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転生うさぎは異世界でお月見する  作者: 白黒兎
第二章 人間世界
41/106

37話 転生うさぎと夜桜と感謝の言葉

 天狗の一件を終えたわたしは、美烏さん達とその場で別れて夜の森を走ります。月明かりの紅い森はその場でお月見したくなるくらい映えている光景なのですがぐっと我慢します。



 しばらく走り続けていると、天狗の隠れ家が無い方の山の山頂付近にある崖まで着きました。ちょうど木々から開けてお月様が目の前に浮かび、眼下には月明かりの白い光に照らされた赤い紅葉の森が広がっていて絶好のお月見スポットです。なのですが、お月見に来たのではなくて、この開けた空間にあるテントで寝ている人達に用事があって来たのです。



――こんなに綺麗なお月様が出ているというのにお月見もしないで寝るなんてありえませんね。起こしましょう。



 わたしは以前にやったように、魔法で空気を大きく振動させて非常にうるさい音を出しました。もちろん指向性を持たせて周囲に音が漏れないように気も使いました。



「「「「ぎゃ~~~!!!!?」」」」



 わたしでも頭の痛くなるような音ですからね。それはもう跳び起きるでしょう。あ、遮音結界張りやがりました。結界のせいで音が消されてしまったので、仕方なく魔法を解除します。それと同時に、大変不機嫌そうな四人の美女がテントから出てきました。



「トワちゃん、今何時だと思っているの?鐘も鳴らない時間だよ?」


「きゅい?」



 今のわたしはうさぎの状態なので話すことは出来ません。首を傾げて誤魔化します。クーリアさんが目を擦りながらゆらゆらとゾンビのように近づいてきました。



「あぁ、眠いです。とても可愛いうさぎが見えます・・・。抱き枕にして寝ましょう」



 身の危険を感じたのですぐに人間の姿になります。それでもゾンビのように近づいてくるクーリアさんに魔法で空気のクッションをプレゼントします。こてんと倒れてクッションを抱きしめるようにしてスヤスヤと寝息をたてました。冒険者としてはどうかと思いますが、とりあえず抱き枕にはされずに済みそうなので良しとします。



「・・・セラさん。ちょっとお話があります」


「夜が明けてからじゃダメなの?私も眠いんだけど」


「お~・・・このクッション良いです~」


「こらこらクーリア、さすがに風邪ひくわよ?それじゃ、セラに用事があるようだから私達は寝直すわね。二人ともごゆっくり」


「なんだよ、セラのとばっちりかよ。・・・ふわぁ~。あまり夜更かしはするなよ」


「え?私のせいじゃないよね?」



 困惑するセラさんを置いて他の皆さんはさっさとテントの中へ帰っていきました。次はもっと一発で目が覚める魔法を考えておきますか。



「ちょっと、トワちゃん?何か話があるんでしょ?変なこと考えていないで早く話してよ。眠気がなくなっちゃう」



――なんで変なことを考えているのが前提なのでしょうね。心外ですね。



 まあでも、話があるのは本当なので、さっさと用事を済ませてしまいましょうか。ですけど、話題が話題なので場所を変える必要がありそうです。



「・・・ここで話すのはちょっと。もう少し離れましょうか」


「ん。分かった」



 再び森の中に入って周囲の安全を確認してから、わたしは天狗の一件と事の顛末、わたしの仮説を話した上で例の魔石を手渡しました。



「天狗の言葉を信じるのならば、誰かが人為的に魔物の暴走を引き起こしていることになるね。あ~もう。眠気が一気に覚めちゃったよ」


「・・・こちらでは何か収穫があったのですか?」


「ん。とりあえず、変異種を二体ぐらい倒したかな。この森に居た魔物じゃなくて北の山脈から下りてきた魔物だと思う」


「・・・この紫の魔石と今回の変異種の大量発生は因果関係があるのでしょうか?」


「それは分からないかな。でも、全く関係が無いってことは無いんじゃないかな。今のところは分かっているのは、大量にいる魔物の変異種の中で、一部の妙な魔石を埋め込まれた魔物が居て、それは人為的に行われているってことかな」


「・・・ここまで来た収穫はあったようですね」


「大収穫だね。トワちゃんのお陰でいろんなことが一気に進むかも」



 話が終わったわたし達はテントまで戻ってきます。セラさんは「眠気は無くなったけど横になって来るよ」と言ってテントの中に入っていきました。わたしが「朝になったら起こしましょうか」と聞いたら真顔で「やめて」と言われたので朝起こすのは勘弁してあげましょう。



