56話 転生うさぎとお茶会という名の報告会
月の領域まで転移で戻ると、わたしの領域で待機して守ってくれていたフェニさんに聖国でのことを報告しました。フェニさんはわたしの話を聞き終えると呆れたような顔で溜息を吐いた後、悪戯っ子のような笑みを浮かべてわたしを見ます。
「『月の女神様』、ね。確かにトワにはピッタリね」
「・・・そうでしょうか?神様を名乗るのはおこがましいと思うのですが」
「そんなことは無いわ。トワの今の容姿は私が今まで見てきた人の中でもとても神秘的で美しいと思うし、それに〈月の女神〉という名前のスキルを持っているじゃない。固有スキルは魂に根付くものだから、トワの魂は女神様に近しいものと言えなくもないのよ。〈魂魄眼〉で視ればもっと女神様っぽく輝いて見えるわよ」
「そうですね。初めてお会いした時よりも、今のトワ様はより一層輝いて見えます」
「・・・」
声のした方に振り向くと、プリシラさんがいつもの笑顔を向けながらお茶の準備をしていました。隣にはいつの間に仲良くなったのか弥生がついていて、お茶の淹れ方や生活の仕方について教えています。いやいや、その人、お客様ですよ?
聖都から転移する時に近くに居てかつ仲間として側に居たせいで巻き込んで一緒に領域に連れてきてしまったのですよね。まぁ、いつでも転移で帰せるので後回しにしていましたけど、一応本人の意思を確認しておきますか。
「・・・プリシラさん、聖都に帰らないのですか?孤児院の子供達も待っているのでは?」
「私は今、孤児院の運営から手が離れているので特に問題はありません。寧ろトワ様の手助けをしたことで、しばらくは騒ぎに巻き込まれることになりそうなのでこちらで匿ってもらえると助かります」
「主様、プリシラはとても主様の理解が深い方です。この領域に住まわしても問題無いと愚考いたします」
「・・・プリシラさんが問題なくて、弥生達も賛成するのならば構いませんが・・・」
わたしがそう言うとプリシラさんと弥生が嬉しそうに顔を見合わせます。本当に意気投合するのが早かったですね。ほぼ一目惚れのようなものでしたから。いや、あれは似たような性質のものが魅かれ合うような、そう、類は友を呼ぶ的なやつですね。
プリシラさんのことはとりあえず放っておきましょう。弥生が珍しく張り切って面倒を見ていますし、プリシラさんならばこの領域での暮らしにすぐ慣れるでしょう。フェニさんも「トワが決めたことなら良いんじゃない」と特に口を挟むつもりもなさそうです。そんなわけで、プリシラさんはたった今からお客様から同居人になりました。
「・・・話を戻しましょうか。・・・何か聖国とのやり取りで気を付けなければいけないこととか、話し合いでの改善点とかありますか?」
最後の方は女神様だ女神様だと持ち上げられて疲れてしまい、結構テキトーな受け応えをしてしまったので、何か問題は無かっただろうかとわたしが質問すると、フェニさんは頬に手を当てて考えるポーズを取りました。
「そうね・・・。聖国とのやり取りについては、トワが女神様として祀られることに納得しているならば特に問題無いんじゃないかしら。ただ、天使を神の使いだとしている国でしょう?天使と悪魔についての話をするのは様子を見た方がいいと思うわ」
「・・・聖国が勝手にわたしのことを女神と呼ぶだけです。・・・そうですね。天使についてはわたしも同意見です。信頼に足ると判断出来れば抑え役として教えておきたいのですが。扇動する様な行動に出てしまうと困りますからね」
「その場合はトワが責任もって聖国とやらを滅ぼしてきてね?他国に情報が渡らなければたかが人間の国の一国、トワならば半日もあれば可能でしょう?」
「・・・そうですね。半日で出来るかはわかりませんが、なんにせよとても面倒なので、今後の付き合いで信用に足るかよく吟味してから教えるか判断しましょう」
