36話 転生うさぎと紅い森と天狗
公国の秋の領域内にある『紅い森』は領域の北側境界近くに広がる一面紅葉の森で、一度森に入ると上から下まで真っ赤に見えることから名付けられた安易な名前の森です。安易な名前ではありますが、大きな山二つとその麓からさらに広範囲に森が広がっており、この森に入ると同じ景色が永遠と続くせいでとても道に迷いやすく、深く森に入ったら出られなくなるということでも有名な森でもあります。
今回わたしは単独行動ということでうさぎの姿でこの森を歩いています。地面に落ちた紅葉がまるで絨毯のように一面に広がっているので、本当に見える場所すべてが紅いですね。木々の隙間に見える空は青いですけど。
セラさん達はこの森から魔物の変異種の目撃が多いとのことで、付近の調査と変異種の討伐をやっているはずです。ひょっとしたら、どこかでばったり会うかもしれませんが、何しろこの森はとても広いので、会えるかは微妙ですね。この姿で出会ったら捕まってもふもふされそうなので、もし気配を感じたら全力で避けることにしましょうか。
冒険者ですらあまりこの森には来ないそうですから、やはり魔物の巣窟になっていますね。まだ浅い場所なのにCランクの魔物が居るので、奥の山に入っていくとBランクの魔物も居る可能性が高いですね。いや、というか居るでしょう。
一応秋姫さんから天狗の住んでいた場所を教えてもらっていますので、とりあえずそこまで向かっているのですが、この移動中にも鬱陶しい魔物達が襲い掛かって来るのでいちいち始末しています。
――放置して逃げると魔物が連なって追いかけてくる、いわゆるトレインのようになってもっと面倒な事になりますからね。
それでも、さすがに魔物にいちいち構うのが面倒になってきたので、気配遮断を使って出来るだけ戦闘を避けるようにして移動します。いや、最初からそうすれば良いのにと思うでしょうが、一応目的があって気配を消さないで行動していたのですよね。
天狗達はこの『紅い森』の管理を勝手にやっているらしく、魔物の数を調整したり、危険な魔物を間引きしたりということをしているそうで、わたしが魔物を狩っていればほいほいと出てこないか試していたのですが、もう鐘一つ分・・・二時間くらいやっていても結局出てこなかったので諦めることにします。それに、あまりやりすぎて、森を荒らすものとして認識されて出会っていきなり戦闘になっても困りますからね。
気配遮断で気配を消したわたしは、ついでに身体強化もして森の中を駆けます。普通の森と違って地面が紅葉の葉で埋まっているせいで、木の根っこの凹凸が分かりにくいからちょっと走りにくいのですよね。
何とか山の麓まで駆け抜けると、そこで気配遮断を解きます。ここから先は先ほどまでの魔物と違って知性も少しは高いので、わざわざ高い魔力量を持つわたしを襲い掛かって来ることは少ないでしょう。
それにしても、何故動物達はわたしの存在にいち早く気付いてさっさと逃げるのに、ランクの低い魔物になると格上のわたしに襲い掛かってくるのですかね?魔力が餌になるから、魔力の多いわたしがご馳走に見えるのでしょうか?
さて、そろそろ日が落ちそうな夕暮れ時になりました。この森に入ってから十二時間は経過していますかね。時計が無いので感覚ですけどね。空が真っ赤に染まっていると、いよいよ風景が完全に赤一色になります。
今わたしは秋姫さんに教えてもらった住処まで到着して、索敵で周囲を探っているところです。
――まあ、やっぱり居ませんよね。ここで見付かるようならば、わざわざ秋姫さんがわたしに依頼なんてしないでしょうし。
住処の跡地を見てみようとぴょんぴょん跳ねながら移動します。山の中腹でちょうど地面が平地になった場所を切り開いたようですね。木組みの家が三棟建っています。一応家の中も確認してみましたが、もぬけの殻でここ最近使われたような形跡もありませんでした。
――しばらくはここを拠点にして周囲の調査をしましょうか。
こういうひとりでやる森の調査に、ちょっと懐かしい感じがしながら今日の調査はとりあえず終了です。この場所はちょうど木々が開けた高い場所なので、下を見下ろせば中々の絶景です。ここでゆっくりお月見して朝になったらまた頑張って探しましょうか。
夜になって満月が現れると、紅葉の紅さは少なくなりますが、それでも美しい景色を見ることが出来ました。わたしはいそいそと、秋の都のお店で見つけた三方を取り出して、その上に団子を積み上げていきます。
――数は・・・十五個で良いですかね。
下の段に三×三の九個、中段に二×ニの四個、最後に上段に二個団子を乗せてお供えの完了です。折角なので土魔法でうさぎの形の小さな人形を作って三方の前に置きます。
――完璧ですね。
そんなアホなことしながらお月見して夜を明かすと、さっそく調査に掛かります。魔人という話なのでかなりの魔力量があると思いますが、秋姫さん達のように陰陽術で誤魔化している可能性が大いにあります。なので、魔力反応の少ない生き物と極端に多い生き物を中心に探していきましょう。
そして、あっという間に数日が経過しました。秋姫さんの話では見付からなくても良いとのことでしたが、わたしとしては天狗を見てみたかったので結構本腰を入れて探してみたのですが影すらない始末です。
鬱憤晴らしに、調査で見つけたちょっと強めの魔物を倒して回りながら山一つ分を探し回ったのですけどね。あ、ついでに変異種も一体見つけたので魔石を美味しく頂きました。まぁ、Aランク程度の変異種だったので大して魔力量も増えませんでしたけどね。
そして、最近はまっている三方を使ったお月見をしながら、どうしようか考えます。
――なにか、探し方を変えた方が良いでしょうか?でも、なかなかいい方法が思いつかないのですよねぇ。
ぼーっとお月見をしながら団子を食べていると、突然危険察知の警鐘が鳴り響いて、わたしは反射的に横に大きく跳びました。わたしがお月見をしていた場所に鎌鼬が飛んできてわたしの三方を粉々にします。
――あ!わたしのお月見道具とお団子が!!
