57話 転生うさぎと魔の巨獣
魔の森と呼ばれる場所は聖国と王国の間にある非常に広大な森です。森の中心からこれまた非常に大きい神獣の領域が広がっていて、魔の森を抜けて行き来するにはほぼ確実にこの領域の一部を通る必要があります。
そんな理由から、聖国と王国を行き来する国境門は魔の森のずっと南にある領域に当たらない場所にあるそうですよ。ほぼ海に面しているような位置なので、聖国と王国というよりも聖国と獣王国の方が近いようです。
聖国の智天使、ソフィアさんと約束もしましたので、魔の森に行って神獣の一体であるヘカトンケイルさんに会って話をしないといけないのですが、なかなかその気になれずにうさぎ姿で大樹の前の広場をごろごろとして時間を潰すこと数日が経ちました。いえ、数日間ずっとごろごろはしていませんよ?プリシラさんの生活環境を整えたりだとか、弥生達の戦闘訓練をしたりとか、他にも細々としたことをやっていましたよ。
今日も月の領域から出る気になれず、家の前の広場、月のよく見える場所で連日のようにごろごろとしていたのですが、突然領域内に侵入者が現れでしまいました。
――うえ~・・・また面倒なのが来ましたね・・・。
(・・・弥生、如月、卯月。侵入者には気付いていますね?貴方達は決して近づかないようにしてください。・・・それと弥生はプリシラさんにも伝えてこちらに来ない様にするようお願いします)
すぐに〈思念伝達〉で眷族達に指示を飛ばします。卯月の天然が爆発して突っ込んでいかなければいいのですけど・・・。
わたしはわたしですぐに姿勢を整えて、広場に来客者のイスとテーブルを用意して即席のお茶会の用意をします。もう片付けるのも面倒ですね。お茶会の回数も増えてきたので出しっぱなしでも良さそうです。
何故相手を確認しないのかって?わたしの感知した魔力量から推測するに間違いなく神獣であることがわかりました。そして、わざわざ領域の外から徒歩で歩いて来たと言う事はわたしの領域に来たことが無いということなので、ウロボロスさんかヘカトンケイルさんどちらかしかありません。
しかしこの魔力量本当に凄いですね。わたしと比べても倍以上どころでないほどな量です・・・オロチさんは普段から分裂していて分かりませんが、少なくともフェンリルさんと比べてもそれでも倍以上の途方もない魔力量をしています。
ちなみにフェニさんと何度か話をした感じでは、神獣達の中の魔力量の多さは、ウロボロスさん>ヘカトンケイルさん>オロチさん>>>フェンリルさん>わたし>フェニさんらしいです。オロチさんは普段は分裂しているのでそんなに魔力が多そうに見えないのですが、全部の分裂体が合わさるととても魔力が多いそうですよ。
即席のお茶会の場を整えて(収納から出すだけの簡単なお仕事です)侵入者さんを待っていると、ほどなくして森の暗闇の中からやってきました。
――お、おっきい・・・ですね。
褐色の肌に筋骨隆々という表現がぴったりの逞しく引き締まった体。そして何よりも身長が二メートルを超えるほどの大きさです。非常に高い位置から整っているものの少しいかつい顔で見下ろされているせいか、何もされていないのに威圧されている気分になります。
そのとってもおっきい男性はテーブルに乗っているうさぎ姿のわたしの前まで歩いてくると、興味深そうに見ながら口を開きます。
「お前がフェニックスやフェンリル共が騒いでいた新しい神獣か?」
(・・・そうですよ。まだ正式ではありませんが。わたしはトワと言います。貴方は?)
「俺の名前はヘカトンケイル。人間達の間で『魔の森』と呼ばれる場所に領域を持っている」
――あ~。会いに行くのをサボっていたら向こうから来てしまいました。
でもおかしいですね?まだフェニさんにはまだ会いに行くとは伝えていないのですけど。別件でわたしに用事があるのでしょうか?それとも、まさかあまりにも挨拶に来ないわたしに礼儀がなっていないとかでいちゃもんをつけにきたとか言いませんよね?