わたしがそう言うとフェニさんは考えるポーズを止めると苦笑しながら「トワは優しすぎるわね」と呟きます。そうでしょうか?わたし的には優しくしているつもりはないのですが。わたしが首を傾げると、ちょうどプリシラさんがお茶を淹れ終わったようでわたしの目の前に湯飲みが置かれます。弥生がフェニさんに同じように湯飲みを置きました。
話は一旦休憩にして折角弥生達が用意してくれたのでのんびりお茶タイムになりました。フェニさんの昔話やプリシラさんが聖典の中にある神様の話をしているのをぼんやりと聞いていると、領域の見回りに出ていた卯月と如月が帰ってきました。二人・・・今はうさぎですから二匹ですね・・・がわたし目掛けて一直線に走ってきてそのまま飛びついてきます。
如月はそのまま受け止めますが、卯月の突進は危険な予感がしたので空中で捕まえます。わたしの予想通りに物凄い衝撃が来ましたが無事にキャッチできました。卯月も「きゅいきゅい」と嬉しそうに鳴いているので問題無いでしょう。あ、見た目はほとんど変わりませんが、なんとなく感覚でどちらが卯月と如月か分かります。主ですからね。
弥生の翻訳で二匹の報告を聞きます。うさぎ語、分からないので。領域内にこれといった異常は無い様で、魔物が発生している様子もないそうです。あちこちの聖樹の木近辺で暮らしている動物達も穏やかに過ごしているようですね。それは良かったです。
見回りをした二匹を労うためにもふもふとしているとその様子を見ていたフェニさんがどこか羨ましそうな目で見ているのに気付きました。わたしがフェニさんと目を合わせて首を傾げるとフェニさんは苦笑しながら首を横に振ります。
「ごめんなさい。何でもないわ。本当に仲が良いなと思っただけよ」
「・・・よく言われますが、フェニさんや他の神獣の方の眷族は仲が良くないので?」
「そんなことは無いわ。私のことを尊重しているし、敬愛しているし・・・でも、トワ達みたいな、なんていうのかしら・・・家族?のような感じでは無いわね。長く連れ添った上司と部下のような感じかしら。トワ達を見ていたらちょっとだけ眩しく見えてしまって・・・。別に今の関係が嫌ってわけじゃないのだけどね」
ふむ?どうやらわたしと弥生達のような関係の主従関係は珍しいようですね。わたしが他に知っている眷族持ちの魔人は天狗ぐらいですが、言われてみればわたし達ほど近い距離間では無かったような気もします。
――天狗の眷族の美烏さんとか、他の天狗の皆さんは元気にしていますかね?今は結界が張ってあるそうなので強力な魔物があの山に大量にやってくることは無いと思いますけど。
まぁ、彼女達もそこそこに強い部類の魔人ですからね。大丈夫でしょう。わたしはフェニさんから視線を逸らして卯月の体を優しく撫でます。いつの間にか二匹とも寝てしまったようです。寝る必要のない体とはいえ、まだ子供の二匹は精神的に疲れていたのでしょう。
「・・・フェニさんが好きなように関係を作っていけばいいのではないですか?これかも永い付き合いになるのでしょう?フェニさんが本当に家族のように眷族達を想っていれば、きっと応えてくれますよ」
「それは、私が主として強制していることにならないかしら?」
「・・・それが強制なのか、眷族達の意思なのかどうかを知る術はありませんが、貴女が眷族達を想い眷族達が貴女を想っているのならば何も問題無いのではありませんか?」
『私ねっ、おねえちゃんのこと大好きだよ!』
『・・・そうですか。わたしは・・・』
ほんの一瞬、何かの記憶がわたしの頭の中をよぎりました。わたしはあの子の想いに答えなかった。決して嫌いでは無かったのに、嫌いになろうと必死になっていたような気がします。もはや顔も名前も関係性も思い出すことは出来ませんが、もし今のわたしが会うことが出来れば何か変わるのでしょうか?