 必要な報告を終えて暇になったので、わたしはこの場でお月見タイムです。天狗から貰った楓の木で精巧に作られた三方を取り出して、それにお皿を置いてその上に団子を置けば完成です。



――さて、それではゆっくりと今ある情報を纏めてみましょうか。



 まずは、変異種の発生頻度が多くなっている件についてですね。セラさん達がギルドから話を聞いたところによると、ここ数年で徐々に発見数が上がっており、半年ほど前からその数は更に急激に増加傾向にあるそうです。ですが、不思議なことに魔人はまだ発見されていないようです。普通ならばそれだけの変異種が出現していれば、ともに魔石を喰らい合って魔人に至っていそうなケースはたくさんありそうなのですけどね。



 変異種の発生する条件は、以下の内容のいずれかが当てはまった場合になります。



 ①魔力溜まりがある所がある。


 ②環境が大きく変わる又は生態系が大きく乱れる。


 ③魔力の非常に濃い環境。


 ④長生きして大量の魔力を摂取した魔物。



 ①はもっとも条件として多く発見されるものですね。魔力溜まりは自然に発生するものが多いですが、以前わたしがやったように魔力だけを使った攻撃をすることで意図的に作ることも出来ます。これを見付けた場合は教会に報告して浄化してもらう必要があります。今回の件でも非常に多くの魔力溜まりが発見されているので、浄化を担当する教会の手が回らないほどらしいです。教会でも手が出しにくい危険な場所では、魔力溜まりに魔法をたくさんぶつけて溜まった魔力を散らすやり方で対処しているそうです。



 ②は強力な魔物が他の生活圏から入ってきて、その環境を荒らすことで変異種になるパターンですね。以前に森で戦った血熊や境界門防衛戦でのスタンビートの件はこちらになりますね。他から来た魔物が変異種になる以外では、極稀に極限状態が長く続くことで体内の魔力が変質して変異種になるパターンもあるらしいです。これは人間にも当てはまるそうで、普通の人が固有スキル無で聖人になる時は大体このパターンだそうです。



 ③ではそもそも魔物の居る環境が、魔力溜まり並みに魔力の濃い場所で生息している場合ですね。こういった場所では生まれる個体も元々強力な個体ばかりなので、体内の魔力が変質するのにはかなりの時間が掛かりますが、逆に言えば、長い時間生きているだけで変異種になれるとも言えます。弱肉強食の世界では生き残るだけでも大変ですけどね。それに、この環境というのが基本的にダンジョン内だけなので、変異種になる前にほぼ冒険者に駆逐されます。それにダンジョン内でも魔物の生存競争がありますからね。ダンジョン魔物は全員仲間では無いということです。



 ④は簡単に言うと、神獣のような特別な魔物ですね。生まれた頃から特別な魔物というか、生き物や環境で育った存在です。こちらは、例がそれこそ神獣ぐらいしかないので今回の件には無関係でしょう。



 これらの条件を要約すると、魔物の体内にある魔力に大きく干渉した場合に変異種になると推測出来ます。



――さて、ここで度々目にする紫の魔石について考察してみますか。



 紫の魔石が出てきた魔物の共通点は、血の様に赤い目と戦闘時に強い殺意を発しているところですね。それと、薄々感じてはいましたが、自我を侵食して暴走させるようです。



――そういえば、以前出会った魔物の中では、こちらに気付くまではぼーっとしていたものも居ましたね。



 まだ王都から出たばかりの頃でしたか、こちらを見付けると狂ったように襲い掛かって来ましたけど、それまでは所在なさげな感じで立っていましたね。この違いは何なのでしょうか?



――あの魔物は()()()()()()()()()()()からでしょうか?



