82話 転生うさぎと魔王と吸血鬼のシャドウ
結局、わたしは魔王に会うのを止めて、クーリアさんが石板の欠片を転移させた場所の調査を優先することにしました。
別に魔王に会うのが面倒くさくなったとか、いろいろな事前情報と魔族の反応を見て会う気が失せたとか、そんな理由ではありませんよ。
獣王国では、獣王の結界があったから仕方なく面会しましたし、公国では、春姫さんと知り合いだったので顔を合わせただけです。もともと魔王にわざわざ会いに行く理由なんて無いので、さっさとシャドウを倒して帰ろうと思っただけです。
そんなわけで、わたしは魔王城方面から離れて、魔国北東にあるクーリアさんが石板の欠片を飛ばしたらしい地点を目指しています。道中いくつかの街の近くを通りましたが、例の軍が配置されていた街以外は普通に人が暮らしているようでした。どうやら、被害にバラつきがあるようですね。
しかし、魔国の中心から離れるにしたがって状況が変わっていきました。
明らかに軍人らしき装備をした魔族が、防衛を固めている街を見付けたのです。魔国の中心地から離れるほどシャドウに襲われているということでしょうか。南と北東側に被害が出ているとなると、魔国を囲むようにしてじわじわと攻められているのかもしれません。
――今ままでのシャドウの動きにしては妙ですね。
わたしが倒してきたシャドウや他の皆さんが倒したシャドウの情報を思い出してみても、人の国を組織的に襲うような行動はしていなかったはずです。セラさんの情報でもありましたが、せいぜいが周囲の魔物を倒して魔力を奪っていた程度でした。
それに、シャドウを増やしているのというのも疑問ですね。
常夏の領域で戦ったダンジョンコア化したシャドウは、入り込んできた魔物の魔力を吸い取って殺し、情報を解析して、ダンジョンの能力でシャドウ化した魔物を生み出していました。ですが、今回は元凶が眷族をばら撒いているような感じがします。
――これはもしや、悪魔本人がここに居る可能性がありますね。
ここまで、今までのシャドウにはない意思のようなものを感じたわたしはそう思いました。本人でなくても、近い存在が居るはずです。なんとしても元凶と接触したいですね。
何か情報が聞けないかと、ここでスライムちゃんの力を借りることにします。
「・・・スライムちゃん、小さい〈分身体〉を作って、あの街の中に入り込めそうですか?」
スライムちゃんがぷるんっと震えます。出来るそうですが、対魔物の結界があるとすぐに見付かる可能性があるそうです。王国や聖国にはありませんでしたが、魔国はどうでしょうか?公国?あそこはそもそも、街が全て四季姫の領域の中ですからね。侵入したらバレるに決まっているじゃないですか。
せめて、スライムちゃんが〈潜伏〉スキルとか覚えてくれていたら・・・あ、そうです。
「・・・では、如月のうさぎバージョンになって、〈潜伏〉スキルは使えそうですか?」
スライムちゃんがぷるんっと震えます。うん。使えるようですね。それなら、うさぎ潜入作戦でいきましょうか。
それから十分後・・・。
スライムちゃんの、如月のうさぎ姿を模倣した分身体から〈思念伝達〉を通じて街の中の情報が入って来ます。
「魔王様は大丈夫だろうか?」
「アナスタシア様もおられるから、危なくなったら転移で逃げるだろう」
「おい!喋ってないで、こっちの壁の強化を急げ!」
「「はっ!」」
どうやら、魔王もこちら側に居るようですね。もし魔王に会いに魔王城に向かっていたら無駄足だったわけですか。こっちに向かうことにしたわたし、英断です。でも別に、今更魔王に会う気は無いのですが。
しかし、魔族は本当に雑多な種族が集まっているのですね。よく共存が成り立つものです。まぁ、似たような特性を持つ魔族達が集まってあちこちに街を作っているのでしょうけど。きちんと観光してないので、あくまで想像の話ですよ?実際はどうだか知りません。
「先遣隊が帰ってきた!魔王様とアナスタシア様がなんとか抑えているようだが、苦戦しているとのことだ」
「魔王様とアナスタシア様で苦戦だと!?どんな化け物だよ・・・」
「相手はヴァンパイアの始祖の体を使っているそうだからな。さすがの魔王様でも一筋縄ではいかないのだろう」
「魔国全体を囲むように襲われているせいで、戦力が分散されているのが辛いな。せめて、ファウスト総隊長が助太刀に来てくれれば・・・」
「総隊長は今、西のダンジョンから溢れてきている魔物の相手で手一杯だろう。俺達が代わりに魔王様のサポートしなきゃならねぇ。違うか?」
「ああ、そうだな」
ふむふむ。どうでもいいですが、この人達、他に人が居ないからと喋りすぎではありませんかね?壁に耳あり障子に目ありですよ。まぁ、おかげで必要な情報が十分に手に入ったので良いとしましょう。
「・・・スライムちゃん、もう分身体は消して良いですよ。必要な情報は手に入りましたから」
わたしがスライムちゃんに指示すると、スライムちゃんがぷるんっと震えて、分身体の反応が消えました。便利ですね。わたしも覚えてみたいですが、どうやって覚えるのでしょう?見当もつきません。
分身体については落ち着いた時にでも考えましょうか。忘れてそうですけど。今はこの先のどこかで魔王とアナスタシアとやらが戦っている吸血鬼の始祖とやらを探してみましょう。話の感じ的にはこの先の街近辺でしょうか。
* * * * * *
わたしの予想は当たり、魔王っぽい人影と日傘をさした金髪ツインテールの女性が、明らかにシャドウと思われる存在と先ほどの街の一つ先の街で戦っていました。
正確には、街だったもの、ですね。
ほぼ廃墟と化しているのですが、一体何をしてこんな状態になっているのですか・・・?