――やめましょうか。過去の自分に関する記憶に触れるとなんだか不快な気持ちになりますし。
妙なことを考えて不快になった気持ちを、頭を横に振って振り払い、何事もなかったかのように話を続けます。
「・・・ま、よそはよそウチはウチです。先ほども言いましたが、フェニさんの好きなようにすればいいのではないですか?」
「急に投げやりになったわね。うん、でもありがとう。私は私らしくやっていくわ」
「・・・いつも助けてもらっていますので、いつでも相談くらいなら乗りますよ。・・・寧ろ、それ以外でお役に立てませんし」
「あら、これからは役に立ってもらうわよ?私達と人族との連絡役になるんでしょ?」
「・・・なんだか急に面倒くさくなってきました。ここで隠居しましょうか」
「こらこら。ま、今更人族との関係を持つなんて私は必要ないと思っているけどね」
くすくすと笑うフェニさんを見てわたしはそっと胸をなでおろします。やっぱりフェニさんは少し余裕がある方がらしいですね。
するとプリシラさんが微笑ましいものを見るような目で見ていることに気付きます。
「・・・なんですか?プリシラさん」
「いえ。トワ様はやはりトワ様だなと思いまして」
――いやいや、訳が分からないのですが?
ニコニコしながらそう言うプリシラさんに同意するようにフェニさんは頷いています。ついでに弥生も。なんなのですか?
「でも、トワは少し優しすぎるのが心配ね。私が見ている間は大丈夫だと思うけど、ずっとこの領域に居るわけにもいかないし・・・弥生と、プリシラといったかしら?トワのことちゃんと見ていてあげてね」
「勿論で御座います。大切な主様で御座いますから」
「しかと承りました」
むう。なんだか納得いきませんが、意気投合しているようなので良いでしょう。
休憩を終わりにして話の続きをします。もちろん、聖国との話し合いについてですよ?忘れていませんとも。
「・・・今は人間の国で戦争が起こる可能性が高いそうです。例の魔石と関わりのある可能性のが高い北の帝国がいろいろと動いているようですね」
「例の魔石ね。トワの話ではかなり力のある魔人でも暴走させるみたいだから、私達はさすがに大丈夫だろうけど、眷族達が誤って取り込まない様に細心の注意を払わないといけないわね」
「・・・ええ、そうですね。・・・それで、聖国が魔の森から王国方面へと抜けるルートを確立したいそうなのですが、やはりヘカトンケイルさんに話をして許可をもらわないとダメですよね?」
「そうね。下手に入ると敵対者と判断されて眷族や、ケイル本人が襲ってくる可能性があるわ」
まぁ、当然ですよね。家に勝手に入ってくるようなものですから。わたしだって迎撃しますとも。
まだ会ったことがないのどんな神獣だか分からないのですが、紫の魔石についての情報をフェニさん経由で伝えていますし、わたしに対して悪い印象は与えていないと思うのですが・・・。でも、それとお願いを聞いてくれるかどうかは別ですよね。
「ある意味ではちょうど良かったとも言えるわね。いつかは紹介しようと思っていたし、会える口実がある時に会っておいた方がいいわ。ケイルとウロボロスはあまり領域から外に出ないからね」
「・・・では、近いうちに会いに行きましょうか。・・・フェニさん、ヘカトンケイルさんに予め連絡だけ入れておいてくれませんか?」
「当日に私が同行しても良いけれど?」
「・・・いえ、お言葉はありがたいですが、わたしがやるべきことなので。・・・でも、連絡だけはお願いします。領域に入った途端に襲われるのはご勘弁願いたいので」
「了解。それじゃあ、また行く日が決まったら私に連絡してね」
これで話すことは無くなりましたかね?・・・たぶん、大丈夫でしょう。
一通り報告を終えた後はフェニさんとのんびりお月見をして過ごします。ヘカトンケイルさんの件は後で考えておきますか。
それに、折角魔の森に行くのですからスライムさんのお墓参りにも行きましょう。
草原をスライムさんと過ごしていた頃を思い出しながら団子を口に入れます。今日もわたしの領域の月は大きくて丸い姿のまま星空の中に浮いていました。