わたしが愕然としていると、森の中から先ほどまでは感じなかった気配を感じたので振り返って確認します。二人の山伏の衣装を着た人間の見た目をした者が静かに影から出てきて月明かりに照らされました。背中には鴉の羽、顔は鼻の長い赤いお面をかぶっています。恐らくわたしが探していた天狗でしょう。そして、片方の天狗は衣装がスカートに改造してあり、胸もあることから女性なのでしょう。二人とも手には鉄扇を持っています。
わたしは人間になって二人を睨みます。表情こそ変えられませんが、ようやく手に入れた三方を壊されてちょっと腹が立ちました。それに、お団子も粗末にされましたからね!
「・・・貴方達、わたしのお月見の邪魔をした罪は大きいですよ?」
――後、せっかく買った三方と美味しい団子の仇も取ります。
わたしが流暢に言葉を発したことに驚いたのか、天狗は一瞬びくりとして動きが止まりました。その隙を逃さずにわたしはランス形態の槍を取り出し、縮地で男の天狗に距離を詰めてそのままの勢いで槍を突き出しました。
わたしの攻撃は咄嗟に防御した鉄扇に防がれてしまいます。それても、勢いだけは殺しきれなかったのか、男の天狗は吹き飛ばされて後ろの木にぶつかって止まりました。
――ん。わたしの攻撃で壊れないなんて、あの鉄扇はわたしの使っている武器と同じで、自身の魔力で染め上げた魔鉄のようですね。
わたしの武器も鉄を強引に魔力で染め上げてたまたま出来た魔鉄でしたが、あれからいろいろと改造しています。具体的には、魔鉱石という魔力耐性の高い鉱石をわたしの魔力で魔鉄と同じときのように体に取り込めるまで染め上げました。
小石程度の大きさでも普通の鉄の槍の時の倍以上の魔力を使わなければならなかったので、武器として使う分取り込むには膨大な魔力が必要で、いくつもの魔物の魔石を使いながら、『白の桔梗』の皆さんが寝静まる夜に、月の加護の力も借りて1ヶ月以上かけてようやく取り込むことに成功しました。
それでも槍ひとつ分取り込んだ魔鉄より量が少ないので、小太刀のような小さい武器しか純魔鉱石製で作れないので、魔鉄を補強するように組み込んで武器として使っています。
この補強があったからこそ、防衛戦の時に遭遇した銀熊の攻撃を防げたと思っています。魔鉄では壊されていたかもしれませんね。ちなみに、壊れてもわたしの魔力で再生出来ます。
話が長くなりましたが、わたしの武器は以前よりもずっと硬くなって強力になったということです。魔鉱石の特徴である魔力を込めるほど硬質化するのが大きいですね。アホみたいに魔力を食いますけど、わたしのは完全に染め上げているので、改めて魔力を込めなくても最初からかなり硬質化しています。
――さてさて、さすがにあの程度で無力化は出来ないですよね。戦うつもりは無かったのですが、わたしの大切な三方とお団子を破壊した分はしっかりと痛い目に合ってもらいます。
一体がsランク級の魔人二人を相手になぜわたしがこんなに余裕なのかというと、今のわたしとこの二人の魔力差からわたしの方がずっと強いと分かったからです。今は月の加護もありますからね。いざとなったら紅月か蒼月を使えば一蹴出来るでしょう。
――正直ちょっと期待外れですね。秋姫さんの友人というからにはもっと強いと思ったのですが。
長々と思考している内に、わたしが攻撃した天狗が体勢を立て直しました。もちろん、わざと待っていました。相手の攻撃を間近で見てみたかったからです。
そんなわたしの目的など分からないであろう天狗達は、わたしを挟むように別れて鉄扇を振りかざします。まるで、斬るよう広げた鉄扇を扇ぐと、そこから生み出された鎌鼬がわたしを襲いました。
――なるほど、先ほどの攻撃はこれですね。
魔力を感じなかったので恐らくアーツでしょう。わたしはあえて避けないでその攻撃を受けました。でも、さすがに二つも直撃したらかなり痛いので防御魔法は使います。
今まで考えてはいたものの中々実用化まで出来なかった魔法で、最近ようやく出来るようになったのです。まだ実戦で試していないので良い機会だと判断しました。
――失敗して直撃しても、生き残れるでしょうからね。
鎌鼬が当たる直前にわたしは魔法を発動します。わたしの周囲の空間が歪んでそこに鎌鼬が当たると、歪んだ空間を避けるようにして攻撃が逸れていきます。逸れた攻撃はわたしを通り過ぎて近くの地面に当たり大きな音と土煙を上げます。
――周囲の空間を歪ませて攻撃を逸らす空間と重力の複合魔法。上手くいったようですね。でも、短時間の使用で洒落にならないほどの魔力を使いますね。原初魔法のレベルが足りないからでしょうか?
