58話 転生うさぎと炎熱の領域
月の領域にある、大樹の前の広場まで戻ってきたわたし達は三人で集まってお茶会を始めました。
(・・・ヘカトンケイルさんの領域は魔物の変異種が入ってくることが多いと聞きましたが、こんなのんびりしていて大丈夫なのですか?)
「入ってくる魔物に関しては雑魚ばかりだから問題無い。だが、領域内の魔物が例の魔石を取り込んだ時がすこし厄介だな。それでも雑魚に変わりは無いが」
「誤って例の魔石を取り込まないようにしなさいよ?貴方なら大丈夫かもしれないけど、そこそこの強さの魔人が理性を失いかけたって話だから眷族は危険かもしれないわ」
「分かっている。それにしても、たまにはこういう食事も良いな。美味い」
ヘカトンケイルさんの大きい手とは不釣り合いなナイフとフォークを器用に使って、わたしが下ごしらえして調理した猪(の魔物)の肉のステーキを美味しそうに食べています。血抜きもばっちりなので臭みも少ないでしょうし、更にハーブや調味料で味を調えていますからね。フェニさんもまるで貴族のように優雅にステーキを食べて顔を綻ばせました。
「弥生が作った料理も美味しかったけどトワの料理はもっと美味しいわね。本当は、血は魔力返還の効率が良いから捨てるのは勿体ないのだけど、この味を出すためと言われたら納得してしまうわね」
――これってお茶会というよりお食事会っぽいですね。
わたしはそう思いながら自分で作ったドレッシングをかけた野菜をもぐもぐと咀嚼します。今はうさぎの姿なのでステーキの気分ではありません。
最近忘れがちですが、勝手に魔力が回復するわたしや弥生達とは違って、普通の魔物や魔人は生活する上で魔力が減っていくのできちんと食事をして魔力を回復する必要があるのですよね。神獣クラスの魔物が、自然に無くなる魔力で飢え死にするなんてことは無いと思いますけど。飲まず食わずで千年以上生きそうなくらい魔力がありますからね。
というわけで、生きる為にも食事は必要ではありますが、高位の魔物や魔人にとっては食事は娯楽に近いものでもあります。ですが、料理という概念はあまり無いようで、今まで魔力回復重視で料理らしい料理はしなかったようです。まぁ、焼くだけで美味しい肉とかたくさんありますからね。
「う~ん、折角の機会だしうちの眷族達に料理を教えようかしら。もちろん、トワが良ければ、だけど」
(・・・まだ弥生を借りるのでしたら、その時に弥生から教えるようにわたしから言っておきましょう)
「ふふ。ありがとう」
弥生の話では香草焼き程度の知識はあるようなので、少し見せるだけですぐに調味料を使った料理も出来るようになるでしょう。そういえば、調味料もそろそろ買い足さないといけませんね。頭の片隅にメモしておきましょう。
「それにしても、散々あの二体に振り回されているフェニックスにも普通に話し合える相手が出来たようで何よりだ」
「そう思うのならケイルも関わってみる?そうしてくれたら私もとても楽になるのだけど?」
「俺はどちらかと言うとヤマタノオロチの思考に近いぞ?まぁ、確かにアイツよりかは落ち着いていると思っているがな」
(・・・いきなり試練とか言いだして連れ出されましたからね)
「トワから連絡が来た時には本当に驚いたわよ。ようやく出来たわたしの癒し枠をこんなにすぐに消されてしまっては堪らないもの」
――え?わたしって癒し枠なのですか?初耳なのですけど?
わたしが耳をひょこひょこさせながら首を傾げてフェニさんを見ると、フェニさんは穏やかな笑みを浮かべてそれ以上は語りませんでした。
しばらく穏やかな雑談をしながら食事が進み、ヘカトンケイルさんが二枚のステーキを平らげたところでお茶を出します。あ、そうそう、弥生達やプリシラさんは念のためこちらに来ない様に指示を出してあるので、今頃は領域のどこかで暇を潰していると思います。
わたしの出したお茶を飲みながら、ヘカトンケイルさんが辺りをキョロキョロと辺りを見回して、最後に月を見上げながら口を開きました。
「ここの魔力は不思議な感覚がするな。敵意が無いというか、安らぐというか。あちこちに無数に浮いている光の玉のせいか?何やら聖樹に近い魔力を感じるが」
(・・・聖樹に近い魔力ならば魔物としては不快な気分になるのでは?)