わたしの疑問はすぐに答えが出ました。というのも、魔王が膨大な魔力を用いて、シャドウと思われる影を中心に大規模な爆発を起こしました。自分の国の街でしょうに、容赦ありませんね。
ところで、魔法攻撃はシャドウには通じないはずなのでは?っと思いながら見ていると、やはりというかシャドウは無傷の状態で変わらず立っていました。何をやっているのですか、あの人。今まで戦っていたのではないのですか?
わたしが二人に近付くと、魔王がこちらをちらりと見ました。金髪ツインテールさんはこちらを見ずに目の前のシャドウの動きを注視しています。
「新手か?」
「後ろの気配に手を出してはダメよ。貴方でも手に負えないでしょう」
「なりはガキだが、秘めている力は相当だな・・・。今はちょっと立て込んでいる!!挨拶ならば後にしてもらおうか!!!」
「・・・そんなに大きな声を出さなくても聞こえていますよ。・・・わたしもそっちの影に用があるのです。ちょっとそこで黙って待っていてください」
空中を浮かんでいる二人の下を歩いて通り過ぎ、廃墟の中に居るシャドウと相まみえました。
襟の立った黒いロングコートを着た初老の人に見えますが、牙があるのと、コウモリの翼が生えているのでヴァンパイアなのは間違いないですね。
「・・・これは、獣王国と同じで、死体に石板が入り込んだのでしょうか?」
〈全知の瞳〉で鑑定していると、体内に石板の欠片を見付けます。こいつが元凶のシャドウですね。間違いないです。
わたしはオリハルコンのランスを出して、聖の魔力を纏わせます。無いよりはマシでしょう。
「くっくっく・・・あの時の小娘か。ちょうどいい。我の計画の邪魔をした貴様から魔力を頂こうか」
「・・・?貴方、悪魔王なのですか?」
「貴様らのせいで十分な魔力も集まらないまま殆どの呪いも消されたから、我自らがシャドウを操っておるのよ。全く、手間をかけさせおって」
「・・・あぁ、遠隔操作みたいなものですか。・・・ふぅん、やはり帝国に居ましたか。帝都では無いようですが」
わたしが悪魔王の愚痴を聞き流しながら、〈全知の瞳〉でシャドウからの繋がりを通じて居場所を解析していると、悪魔王の顔色が明らかに変わりました。
「貴様!どうやって!?」
「・・・アホですか?自分の能力をペラペラ喋るわけないでしょう」
「まぁいい。ここで貴様を殺せば良いだけのことだ!」
なんでしょう、この小者感。こんなやつにわたしがあちこち走り回って頑張っているのかと思うと、なんだかムカついてきますね。
「その大量の魔力!私の完全な復活のための糧となるがいい!!」
目的までぺらぺらとありがとうございます。やっぱりこいつアホですね。
といっても、〈全知の瞳〉を使うのに意識と精神力のほとんどを使っているので、万全な戦闘は出来ません。ラプラスに助力するようお願いしてみますが、反応がありませんね。仕方ないです、この状態でもあのシャドウを倒すくらいは出来るはずです。
吸血鬼のシャドウが両手を大きく広げると、建物の陰という陰から、影のような黒い手が無数に出てきて襲い掛かって来ました。わたしはそれらをくるくると避けながら、影の手をランスで切り裂いていきます。
――出来れば、解析が終わるまでは時間を引き延ばしたいですが・・・。
さすがにこんな陳腐な攻撃だけではなく、シャドウ自らが突っ込んできて、爪を伸ばしてわたしを突き刺そうとしてきます。影の手とシャドウ本人の連携攻撃。単純ですが、とても鬱陶しい攻撃ですね。
わたしはランスを地面に突き刺して、周囲に聖の魔力を放出して、無差別浄化攻撃をしました。わたしを囲んでいた影の手が一斉に消え、シャドウも動きを一瞬止めます。その動きを止めた瞬間に、ランスを構えなおして〈神速〉スキル込みの超スピードでシャドウに突撃します。
「ぐぅあ!ああああ!!キサマああああ!!」
体に大穴を開けて、ついでに浄化してやりましたが、さすがに街を襲っていた雑魚シャドウとは違いますね。まだ死にませんか。それにしても、霧になって逃げるのが遅いのですよ。悪魔王の意識が動かしているから、能力の使い方に慣れていないのでしょうか?