そんな呑気なことを考えているわたしとは違って、天狗の二人は驚いたように後ずさりします。特に女性の方は「うそ」と小さく呟いていました。
――さてと、さっさと無力化してしまいましょうか。
本当はもう少し痛みつけてやって、三方を壊されてお団子をダメにされた恨みを晴らすつもりだったのですが、今の実験で頭も冷えましたので、このまま長々と戦うよりも早期決着に作戦を変更します。
というわけで、重力魔法で周囲一帯を加重しようした時、なにか妙な感覚がして振り返りました。すると、三人目の天狗が鴉の羽を広げて山の崖からこちらを見下ろしているのに気が付きました。
「ほう。気付いたか」
「・・・いえ、たまたまですよ」
「たまたまで我の隠形を見破られては堪らんな」
――そんなことを言われも、本当にたまたまなのですが。
そして、恐らくは秋姫さんの友人の天狗はこちらの天狗のようですね。くぐもったの男性の声に年季を感じます。とりあえずわたしは、未だに警戒している天狗二人に加重を掛けます。お話し中に攻撃されては堪りませんからね。
「うぐっ!?」
「なっ!?」
二人が声を上げて地面に手を付きました。結構強めに加重したのですが、思っていたより耐えていますね。伊達に魔人やっているわけでは無さそうですね。
「・・・秋姫さんがお姿が見えなくなったと心配していましたよ。・・・いえ、心配はしていませんでしたね」
「そうか。少し森が面倒な事になっていてな。一時的に居を移したのだよ」
「・・・そうですか。秋姫さんに頼まれているので、一応お話だけでも聞いても構いませんか?」
「良かろう。案内しよう。・・・それと、その二人の非礼は詫びよう。壊した三方も、もっと良いものを贈ろう。それで手打ちにしないか?うさぎの魔人よ」
わたしはちらりと地面に手を付く二人の天狗を見て、手をさっと振って魔法を解除しました。わたしとしても、さっさと無力化する予定でしたので敵対してこないならばこれ以上戦う必要はありませんからね。
「・・・貴方はわたしを殺そうと思わなかったのですか?」
「我とてそこまで耄碌しておらんよ。本気で殺し合えば、刺し違うのも覚悟せねばならぬ」
「・・・そうですか」
ま、確かにわたしもこの天狗さんとは戦いたくなかったので安心ですね。明らかにわたしを襲った二人の天狗よりも格上のようですし、紅羽さんの話では長い間生きていて、何度も戦闘を経験した歴戦の勇士らしいですからね。生まれて一年も経っていないわたしが相手するには荷が重いです。
――魔力量的には、月の加護のあるわたしより少し低めといったところでしょうか。でも、魔力量よりも熟練された技の方が脅威ですからね。
わたしを襲ってきた二人の天狗は、わたしが魔法を解除して自由に動けるようになると、渋々といった感じで偉い天狗さんの両側に付きました。わたしを住処まで案内するのは反対のようですが、意見は出来ないといった感じですかね。別に、歓迎されたいわけではないのでどうでもいいですけど。
案内をする天狗達の後ろを重力魔法でふわふわと飛びながら追いかけて行くと、どんどんと山の上に登っていき、頂より少し低い位置にある場所で降りました。そのまま、大きな岩があるところを何とも無さそうに通り過ぎていきます。
――幻術ですかね?これは気付かないわけです。
魔力眼でよく見ると、微かに魔力の揺らぎが見えますが、最初から分かっていて見なければ気が付かないでしょう。わたしも後についていって通り過ぎてから振り返ると、内側からは岩は見えなくて、入り口に何枚ものお札が貼ってあるだけでした。興味はありましたが、今はそれどころでは無いので天狗達の後を追います。
偽物の岩で見えなくなっていた小さな洞穴の中は、光が入ってこない真っ暗な場所でした。わたしはこっそりと魔法で視力強化をしたので明かりが無くても問題無いのですが、天狗の皆さんも灯り無しですいすいと進んで行きます。夜目が良いのか、わたしと同じで何かやっているのかは分かりませんが、この暗さでも問題無く活動できるようです。
しばらく無言のまま洞穴を歩いていると広い空間まで出ました。わたしが居た天狗達の元住処にあったのと同じ木組みの家が三棟建っており、上を見ると小さいながらも穴が空いているようで、月明かりが僅かに漏れてスポットライトのように空間の中央を照らしています。
天狗達はそのまま中央の家の中に入っていったので、わたしも躊躇なく中に入りました。家の中も向こうの家と同じ造りのようですね。ただ、明かりが無いので真っ暗ですが。
「まずは、これを渡そう。楓の木で作ったものだ」
そう言うと、たぶん偉い天狗さんはわたしに三方を差し出しました。なんだか物が数倍良くなって返ってきましたが、貰えるのならば貰っておきましょう。次のお月見が楽しみです。
「・・・とても良いものですね。ありがたく頂きます。・・・さて、わたしは秋姫さんに天狗達の安否確認を依頼されただけで、正直なところ居を移した理由にはあまり興味は無いのですが。話したくないのならば話さなくても良いのですよ?」
わたしは貰った三方をさっさと収納に仕舞うとさっそく本題に入ります。わたしの依頼内容的には既に目的は達成されていますので、ここから情報を得るのはサービスのようなものです。
「そうか。だが、出来るならば其方の力を貸して頂きたい」
「長!それは!」
「人間達に貸しを作るのに比べればマシだ。儂とて出来うるならば自分達だけで解決したい。だが、もはやそれは難しいのだ」
「くっ・・・」
何やら言い争っているようですが、どうやらわたし個人に何か用があったからここまで連れてきたようですね。わたしは収納から自分でお茶と茶菓子を出すと魔法でお湯を注いでお茶を飲みます。
「・・・ふぅ。・・・事情は聴きましょう。ですが、それで協力するかは別の話です。・・・わたしが協力してもどうにもならないことだってありますからね」
「分かっている。だが、其方ならばアレを倒せるだろう」
「・・・わたしが協力する気が起こるように、きちんと説明してくださいね」
わたしの尊大な態度にお付きの天狗二人は怒っているようですが、そんなことは知った事ではありません。わたしはこの天狗を敬ってなんていませんし、こちらは頼まれている側です。その辺をもう少し理解してもらいたいものですね。
「さて、では、まずは我々が今の場所に居を移す原因となったことから話そうか」
この話がとても長かったです。いや、生まれた時の話とか進化した時の感想とかいりませんから。話を聞き終わる頃にはお茶を二杯くらいおかわりしてしまいました。
――長く生きると話が長くなる傾向でもあるのですかね?エルさんとか春姫さんとかは普通だったのでやっぱり個性ですかね?