 変異の途中だったから不安定な状態だったのかもしれません。となると、あのトロールが魔石を埋め込まれたのはごく最近ということでしょうか。



 む~っと考えながら団子をパクリと食べます。お月見タイムでの考え事はただの暇つぶしに近いので、そんなに真剣に頭を動かしてはいませんが、こう疑問ばかり残るともやもやとします。



――紫の魔石に関しては、セラさんがまだ隠している情報もありますし、なんとも考えが纏まらないですね。現状分かっているのは、あの魔石は魔物を狂わせるというのと、人為的な関与があるということでしょうか。



 そして、この変異種の発生と紫の魔石による魔物の狂暴化が同時に起こっているのは偶然なのか、誰かの意図したものなのか、これも今は判断材料が無さすぎですね。セラさんは何かしら関与はあると考えているようですけれど。



――変異種の発生、紫の魔石、北から下りてくる魔物達、人為的関与、帝国の噂、戦争・・・



 一つ一つ情報を箇条書きにして頭に並べていきます。すると、嫌な連想が浮かんできました。



――もしもの話ですが、帝国の関与があると仮定して、その目的が戦争だったとします。紫の魔石には魔物を狂暴化させると同時に、魔力を大きく乱して変異種へ進化させることが出来ると考えられます。その特性を利用して、人間を意図的に変異・・・この場合は聖人化というのでしょうか・・・させることが出来ると人間が考えたのならば・・・。



 わたしはそこで思考を停止させます。証拠の無いことはただの妄想にすぎません。これは考えるだけ無駄なことです。気分が悪くなったので、パクリと団子を食べて丸いお月様を見上げて心を静めました。しばらくそうやって月を見上げて妙な考えをどこかに押しやると、はぁ、と深く溜息を吐きます。



――まぁ、わたしには人間が何をやっていようとどうでも良いことなのですけどね。ただ、人間と少なからず関わっている以上は紫の魔石について警戒する必要はありそうですね。



 そう結論と今後の方針を出したわたしは、残った夜の時間をぼーっと景色を見ながら過ごします。もうすぐ月も見えなくなって夜も明けるでしょう。



 翌日、と言っても朝になっただけなのですが。起きてきたセラさん達『白の桔梗』と共に一度秋の都に戻って秋姫さんのところへ報告をしにいきます。例の社に向かわなければならないので、またあの長い階段を上って無事に秋姫さんに会うことが出来ました。



 そして、セラさんは変異種の討伐のとの状態、周囲の環境などの調査報告を、わたしは天狗達の様子と現在の居場所を報告しました。何故隠れたのかや、天狗の一人が暴走していて、わたしが助けたことについては伏せておきます。これは依頼外の情報ですからね。



「そうか。・・・まずは、『白の桔梗』への依頼報酬だ。紅羽、持ってきてくれ」


「はい。かしこまりました。・・・これですね」



 紅羽さんが大きな革袋をセラさんの前に置きます。畳の上に置くとじゃらんとお金の音がしました。あの大きさの袋からしてもかなりの金額でしょう。セラさんはそれをさっと収納魔法に仕舞いました。



「それと、君にはこっちを」



 そう言うと、秋姫さんは徐に手を出すと一振りの大刀を収納から取り出しました。その大刀を見たリンナさんが見惚れるようにじっと見詰めています。



「・・・わたしには自前の武器があるのですが?」


「これは私の領域にあるダンジョンから見付けたもので、名前は十六夜の大刀という。随分昔に献上されたのものなのだが、私は使わないし、かといって飾っておくのも勿体無いからそろそろ市井に抛ろうと思っていたのだ。君さえ良ければ貰ってくれないか?」


「その大刀は魔剣ですから、売れば白金貨はいくと思いますよ。遠慮せずに貰ってあげてください」


「・・・はい。では、遠慮なく」



 使うことは無いと思いますけど、十六夜という月に関係ある名前ですし、コレクションにしましょうか。わたしはそう思ってありがたく十六夜の大刀を貰いました。この大刀、全長がわたしよりも大きいのですが・・・。振り回せる気がしませんね。いえ、コレクションですから、使う気はないのですけどね。



 わたしが大刀を収納に仕舞うと、秋姫さんは満足したように頷きました。



「後で私の方から天狗達の様子を見に行ってみよう。あいつらも、何かあったのならば言えばいいものを」


「恐らく、秋姫に借りを作りたく無いのでは?」


「・・・秋姫さんにというよりも、人間に貸しを作りたくないと言っていましたよ」



 わたしがそう補足すると、秋姫さんはやれやれというように首を横に振りました。依頼の報告を終えたわたし達がとりとめのない雑談を少ししてから社を後にします。別れ際に秋姫さんから