「この領域内の聖樹は外の聖樹と似ているけど、違う魔力を発しているみたいよ。気が付かなかったの?」
――全然気が付きませんでした。
そもそも、以前からわたしは聖樹の近くに居ても別に不快な気分になりませんからね。でも、何故変わったのでしょうか?領域を造った時のわたしの魔力で変質してしまったですかね?
「まぁでも、普通の魔物とかには相変わらず近寄りがたい物に違いはないみたいよ。う~ん、たぶんなんだけど、トワが味方と意識している相手には心地いい魔力に変換されているって感じだと思うけど。・・・ケイルは最初領域に入った時と今で違いを感じたかしら?」
フェニさんの問いかけに、ヘカトンケイルさんが顎に手を当てて少し考える素振りを見せてからすぐに答えました。
「言われてみれば、最初に領域に足を踏み入れた時は何やらひしひしとした緊張感が漂っていたな。今とは全然違う雰囲気だった」
――わたしの感情で聖樹の力が切り替わるということでしょうか?う~ん?自分の領域のことなのに謎が多いですね。ま、害は無さそうなので気にしなくても良いでしょう。
そう考えてのんびりと耳を揺らして月を見上げていると、フェニさんが困った子を見るような目で苦笑していました。
「ま、トワがそれで良いのなら良いけど」
「なるほど、これはフェニックスが放っておけなくなるわけだ」
二人して何かわたしについて言っているみたいですけど何のことでしょうか?
大体話すことも無くなって来たのでそろそろお茶会をお開きにしようかという時に、わたしはあることを思い付いてヘカトンケイルさんの方に体を向けます。
(・・・そうでした。ヘカトンケイルさん、今日はかなり魔力を使いましたよね?もし良かったらこれをどうぞ)
「ん?これは魔石か?」
わたしが収納から取り出してヘカトンケイルさんに渡したのは魔鉱石で作ったわたしの偽物魔石です。弥生達の進化の時でも使用したので魔力を回復させるのに使えるはずです。そうわたしが説明をすると、「そんな変な物を作っていたのね」とフェニさんが呆れたような顔で呟いていました。そういえば、フェニさんには初めて見せますね。フェンリルさんとオロチさんにはむしろ作ってあげたのですが。
ヘカトンケイルさんは、少しだけ逡巡して口の中に偽物魔石を放り込みました。そのまま飲み込むと、三割ほど減っていた魔力が半分近く回復したのを〈魔力眼〉で確認します。これでわたしが頭を吹き飛ばした分の元はしっかりと取りましたね。予想以上の効果だったのかヘカトンケイルさんが目を丸くして驚いています。
「これは凄いな。魔力の回復用としては他に見たことが無いほどに高性能だ」
「ケイルの魔力量だと回復しているのを実感するのはあまり無いものね」
「ああ。・・・トワという名だったか。感謝する」
初めてヘカトンケイルさんに名前で呼んでもらえましたね。わたしからしたら、偽物魔石は沢山ため込んでいて、そのうちのひとつを渡しただけなので大したことでは無いのですが、感謝されて悪い気はしません。
「さて、当初の目的も果たしたことだし、俺は領域に戻るか。そろそろ礎の核に魔力を供給しなければならないしな」
「ケイルは意外にまめよね。もっと頻度を減らしても良いんじゃないかしら?」
「常に万全の状態の方が良いだろう?」
「ま、それもそうね。私もどちらかと言えば頻繁に魔力供給する方だし、あまり人の事は言えないわね」
苦笑するフェニさんを見て、普通は領域の維持って大変なんだなぁっと他人事のように思います。わたしの領域の礎の核は勝手に魔力が必要以上に回復するので、自主的に補給する必要は基本的に無いですからね。
他人事のように思っていた故か、ついぽつりと余計なことを喋ってしまいます。
(・・・偽物魔石と同じ様に、礎の核もわたしの魔力を混ぜて、魔力を自動回復出来るようになれば少しは楽になるかもしれませんね)
「・・・・・・トワ、どういうこと?」
わたしがぽつりと呟いた言葉にフェニさんが思いのほか食いついてきました。ヘカトンケイルさんも興味があるのか、腕を組んでわたしをじっと見てきます。そんな二人にわたしはフェンリルさんとオロチさんの偽物魔石を作るのを手伝った時のことを話します。
「つまり、トワの魔力には元々ある魔力と混ぜても変質させないで、トワの持つ能力と同じ月が出ている時に魔力が自動で回復する能力が得られるってこと?」
(・・・礎の核に出来るかは分かりませんよ?それに、どれくらい時間わたしの魔力の効果が出るのかもわかりませんし、それに、すでに染められた物には試したことはありませんよ?)