というわけでわたしなりに簡潔に必要なところだけまとめるとこういう事らしいです。
天狗は今わたしの目の前に居る人ともう一人の天狗の双子型の変異をしている魔人らしく、その相方の天狗さんが森で数週間行方を眩ませてからようやく戻ってきたと思ったら、突然襲ってきたそうです。その場はなんとか撃退出来たものの、その後も執拗に追い回されたので仕方なく居を移して隠れてやり過ごして対策を練っているところだった。ということみたいですね。
「・・・貴方と同じ力の筈でしょう?そちらは三人も居るのに倒せなかったのですか?」
「我はこの森の保全に魔力を使っている故にあやつよりも戦闘で使える魔力量が少ないのだよ」
「・・・保全?なんだかよくわかりませんが、争った形跡とかが無かったのがその保全の力というわけですか」
それにしても、一つ疑問があります。それはわたしがあの家の周りを数日調査しても、暴走した天狗の魔人など見付けていないのです。わたしが襲われた時も直前まで気配に気付けませんでしたからね。わたしがそれを聞くと、黙って後ろで話を聞いていた男性の天狗がふんと鼻を鳴らして説明しました。
「我々は鴉となってこの森の一部となり森を見張っている。魔力感知や魔力眼、索敵スキルなどでは見付けることなど出来ん」
なるほど。そういうからくりだったのですね。確かに、ただの鴉の化けられたら見逃してしまうでしょうね。魔力量とかも偽装するスキルをお持ちなのでしょう。
――この国は魔力量を偽装する人達ばかりですね。とてもやりにくいです。
「・・・ただ普通に倒すだけで良いのですか?」
「否。出来れば暴走の原因を排除してもらいたい。でなければ、復活させた際にまた暴走する可能性がある故に」
――ま、当然ですよね。
わたしにはその原因となっているものにも心当たりがあるのですよね。それを確かめる為にも、ここはサービスしてあげましょうか。
「・・・まぁ、秋姫さんにも貴方達にも義理などありませんが、協力してあげましょう。・・・わたし個人的にも気になることもありますし、無償でやってあげます」
「そうか。礼を言おう」
「・・・お礼はわたしがその天狗を倒せたらにしてください。・・・上手くいくかはわかりませんからね」
「長、お願いがございます」
わたし達の話が纏まると、今まで黙っていた女性の天狗が膝をついて首を垂れました。黒い髪が赤いお面の前に掛かります。
「なんだ?」
「この者と行動を共にしてもよろしいでしょうか?」
「む・・・」
「主を探すのにも役に立てるかと」
「うさぎの魔人よ。良いか?」
偉い天狗さんがわたしに許可を求めます。女性の天狗も顔をあげてわたしをじっと見詰めてきました。
――お面を付けているから表情は分からないですけどね。
わたしは小さく溜息を吐いて、女性の天狗と目を合わせます。
「・・・構いませんが、自分の身は自分で守って下さいよ?」
「言われるまでもない」
「くれぐれも無理をするなよ?」
「はい。主の不始末は眷族である私が始末します」
いろいろと気になることはありますが、とりあえず今後の方針も固まったので、今日はこの辺にしておきましょう。
「・・・では、また夜にこちらに来ますね。それまでに準備を済ませてください」
「日が上ってから行くのではないのか?」
「・・・夜の方が都合が良いのですよ」
――わたしの都合がね。察してください。
お面で表情が見えませんが、納得はしてくれたようでそれ以上の追及はありませんでした。わたしは一度その場を後にします。
次の日の夜。今日も変わらずの満月です。満ち欠けが全くないのも少し寂しいですね。さてさて、そんなことよりもわたしは今女性の天狗と一緒に紅い森の中を適当に歩いています。
彼女の名前は美烏と言うそうです。なんでも、昔は普通の烏として生まれて、生まれてすぐに親に見捨てられて死にかけていたところを天狗の二人に助けられて、その二人の魔力を長い間浴び続けたおかげで天狗の眷族として魔人まで成長したそうです。男の方があの偉い天狗さんの眷族で、美烏は今回暴走している天狗の眷族らしいです。
――元々は同一存在のはずなのに眷族が別々というのも不思議ですね。永く生きている過程で何かあったのでしょうか?