「すまないが、後でもう一度桜に会いに行ってくれないか。今回のことで話を聞きたいらしい」



 と言われたので、わたし達は再び春の都へ引き返すことになりました。



「まぁ、元々は春姫からの依頼だったから報告するつもりだったので問題ないですよ」



 セラさんがそう言って苦笑すると、わたし達は社の長い階段を降り始めました。



 それから再びの常春の領域。紅葉と銀杏の紅と金色の世界から一転して、桜の白と淡い紅の世界に切り替わりました。



 途中で領域間の移動を合わせると、短期間で二回景色がガラッと変わる体験をしていることになります。何度体験してもこの感覚には慣れませんね。まさに別世界に迷い込んだ気分です。



――わたしの場合は地球からこの異世界へ転生していますので、本当に別世界に迷い込んでいますけどね。



 相変わらず地球での知識はあるけれど、自分のことについては殆ど記憶がありません。さして重要なことではないので気にしていませんけどね。



――前世のわたしは前世のわたし、今世のわたしは今世のわたし。ですからね。



 それから更に移動を重ねて、春の都に戻ってきたわたし達はさっそく春姫さんに会いに行きます。



 さらっと流していますが徒歩での移動で道中寄り道もしているので、常秋の都を離れてからおよそ1ヶ月は経っています。



 そういえば、春姫さんから会いに来ることばかりで、会いに行くのは初めてだと気付いたわたしは、春姫さんが何処にいるのかエルさんに聞いてみました。



「・・・春姫さんって何処に住んでいるのですか?というより、あちこちふらふらしているイメージがあるのですが、定位置ってあるのですか?」


「たしか、桜は春の都の中央にある大きな屋敷で執務をしているはずよ。トワちゃんの言う通りふらふらしていなければそこに居るはずだわ」


「・・・春姫さんは秋姫さんのように社に住んでいないのですね」


「桜の社もあるけれど、あちらはプライベートスペースね。普段はこっちの屋敷に居るわ」



 春姫さん達と交流のあるエルさんの言葉を信じて、わたし達は春姫さんが居るであろう屋敷へと向かいました。



 そしてわたし達は今、春の都の中心にある和風の大きなお屋敷の前に居ます。



「あいつは居ないよね?気配は感じないけど」


「どうでしょうか?春姫様に聞いてみなければなんとも言えませんね」



 春の都に来てから少しだけセラさんとクーリアさんがぴりぴりとしていますが、その理由は、セラさんの言うあいつ・・・帝国の冒険者ギルド所属の問題児、sランク冒険者のゼストを警戒しているのでしょう。



「あいつもそうだが、グレンさんもここに来ている理由は気になるな。変異種の調査って言ったってグレンさんが王国を離れることは無いと思うんだがなあ」


「暴走しやすいゼストのお目付け役・・・だけでは無い気がするわね」



 リンナさんとエルさんはどちらかと言うと、ゼストと一緒に居たグレンさんという王国のsランク冒険者のおじいちゃんが気になるようですね。話を聞く限りでは、相当な理由が無い限りは王国から出ることは無いのだとか。確かにそんな人がお目付け役というだけで他国に居るのは違和感がありますね。



「まあ、気にしてばかりもいけないか。とにかく、春姫さんに報告を済ませよう」



 屋敷の入り口の門を叩くと役人っぽい人が出てきました。事情を説明して春姫さんへの謁見をお願いすると直ぐに通されます。セラさんを先頭に大きな庭を横切って玄関前まで案内されました。



「ここから先は許可なく入れませんので。恐らく春姫様は奥の執務室に居ると思います」



 役人さんはそれだけ言うと引き返していきました。セラさんが玄関の戸を叩くと、奥で人の動く気配を感じます。



 しばらく待っていると、がらがらと戸が開いて中から巫女が出てきました。紅羽さんの巫女服は普通の白と赤の装束でしたが、この巫女は白と桜色の装束です。



「お待たせ致しました。御用件を伺いま・・・あら?そちらのエルフはまさかエルアーナ様ですか?お話は伺っていましたが、お変わりになられましたね」


「はぁ。もうそれはいいわ。事情は聞いているでしょう?そんなことよりも、桜に会いたいのだけども今大丈夫かしら?」


「これは失礼しました。そういえば、春姫が詮索しないようにと仰っていましたね。今の時間ならば、執務詰めで息が詰まっているころでしょうからちょうどいいですね。ご案内いたします」