耳を揺らしながら思考にふけっていると、わたしを観察していたヘカトンケイルさんがおもむろにその大きい手でわたしをガシッと捕まえました。え?なんです?
「きゅい?」
おっとついうさぎ言葉で聞いてしまいました。しっかりと念話で話さないと伝わりま・・・
「あぁ、これからお前を神獣と認めるための試験を受けてもらおう。ここでは少し手狭だから場所を移すぞ」
――通じるんですか!何故わたし以外の魔物や動物はうさぎ語が分かるのですか!?何故わたしは分からないのですか!?
って?試験?なんか嫌な予感がするのですが・・・。フェニさんに〈思念伝達〉で話を聞いてみましょうか。片手で体をガシっと掴まれてほぼ強制的に連行されている中、フェニさんに魔力を繋げて現状を話すと、フェニさんの焦ったような声が帰ってきました。
(なんでケイルに連れていかれているの!?私もすぐに行くわ!)
そのままプツンと〈思念伝達〉が切れました。どうやらフェニさんにも予想外の出来事だったようですね。これで円満に解決すれば良いのですが・・・。
ヘカトンケイルさんに捕まれた状態で歩くこと五分ほど経ちました。なんだかUFOキャッチャーの景品になった気分ですね・・・。
そして、わたしの連絡を受けてフェニさんが血相を変えて転移で駆け付けてくれました。やっぱりフェニさんは頼りになりますし、天使ですね~。鳥ですけど。
「ケイル!どういうつもり!?トワに何をするの!?」
「フェニックスか。俺はただこのうさぎが俺達と同じ神獣として相応しいか確かめるだけだ」
「確かめるってどうやって?・・・まさか貴方!」
「簡単な話だ。俺と戦ってもらう。俺自らの目で神獣に足る実力があるか確認させてもらう」
――えっ!?なんか薄々そんな予感はしていましたが、神獣の中でも二番目に魔力の多いヘカトンケイルさんと戦うのですか?死にそうな予感しかしないのですが!?
耳をふるふるとさせて驚きを表現します。今気付きましたが、わたし、うさぎの姿の時の方が感情表現が豊かですね。今はそんなことどうでもいいのですけど。
「もし、貴方がトワのことを神獣に相応しくないと判断したらどうするのかしら?」
「もしそうならば、神獣として活動しない限りは目を瞑ろう。お前自らが出てくるほど気に入っているのだろう?そうそう殺しはしない。あまりにも弱すぎれば思わず殺ってしまうかも知れないがな」
「・・・そう」
頼みの綱のフェニさんも黙ってしまいました。話し合いは通じないと判断したのでしょうね。・・・おや?フェニさんからの〈思念伝達〉ですか。
(ごめんなさい、トワ。ケイルを止めるのは無理そうだわ。ケイルもオロチに似て戦闘好きなところがあるから、新しい神獣と戦って見たかったのでしょうね)
(・・・なんとはた迷惑な話ですね。手加減はしてくれると思いますか?)
(恐らく一度この領域から出てから、ケイルが広い領域を造ってそこを戦いの場にすると思う。手加減はしてくれると思うけど、彼の戦いは滅茶苦茶だからあまり期待しない方が良いわ。生きることだけを考えて絶対に無理はしないでね。もし万が一トワの身に危険があると判断したら私が援護するから)
(・・・万が一の時にフェニさんが助けてくれるならば安心ですね。では、頑張ってみますよ)
フェニさんとの〈思念伝達〉を切ると、わたしはヘカトンケイルさんに人形のように持たれた体勢のままどうしようか考えます。
――頑張るとは言いましたが、ヘカトンケイルさんってどんな魔物か分からないから対策が立てられないのですよね。え~っと、ヘカトンケイルって前の世界ではギリシャ神話に出てくる巨人でしたっけ?人の姿の時点ですでに巨人の如く大きいのですが、これって人の姿をしているだけですよね?魔物化したら何になるのでしょう?