わたしがそう言うと、フェニさんがにっこりと笑みを浮かべて「それならば試してみれば良いじゃない」と言って席を立ち、テーブルの上にいるわたしを抱えます。え?また連行されるのですか?
「トワが礎の核を作った時の魔法陣やらラインやらの話も具体的にやり方を聞きたかったし、私の領域にも案内したいと常々思っていたし、ちょうどいいわね」
「俺も興味がある。一緒に行ってもいいか?」
「良いわよ。魔力供給の手間が少しでも省けるのならば、それだけでも領域の管理がとても楽になるものね」
「ああ。供給に使う魔力も結構馬鹿にならないからな・・・」
わたしは困惑気味に耳をぴくぴく揺らしますがそんなことお構いなしに話が進んで行き、ヘカトンケイルさんも見てみたいということで三人で一緒にフェニさんの領域に転移して試してみることになりました。もう決定事項になってしまったので、仕方なく弥生に〈思念伝達〉でまた出掛けることを伝えておきます。なんだか今日は拉致されてばかりですね。
場所の知らないわたしの為に今回はフェニさんが三人分転移することになりました。複数人の長距離転移なのでそこそこ魔力を使いますので、ここまでされて礎の核の改良が出来なかったらわたしが心苦しいのですが。
そうこう考えているうちに転移で景色が変わり、常夜の満月の世界から、さんさんと降りそそぐ太陽の明るい光が見に飛び込みます。
まず最初に思ったのがとても暑いことです。活火山の頂上付近に領域があるそうなので火口に近いせいか、あちこちに火山ガスが出てくる場所があったり、天然の温泉がある場所もあるそうです。天然温泉はちょっと惹かれますね。普通は山の上の方は気圧が下がって温度も下がるのですがこの領域はフェニさんがそう設定しているのか元からなのか分かりませんが常に猛暑を越える暑さです。
周囲は岩肌の見える地面ですが、山なので眼下の景色はきっと良いのだろうと遠くを見ると、領域の壁に阻まれて見ることが出来ませんでした。残念です。
「ここは人間界では『炎熱の領域』と呼ばれているわ」
(・・・やはり暑いからですか?)
わたしがそう聞くとフェニさんが目を瞬いてこてんと首を傾げました。普段は大人っぽいですが、見た目は少女なのでこういう仕草も似合いますね。
「暑い?これくらいちょうどいいと思うけれど?」
「炎鳥は暑さに強いからな。その代わり、フェンリルの領域は苦手だろう?」
「フェンリルは何故あんな過酷な土地にしたのか。私には理解出来ないわね」
――ああ、フェンリルさんの領域は猛吹雪の吹き荒れる雪原でしたっけ?確かに、それに比べれば火山の方が楽ですかね?いえ、どっちもどっちな気がします。
その場で会話をしていると、バサバサと大きな音を立てて巨大な鳥がやってきて近くの岩に止まりました。全身が赤く燃えているので炎鳥でしょうか?フェニさんの眷族ですかね。
(主。お帰りなさいませ。お客人ですか?)