 桜の巫女さんに屋敷の中を茶室まで案内されました。それぞれ座布団を用意した後に「それでは、春姫を呼んできますね。少々お待ちください」と桜の巫女さんは部屋を出ていきます。



 わたし達はそれぞれ座布団に座って春姫さんが来るのを待ちます。しばらく適当な雑談をしたり、クーリアさんお手製のカラクリ魔術具で時間を潰して待っていると、戸の外側の廊下からばたばたと音が聞こえてきました。



「ごめ~ん。お待たせしちゃったね。依頼の報告だよね。早速聞こうか。あ、桜蘭ちゃん、お茶を用意してあげて。エルちゃんが居るから良いやつお願いねっ」


「畏まりました。では、すぐに用意しますね」



 前に会った時と変わらず、にこにこと天真爛漫な笑顔を浮かべながら春姫さんが部屋に入ってきました。そのまま、流れるように桜の巫女さん指示を出してから向かい側に座って、髪色と同じ淡い桜色の目を細めてわたし達を一人一人を見回します。



 そして、わたしを見て一瞬だけ視線が止まりました。別に表情や目つきが変わったわけでは無いですけど、何故だか無性に気になります。その一瞬がわたしにはとても長く感じたせいか、何か意味が込められているような気がして、セラさんとエルさんが春姫さんに報告している間ずっと上の空でした。



 特に問題なく報告が終わると次第に雑談になってきます。そこで思い出したのか、クーリアさんがおずおずと春姫さんに質問しました。



「あの、ゼストとグレンさんは今どちらに居るのでしょうか?グレンさんはともかく、ゼストとはあまり折り合いが良くないので顔を合わせたくなのですが」


「あ~。あの二人ね。わたしの領域に入り込んだ面倒な変異種の調査に行ってもらってるよ。後数日は帰って来ないんじゃないかなぁ」



 春姫さんがほんの少しだけ視線を逸らして答えると、エルさんが心配そうに眉をひそめました。



「Sランク冒険者を二人も向かわせる変異種って何事よ。大丈夫なの?」


「あぁ、うん。討伐するだけなら余裕なんだけど、今回は異様な変異をした変異種の調査だからね。あんな性格だけど、ゼストくんは研究者気質なところがあるから適任なんだよね」



 どうやら今は、例の人達はこの都からは離れているようですね。知りたかったことを確認出来て安堵したのか、クーリアさんがほっと一息吐いてもう残り少ないお茶を飲み干しました。ちょうどそのタイミングでトントンと戸を叩く音が聞こえました。



「春姫、そろそろ執務に戻らないと今日中に終わりませんよ?」


「え~~~。もうそんな時間なのぉ」


「私達の用事は終わったからそろそろお暇しようかしら。桜、頑張ってちょうだい」



 むすっとした春姫さんを苦笑しながらエルさんが応援して、わたし達は席を立ちます。すると、ちょっと慌てたように春姫さんが制止します。



「あ、ちょっと待った。セラちゃんだけ個別で話したいことがあるから少しだけ良いかな?エルちゃん達はもう大丈夫だよ。紅葉ちゃんを助けてくれてありがとね。もし時間があるならわたしの都を存分に楽しんで来てね!」



 セラさんはわたし達に確認するように顔を向けました。特に問題は無さそうなので、お互いに頷いてから軽く手を降ります。



「じゃあみんな、また後で」


「先にトワちゃんと遊んできますね」


「私もすぐに行きます~」


「じゃあ桜、また」


「セラ、後で話せることは話してくれよ?抱え込み過ぎは良くないぜ」


「・・・失礼しました」


「じゃあねっ。()()()()()()()()()次はゆっくりお話しようね、トワちゃん」



 何故か最後にわたしに声を掛けてきた春姫さんを返り際に振り返って顔を見ます。春姫さんもわたしのことをなにか言いたげにじっと見ていて、そして、諦めた様にそっと視線を外しました。



 追加の会談のために屋敷に残ったセラさんを置いて、わたし達は春の都の街に繰り出しています。前に来た時は服や武器ばかり見ていましたが、こうしてただ街を歩いているだけでも、たくさんの桜が街を彩っていてお花見をしている気分になります。