兎に角、相手はとても大きい魔物・・・以前に戦ったネスという魔物の巨大化した変異種、エルダーネスをもう二回りくらい大きくしたものを想定してあれこれ対巨獣対策を考えます。
わたしがいろいろと考えている最中でも、どんどんと月の領域の森の中を運ばれていきます。ヘカトンケイルさんの歩く振動でゆさゆさと耳が揺れてちょっと鬱陶しいですね。というかいつまで持っているのでしょう?放してくれても良いのですよ?
(・・・あの、ヘカトンケイルさん?放してくれませんかね?逃げませんから)
「・・・・フェニックス。お前が持っていろ」
「・・・・仕方ないわね」
――いえ、違うんですよ。わたし自力で歩けますから。
ヘカトンケイルさんがフェニさんにわたしを受け渡すと、フェニさんが両手で抱えるようにしてわたしを持ちました。確かにさっきよりはマシな体勢ですけどね。でも、持たなくてもいいと思うのですよ。
わたしを両手で抱えるように持ったフェニさんと目を合わせて抗議するように「きゅいきゅい」と鳴きますが、フェニさんは軽く微笑んでわたしの背中を撫でただけで下ろそうとはしませんでした。
何故かずっと抱えられたまま進んで行くとようやく領域の出口が見えてきました。弥生達にも事情を説明してわたしが居ない間の領域の守りを任せます。心配そうにしていたので後でお詫びをしないといけませんね。わたしのせいじゃないのですけど。
月の領域から出ると、そのまま聖樹の森を抜けて平原に出ます。そして、ヘカトンケイルさんは広い平原に非常に大きな領域を展開しました。わたしのようにずっと夜にするような手間を掛けていないとはいえ、わたしの領域に匹敵する大きさを造り出して平然としているなんて信じられません。
ヘカトンケイルさんが何もない平原に造り出した領域に入ると外と何も変わらない景色が広がります。
何故魔力の消費の多い領域をわざわざ造ったのかというと、他の動物を巻き込まないため(基本的に領域の中に入った動物は魔力を嫌って外に逃げ出します)と、領域外から中の戦闘を見られないようにするため(領域の外から内側を見ることは出来ません。外からは真っ黒な空間が見えるだけです)と、地形の保護のため(魔力を使って領域内の自然物と人工物を修復することが出来ます。当たり前ですが、既に壊れている物の後に領域を使っても修復は出来ませんよ)です。
神獣が領域の外に出て活動しているのが人族にバレるといろいろと面倒ですし、神獣の戦いならば地形が変わるぐらいは普通のこととして想定しているのでしょうね。
そのまま歩いて領域の中心ぐらいまで移動すると、わたし(を抱えているフェニさん)からヘカトンケイルさんが結構な距離を空けて向かい合います。フェニさんが静かに地面にわたしを置いてから、戦いに巻き込まれないようにわたし達から離れて行きました。
「では、始めようか」
(・・・いつでもどうぞ)
そんなに離れる必要があるのでしょうか?声も聞き取りにくいですし。それでも、うさぎの耳にはバッチリ声を拾ったのでわたしが〈念話〉で応えるとヘカトンケイルさんは深く頷いてその姿を変えます。
――これは、まさに怪獣ですね。あれだけ遠くに離れるのにも納得しました。
全長は百メートルくらいですかね。頭には大きな二本の角があり、肌は青黒くて人の姿と同じくらい筋肉隆々な体つきをしています。長くて大きい尻尾はそれだけで二十メートルはありそうな長さで、先端は槍のように尖っていて黒くなっているのが見えます。ちなみに、全体が大きすぎるので視力を強化して見ております。
――誰か特撮ヒーローとか巨大怪獣とかここに連れてきませんかね?わたしが戦うには大きさ的に不釣り合いなのでは?
