59話 転生うさぎと聖獣
フェニさんの礎の核を改良してから数日が経過しました。ケイルさんからすぐに改良の依頼が来ると思っていましたが、連日魔物の変異種が入り込んでそちらの対処をしているようで忙しいみたいです。オロチさんにはそもそも改良の話を教えていないのでスルーです。でも、公国は国境に結界を張っているそうなのでオロチさんの領域は平和だと思うのですが、最近はあまりわたしの領域に来ませんね。ま、何かあれば連絡してくるでしょう。たぶん。
わたしの領域は今のところ平和です。魔物が入り込んできたりしませんし、聖都に乗り込んでからは人間も来ません。弥生達の戦闘訓練を眺めていたり、たまに相手してあげたり、一日ボーっとしたり、前の世界の便利品を作ってみようと持ち物で遊んだりして時間を潰している毎日です。なんだか、こういう定期的にあるのんびりした日って嵐の前触れの予感がして落ち着かないのですよね。ここ最近そんな感じでしたし。
そして、やっぱりわたしの予想が当たってしまい、面倒そうなことが起きました。
――侵入者ですか?魔物でも人族でもありませんね?なんでしょう、始めて感じる感覚です。
とりあえず、弥生に様子を見に行かせて、プリシラさんは非難させておきます。プリシラさんには卯月と如月の護衛も付けているので万が一は無いと思いますが隠れていた方が安全でしょう。
わたしは持ち運べる簡易端末から侵入者の映像を出しました。おや?動物・・・ではありませんね。でも魔物の反応でも無いのですよね。何でしょうこの生き物達。
角の生えた白馬っぽい生き物や翼の生えた白馬っぽい生き物に宝石のついたリスみたいな生き物や、一角うさぎっぽい生き物等々、変わった見た目(魔物に言われたくないでしょうが)ばかりです。あ、弥生が接触しましたね。音声も聞いてみますか。
「はじめまして。我が主様の月の領域へどのようなご用件でしょうか?」
やや威圧のある声音で弥生が目の前の生き物達に話し掛けます。あ、ちなみに弥生は人の姿ですよ。うさぎでは威圧感無いですし。
ただ、言葉が通じていないのか、お互いに目を合わせている侵入者達。その様子に弥生はこれでは話が出来ないと判断したのか、結局うさぎの姿になってもう一度話し掛けました。
「きゅい。きゅいきゅい」
相変わらずうさぎ語はなに言っているかわかりませんね。しかし、このパターンは想定していませんでした。弥生達に〈念話〉だけでも覚えさせておくべきでしたね。
そう反省しながら見守っていると、侵入者達の中の一角うさぎっぽい生き物がうさぎ語で弥生に返事をしています。わたしには何を言っているかさっぱりなので、弥生に〈思念伝達〉を繋げて話を聞いてみます。
(・・・弥生、彼らは何と言っているのですか?)
(主様、どうやら直接主様と話をしたいそうなのですが・・・どういたしましょう?)
(・・・彼らは何者なのか名乗っていないのですか?)
(はい。ですが、魔物では無いようですし、悪い気配は感じませんが)
(・・・ふむ。ちょっと待っていてください)
こういう時は物知りそうな人に聞いてみますか。プリシラさんに〈思念伝達〉を繋げてみます。
(・・・プリシラさん、魔物でも魔人でも神獣でも人族でも聖人でもない生き物で魔物っぽい生き物って何だか分かりますか?)
(うふふ、面白い聞き方ですね。うーん、そうですね・・・。聖典では聖獣の存在がありますよ。時々それらしい目撃情報もありますが、一般的には伝説上の生物です)
(・・・その聖獣に特徴はあるのですか?)
(魔物とは真逆の存在で、聖なる生き物だとしか・・・)
――魔物とは真逆の聖なる生き物・・・ですか。ひょっとして・・・。
わたしは映像から〈全知の瞳〉で侵入者達を鑑定してみました。この方法は負担が激しいのであまりやりたく無いのですが、今回は仕方ありません。
名前や種族を鑑定するのでは無く、侵入者達の体の構成を視てみます。すると、予想通り聖の魔力しか持っていないのが解りました。魔物とは真逆、なるほどその通りですね。
(・・・プリシラさん、ありがとうごさいます。どうやらその聖獣さんが来たみたいなので相手をしてきますね)
(えっ!?・・・本当にトワ様には驚かされてばかりですね。聖獣は争いを好まない温厚な生き物だと聖典では書かれています。なので、大丈夫だと思いますがお気を付けてください)
プリシラさんとの〈思念伝達〉を切ると、繋げていたままにしていた弥生に話を降ります。
(弥生、聞いていましたね?聖獣の皆さんをここまで案内してください)
(かしこまりました、主様)
しかし、〈魔力感知〉だけでは聖の魔力を判別することは出来ないのですね。何か違うな~というぼんやりした違和感はあったのですけど、普段から聖の魔力の存在に気付いていなければわからなかったでしょうね。
――言われて見れば聖樹に似た魔力でしたね。しかし、動物に魔物に神獣に聖獣ですか。紛らわしいですね。ほんと。
厳密にいうと神獣と魔物はほぼ一緒ですけどね。さてさて、伝説の生き物である聖獣が、神獣の領域に何の用なのでしょうか?