「ええ。ケイルは会ったことがあるわよね?このとても可愛らしいうさぎが、弥生の主で新しい神獣のトワよ」
どうやらこの眷族は声からするに男性のようですね。わたしに視線を移したフェニさんの眷族は炎を思わせる赤い瞳で見詰めながら「この方が弥生殿の・・・」と呟きました。
「兄さんは弥生さんのことが気になっているのだから、弥生の主様には心証を良くしておかないとダメよ?くすくす」
更に転移でやってきた少女が茶化すように岩に乗っている炎鳥に話し掛けました。髪や目の色合いから、こちらもフェニさんの眷族ですね。どう見てもフェニさんの年の近い妹にしか見えません。
――しかし、弥生が気になる?弥生は子持ちですけど、その辺りどうなのでしょうか?魔人になって生殖能力が無いとはいえ、恋愛ぐらいは自由にさせたいですからね。今度さりげなく聞いてみましょう。
(い、いや、俺は別に、その・・・)
「兄さんがそんなんだと、弥生さん振り向いてくれないよ?ただでさえ住んでいる領域が違うから会える機会も少ないんだからさ」
もごもごと喋っている(厳密に言うと〈念話〉なので口で発してはいませんが)炎鳥を呆れたような顔で一瞥してから、ヘカトンケイルさんに会釈してフェニさんが抱えているわたしに視線を落としました。
――おや、この目は・・・。少し懐かしいですね。クーリアさんやセラさんがわたしを見る目と似ています。
要するに「可愛い、触りたい、もふりたい」という感じの目ですね。久し振りに見ると身の危険を感じるくらいの圧を感じます。思わずフェニさんの腕の中でもぞっと身動ぎします。
「主、ずっとお持ちなっていては疲れるでしょう?あたしがおもてなしするのでそのうさぎ様を渡してください」
わたしから目を離さずにそう言う彼女に、フェニさんがじとっとした目を彼女に向けてわたしを抱え直します。
「フレイ、貴女ろくでもないこと考えているでしょう?トワは私と同格なのだから失礼なことをしないで。私の印象が悪くなるでしょう」
「え~、わかりましたよう。・・・主ばっかりずるい。あたしももふりたいのに」
――聞こえていますよ?
フェニさんが凄みのある笑みを浮かべて眷族のフレイさんを叱ろうとするのを、わたしは腕の中で身動ぎして止めます。訝しげにわたしを見てくるフェニさんに〈思念伝達〉でこっそり話をしました。
(・・・フェニさん、話が進まないので眷族の教育は後にして下さい)
(そうね。ごめんなさい、トワ。後でフレイにはきちんと教育するから)
教育という言葉が妙に強調されていましたね。フレイさん、頑張って生き残ってください。ちなみに、もう一体の炎鳥の姿の眷族はその様子を見て「印象を良くしろと言った本人がなにやっているんだ?」と呆れてながら呟いていました。
フェニさんを先頭にごつごつした傾斜を登って領域の中心地を目指します。道中でフェニさんの眷族の話を聞きました。
フェニさんの眷族は二体しかいないそうで、男性がブレイズ、女性がフレイという名前だそうです。それぞれ、フェニさんが自ら作り出した超濃縮された魔力溜まりから生まれた魔物で、ある意味ではフェニさんの分身とも言えるほど近しい存在らしいです。ちなみに二体とも何千年も生きているみたいです。見た目詐欺・・・いえ、魔物だからノーカンですかね。
本来の眷族の作り方は、フェニさんのように濃い自分の魔力から生まれた自分に近しい魔力を持つ魔物を育てるか、自分の体の一部を使って魔物を生み出して作るのが普通らしいです。わたしや天狗のように、動物に魔力が入り込んで魔物化することで眷族になるパターンはとても珍しいそうですよ。
それと、弥生がお邪魔していた時のことも聞きました。当初はこの暑さに大分参っていたようですが、ブレイズさんが空調の魔法を教えてからは大丈夫になったそうです。わたしがお礼を言うと、ブレイズさんは顔を背けて「別に、大したことはしていません」と照れたようにボソッと呟きました。
