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幸先の悪いスタート

前話からギリギリ一週間以内に出せました。

これから二週間ほど忙しさが増すので更新頻度がさらに下がるかもしれません。その後は上げられそうです。


そういえば前話を読み返して思ったんですが、ルーティとニィナも一応ライバルのはずなのに性格のせいで一緒にいても全然そういう雰囲気が出ないの、個人的にはけっこう好きだったり。


では本編をどうぞ。



 始まりの時刻になった。


『あ、時間になったみたいだ! それじゃあ転送魔術を発動するよ!』


「来たね」


 音楽神の元気な声で私はニィナと一緒にベンチから立ち上がり、隣に並んで、転送酔いをしないように軽く目を瞑った。


「じゃあ」

「ん。また後で」


 別れの挨拶の直後、ほんの一瞬だけあの内臓が浮くような感覚に当てられたあと、たくさん聞こえていたプレイヤーたちの話し声が全て止んだ。ニィナがいなくなったのも感じられた。そしてさっきまでの石畳の無臭が嘘みたいに、爽やかでうるおった草木と露の匂いが私を包み込んだ。

 目を開ける。


「……森かぁ」


 十メートルくらいはありそうな高い木々の森だった。低いところにも植物が茂っていて、私はその中の獣道のような場所に立っていた。足元には古い落ち葉がカーペットみたいに敷き詰められている。歩いてみると「カサリ、シャリ」と軽い音が鳴った。

 現代じゃこんな場所はあんまりないから、観光とか登山で来ていたならかなり感動したと思う。涼しくて爽快で、居心地が良かったはず。

 でも今は違った。


「嫌な場所に飛ばされたなぁ」


 音のせいでモンスターに居場所がバレそうだし、木と草のおかげで視界が悪いから投擲もしづらい。索敵に精神がすり減りそうなことも考えると初期位置としては良くない部類だった。もしこれで他のプレイヤーと鉢合わせなんかしたら──

 ──自分が死ぬ未来が見えて、私は背中からゾッとした。


「近くにはいない、よね?」


 右を見る。左を見る。ざっと何もいなさそうだけど、木の上の方も念入りに見る。今はまだ、誰かに襲われる感じはなかった。


「【気配察知】にも何もない……いや、レベルが低いせいで分からないだけ?」


 フィールドにいるのは私だけじゃない。他の二陣のプレイヤーだっているし、一陣のプレイヤーだっている。私よりレベルも高くて装備も強くてスキルも多様な人たち。その中にステルス系統があってもおかしくない。

 そうすると私の【気配察知】は破られる可能性が高くて大して信用できない。かといって視界も草木のせいで悪い。嗅覚で敵の位置を探るなんて私には無理だし、勘なんて持ち合わせてない。

 そして耳は──


「心臓の音がうるさすぎ、てっ!?」


 ガサッという葉の擦れる音で、全身が強張った。

 突然、不意すぎた。あまりに不意で、いつもの驚く時以上に体がバネみたくビクッと縮こまった。声も息も出なかった。そうしながら目だけが動いていて、時間が引き延ばされたような感覚の中ですぐそばの茂みから何かが飛び出してくるのが見えた。


「っ!?」


 兎だった。

 兎が空中を突進してきている。

 前に見たと頭の片隅で思いつつも、私は唯一動く自分の目を前と違う部分──その頭に追加されている角から離すことができなかった。

 声が戻る。


「あぶなっ」


 ギリギリで体の制御が戻ってきて、私は上半身をめいっぱい反らしながら短剣で角を挟むようにして兎を止めた。

 それは、ちょうど先端が私の眉間に刺さりそうなところだった。


「うわ……」


 間抜けな声が出た。

 もしあと少し遅かったら、どうなっていただろう。

 こんな序盤でデスした自分を想像するとそれだけで恥ずかしさがこみ上げてきて、あと一瞬でそれが現実になっていたということに今度は寒気が全身を這うような心地がした。


「はぁっ!」


 その気持ち悪さを追い払いたくて、私は大声を出して兎を地面に叩きつけて、そして絶対に外さないようにと選んだ【エリアスラッシュ】でそのふわふわした体を完全にポリゴンへと変えた。

 キラキラと光る粒子がだんだん空気に溶けていって、すべて消えたところで私はようやくいつも通りの息をした。


「ふぅ。ちょっと油断してたってことはないはずなんだけどね。まあこれで初ポイント」


 するとすかさずシステム通知が鳴って無慈悲な事実を告げてくる。


『イベントポイントを2pt獲得しました。累計ポイントは2ptです』


 一瞬、聞き間違いかと思った。次の一瞬には「バグかな?」と思った。でも通知画面に刻まれていた数字も同じことを言っていた。


「は、え? 今ので2pt? 労力と全然釣り合ってないけど?」


 もしかしてこれ、平原に転送されたプレイヤーとかと環境の有利不利が違いすぎるんじゃ。

 私は心が少しざわめくのを感じながら、でもうっかりこれにばかり集中すると今度こそ死ぬということを思い出して慌てて通知画面を消した。

 短剣をいっそう強く握ってまた歩く。


「とにかく森を出ないと」


 本当にこの、次に何が起こるか予測もできない森の中にいるっていうのは神経がすり減る。それなのに360°全方位に同時に注意を向けるなんてできないから、目を向けていた方向以外から何かが来るとどうしても反応が遅くなる。しかもどこから来るのかが分からないだけじゃなくて、その上いつ来るのかも分からないし、そもそも視界が悪いし、なぜか【気配察知】はうまく働かないし、自分の心臓の音のせいで耳にも頼れないし……考えれば考えるほど希望が薄れて絶望が濃くなってきた。

 それに──


「時間が経ったらもっとマズい」


 今はまだ午前中。太陽が高くなってきて森の中が明るさを増しているけど、一度お昼に──正午になってしまったらそこからはどんどん暗くなる一方。もしもこんな場所で夜を迎えることになったら間違いなく生き残れない。復活するときは死亡場所かランダムな場所かを選べるからワンデスでこの森から脱出できると考えたらプラスにも思えるけど、でもただでさえ低いステータスがこれ以上下がるのはさすがに避けたい。


「とにかく早く、早く出ないと」


 開けた場所にさえ辿り着ければ戦いやすくなる。索敵もできる。


「なるべく早く」


 まだ絶対に死にたくない。

 目標の100位以内なんて不可能になるし、この調子で進んでいってもし序盤に死んだりしたらアルとニィナに「大丈夫?」なんて言われかねない。笑われるならまだいいけど、あんなに「ライバル」だって啖呵を切った二人に本気の心配なんかされてしまったら。


「っ、それだけは絶対に避ける」


 どうやら100位以内を言う前に、まずはこの森から一回も死ぬことなく抜けることを第一目標にする必要がありそうだった。

 私は二重の怖れに少しばかり震えながら、あらゆる方向に死が潜んでいるような感じがする中を、キョロキョロと──ギョロギョロと周囲を常に見まわしつつ、早歩きで獣道の上を進んだ。



サブタイトル「幸先の悪いスタート」ってあまり無いでしょうね。

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