四本足で立っているヘカトンケイルさんは小さな小さなうさぎ(わたし)を赤い目で見下ろすと、魔力による強力な威圧を掛けてきました。最初の離れていた距離など無くなり、ほぼ真上の位置に凶悪な顔があります。
魔力による威圧をさらりと受け流して耳をゆらゆらと揺らしながら見上げます。本当にデカイですね。魔力の威圧よりも本人の巨体さの威圧の方が怖いですよ。
威圧は挨拶的なものなのでしょうか?わたしも〈月神覇気〉でやり返しておきます。すると、ヘカトンケイルさんが目を瞬いた後にニヤッと口の端を上げました。鋭く大きい牙がちらりと覗きます。
――なんだか余計なことをした気がします。
ヘカトンケイルさんが前足を片方上げてわたしを踏み潰そうとします。動きは単純ですけど、何しろ大きいのでかなり大袈裟に避けないといけません。〈神速〉スキルも用いて一気に距離を離したわたしはとりあえず魔法で牽制することにします。
牽制といっても、いつものウォータージェットカッターとかでは相手の体の大きさが大きすぎるので牽制にもならないでしょう。なので、わたしは炎の槍をミサイルのような形にして顔に向けて十発ほど同時に撃ち込みます。
直線的な動きに見えたからか、ヘカトンケイルさんはその巨体さからは考えられないほど俊敏に体を動かしてわたしの攻撃を避けようとしました。ですが、わたしのミサイルはその動きに反応するように誘導して全弾見事に顔に当たって爆発します。
――全然ダメですね。防御系のスキルを持っているからか、元から非常に硬いのか、そもそも魔力がありすぎてダメージを負っているように見えないのか。なんににせよ少しのダメージも与えられません。これは、もっと貫通力のある魔法を考える必要がありそうです。
爆風の煙で顔の回りは肉眼では見えませんが、〈魔力眼〉で相手の状態を確認したわたしは即座にその場から走ります。
煙が晴れると同時にヘカトンケイルさんは大きく開けた口から炎を吹きました。わたしが居た場所は一瞬で火の海になります。
――相手は巨体ですから、わたしの小さな体を生かして戦うのならば懐まで潜り込んだ方が楽ですかね?
そう考えたわたしは大回りしていたのを方向転換して一直線にヘカトンケイルさんに向かいます。この距離ならば十秒も掛からずに懐まで入り込めるでしょう。
しかし、わたしが方向転換したタイミングで〈因果予測〉がわたしの体が突っ込んできたヘカトンケイルさんと正面衝突して撥ね飛ばされる未来を叩き出しました。それを認識したわたしは即座に縮地で横っ飛びします。すると、予測通りに距離を離していたヘカトンケイルさんがものの数秒でわたしの居た場所まで突っ込んできました。危なかったですね。
――走る速さははわたしの方が速くても体格差のせいで移動距離は相手の方が多いのですね。これは失念していました。
〈因果予測〉が発動しなかったら間違いなく反応しきれなくて、予測した映像の通りに撥ね飛ばされていたでしょう。
横っ飛びしたわたしは無事に着地した後すぐに真上に垂直に跳びます。その下をヘカトンケイルさんがぐるりと回転して攻撃してきた尻尾の横薙ぎが通りすぎました。更に、今度はヘカトンケイルさんが二本足で立って前足で目の前に浮いているわたしをわたしより大きい爪の付いた手で攻撃してきます。
咄嗟にいつもの空間湾曲防御を展開させます。でも再び〈因果予測〉の映像がちりっと頭に流れてきました。その映像にはわたしが展開した防御魔法が貫かれてわたしが吹き飛ばされるものでした。空間湾曲防御は周囲の空間を歪ませて攻撃を逸らす魔法です。あまりにも質量の大きい攻撃は剃らしきれないようですね。
攻撃が剃らせないならばダメージを和らげる能力のない空間湾曲防御は悪手です。咄嗟に魔法をキャンセルして、目の前に迫った大きな手がわたしに届く寸前で短距離転移でヘカトンケイルさんの真上まで移動して重力魔法でふわふわと浮きます。
――生半可な魔法は通じないことはもう解りました。なら次は貫通力特化で試してみましょう。
わたしは大きな岩の塊を作り出して先端を尖らせます。さらに高速で回転させて真下に落としました。もちろん、重力魔法の加圧付きです。名付けるのならば、ドリル魔法?カッコ悪いですね・・・名前は後で考えますか。きっと今限りの魔法で忘れそうですけど。
とりあえず、暫定としてドリル魔法と呼びましょう。ドリル魔法は加圧したおかげで物凄い速度で落ちていますが、直進的な動きで対処が解りやすいため、ヘカトンケイルさんにあっさりと前足で弾き落とされてしまいました。
――それならば、物量作戦です!戦いは数って誰か有名な人が言っていましたからね!