それから弥生は、フェニさんやその眷族の皆さんと特訓をしながら、そのお礼として、わたしと暮らす中で培った料理を振舞っていたそうです。とても丁寧で物腰の柔らかい楚々とした雰囲気の弥生はフェニさんとの相性も良く和やかに生活していて、ブレイズさんはそんな敬愛する主に似ている雰囲気の弥生に徐々に惹かれていったみたいです。
「いやいや、兄さんは初めて弥生さんに会った時から様子が変だったって。あれは『ヒトメボレ』ってやつですよ!ぜったい!」
「どこでそんな言葉を覚えてきたの?最近はあまり人間も来ないでしょうに・・・。まさか」
「わーー!!とにかく、兄さんは弥生さんのことが気になっているので今後ともよろしくお願いします、トワ様!!!」
「・・・フェニさんの眷族とは思えない性格ですね」
「ここまで主と性格の違う眷族もそうそう・・・いや?フェンリルの眷族は主に似ない真面目な奴らだったな」
「リルの場合は反面教師でしょう。私はどこで教育を間違えたのかしら・・・?」
自分の魔力で生み出した眷族なのですから元々は無垢な性格なのでしょうからね。既に人格(うさぎですから兎格?)が出来てから眷族になったわたしの子達とは違って、フェニさんの眷族達の性格はフェニさんとの永い生活によって出来たものなのでしょう。ですけど、フェニさんの性格では考えられないくらいテキトーというか好奇心旺盛というかお茶目というか・・・ん~でもテキトーは兎も角、好奇心とお茶目はフェニさんっぽいですね。ということは、あながち間違った成長ではないのでは?
わたしがそんなどうでもいいことを考えている時に領域の中心・・・つまりは礎の核がある場所でフェニさんの住処があるほぼ山頂に近い場所まで辿り着きました。
「私の領域の礎の核は火口の中よ。たまにマグマが噴き出るから気を付けてね」
ちなみにフェニさんが住んでいるのはこの頂上付近にいくつかある洞穴の中だそうです。弥生が料理をするために洞穴の中でも比較的広いところに家を建てたそうで、家具類は山の麓にある獣人の村に忍び込んで買い揃えたらしいです。
早速、礎の核の改良の実験をしてみたいそうなので、まずは火口の中にある礎の核へと向かうことになりました。フェニさんがわたしを抱きかかえたまま火口の中に身を投げます。っえ?
――うぇ!?マグマが!?マグマが近いですよ!?!?
あ、そうそう、暑さは魔法で自分の体だけ調整していますので大丈夫です。転移してきて暑さを感じてからすぐに〈原初魔法〉でエアコンをイメージして作りました。魔力で出来ている体なのにきちんと寒暖も感じるのですから不思議ですよね。まぁ、痛覚もありますし、五感は全部しっかりとありますから当たり前なのですけど。
って、そんな冷静なことを言っている場合では無いですね。みるみるうちにマグマが近付いていくのをフェニさんの腕越しに見ながら、まさかこのまま突っ込むのではないかと心配になって〈重力魔法〉で逃げようとした瞬間、ふわりとした浮遊感を感じて魔法の発動を止めました。
なんだろうと確認してみると、人の姿を保ったままフェニさんの背中に美しい虹色の炎を纏った大きな羽が生えていました。わたしがびっくりしながら耳を揺らしていると、フェニさんが悪戯が成功した子供のようにクスクスと笑いだします。
「驚かせてごめんなさい。でも、トワの反応可愛らしかったわ」
――ああ、フレイさんはまごうことなきフェニさんの眷族ですね。とっても似ていると思います。
わたしがきゅいきゅいと鳴いて抗議していると、ストッという地面に着地した音と共に背中の羽がすっと消えます。こういう部分的な変身も出来るのですね。知りませんでした。
フェニさんが場所を空けるように前に進むと、すぐにドスンという重量のある音が聞こえました。ヘカトンケイルさんも無事に辿り着いたようですね。そして最後に二羽の炎を纏った鳥が穴の中に入り込んできます。当たり前ですがこれで全員無事に到着しました。