「・・・戦闘になったらきちんと逃げて下さいね」
「自分の身は自分で守る。私のことは気にしないでいい」
お互いのこと話し合ったからか、昨日に比べると口調が柔らかくなっています。わたしは暇な時間を潰すために、このまま彼女と会話を続けることにしました。
「・・・貴方にとっては育ての親のようなものでしょう?」
「たとえ育ての親であっても、主様ならば必ず逃げないで戦う。だから私もそうする」
「・・・そうですか。・・・あ、そういえば、何でわたしを襲ったのですか?身を隠していたのでしょう?」
「強大な魔力を持ち、森の魔物達を蹴散らしている様子を客観的に見れば、森を荒らす害ある存在に見えるだろう?ここ最近紛れ込んでいる魔物共よりも危険と判断したのだ。・・・その強さを見切ることが出来ずに返り討ちにされたがな」
――なるほど。そう言われると、他所から来た魔物の変異種が生態系を荒らしているようにしか見えませんね。気を付けていたつもりでしたが、危ないやつだと思われてしまったみたいです。
わたしは人畜無害なうさぎなんですけどねと少ししょんぼりすると、この森にはセラさん達が居るのを思い出します。彼女達はわたしよりも派手に魔物を倒している筈なのですが。セラさん達は良いのでしょうか?
「・・・人間の冒険者がここ数日この森に居るのですが、そちらはどうなのでしょう?」
「ああ。あの人間達か。紛れ込んだ魔物共を優先して倒して回っているようで下手に暴れていないようだし、それにエルフの王女も居たからな。長からも見逃すように言われたので放置している」
――うわっ!今さらっと聞いちゃいけない情報が混じっていましたよ。聞かなかったことにしましょう。
思わぬところで放浪エルフさんの素性を知ってしまって、内心冷や汗をかきながら森を進んで行くと、開けた場所まで出ました。
――しかし森といっても鬱蒼と一面に生い茂っているわけではなくて、必ずこういう開けた場所が所々にありますよね。何故でしょうか?
そんなどうでもいいことを考えながら、広場の中ほどまで歩いて立ち止まります。わたしの斜め後ろを歩いていた美烏も立ち止まります。
「どうした?」
「・・・この辺りならば戦闘になっても問題ないかなと思いまして。近くに居ますからね。あれですよ」
わたしが指をさした場所には一匹の鴉が紅葉の木の枝にとまって、こちらをじっと見ていました。美烏も視界に収めてじっと見て初めて気付いたようです。
「どうして分かったんだ?」
「・・・別に特別何かをやった訳ではありませんよ。見つけられなかった原因さえ分かってしまえば、探しようはありますからね。・・・今回の場合は、鴉に化けているとのことでしたので、明らかに野生の鴉の動きをしていないやつを探していただけです」
あの鴉は少し前から、ずっと離れた位置でこちらを監視するような動きをしていましたからね。いくら鴉が頭が良いといっても、明らかに餌を持っていないような人間の姿をしたものをずっと追いかけてくるなんてことをするわけがありません。
「眷族の私でも、視認していなければ分からなかったというのに。トワは凄いな」
「・・・別に大したことをやったわけではないのですけどね。・・・それよりも、少し下がってください。美烏さんに気を使って戦えるほど甘い相手ではありません」
枝に止まっていた鴉が地面に降りてきます。その瞬間、それは人の形になりました。天狗のトレードマークとも言える鼻の高い赤いお面と鴉の黒い羽。着ている山伏の衣装は美烏さんと同じスカートになっていますね。女性のようですし、確かに美烏さんの主っぽいです。
――しかし、双子の筈なのにこんなに変わるものですかね?基本的には同一存在が生まれるはずなのですけど。この目で見ても同じ存在とは思えません。
魔力量も全然違いますし、纏う気配も違いますし、それに、魔力の質も少し違う気がします。
魔物の変異種はまだまだ分からないことが多いですし、ここでは妖という名前で特異な進化をしていますから、深く考えるだけ無駄ですね。大事な場面で余計なことを考えるのは悪い癖です。直していかなければ。
姿を現した天狗は、鉄扇を取り出すと強い殺気と共に魔力を放出させました。周囲に居る魔物や動物達が一斉に遠くに逃げていきます。美烏さんも殺気に当てられて動きがややぎこちなくなりました。わたしはそれらを一つ一つ確認しながらおやっと首を傾げます。
――暴走している割にはむやみやたらに攻撃してくるような真似はしないですし、殺気は出していますけど威圧は無いですね。まるで自分から遠ざけようとしているようです。
わたしはそれらを頭の中で確認してある仮説を立てました。念のために本人に直接確認をとってみますか。
「・・・貴方、完全に理性を失っていませんね?」
「え?どういうことだ?」
「・・・そんなのわたしに分かるわけ無いでしょう?だから聞いたのですよ」
目の前の天狗はわたしの質問に答えるつもりは無さそうで、鉄扇を前に突き出してゆらりゆらりと近づいてきます。話し合いは出来そうにありませんね。ならば、当初の予定通りにさせて頂きましょう。
わたしは薙刀の形にした武器を取り出すと、三回転ほどくるくると薙刀を回してから下段に構えて、相手を見据えます。
――では、殺し合いという名の円舞を始めましょうか。
まずわたしは、魔法で戦うという選択肢を真っ先に捨てました。理由としては、わたしの使う魔法でこの天狗を倒す方法だと、非常に目立つのでセラさん達が駆け付けてしまう可能性が上がるというのと。第二目標である暴走の原因の特定と排除ならば、近接戦闘の方がやりやすいと判断しました。
魔法を使わない代わりに、魔力をごっそりと身体強化に回します。といっても、全体の半分ほどですけどね。いざという時に魔法が使えるぐらいには魔力を残しておかなければいけませんからね。
とまあそんなわけで、〈血月の狂化〉時ほどではないにしても、魔力量のごり押しで上げた身体能力はそれに近い状態まで引き上げられました。
――でも、これって単純にわたしのHPも減らしていることになるのですよね。攻撃を受けた時の傷を癒すのに魔力使うわけですから。・・・そう考えるとちょっとやりすぎましたか?