先ほどのドリル魔法を空中一杯に敷き詰めて、まるで流星群のように一気に落とします。ヘカトンケイルさんは口を大きく開けると最初にやったのとは違う巨大な火球を吐き出しました。火球は落ちてくるドリルに当たって大爆発しますがさらに小さな火球になってあちこちに飛び火して爆発していきます。ドリルの雨はあっという間に殲滅され、再び口を開けたヘカトンケイルさんから放たれた炎のブレスがわたしに襲い掛かります。
何が数なのでしょう。有象無象が数揃えても無意味ではありませんか。そんなことよりもこの攻撃をなんとかしないといけません。
このブレスは圧倒的な魔力と普通の炎の魔法物理複合攻撃です。魔法を跳ね返す〈月鏡〉でも防げないでしょう。むぅ。転移で避けるしか無いですね。転移する瞬間に感知や視界から相手が外れるので実はかなりリスキーな避け方なのですが仕方がありません。
転移して地上まで一気に移動したわたしに懸念した通り攻撃が来ていました。わたしは感知から外れても、空間に干渉出来る能力があれば相手は出現場所を感知することが出来るのです。このように先手を取られる危険があるので本当に緊急の時以外は転移での回避は使用しない方が良いのです。
わたしの出現場所を感知したヘカトンケイルさんが二本足の片足を上げて踏み潰そうとしてきます。怪獣映画さながらの映像ですね。実体験はしたくなかったものです。即座に〈神速〉スキルから縮地を使って後ろに高速移動して難を逃れました。
そのまま距離を空けるように跳ぶように走ると、ヘカトンケイルさんの上体が降りてきて再び四足の体勢になりました。そのせいで顔の位置がわたしのすぐ近くまで迫ります。
――くぅ!体が大きすぎる相手は距離感が分からなくなりますね。これじゃあ全く距離を空けていないではないですか!
そこまで考えてあっ!と気付きます。むしろ近付いて小さな体を使って翻弄する予定だったのに、あまりにも凄まじい攻撃に圧倒されて逃げることばかり考えてしまいました。これではいけません。きちんと倒すことを考えて動きましょうか。本音は逃げたいですけど。
目の前に居るヘカトンケイルさんに向かって今度はわたしから突っ込んでいきます。〈神速〉と縮地で一気に懐まで入り込むと柔らかそう・・・ではない割れた腹筋に手を当ててゼロ距離で魔法を放ちます。
わたしが使用したのは体内を超振動させることで相手の体の中から攻撃する魔法です。どんなに体を鍛えた人や防御の魔法があっても体内まで防御は出来ないはずです。人間や動物はもちろん、体内魔力の貯蓄と供給をする役目の核がある魔物にも非常に有効な攻撃手段だと思い開発しました。実用は今回が初です。
「ぐぉぉおおおおお!!!」
ヘカトンケイルさんが雄叫びを上げました。多少はダメージを与えることが出来たみたいですね。魔力が体内の回復に回って動いたのを〈魔力眼〉で確認します。
しかし、本来ならば決め手とも言える殺傷力の高い魔法なのですが、期待していたほどのダメージではありませんね。あまりにも相手が巨体過ぎて振動が全体まで行かなかったのでしょうか?核も壊せませんでしたし。
――これだけの魔力量ならば核を何回か破壊しても再生出来るでしょうから、核を壊して貯蓄分だけでも失くして早々に決着をつけようと思ったのですが残念です。
ヘカトンケイルさんがわたしに接近されるのは危険と判断したのか、大きく跳んで離れようとしますが、こんなチャンスを逃すわけにはいかないのでわたしも全力で追いかけます。体格差があっても速さには自信があります。早々引き離されるつもりはありません。