火口の中にある横穴はどうやら下りになって続いているようです。わたし達は暗い洞穴の中をひたすら下っていきます。全員が平然としていますが、溶岩が近いこの穴はとてもではありませんが人間の居られる暑さではないでしょう。おまけに前が全く見えないぐらいの暗闇ですし。
どれくらい歩いた(わたしは運ばれています)か分かりませんが、かなりの長い間まるで螺旋階段のような下り坂をずっと移動していると、遠くから紅い光が見えてきました。どんどんと光に近付くように洞穴を下り続けていると、ついに眩しい紅い光を放つとても大きい礎の核が鎮座されている部屋に辿り着きます。その前にはわたしが設置しているのに似ている制御盤らしきものもあるので間違いないでしょう。
ヘカトンケイルさんとフェニさんの眷族二体は入り口で止まり、フェニさんと抱えられているわたしがその核に近付いていきます。
「う~ん、今の魔力量は・・・半分くらいかしらね。ここの魔力が少なくなると火山活動が活発になるからそれで魔力供給の時期を判断しているのだけどね」
フェニさんの話によるとここの火山活動には大量のエネルギー・・・つまり魔力ですね・・・が使われているらしく、そのエネルギーを利用して造られた領域らしいです。なので、実は他の領域と比べてもエネルギー効率がとても良いので魔力供給の頻度も少ないとフェニさんが説明してくれました。
その説明を聞いたわたしは、礎の核の魔力が少なくなったら、火山から貰えるエネルギーをもっと取り込もうとしてむしろ火山活動が落ち着くのでは?と質問してみたら、礎の核の魔力が少なくなると、エネルギーを取り込む能力も低下するのだそうです。なるほど、ということは少なくなると一気に枯渇してしまうのですね。しかも、逆に満タンにするとエネルギーを取り込めなくなってしまってそれでも活動が活発になってしまうので、供給する時は少しだけ余裕を持たせて満タン手前ぐらいで止めているのだとか。面倒なのか楽なのかいまいちわかりませんね。供給の頻度が減っているのだから楽なのでしょうけど。
「ここは月明かりが全く入らないけど、トワの魔力の効果あるの?」
(・・・わたしのスキルがそのまま反映されていれば大丈夫なはずです。効力は減りますが)
「それじゃあ試してもらおうかな。トワ、お願いね」
(・・・ええ。やってみます)
わたしはうさぎの小さな手を伸ばして礎の核に手を当てます。今回は直接核に魔力を注ぎますが、本来はここまで来なくても専用の端末から魔力を送る場所があるらしく、普段はそこから魔力供給しているそうですよ。今回は核の状態をその場で確認したかったから直接この部屋まで案内されたそうです。
わたしは手を当てて少し魔力を注いですぐにあることに気が付きました。
――この礎の核、わたしの領域の倍以上の大きさがありますね。それが半分減っているということは思っているよりも魔力を注ぐことになりそうですね。
魔力が自動で回復するかの検証も兼ねているので満タンにする必要はありませんが(そもそも満タンにしてはダメですけど)、多めに注いでおくに越したことはないでしょう。わたしは気合を入れて一気に魔力を注ぎこみます。
――う~ん、なんだか偽物魔石を作っている時とは違う感覚がしますね。あの時は魔力が混ざり合っている感覚がしたのですが・・・。
このままではただ魔力を補給しただけで終わりそうです。魔力を混ぜる方法を考えていると、ふといい方法を思い付きました。〈魔力操作〉〈魔力活性化〉〈全知の瞳〉を使って核の中の魔力を弄ってみましょうか。
早速試してみます。〈魔力操作〉で核の中の魔力を動かしてかき混ぜるようなイメージで動かしていき、〈魔力活性化〉で中の魔力を活性、変質させてフェニさんの魔力と混ぜ込んで行きます。その結果を慎重に〈全知の瞳〉で確認します。
――うん。大丈夫そうですね。上手く魔力が混じっています。・・・こんなものでしょうか?