今更後悔しても遅いのでもうこれでいきましょう。わたしは縮地で一気に近づいて薙刀を振るいます。まさに瞬間移動の如く、普段の縮地の数倍の速さで近づいてその勢いで威力の上がった攻撃は、相手の鉄扇で流れるように逸らされてしまいます。
――柔術ですか。これは力押しは難しそうですね。
攻撃を逸らされて出来た隙を見逃すようなこともなく、天狗が一息に接近して鉄扇で撫でるように斬り付けてきます。わたしは咄嗟に薙刀を引いて鉄扇の攻撃軌道を流すように逸らします。今度はわたしが柔術で防御したのです。
薙刀を引いた勢いを殺さずに素早く体ごとターンをして真横に斬り付けますが、これは鉄扇で下から上に逸らしつつ体を傾けて回避されます。傾けた体を戻しながら再びわたしに接近して鉄扇を斜めに更にそのまま流れるように横に斬り付けてきました。斜めの攻撃は薙刀を使って攻撃を少し逸らしながら半身ずらして躱し、二回目の横の斬り付けはずらした半身側に重心を傾けて体を逸らしてそのまま滑るように後ろに移動します。
ここまででほんの数秒の攻防でしたが、今ので分かったことがあります。わたしと相手の天狗はお互いにギリギリ攻撃が一息で届く距離を保って武器を構えます。
――身体能力はわたしが上ですが、わたしとは比べ物にならないほどの技量をお持ちのようですね。やれやれ、これは予定よりも厳しい戦いになりそうです。
相手の天狗は技のキレやら完成度もわたしよりずっと上で、何よりも身体強化を部分的にかつ瞬間的に要所要所で使用することによって、普通の身体強化とよりも効果的にかつ強力に身体能力を高めることで、わたしとの身体能力差を埋めています。
あの天狗はまるで空気を吸うように簡単にやっていますが、ほんの一瞬の自分が動く瞬間だけ身体強化を使うと、動いた時の違和感と魔法を使う時に意識がいってしまって動きがぎこちなくなります。普通は体全部に常時身体強化を満遍なく掛けることによって、その違和感が無くなって普段の様な感覚で身体強化を使いこなせるようになるのです。
そうですね。例をあげるならば、普通の身体強化の時は走る時に普段通りの感覚で普段より速く走れるだけで、意識してその速さをコントロール出来ますが、あの天狗のような使い方は、走る時の一歩一歩の足が地面に付くタイミングで、尚且つ力を入れて踏み出す瞬間だけに必要な箇所のみ身体強化を使って走る感じですね。これをあれだけ自然な動きでやっているなんて信じられません。少なくともわたしには無理ですね。
美烏さんは今の攻防を見て既に広場の端まで非難していますね。間に入って援護するのは無理だと判断したのでしょう。邪魔をされるとむしろわたしが危ないかもしれません。
――あの方法で身体強化されると、身体能力での優劣がほとんど意味を失くしてしまうのが痛いですね。いっそ魔法でさっとやりますか?・・・いや、でも、これだけの技量のある人をさっと倒せる魔法が思いつきませんね。どうしましょう?