そうして、再び接近したわたしは、今度はヘカトンケイルさんの上腕二頭筋にうさぎの小さな手を当てて体内破壊の魔法を使います。一瞬だけ腕の中が破壊されて力が緩みましたがすぐに再生されてしまいます。でも、やっぱりダメージは通っていますね。
それに回復は出来ても与えた痛みは精神的なダメージにもなります。わたしも経験がありますからね。もっとも、〈痛覚遮断〉スキルを高レベルで持っていたら効果は薄いでしょうけど。
小さいわたしを振り払えずに暴れるヘカトンケイルさんと、暴れるヘカトンケイルさんの攻撃に当たらないように回避しつつ、ぴったりとくっついて魔法で体内を攻撃するわたし。攻守がすっかり反転して戦闘が続きます。
もうすでに十回以上は体内破壊をして回復に魔力を使わせたのに全然魔力が削れている気がしません。これが正真正銘の神獣なのですね。優勢の筈なのに勝てる気配がしませんよ。
これだけのサイズの存在が暴れていたせいで領域内はすっかり地形が変わって穴ぼこだらけになっています。自然破壊反対です。すると突然、ヘカトンケイルさんの動きが止まりました。ヘカトンケイルさんの赤い目が何やら怪しく光っています。
わたしの〈因果予測〉がこの先の未来を予測した映像を見せてきました。ヘカトンケイルさんが大きく吠えるとその声の衝撃波が広範囲に広がって周囲の草や土も吹き飛ばしています。もちろん、わたしもその衝撃波に捲き込まれて吹き飛ばされていて、その突然の反撃に無防備になったわたしにヘカトンケイルさんが追撃の火球を撃ってきたところで映像が消えます。これはマズイです!
即座に転移しようとしますが、今度は転移後に火球が直撃する映像が頭をよぎりました。えっ?これ詰んでません?
わたしが動揺した僅かな時間のせいで、予測した未来の通りにヘカトンケイルさんが咆哮します。凄まじい声と衝撃波でヘカトンケイルさんを中心に地面が大きく抉られていき、わたしもまるで強風に吹き飛ばされる紙のように吹っ飛びました。そして、これまた予測で見た映像の通りにヘカトンケイルさんの顔がわたしに向いて火球を放ちました。直撃したら一瞬で塵になりそうです。
――えーっと!えーっと!!何かしなくては!!このままでは真っ黒うさぎになってしまいます!!月の槍で破壊します?あの火球は破壊しても小さな礫になって襲いかかってきます。無意味では無いでしょうが効果は薄いでしょう。空間湾曲防御と月鏡で防御する?あれだけの魔力と質量の塊を防げる訳無いでしょう!!
混乱する頭で必死に考えますが有効そうな案が出てきません。まるで世界がスローモーションになったかのようにじわじわと迫る火球にわたしはますます焦っていって正常な判断力を失っていきます。
――もっと大きな質量の攻撃で火球を木っ端微塵にしてやれば良いのです!何かいい魔法!イメージするのです!前の世界の記憶でもなんでも良いですから!!
『ねぇお姉ちゃん。全知全能の神ゼウスが持っていた武器って知ってる?』
『変な宗教にでも勧誘されましたか?貴女は一応科学者でしょう?』
『意外と神話って読むと面白いんだよ!よくゲームとかアニメの題材にされるだけあるよね!』
『はいはい。それで?ゼウスの武器がなんですか?』
『そうそう!ゼウスの武器の雷霆っていう武器なんだけどね。かみなりみたいなギサギサの形をしていて、一振りで世界が消えて、全宇宙を消滅させることが出来るんだって!』
『物騒すぎでしょう』
――物騒過ぎでしょう!もっとマシな記憶は無いのですか!?もっと実現出来る範囲で!