「艶やかな秋の都も良いけど、キラキラとした淡い世界観の春の都もやっぱり良いもんだなぁ」


「そうですね。春は長い冬を越えて暖かな日が包み、様々な生命が生まれる季節と言われていますからね。他の季節とは違ったまさに芽吹く力を感じますよね」



 少し前を歩くリンナさんとクーリアさんの会話を聞き流しながら、わたしは先ほどの春姫さんの視線がどうしても頭から離れないで考え込んでしまいます。なんであんな意味ありげな視線を送ってきたのか、なんだか嫌な予想ばかりが浮かんできます。



「少し顔色が悪いわね。どうしたの?トワちゃん」



 エルさんが無表情なわたしの些細な変化に気付いたようで、心配そうな顔でのぞき込んできます。わたしは少し考えてから顔を上げてエルさんと視線を合わせます。心配そうに揺れる藍色の目をしっかりと見据えてわたしは収納から一つの袋を取り出して、それをエルさんに差し出します。



「・・・本当は折を見て皆さんに渡す予定だったのですが、タイミングを計りかねてまして、これを預かっていて貰えませんか?」



 エルさんが困惑したようにわたしの差し出した手から袋を受け取ります。



「・・・もしわたしが無事に公国から出ることが出来たら、それを返してください。わたしが自分の手で皆さんにそれを渡しますから」


「無事にってどういうことかしら?何かあったの?」



 わたしの不穏な言葉に少し声を荒らげながらも、前に居るリンナさん達に聞こえないように声を潜めるという器用なことをしてわたしを問い質してきます。



――今のところは、嫌な予感というだけですからね。てきとうに誤魔化しますか。



「・・・別にどうというわけではありませんよ。単純にまた忘れそうな気がしただけですので。公国を出る時に皆さんに中身をプレゼントしますから、それまで袋の中身は見ないでくださいよ?」


「・・・・・・分かったわ。預かっておくから、必ずトワちゃん自身の手でこれを渡してね?約束よ」


「・・・ええ。約束です」



 なにか言いたげなエルさんから視線を逸らして、わたしは前を歩くクーリアさんとエルさんに駆け寄ります。



「・・・ぜんざいが食べたいです。お茶屋さんに行きませんか?」


「確かに小腹が空いたな。そうするか」


「トワちゃん、トワちゃん。私があーんしてあげますからね」


「・・・いえ、自分で食べますのでお構いなく」



 そんないつも通りのやりとりをしながら、お茶屋さんでぜんざいを食べた後は何をするでもなく街を歩き回って、気になったお店に入っては騒いでを繰り返していると、あっという間に日が落ちて夕方になりました。あらかじめ予約していた宿に帰ってきましたが、セラさんはまだ帰ってきていないようです。



「セラさん遅いですね。先に晩御飯食べてしまいましょうか?」


「ま、セラに限って何かあることはそうそうないだろう。気にしなくても大丈夫じゃないか?」


「そうね。ここ最近はきちんと休息をとれていなかったから、ゆっくりと湯に浸かりたいわ」



 この宿にも大衆浴場がありますからね。わたしも後で入りましょうか。



 結局セラさんは夜遅い時間になっても帰ってこなかったので、他の皆さんは先に眠りにつきました。わたしは寝る必要が無いので窓の縁に腰かけてぼんやりと月を見上げていましたが、ふと宿の入り口にセラさんの姿が見えた気がしたので寝ている皆さんを起こさない様に部屋からそっと出ます。



「・・・何をやっているのですか?皆さんもう寝ていますよ?」


「ああ、トワちゃんか。別に、なんでもないよ。ちょっと月を見上げてただけ」



 宿の入り口で背中を預けるようにして上を見上げていたセラさんが、わたしの声に反応して視線を下に向けます。月明かりに照らされながら艶のある茶髪のサイドテールがそよ風に揺れます。まさに天使のように完璧に整った顔立ちは白い光に照らされて息を呑むほどの美しさを醸し出していました。



――本当に、憎たらしいほどに完璧な容姿ですね。



 見ていると吸い込まれそうになる赤茶の瞳から目を逸らすようにわたしは夜空に浮かぶ月を見上げました。同性であっても、これだけの美少女にこのシチュエーションでじっと見られるのはなんともいたたまれない気持ちになってきます。



「今日も月が綺麗だね」


「・・・そうですね」



――日本に住んでいる人に二人きりの時でその台詞は言ってはダメですよ?まあ、分かる人が居るかはわかりませんけど。



 心の中でそうツッコミをいれながら、適当に相槌をします。セラさんはわたしのことを横目でちらりと見てからくすりと笑います。どこに笑う要素があったのかは分かりませんが、無性にむかついたのでつんと顔を逸らしました。



