不審者指数を相殺しようとするな』
送信。
すぐ下に、別のレスがつく。
『言い方草』
男は笑わなかった。
さらにスクロールする。
『橘めるも掲示板前で普通に話してたよな
あれ付き合ってんの?』
その文字を見た瞬間、彼は眉間にしわを寄せた。
「……は? どこをどう見たらそうなるんだよ。目玉、飾りなら外せ」
そう毒づいて、また返信欄に指を置く。
『付き合ってたらもっと静かだろ
あれは交際じゃなくて、事故物件が勝手に隣に建っただけ』
送信。
またレスがつく。
『詳しいな』
男は舌打ちした。
「詳しくねぇよ。見りゃ分かんだろ、この程度」
そう言いながら、さらに打つ。
『見れば分かるだろ
分からないなら目を洗え』
送信。
画面の向こうで、スレッドは軽く盛り上がっていた。誰かが笑い、誰かが茶化し、誰かが黒瀬の顔を褒め、誰かが橘の名前を出す。
そのたびに、男の表情が少しずつ冷めていく。
「あー。きしょきしょ」
画面の端には、橘との過去のチャット履歴が開かれている。最後の送信は、男の側で止まったままだ。
既読は、まだ付いていない。
男はそれを一瞥して、すぐに目を逸らした。
「……別に、俺には関係ないけど」
そう言ったわりに、ブラウザは閉じられなかった。
レスはまだ止まる気配がない。
彼はブラウザの検索窓に短く打ち込んだ。
『黒瀬じぇに 無響大学』
Enter。
乾いた音が部屋に落ちる。
検索結果が表示されるまでの数秒間、男は画面を睨むように見ていた。
「……慣れてんじゃねぇよ、馬鹿」
苛立ちを隠さない声で小さく吐き捨てる。誰に向けた言葉なのかは曖昧なままだ。
男はもう一度だけ、掲示板の画像を見た。
泥まみれの男。
無の猫。
笑っている橘。
「……どいつもこいつも、何が面白いんだよ」
吐き捨てたくせに、ページは閉じられない。
モニターの端で、緑色のアイコンだけが静かに光っている。
既読は、まだつかない。
第1章『まだ隣にはいられない』完