弥生が来るまでぼんやりと待っていると、聖獣達を引き連れてきた弥生がやってきました。こうして見るとそこそこの数が居るのですね。
弥生を下がらせたわたしは、とりあえず挨拶がわりに〈月神覇気〉を軽く使います。ただのちょっと力のあるうさぎだとなめられる訳にはいきませんからね。
すると、聖獣達は揃って伏せてしまいました。あれ?そんなに強くしていないのですけど?予想外の効果にわたしがびびってしまいました。やりますね、聖獣。
(・・・えっと、わたしの領域に何のご用ですか?聖獣の皆さん)
わたしが〈念話〉で話し掛けると、びくびくしながら角生えた白馬が顔を上げました。そんなに怯えなくても良いのですけど。
(魔の頂点たる神獣の力を持つうさぎよ。我らをこの領域の中に住まわせて頂けないだろうか?)
――おやおや、これは予想外です。ここに住みたい?どういうことでしょうか?
とりあえず、神獣の存在はご存知のようですね。これ以上怯えさせないように威圧を解除しておきます。ですが、全員伏せたままです。解せぬ。
わたしは耳をゆらゆらと揺らしながら事情を聞いてみました。わたしに〈念話〉で話し掛けてきた白馬さん・・・ユニコーンという種族で名前は無いそうです・・・がぽつりぽつりと事情を説明していきます。
内容を纏めると、今巷で大量に出始めた魔物の変異種に襲われて困っているそうです。住処を何度も襲われて荒らされて、稀に出てくる謎の紫の魔石を取り込んで暴走してしまう聖獣も出たのだとか。聖の魔力でも暴走してしまうのですね。なんて面倒な魔石なのでしょう。いや、この場合は〈魔力変換〉の弊害ですかね。〈魔力変換〉で自分の魔力として取り込んでしまったせいで紫の魔石がその効果を発揮したのでしょう。
――聖の魔力を使って魔石を壊してしまえば良かったのでしょうが、事情を知らない聖獣にそれを言うのは無理がありますよね。
わたしはそんなことを考えながら相談役のフェニさんに〈思念伝達〉を繋げます。いつものようにすぐにフェニさんは対応してくれました。
(今回はどうしたの、トワ?まさか今度はウロボロスが来たとか言わないよね?)
――フェニさんにとってわたしは定期的にトラブルが舞い込んでくる奴だと思っていますね。否定しきれないのが歯痒いです。
(・・・フェニさんは聖獣をご存知ですか?)
(聖獣?・・・ああ、あの無関心で不干渉な連中ね。自分達の住処だけで暮らしている平和ボケの聖樹の力を持った生き物でしょう?)
(・・・なんかちょっと辛辣ですね。何かあったのですか?)
(まあ、本当に昔の話だけれど、天使と悪魔と戦っていた時に助力をお願いしたのに無視されたことがあってね。まあ、基本的に平和主義で戦闘慣れしていないから戦力としては微妙ではあったけど、あの時はちょっとイラッとしたわね)
フェニさんを苛つかせるなんて、何て命知らずなことを。当時の聖獣の皆さんは度胸ありますね。今のわたしの前にひれ伏している姿を見せてやりたいです。
(それで?聖獣がどうかしたの?)
(・・・なんだか突然わたしの領域にやってきて住みたいと言って頭を下げているのですが、どうすれば良いですかね?)
(・・・)
(・・・?フェニさん?)
どうしたのでしょう?いきなりフェニさんが黙ってしまいました。
(あ、ごめんなさい。ちょっと驚いて・・・。聖獣が頭を下げて住ませてくれとか言うなんて信じられなくて・・・。トワと出会ってから驚くことばかりでなんだか頭が追い付かないわ)
――なんか、心労を掛けているようでごめんなさい。
心の中で謝っていると、フェニさんが「まぁ、それはそれとして」と話を続けます。
(トワの領域の話だからトワの自由にして良いと思うわよ。追い出しても良いし、何か条件をつけて住まわしても良いし)
条件ですか。場所を提供する以上は何か要求しても良いのですよね。少し聞いてみましょうか。
その前にいつも頼りにしているフェニさんにお礼を言っておきましょう。
(・・・フェニさん、いつもありがとうございます。おかげで考えが纏まりそうです)
(そう?それならよかった。これからも気兼ね無く相談してね?)