目の前の天狗の動きを警戒しながら考えを巡らせます。天狗は鉄扇をゆっくりと顔の横に持っていき、そしてわたしに向かって投げました。わたしは真っすぐ飛んできた鉄扇を弾き落とすと、今度は目の前に迫ってきた天狗に薙刀を下から上へ縦に切り上げます。しかし、わたしの薙刀を二つ目の鉄扇を持った手で押さえて付けてそのまま滑るようにわたしに接近します。
わたしは薙刀から手を離して縮地で横を通り過ぎようとしました。俊足スキルと跳躍スキルも使った最速の移動でしたが、真横を通りすぎる瞬間に危険察知が働いたので慌てて無理やり体勢を変えて跳びます。その瞬間、わたしのちょうど首の位置に鉄扇から放ったであろう鎌鼬が通りすぎました。あのまま通り過ぎていればわたしの頭と胴体は泣き別れでしたね。
離れた位置に着地すると今度は目の前に鉄扇が飛んできます。持っていた鉄扇を投げて、わたしが打ち落とした鉄扇を拾ったようですね。右手で投げた体勢から左手に持つ鉄扇を真横に素早く煽りました。鎌鼬のアーツが追撃で飛んできます。
――息つく暇もないですね。
毒づきながら飛んできた鉄扇をしゃがみこんで避けてから今度はそのまま垂直にジャンプします。空中で腕を振って原初魔法の念力で地面に落ちているわたしの武器を手元に戻らせます。気付けば、相手の天狗も両手に鉄扇を持っています。
重力魔法で空中を維持して、薙刀の形にして取り出した時に体の中に余った魔鉄と魔鉱石で小ぶりの投げ槍を作って手元に出します。わたしが投げ槍を構えて投げるのと天狗が二つの鉄扇で鎌鼬を放つのは同時でした。
わたしが強化した身体能力に物をいわせてぶん投げた槍は、音も置いていきそうな速さで鎌鼬を突っ切ります。そのまま天狗の前まで行きますが舞うように優雅に、でも目で追えない程の速さでそれを避けました。
天狗が顔を上げると、空中から流星のように落ちてきたわたしと目が合います。天狗が咄嗟に二つの鉄扇を合わせるようにして防御します。その鉄扇に向かって、わたしは空中で身体を捻って回転しながら薙刀を縦に振るいました。
薙刀から縦に一閃の衝撃波が走り、地面に真っ直ぐ抉った跡が残ります。わたしは空中でとんっと跳んで天狗から距離を離して様子を見ます。
天狗は直立して自然体で立っていました。二つの鉄扇は見事に真っ二つに切れています。そして、赤いお面に縦に亀裂が入りこれも二つに分かれて地面に落ちました。
――随分と綺麗な顔をしていますね。
整った顔立ちをしていますけど、どこか中性的な印象を受けますね。相方のあの偉い男性天狗もこんな感じの顔なのでしょうか?そんな顔の中で異形を放つものが一つだけありました。それは、血のように赤い目です。狂気すら感じるほどの憎しみのこもった目ですが、その瞳の奥に確かに理性が見えました。
――なるほど、なるほど。わたしの予想は当たりましたね。後は、上手く理性を引っ張り出せれば良いのですけど、どうしましょうか?さっきよりも雰囲気が柔らかくなったので、このまま戦っていれば良いのですかね?
わたしが考え事をしながらのんびりと観察していると、天狗は鉄扇をぱたんと閉じてからばっと開きました。破損した鉄扇が元の形に修復されています。そして、ゆっくりと構えました。無表情っぽく見えますが、よく見ると口が僅かに弧を描いています。
――わたしとダンスをご所望ですか。指名料は後でたっぷりといただきましょうか。
わたしもゆっくりと、でも優雅に薙刀を構えなおします。リンナさんやセラさんとの訓練で、わたしの槍舞はお金が取れるくらいには完成度が上がったと自負しています。冗談ですよ?訓練して完成度が上がったのは本当ですけどね。
そして、わたしと天狗は月明かりが煌めく紅い森に囲まれた広場で同時に踏み込みました。
体の軸や重心、指先に至るまで神経を研ぎ澄ませて舞うように薙刀を振るいます。もちろん、一撃一撃に必殺の威力を込めて。相手の天狗もわたしと同じように、いえ、向こうは扇子ですから見た目だけならば、わたしよりも踊り子のように踊っています。
柔術で簡単に受け流される程度のけん制をしながら、僅かでも隙を見せたらそこに切り込みます。それも受け流されると今度は相手からの反撃が来ますが、受け流された勢いを利用して薙刀をくるんと回して攻撃を受け流します。でもそのままの勢いで相手が間合いを詰めてきたので、わたしは一旦防御に専念して薙刀をくるくると回して攻撃を逸らし、薙刀で逸らすのが難しい追撃が来た時は体を使って攻撃を受け流します。
数度の防戦の後、攻撃を受け流した後のほんの僅かな隙を薙刀を蹴るように突き上げて間を作り、再び薙刀の間合いをから攻撃を仕掛けます。今度はわたしの攻勢です。
このように、お互いが柔術と舞踊を使うからなのか、必殺の一撃を受け流されてもそのまま舞うように体勢を整えながら、相手の攻撃を逸らすのでいつになっても決着がつきません。お互いの武器の間合いの差があるせいで攻防がしっかりと分かれてしまうのも問題かもしれませんね。
――とはいえ、総合的な技量は向こうが上なので、わたしはもの凄く必死なのですけどね!もう少し手加減してくれても良いのですよ!?