『あ、お姉ちゃん!レールガンって知ってる?』
『いきなり来たかと思えば唐突になんですか?はぁ。電気の力で物を超高速で飛ばす兵器でしたっけ?』
『ずごく大雑把な感じだけど・・・でもよく知っているね!さすがお姉ちゃん!』
『以前に貴女が話していたでしょう?』
『あれ?そうだっけ?』
『それで?レールガンが何なのですか?』
『え?お姉ちゃんと話す話題が欲しかっただけだよ?』
『・・・』
『わー!待ってお姉ちゃん!もっと話そうよー!』
――わたしの妙に偏った知識はこの記憶の中の妹が原因なのでしょうか?でも、今回は良い記憶でした。
わたしは迫り来る火球に向けて電気のレールをイメージして〈原初魔法〉の力で造り出します。わたしの記憶の中の『妹』がレールガンについて話していたのを思い出していきます。
『ジュール熱ですっごく熱くなるから弾が蒸発したりプラズマ化したりするんだよね』
弾はわたしの魔力で染めたアダマンタイトにしましょう。硬度だけならばオリハルコンに匹敵しますからね。高い魔力耐性もあるので溶けることはないでしょう。
レール部分は全て魔法の電気で作り出したので接点が無くなることは無いでしょう。後はこれの磁場を弄って吹っ飛ばすだけです!
眩い光と共に発射されたのは光の光線、いえ、プラズマレーザーと呼べばいいでしょうか?わたしのイメージしていたものとは全く違うものになり頭の中の混乱が一周して冷静になります。
――あれ?なんか違う魔法になっていますね?何がいけなかったのでしょう?でも、アダマンタイトの弾を撃って火球を壊すくらいなら月の槍でやっても結果は同じだったと思いますし結果オーライというやつでしょうか。
そもそも、普通の対魔結界と対物理結界を同時に張れば逃げられる時間も稼げましたね。冷静さを失くしすぎです、わたし。
冷静になった瞬間にポンポンと対策が浮かんできましたがもうその対策の必要は無さそうです。
わたしの放った謎のプラズマ光線魔法に・・・なんかカッコ悪いですね。プラズマ砲にしましょう。・・・駄洒落ではありませんよ?・・・プラズマ砲が火球を一瞬で飲み込んで破壊し、更に音速を超えるほどの速さでヘカトンケイルさんの頭を吹き飛ばし、そのまま地面に深い大穴を穿ってようやく消えました。
わたしが地面に着地をするのと同時に頭のない巨体が大きな地響きを立てて倒れます。
「ふ、ふふふ・・・。まさかケイルの頭を吹き飛ばすなんてね。これはもうトワの勝ちで良いんじゃないかしら?」
どこからともなく現れたフェニさんが口元を手で隠しながらクスクスと笑っています。
「何千年ぶりか、俺がここまでのダメージを受けるとはな」
あ、もう復活したみたいですね。人の姿になって普通に会話に参加してきました。殺してしまったかもとちょっとヒヤッとしましたが、一回頭を吹き飛ばしたくらいでは死ぬわけないですよね。魔力の減りが目に見えるくらい減っているのでかなり痛い一撃ではあったみたいですけど。
(・・・わたしを神獣として認めてくれますか?)