フェニさんとの〈思念伝達〉が切れました。本当にこれからもフェニさんとは良好な関係を保っていたいものですね。
わたしが少し長い間黙りこんでいたからか、聖獣達の間に緊張感が漂っています。ここまで怖がられるのも新鮮ですね。でも、怖がられているというよりは畏れ多いみたいな感情を感じるのですよね。ちょっぴりプリシラさんに近い何かを感じます。気のせいでしょうか?
わたしは耳を立てて〈念話〉で話し掛けます。
(・・・お待たせしてすみませんね。ちょっと、友人と話をしていたもので。・・・それで、ここに住みたいそうですが、何か対価のようなものは払えるのですか?・・・それとも、タダでわたしが場所を提供したらそれからは無干渉ですか?)
わたしがそう聞くと、先程までわたしと話をしていたユニコーンが慌てたように周りの聖獣達に視線を送ります。その視線を受けてか、今まで傍観していた翼の生えた白馬・・・えっと、ペガサス?・・・がゆっくりと立ち上がってわたしの前までくるとその場で首を垂れます。ペガサスのその姿を見て後ろの聖獣たちが少し騒めきました。
(我ら聖獣ペガサスの一族は貴女に忠誠を誓い、この領域の守りと貴女のお言葉に従うことを誓約しましょう)
そう言ったペガサスの言葉の後に一斉に後ろに三体ほど控えていた残りのペガサスが慌てた様にわたしの前に出てきて同じように首を垂れました。
わたしはその様子を呆然と見詰めながらゆっくりと頭を傾げてます。忠誠?誓約?いきなり何を言っているのでしょう?今日初めて会う方々ですよね?
(・・・何もそこまでしろとは言いませんが・・・なんだか聞いていた話と違うので反応に困ります)
わたしが正直な感想を言うと、最初に頭を下げたペガサスがその体勢のまま話始めました。
(我ら聖獣よりも強い『神気』を持つ貴女に従うのは我らとしても光栄なことなのです。当初は聖の魔力の濃いこの領域内が住む環境として良いと考えて交渉するつもりでしたが、貴女を一目視てその考えは変わりました。他の者達も恐らく貴女ほどの強い『神気』に当てられて困惑しているのでしょう)
『神気』?また新しい単語ですか?これ以上訳の分からない単語を増やさないでくださいよ。ひとつひとつ理解していくのも大変なのですから。
わたしは小さく溜息を吐いてから『神気』について聞いてみます。ペガサスの長い説明を要約すると、聖の魔力の威圧バージョンみたいなものらしいです。普通の威圧は魔力で物理的に圧力を掛けて動けなくするのと同時に圧倒的な魔力量で精神的な動揺を誘うもので、聖の魔力の威圧・・・あぁ、神気でしたっけ?・・・は、相手の精神的に作用して戦意を奪うのと同時に信仰の念を抱かせやすくなるらしいです。もうひとつ大きな違いは、威圧は自主的に使うものですが、神気は常に勝手に放っているものらしく、聖の魔力を扱う者や魂を見ることが出来る者にしか把握することが出来ないのだとか。
どおりでプリシラさんから妙に信仰されているのですね。フェニさんも言っていましたが、わたしの魂は見たこともないくらい綺麗で輝いているらしいですし。わたしには見えないのでさっぱり意味不明ですけど。
それで、聖獣は聖の魔力で構成されている魔物なので、わたしの神気とやらを見ることが出来ませんが感じることが出来るらしいですよ。
――でも、プリシラさんと初めて会った時から綺麗な魂って言われていましたが、あの頃はまだ〈聖魔混成体〉ではなかったので聖の魔力は持っていなかったと思うのですよね。う~ん、〈魂魄眼〉で見ることが出来るのならばもっと魂に根付いたものなのでしょうか?いまいち神気の存在はあやふやですね。
神気とやらに関してはとりあえず放っておきますか。わたし自身が存在を感知できない以上〈全知の瞳〉で鑑定も出来ませんし、一部の分かる人にしか分からないようなものらしいのでそこまで気にする必要はないでしょう。使い道も無さそうですし。
神気のことは一旦忘れますが、その神気とやらのせいで目の前の聖獣たちはこんなにも緊張しているのですね。わたしとしては話が進むのが遅くなるのでもっと普通にしていて欲しいのですが。
(・・・まぁ、わたしの眷族はまだ育成途中ですし、これからの世界的な混乱の前に戦力が増えるのは悪い話ではないですね。・・・良いでしょう。忠誠は兎も角、この領域の守りに力を貸してくれるならば住むことを許可します。・・・他の聖獣の皆さんはどうしますか?)