わたしが非難するように相手の顔を見ると、天狗の顔は口元が先ほどよりも嬉しそうに弧を描き、目元も楽しそうに細めています。相変わらず目の色は血のように濁っていますが、先ほどまでの狂気はほとんど感じられません。
わたしの視線に気付くと、一瞬罰の悪そうな顔をしてからくるりと距離を取りました。右手に持っている鉄扇で口元を塞ぎます。わたしもそれに合わせて間合いを取ります。
「すまない。久方ぶりに楽しくなってしまってな」
「・・・話せるくらいには理性が戻ったようですね。・・・もう少し早く止めても良かったのですよ?疲れました」
「フフフ。このような機会など中々ない故にな。許せ」
わたしは一旦薙刀の構えを解きますが、一応警戒するために身体強化はそのままにします。一人蚊帳の外だった美烏さんが、話せるようになった天狗に近づきます。
「主様!?」
「美烏。あまり近づかない方が良い。あまり長くは保てない故に」
「・・・そうですか。では、手っ取り早く終わらせましょう」
天狗の言葉で立ち止まった美烏さんは、わたしの台詞を聞いて震えるほど手を強く握りしめました。わたしはそれを視界の端で見ながら天狗の前まで来ます。
「躊躇いは要らない。また自我が保てなくなる前に一思いにやってくれ」
「・・・わたしに躊躇う理由など無いので安心してください。・・・でも最後に一つだけ、貴方は楽しかったかもしれませんけど、わたしには苦行でしたよ。今度機会がある時はもっと加減してください」
「ふふ。そうか。あ奴の記憶にないことは再現出来ぬから覚えていることは出来ぬ、その時はまた私に言ってくれ」
わたしはその言葉には答えずに薙刀から普通の槍の形状に変えて、さっさと終わりにするために構えをとって一息に突きました。わたしの攻撃は寸分たがわずに天狗の脳にある魔石を突き飛ばします。わたしは即座に槍を抜いて原初魔法で再生魔法を使って天狗を回復させます。
「ぐっ・・・!これは驚いたな。見事だ」
「・・・わたしは同じことを二度お願いするのはあまり好きではないのです。・・・後遺症は無いですか?」
「・・・・・・大丈夫そうだ。まだ体の中にあの魔石の影響が残っているが、頭の中は先ほどに比べてスッキリしている」
「トワ、お前は一体何をしたんだ?」
槍が刺さる瞬間に目を逸らしていた美烏さんが、わたしに質問してきます。わたしは無言で天狗の横を通り過ぎて、突き飛ばした魔石を手に取ります。毒々しい紫色の魔石がわたしの手にありました。
――これはセラさんに渡しておきましょうか。
手に取った魔石を小袋の中に入れて収納魔法に仕舞います。振り返ると、美烏さんが落ちていた天狗のお面を渡していました。いつの間に回収したのでしょうか?
「・・・これで依頼は達成のようですね。わたしは用事が出来たのでここで失礼させて頂きます」
「トワ、せめて礼をしたい。一度我らの家まで来ないか?」
「そうだな。しかし、無理強いはしないが」
お礼ですか。この魔石が手に入ったのと、今回の戦闘の情報だけでもかなりの収穫なので別にいらないのですが。でもせっかくですしこれだけは聞いておきましょう。わたしはお面を付けて顔が見えなくなった天狗に顔を向けました。
「・・・では一つだけ、いつから今回の様な状態になったのですか?それだけ教えてください」
「それだけで礼になどならぬが・・・。我がこのような状態になったのは、ひと月程前に突如人間に襲われた時からだ。不意打ちとはいえ一撃受けてしまってな」
「・・・それが誰だか分かりますか?」
「少なくとも我は見たことがない奴だったな。不意打ちの攻撃を受けて即反撃したが、その時には既に転移魔法で逃げるところだった。故に顔は一瞬しか見ていない。だが、この森を守護する我に気取られることなく一撃を与えられる人間はそんなに多くは居ないと思う」
――この天狗に不意打ちが成功する人間がそこらかしこに居てたまるもんですか。
偉い天狗さんがこの森の保全、恐らくはこの辺りの土地に魔力を注いで破壊された環境を癒すのが仕事で、相方のこちらの天狗さんは外敵を排除するのが仕事なのでしょう。今回は理性があったからこそ手心を加えられてなんとかなりましたが、もし本気で殺し合うようなことになっていたら、問答無用で月魔法を使わないとまずかったかもしれませんね。何度か襲われても美烏さん達が逃げることが出来たのも理性が残っていたおかげでしょう。
――そして恐らく、魔石の狂気に飲まれなかったからこそ、今回は殺さないで魔石を取り出すだけでなんとかなったのでしょうね。自我の弱い狂気に飲まれた他の魔物には同じ手は通じないでしょう。
この辺りはセラさんとも話し合ってみましょうか。わたし個人の推測だけで物事を決めるのは危険ですからね。
「・・・貴重な情報でした。礼は今ので結構ですよ」
「そういうわけにはいかない。今回の件は大きな貸しにさせて貰おう。今後何か我々で協力出来ることがあれば訪ねてきてほしい。必ず手を貸そう」
「トワ、我々は、いや、我は其方に本当に感謝している。初めて会った時の謝罪の意味も込めて、気兼ねなく頼ってほしい」
「・・・そうですね。縁があればということで。それでは、失礼します」
わたしはうさぎになってこの場を走り去りました。後方でまだ天狗の二人がわたしを見ている気がしますが、わたしが森の奥深くに姿を消したことで移動を始めました。住処に帰るのでしょう。
――秋姫さんの依頼と天狗の依頼が終わったのでわたしがこの森でやることはもう何もありません。一度セラさん達と合流しましょうか。
天狗の依頼に関してはわたしが個人的に受けたものですが、お陰で貴重な情報も手に入りました。そろそろセラさん達の調査も終わるでしょうし、時間的にもちょうど良いでしょう。
――しかし、久しぶりにあんなに本気で舞いましたね。ちょっとだけ楽しかったかもしれません。
さっきまでの戦闘を思い出して、もう少しだけ続けておけば良かったかななんて柄でもないことを考えながら、わたしは夜の紅葉の森の中を走りました。