十分以上礎の核に手を当てて魔力を供給して、中の魔力をいじくりまわしてようやく満足出来たわたしは、そっと礎の核から手を外しました。わたしは顔を上げてもうひと手間加えていいかフェニさんに聞いてみます。
(・・・フェニさん、この礎の核についでに魔法陣を刻もうと思うのですが良いですかね?)
「そういえば、トワは魔術具を作れるんだったわね。何の効果を刻むの?」
(・・・わたしのスキルの〈月光浴〉と〈魔力消費軽減〉と〈魔力自動回復〉ですかね。これだけ大きい核ならば全部付けられると思います)
「うん。特に問題無さそうね。私が教えてもらって真似るよりも直接やってもらった方が良さそうだし、面倒をかけるけどお願いしていい?」
(・・・わかりました)
わたしは収納から魔法陣を描くためのペンを取り出して外側から魔法陣を刻んで行きます。さすがにうさぎの姿でペンを持って作業するのは大変なのでこの作業中は人の姿でやりました。フレイさんから何やら熱い眼差しが来ていたような気がしますが無視です。
一時間ほどかけて書き終えた後は魔法陣が正常に機能するか確認します。・・・問題無さそうですね。
再びうさぎの姿に戻るとぴょんと跳んでフェニさんの腕の中に戻りました・・・って、違うんですよ。思わず跳び込んでしまっただけで抱えらたいわけではないのです。本当ですよ?
さて、それはさておき、ここでの作業は全て終わったので一度外に出て夜になるのを待ちましょうか。外の魔力供給用の端末で核の魔力量を確認出来るのでここに居る必要はもうありません。フェニさんに抱えられながら来た道を戻って火口の入り口まで帰ってきます。
「それじゃあ、一度家まで案内するわね。それほど時間も経たずに夜になると思うけど折角私の領域に来てくれたのだからおもてなしをしないとね」
「家があると便利そうではあるが、俺の領域では毎日のように戦闘をしているからすぐ壊れてしまうんだ。暴れても簡単に壊れ無さそうな物があれば良いのだが・・・」
(・・・穴を掘って地下にでも造れば良いのでは?・・・崩れないように工夫は必要だと思いますが)
「ほう?良い案だな。大地魔法を使えばある程度地面を崩れにくくは出来るな」
(・・・それと、シェルターのように外壁や天井を固いアダマンタイトやオリハルコンで作ればある程度地面ごと吹き飛ばされても残ると思いますし、素材も普通の家にするよりも少なく出来ると思いますよ。・・・目立たなくて秘密基地っぽいですし景観も損なわないかと思います)
わたしが〈思念伝達〉でシェルターの画像をヘカトンケイルさんに見せながら説明すると、ヘカトンケイルさんが目を輝かせながら「よし。検討してみよう。トワにも意見を聞くかもしれん。その時は頼む」と言ってお願いしてきました。まあ、わたしは構いませんけどね。地下の秘密基地って感じで面白そうですし。
しかし、ヘカトンケイルさんって思っていたよりも子供な思考なのか、男性という生き物は秘密基地というワードに魅かれるものなのか。兎に角、以外にも乗り気ですね。フェニさんも珍しいものを見る目でヘカトンケイルさんを見ていますからこのような姿を見せるのは滅多にないのかもしれません。
フェニさんの家に着くと、獣人の村で買ったと思われる家具や小物が目に入りました。家具は兎も角、キッチン用具は原始的過ぎるでしょう。竃って・・・。というかこの竃は作ったものでしょう。っえ?村に置いてあったものを見て作ってみた?いやいや、フェニさん達は今の時代よりも技術が発展していた頃の人間の街を見たことあるでしょうに。そこからパクれば良いものを。はい?あの時は街を塵一つ残らず壊して回っていたからそんなところ見ていない?それならば仕方ないですね。