わたしが後ろで固まっている聖獣達に目を向けると、慌てた様子で全員がそれぞれの形で忠誠の体勢を取りました。こちらもペガサスと同じ意思のようですね。
受け入れることにしたのはいいですが、場所はどうしましょうかね?適当に好きな場所でも構わないのですが、先住民の動物達や唯一の人間であるプリシラさんに影響が出ないようにしないといけません。
とりあえず、一番偉そうな目の前のペガサスと、最初に話し掛けてきたユニコーン、小型代表で一角うさぎのアルジミラージという聖獣の三体と、動物達と仲の良い卯月と、卯月のフォロー役に弥生、最後にプリシラさんも混ぜて話し合うことにしました。
わたしの眷族とプリシラさんは〈念話〉で会話することが出来ないのでわたしが聖獣達に通訳します。それと、わたしがうさぎ語がわからないので卯月と弥生には人の姿で参加してもらいます。
会議でのやり取りは省きましょう。聖獣達を前にして聖職者のプリシラさんがすごく緊張していたとか、卯月が予想以上に会議に向かないことが理解出来たとかありましたが、取り立てて言う必要性のない内容でしょう。
結論としては、あちこちにある聖樹の木を中心に生活している動物達に混じる形で暮らすことになりました。プリシラさんが弥生と共謀してこっそり建てている教会付近には、教会の守りも兼ねてユニコーン達が住むことになりました。それにしても、なんでバレないと思っていたのですかね?わたしは領域内のことならばほぼ全域把握出来るのですから隠しようが無いことくらいわかるでしょうに。
ま、教会に関してはもう良いでしょう。プリシラさんも住み慣れた教会という環境の方が落ち着くでしょうからね。黙って造っていたことに関しては不問とします。もともと放っておくつもりでしたし。
さてと、それではもうひとつの大事なお話をしましょうか。
(・・・聖獣の皆さんの各種族の代表者だけで良いので名前を付けても良いですか?あった方が呼びやすいですし)
(名前ですか?)
(・・・はい。名前を付けるだけならば眷族にはならないでしょう?いちいち種族名で呼ぶのも複数居て紛らわしいではありませんか。・・・もちろん、強制はしませんよ)
(個々の名前を頂けるならば、あたしは喜んで頂きますよ)
わたしがそう言うと、会議に参加していたアルジミラージが耳をぴくぴくさせながら受け入れる意思を示しました。
それに続くようにペガサスが、続いてユニコーンも賛同して残りの聖獣達も頷いてそれぞれの種族の代表がわたしの前に並びました。
(・・・一応言っておきますが、けっこうテキトーに付けますからね?)
(トワ様が我々を識別するためのものですにゃ。トワ様がわかりやすいもので良いかと思いますのにゃ)
そうフォローしてくれたのはケットシーと呼ばれる猫っぽい見た目の聖獣でした。語尾は『にゃ』なのですね。素なのか演技なのか知りませんけど。
――ま、さくっとやっちゃいましょうか。
で、さくっとやった結果が以下になります。
ペガサス(有翼の白馬)→ベガ
ユニコーン(額に角がある白馬)→ユン
アルジミラージ(額に角があるうさぎ)→ミラー
ケットシー(二本足で立てる猫)→シー
アスクレピオス(白い蛇)→レピオス
カーバンクル(額に宝石の付いたうさぎっぽいの尖った耳と竜の尻尾がある小動物)→カール
オルトロス(双頭の犬)→オルト
ラタトスク(リス)→ラスク
もうお気付きかと思いますが元の種族の名前から取っています。この中ではラタトスクが一番地味な見た目ですね。一見するとただのリスにしか見えませんし。それと、カーバンクルですが、なんとも表現しにくい見た目の生き物です。強いて言うならばちょっと大きいうさぎのような竜のような生き物?う~ん、見た目は特徴的なのですが、表現に使える見た目の動物が居ないのですよね。
オルトロスは二つの頭がある犬です。地獄の番犬で有名なケロベロスの親戚だったような気がしますが、前世の世界での神話の話ですからね。この世界では聖獣のようです。
アスクレピオスは治療の力を持った白い蛇ですね。蛇の姿の理由は恐らく、アスクレーピオスという神話に登場する医者が持っていた蛇杖がモチーフになっているからでしょう。前世の世界での神話の話ですけど、似ていたり違うところがあったりとややこしいですね、ほんと。
そんなこんなといろいろとありましたが、聖獣がわたしの領域で暮らすことになりました。
余談ですが、後にわたしの領域は『月の領域』という名の他に『聖獣が住まう常夜の聖域』という名でも人間界に伝わることになるのでした。もちろん、この時のわたしはそんなことなど知るよしもありませんが。
 