「ふっ。文句無しだ」
ふぅ。と安堵の息を吐きます。最後のプラズマ砲は混乱する頭で咄嗟に使った魔法だったので、もう一度やれと言われても再現出来る気がしません。偶然の攻撃でわたしが勝ったと思われたら認めてくれない気がするので黙っておきましょう。
「後はウロボロスだけだけど、あの人は基本的に我関せずな人だから私達四体が賛同すれば問題ないと思うわね」
「まあ、俺達が決めたことに難癖つけるような奴ではないな。危険な魔石の情報も流してもらっている。少なくとも悪い印象は無いだろう」
(・・・だと良いのですがね)
なんとなく、絡まれそうな気がしますが、まだ会う機会は無いのでとりあえず保留ですかね。もう少し情勢が落ち着いてから挨拶に行きたいものです。
情勢で思い出しました。わたし、ヘカトンケイルさんにお願いがあるのでした。
(・・・ヘカトンケイルさん、少しお願いがあるのですが、話だけでも聞いてくれませんか?)
「ん?なんだ?」
わたしは聖国との一件と人族の同士の戦争について説明して、聖国から魔の森の領域の一部を通過して良いか許可をお願いしました。ヘカトンケイルさんは顎に手を当てて考えるようにさすりながらわたしを見下ろします。
――この人は、人の姿でも大きいんですよね。見上げるわたしの身になってほしいものです。
そんなわたしの心情など伝わる筈もなく、ヘカトンケイルさんが赤い目をわたしに向けて口を開きました。
「中央は俺や眷族が居住区画だから駄目だが、それ以外の端側ならば構わん。だが・・・」
(・・・だが?)
わたしが首を傾げて耳を揺らすと、ヘカトンケイルさんがにやっと悪い笑みを浮かべました。
「俺の領域内の魔物は外とは比べ物にならぬほど強いぞ。それに最近は変異種共も入り込んでいる。それらに人間が殺されても責任はとらん」
――ああ・・・そうですよね。失念していました。
領域内は神獣や眷族達が魔力を補給しやすくするために、濃い魔力を充満させて強力な魔物を生み出して餌にしているんですよね。
わたしの領域は勝手に魔力が回復するので忘れていましたが、他の普通の領域では礎の核に定期的に魔力を補給しなければ領域を維持できませんからね。
(・・・そうですね。領域内の魔物はかなり強いというのは人間界でも常識なので、たぶん大丈夫ではないですかね?・・・一応、わたしから改めて忠告しておきます)
「人間の戦いは観戦するだけでも中々興味深いからな。折角来るのならば存分に見させてもらうか」
(・・・まぁ、そこは好きにしてくだい。積極的に侵入者として襲わなければ良いですよ)
しかし、いちいち魔力供給するなんて面倒ですよね。他の皆さんの領域もわたしの領域のように出来れば良いのですが・・・。
わたしが考えながら耳を左右にゆらゆらしていると、フェニさんがいきなりわたしを持ち上げて抱き抱えました。
「とりあえず、場所を移動しない?戦闘も終わったのだからこの領域も消して魔力を回復させた方が良いわよ?」
「ああ、そうだな」
ヘカトンケイルさんは領域を消す前に見るも無惨になってしまった平地を魔力で再生させました。これだけでも結構魔力を使っていますね。ほぼヘカトンケイルさんの自業自得ですが。
無事に元通りの地形に直したのを確認してヘカトンケイルさんは領域を消しました。そして、かなりの魔力(といってもヘカトンケイルさん全体の魔力量の三分の一にも満たない程度ですが)を使ったヘカトンケイルさんを先頭にわたしはフェニさんに抱えられながら月の領域まで歩いて戻ります。
転移で戻れば良いと思うのですが・・・。それと、なんで抱えられてるのでしょう?もう、突っ込む元気もありませんが。そんなことを考えているとふと戦闘中の慌てた時のことを思い出しました。何故だかあの辺りの記憶があやふやです。よっぽど混乱していたのでしょうか?
――そういえば、追い詰められて慌てている時とか、あの新魔法を作っている時に何か思い出したような?う~ん、ま、どうでもいいですね。思い出せないのならばたいしたことでは無いのでしょう。
早々に思い出すことを諦めたわたしはフェニさんの腕の中で大人しくすることにします。精神的にも疲れましたからね。
でもなんとか、突然の神獣との戦闘はわたしの勝利で終わらせることが出来ました。できればもう二度とやりたくないですけどね!