「ふふふ。本当にトワちゃんは可愛いなぁ。・・・ねぇ、ちょっと街から離れるけど絶好のお月見場所を見つけたんだけど、どう?行く?」


「・・・セラさんにしては悪くない提案ですね。同行しましょう」



 楽し気に笑うセラさんの隣を歩きながらゆっくりと街を歩きます。無数の桜の花弁が雨のように舞い散り、その一つ一つが月光で白く輝いています。



 どうでもいい他愛のない雑談をしながら幻想的な街並みを歩き続け、やがて街の外まで出ました。といっても、街の外も桜並木が続くのですけどね。そんな桜並木の道を逸れて、桜の木々の中をわたしとセラさんは進みます。



 やがて、大きく開けた場所に出ました。その真ん中にはこれまで見た中で一番大きい桜の木が一本だけ立っています。ちょうどその真上に丸い満月が浮かんでいて、見事な夜桜と月を共演しています。



「・・・これは、すごいですね」


「だよね。ほんと凄い」



 この感動を言葉で表すのは恐らく不可能でしょう。どんなに言葉を尽くしても、この心と感情は伝えることが出来ないと思います。それだけの光景がわたしの目の前に広がっていました。



 言葉も出ないままふらふらと桜の木に近づきます。大きな幹は大人が何人も手を繋がないと一周出来ない程太いです。そして、その上に広がる無数の枝にはこれまた無数の淡い紅色の花弁が咲き誇り、そして散っています。ここは常春の世界なのでこの花弁は永遠と咲き誇り、そして散り続けるのでしょう。



 わたしは振り返って少し距離のあるセラさんと向かい合います。向こうにはわたしはどう見えているのでしょうか?今のセラさんの表情はいつもと同じ微笑が浮かんでいます。恐らく、今言わなければいけないと思いました。だからわたしは、今言います。



「・・・セラさん」


「何?」


「・・・わたしと出会ってから今まで、いろんな所で骨を折ってくれて、わたしを助けてくれましたよね。改めて感謝します」


「仲間だもん。当然でしょ?」



「・・・ええ。わたしが人類の敵対者である魔人だと知っていながらも、そうやって本当の仲間のようにずっと接してくれていましたね。・・・たとえわたしが皆さんのことを心のどこかで恨んでいることも知ったうえで」


「・・・」



 そう。わたしはまだ心のどこかでセラさん達『白の桔梗』の皆さんを恨んでいました。わたしの最初の友人を殺めた人達だと。だからこそわたしはスモアネスの変異種戦の時に直前までクーリアさん達を助けるかどうか躊躇したのです。今でも多分、あの時と同じ状況になったら躊躇してしまうでしょう。



「・・・そんなわたしにセラさんは人としての生き方をたくさん教えてくれました。わたしの正体がバレて狙われない様にいろいろな場面で守ってくれました」


「・・・・・・私は皆が言うような天使なんかじゃないよ。トワちゃんをこうして助けているのだって、ただの自己満足なんだから」



 そう言うとセラさんはそっと目を伏せます。その瞳には深い後悔と懺悔が見えました。恐らく、セラさんも過去にいろいろとあったのでしょう。『白の桔梗』のメンバーはそうした暗い過去を持つ人達の集まりなのですから、当然といえば当然ですね。



「・・・それでも、わたしは感謝しています。ありがとうございました」


「トワちゃん・・・」


「・・・まだ許せない心も確かにあります。皆さんの場所はわたしの居場所ではないと思っています。それでも、わたしは皆さんのことを、セラさんのことを『仲間』だと思っていますよ」


「・・・っ!」



 わたしの言葉でセラさんが伏せていた顔を上げます。その目には先ほどの後悔や懺悔ではなく、焦りと焦燥が浮かんでいました。



「トワちゃん!今すぐここから逃げ・・・」



 その言葉が言い終わらない内にわたしの居る場所を中心に広大な結界が周囲に張られます。



――まぁ、そうですよね。なんとなく、そんな気はしていました。



 わたしは覚悟を決めて結界の上に浮かぶ月を見上げます。ひょっとしたら、これが見納めになるかもしれませんねと思いながら。




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