とりあえず、フェニさんが買ったものとは別に、わたしが手持ちの鉄やらなんやらでキッチン用具を一通り作り出して、全てに魔法陣を刻んで魔術具化させます。キッチンもわたしの家にあるシステムキッチンを導入しました。家が大きめに造ってあってよかったですよ。おまけにまだ物もそんなに置いていないですし。
間取りがわたしの家と似ているのは出入りしている建物がわたしの領域にある家ぐらいしか無いからでしょうね。わたしとしては馴染みがあるので良いのですけど。
っで、わたしがどんどんと便利道具を作って置いているとあっという間に夜になっていました。フェニさんが「結局おもてなし出来なかったわ」と苦笑していたので、わたしが好きでやっていたことなので気にしないで良いですよとフォローしておきます。
全員で核の状態を確認するために魔力供給用の端末に集まります。今回は誰にも抱きかかえられていませんよ?フェニさんが端末に触って目を閉じていると、しばらくしてからにこっと微笑んで振り返りました。
「きちんと魔力が回復しているみたいね。領域の維持で減っていく魔力よりも若干魔力の回復の方が速いようね。これならば昼に減った魔力を夜に回収出来そうだわ」
(・・・うまくいったようで何よりです)
「・・・・少し疑問に思ったのだが。トワ、質問していいか?」
(・・・なんでしょう?)
わたしが耳をぴこぴこと動かして見上げると、ヘカトンケイルさんの赤い目と合いました。
「たしか、核に魔法陣を刻んだ時に〈月光浴〉とやらのスキル能力を刻んだのだろう?」
(・・・はい。後は〈魔力消費軽減〉と〈魔力自動回復〉ですね)
何か疑問に思うことがあったでしょうか?わたしが首を傾げてヘカトンケイルさんの質問に答えると、少し言いずらそうにしながらヘカトンケイルさんが言葉と続けます。
「当初の目的では、トワの魔力を供給すると魔力が回復するか確かめるためのものだった気がするが。〈魔力自動回復〉や〈月光浴〉の魔法陣を刻んでそれを確かめられるのか?」
(・・・・・・あ)
「あ・・・。言われてみればそうね」
――わたしとしたことがなんという凡ミスを!
わたしが耳をへにゃんとさせて落ち込んでいると、フェニさんが優しく顔の見える位置まで持ち上げてきました。わたしが顔を上げると、天使のような微笑みを浮かべているフェニさんと目が合いました。
「トワが落ち込む必要は無いわ。魔法陣を刻んでくれたおかげで礎の核の魔力供給する仕事を減らすことが出来るようになったのだから。まだしばらくは様子見だけど、私としてはとても助かったわ。ありがとう、トワ」
「そうだな。今度は俺の領域にも来てもらおうか。魔力供給はともかく、魔法陣を刻んでもらうだけでも大分違うだろうしな」
「ねぇねぇ兄さん。あのへにょんってした姿とっても可愛いと思わない!?今度トワ様の領域に遊びに行ってみようかな~」
「おい。空気読め」
なんだか後半は関係ない会話だったような気がします。あ、フェニさんがちょっと怒った笑顔になっていますね。フレイさん、この後は頑張って逃げてください。
今はフレイさんとブレイズさんは人の姿になっています。さっきまで家に居ましたからね。ちなみにブレイズさんは髪と目の色はフェニさんと同じでちょっとつり目のイケメンでした。弥生を落とせると良いですね。応援はしませんけど。
バタバタとした一日でしたが、ヘカトンケイルさん・・・あ、ケイルさんと呼んでいいらしいので今後はそうします。ケイルさんと知り合いになれて、他の人の礎の核の改良が可能なことが分かりました。後で全員分やりに行くことになりそうですね。フェンリルさんは今忙しいみたいなので、次はケイルさんとオロチさんでしょうか?ま、暇なときにお邪魔することにしましょうか。同じ神獣同士仲良くしておくに越したことありませんからね。
一通り目的も終えたわたしは、フェニさんとはその場でお別れをして、ケイルさんとそれぞれ転移でお互いの領域で帰りました。今日一日ホント疲れました。帰ったらゴロゴロしましょう。