なんにせよ、不慣れなうちにここで仕留めてしまいましょう。
わたしが再度突撃の構えをした瞬間、傍観していた魔王が突如先ほどと同じ大規模魔法を使いました。巻き込まれそうになったわたしは、思わずシャドウから距離を離してしまいます。
魔王は馬鹿ですが、さすがに魔力が吸収されているのは理解していたのか、魔法による攻撃を直接当てるのではなく、周囲を爆破してその衝撃でダメージを与えようとしているようでした。だから余計に街がズタボロなのですね。普通に肉薄して戦えば良いと思うのですが・・・。
ただし、魔王の魔法は威力が大きすぎて、完全に制御しきれておらず、少なからずシャドウに魔力を与えていました。更に最悪なことに、わたしが距離を空けてしまったせいで、シャドウが霧になって霧散してしまいます。
――逃げられましたか。
〈全知の瞳〉で後を追おうとしますが、馬鹿魔王の滅茶苦茶な攻撃のせいであちこちに情報が散乱しています。これらから、あのシャドウを探すのは難しいでしょう。わたしは頭が痛くなる前に〈全知の瞳〉の能力を切りました。
索敵魔法、〈精密索敵〉、〈魔力感知〉でも探してみますが、すでに索敵範囲外に逃げたのか、転移的な移動手段があるのか、見付けることは出来ませんでした。
「ちっ、逃げられたか」
魔王の呟きにイライラゲージが上昇します。このままでは、思わず本気で殴りかかってしまいそうなので、頭の上に居るスライムちゃんを手元に持ってきて、ぐにぐにして心を落ち着けます。
「逃げられたか、では無いでしょう、馬鹿魔王!!あの子に任せておけば良かったというのに、何故手を出したの!?」
――そうです!もっと言ってやってください!
金髪ツインテールさん、えっと、アナスタシアさん?が魔王を傘の持ち手部分でゴスゴスと叩きながら怒っています。しかし、魔王は意味が分からないという風にきょとんとした顔でアナスタシアさんを見ました。
「何故だと?魔王である俺が指をくわえて諸悪の根源が倒されるのを見ていろと言うのか?そのようなこと、我のプライドが許さん」
「貴女のプライドなんかよりも、この事態を早く治めることが重要でしょう!?」
「ふん。この程度のことで我の魔国がどうこうなるものか。それに、我一人でもあの影を倒すことは出来たのだ。あの小娘が邪魔をするのが悪い」
――あぁ、セラさん達がめんどくさいやつって言った意味が少しだけ分かったような気がします。
わたしは深く、ふかーく息を吐いて、言い争いをしている二人を見上げて声を掛けました。
「・・・とりあえず、場所を変えて話をしませんか?」
「話だと?貴様と話すことなどない。さっさと立ち去るといい」
「・・・」
「魔王!貴方は少し黙っていなさい!・・・ごめんなさい。こちらこそ、お話がしたいわ。場所はここだとあれだから、防衛隊が居るここより前の街で良いかしら?」
「・・・えぇ、構いませんよ。あちらの街でしたら、わたしが転移で一緒に運んであげましょう」
「要らん。素性の知れぬ者の転移などと一緒に行かぬ」
「・・・」
「それならば魔王は一人で走ってきなさいな。わたくしは運びませんわよ」
「なぬ!?」
「・・・結局どうするのですか?」
なんだか、ここ最近で一番疲れました。ひょっとしたら、わたしは魔国とは肌が合わないのかもしれません。
わたしが少し遠い目をしていると、アナスタシアさんが日傘を差したまま空中からわたしの目の前に下りてきました。
「魔王は放っておいていいわ。転移が出来るならば頼めるかしら?正直な事をいうと、転移用に残していた魔力しか残っていないから、できれば節約したいのよ」
「・・・構いませんよ」
というわけで、わたしはアナスタシアさんと共に魔王をこの場に置いてさっさと転移しました。
魔王?一日もしないで隣街くらい来れるでしょう。だって魔王ですし。あれだけ元気に派手な魔法使ってましたし。問題ありませんよ。たぶん。
 




