序章
混沌が馴染んでいるからか、あるいは彼の成果が早くも出ているのか。
次々と湧き出る様に記憶が戻ってくる。
雑念になるから今はやめて欲しいところなのだが、まあ贅沢だな。
司令部に使われている施設は、座学用の施設、校舎か。
既に法の範囲から逸脱している訳だが、確かにあそこなら誤魔化せるかもしれない。
私自身軍属でもある訳だから訓練だと言い張られると少し厳しいか。
それでも今やるべきことには変わりは無いか。
相手の言い分は一切聞かなくてもよさそうだから、まずは私自身の直属の上官に……思い出せないな。
今必要になる知識から思い出しているわけではないのはわかっているが、今連絡を取るべき相手がわからないというのは困ったものだ。
まさか相手がその上官だなんて状況ではないよな?
いや、直観だが無いだろう。
人の心の基礎は環境や記憶によって形作られるものだ、思い出せなくとも心が覚えているといったところだろう。
校舎に侵入する。
捕縛している者が3人もいるので色々と目立っているが、手を散らすように振っただけで警備員が無関係な人間に近づかないよう協力してくれた。
私の顔が知れ渡っているのか、初めからそういう筋書きで連絡が入っているのか……
この国の事を思い出せば思い出すほど疑わしくなっていくが、そこを今掘り下げて考える必要は無いな。
校舎内は監視機器があちこちに配備されていた筈だが、それでもこの時間帯では灯りは殆どつけられていない。
夜間講習もあった筈だが、今日は無いのかあるいはこの校舎では無いのか、どちらにせよ人気がほぼ無い。
好都合と言えるだろう。
配備されている監視機器の性能は思い出せないが、今欺きたいのは人の目だ。
窓から射し込む月明りでおそらく映像に映っているが常にではない。
柱の影に入り消える瞬間に自身の身体を人形に入れ替え、同時に自分は闇に変身して灯りの届かない影に潜む。
実に単純、手品のような小細工だが、この手の準備を怠らないのが重要だ。
そもそも最も重要な相手の情報が握れていないのだから慎重を規すべきなのだから。
さて、通信機の送信先はこの部屋か。
扉は引き戸だ、普通に開ける。
同時に引っ張ってきた3人を部屋の中に放り込んで浮遊魔術を切る。
相手の性質がわからないから少しでも余力を持ちたいからだが、当然3人は地面を転がっていった。
特に何も起きないな。
床面良し、糸やそのまま浮遊している種類の罠がないことを確認してから部屋に入る。
部屋の中で待っていたのは……いや、誰かわからないのはどうにもならない。
やや太り目の体形で白衣を着ている男一人と、肉付きのそこそこ良い軍服を纏った男が一人、あと通信管制員だろう男女二人。
白衣の男と通信管制員はややおびえ気味だが、軍服の男は毅然としているな。
人形に軽く目線だけ向けさせ、そのまま背を向けて退室させる。
背を向けた一瞬に軍服の男が腰に下げた魔術短銃を抜き放ったが、その銃が弾を撃ちだすことはなかった。
撃ったなら色々と手を出すつもりだったのだが、踏み止まられては精々正当防衛の範囲で反撃しておくだけだ。
人形が扉を後ろ手で閉める動作に合わせて銃に装填されている術式を弄る。
結局私自身は終始隠れ通してしまったので、手の内を晒さないように僅かばかりの嫌がらせ程度に留める。
ドアの閉まる音とともに銃に装填されていた電撃の術式が暴発した。
ついでに悲鳴がいくつか聞こえたが無視だ。
確か魔術短銃は軍部管理の貸出装備品が殆どだ、製造費用もかなり高い……筈だが具体的にどの程度かは思い出せないな。
あれが数少ない個人所有であったなら修理費用で、貸出だったのなら修理費用と始末書で。
まさに嫌がらせといった反撃だが、これで手打ちにしようという意思表示でもある。
軍服の男は忌々し気に表情を変えたがすぐに顔を引き締め通信機を起動した。
既に情報封鎖は解かせておいたので問題なく通信できる。
「現時刻をもって作戦を終了とする、各員帰投しろ。」
こっちの意思は大体伝わった様だな、白衣の男はいろいろ言いたげな顔をしているが一瞥されて黙らされていた。
実働部隊からの返信で被害報告と救助要請が返ってきて表情筋が痙攣するように動いたが、直ぐに救助に動かせる部隊がいないか通信連絡員に確認を取らせている。
使い魔にしばらく監視させるか考えたがこの調子なら当面の間は大丈夫であろう。
使い魔にはそのまま適当な高度で朝まで監視を維持と伝える。
どうせ朝方には高空からの監視は厳しくなるだろうから朝には戻していいだろう。
人形は校舎から出すことなく回収した。
そのまま闇に擬態したまま校舎を出る、校舎に出入りした人間の数が不一致として警備機器に記録されるだろうがそれも始末書物だな。
頑張って処理してくれたまえと押し付けておこう。
次々に湧き出てくる記憶の整理がまずはしたいところだ。
病棟に割り振られた部屋に戻って今日は一先ず寝ることにしよう。
朝には起きて、そういえば実験の事後報告書を作成しないといけないのではなかったか。
まったく面倒な国だよ、本当に。




