35話 転生うさぎと常秋の領域と秋姫
常秋の領域に入った瞬間、目の前に紅と黄色の世界が広がりました。
紅葉の葉が銀杏の並ぶ木々に混じって生えており、世界を色鮮やかに染め上げています。常春の領域が桜を中心とした桜色と白の世界ならば、常秋の領域は紅葉を中心とした紅と黄色の世界でしょうか。色合いは黄色の方が圧倒的に多いですが、その中に混じる紅葉の紅はとても映えていて、どちらが主なのかと言われたら間違いなく紅葉の紅でしょう。まさに、秋といった光景です。
「ここから歩いて常秋の都までとなると・・・。途中の街に寄ることも考えて十日くらいで着くかな」
「領域内では魔物の処理がしっかりとしているみたいですから、すんなりと進めそうですし、そんなものではないでしょうか?」
「領域に出た途端、魔物の数も増えたからな。街道から外れて変異種が居ないかの調査をする必要が無いなら早く移動出来そうだ」
領域は使用者の魔力に満たされていて、魔物にとっては常に強大な魔物に監視されているような感じがして落ち着かないからか、かなり知能の低い魔物か、逆にとても知能の高い魔物が魔力目当てに入ってくるくらいなので、領域の内外で魔物の数が大きく変わるようです。
さらに、領域内はしっかりと魔力量も管理されているようで、魔力溜まりのようなところが無いため、変異種が滅多に現れません。といっても、元々国全体で年に数体程度しか出現しないような存在なのですけどね。しかし、領域間には街や村が無いため、冒険者による調査がなかなか難しいという弊害があるそうで、変異種の発見が遅れてかなり強大な魔物になっていることが度々あるのだとか。
「とりあえず、春の領域と秋の領域の間は大丈夫そうだったね」
わたし達が街道から外れてあちこち歩き回った感じでは、魔物の数は若干多いものの、変異種の気配は感じられず、変異種の原因となるようなものも発見出来ませんでした。ひとまずは安心といった感じです。
それから更に十日間、観光も兼ねて道中の街に寄りながら歩き続けて、ようやく常秋の都イロハに到着しました。
「・・・常春の都に比べると、ここは人間の街といった風景ですね」
日本でいうと古民家と呼ばれていそうな建物が、人々の生活に基づいて整然と並んでいます。桜と街が一体化していた常春の都とは随分と差がある感じです。
「それは当然のこと。同じ国であってもここは違う世界なのだから」
わたしの呟きを拾ったのは、街の門の入り口でわたし達を待っていた紅葉のような紅い髪の少女・・・秋姫本人でした。よく見ると、周囲の人達も少し遠巻きにしてこちらを伺っています。いや、そんなことよりも・・・
――全然気配に気が付きませんでした。
これでも、ほぼ二十四時間、索敵や魔力感知で魔力の多い人や魔物が接近しても分かるように周囲を警戒しているのですが、春姫と同じで全くその辺の一般人と変わらない魔力量のせいで、わたしの索敵を潜り抜けたようです。
「私は今はただのエルフだけれど、紅葉と呼んでも良いかしら?」
「ええ、もちろん。むしろ貴方に敬称で呼ばれる方がこちらが落ち着きませんからね」
親交のあるエルさんが一番最初に秋姫さんに声を掛けます。その次にセラさんが挨拶をしてからわたし達を一人ずつ紹介していきます。クーリアさん、リンナさんと最後にわたしの紹介が終わると、秋姫さんはわたしで視点を止めました。
「うん?その子はひょっとして・・・?」
「・・・」
――なんか、バレたっぽいのですが。彼女はひょっとしてなにか鑑定スキル的なものを持っているのでしょうか?
わたしが内心焦っていると、エルさんが柔和な笑顔を浮かべて前に立ちました。
「言いたいことはあると思うけれど、今は私達の味方よ。目を瞑ってくれないかしら?」
「ち、ちょっとエル何言ってんの!?」
セラさんが慌てたように声を荒げますが、秋姫さんは特に表情の変化を見せずに頷きました。
「この国に害を出さないのであれば、貴方の知り合いに手を出したりはしませんよ。桜も見逃しているようですからね」
「紅葉は話が早くて助かるわね。それじゃあ、あまり人の居ない場所でお話しましょうか?」
「それでは、私の社までご案内しましょう。その前に・・・少し失礼するよ」
「・・・えっ」
エルさんと会話をしていたかと思うと、突然わたしの目の前に音も気配も無く秋姫さんが現れました。そのまま、まるで自然な動きで、でも止めることが出来ない程の速さでわたしの手を取って何かを握らせます。
「これで、君も社に入れるはずだ。椿ほどではないけれど、私の社の結界は結構強力でね。君はかなりの力があるようだけれど、相当に辛いと思うから、絶対にこのお守りを手放さないようにしてくれ。良いかい?」
わたしが呆然としながらこくこくと頷くと、秋姫さんは満足したように頷くと、今度は一歩下がってわたしのことをじっくりと見詰めます。どうしたらいいのか分からないので、わたしは動かずにじっとしています。
「その奇抜な着物は、桜のところで買ったのかい?普通の和服も良いけど、たまにはこういうのも良いか・・・」
秋姫さんの言う通り、わたしの今着ている服は常春の都で買った着物で、ひらひらしたゴシック風のスカートのドレスに着物独特の袖と柄がある、俗にいう和ゴスロリというジャンルの服になります。普通の着物も買いましたが、やはり動きやすさは重要なのでこちらばかり着ています。
「ふふふ。紅葉にも似合うんじゃないかしら?桜に相談したら嬉々として選んでくれると思うわよ」
エルさんがそう言うと、秋姫さんは複雑そうな顔になりました。
「興味はありますが、桜と買いに行くのはちょっと・・・。一日中連れまわされて余計な服まで押し付けられそうな未来しか見えません」
――春姫さんの着せ替え人形にされるわけですね。
なんとなくわたしが親近感を覚えていると、「失礼しました。そろそろ行きましょうか」と秋姫さん自らが先頭に立って歩きだしたのでその後を追います。
相変わらず街の人達が遠巻きにこちらを見ていますが、決して話しかけるようなことはしません。そのまま、エルさんと秋姫さんが二人で雑談しているのを聞き流しながら、街を見回していると、少し遠くに紅葉の木が見えました。どうやら街中に全く無い訳ではなくて、公園や一部の道に植えられているようですね。
そんなことを考えながら歩いていると、やがて少し大きい山の前まで来ました。先が見えないほどの階段が目の前にあります。クーリアさんの顔が引きつって、耳がぴくぴくと動いています。
「これ、登るのですか?」
「冒険者なのだからこれくらいは余裕だろう?」
どうやら言葉が丁寧になるのはエルさんの時だけのようで、秋姫さんが振り返って砕けた言葉でクーリアさんに返しました。振り返った時に紅葉のような鮮やかな赤い髪がひらりと舞います。
「よ、余裕ですよ。冒険者たるもの、たかが階段ごときで体力が無くなるはずがありません」
――ちょっと声が震えていますよ、クーリアさん?
クーリアさんの様子で察したのか、秋姫さんが面白いものを見るように銀杏のような金色の目を細めると、僅かに口が弧を描いてからかうような口調で忠告します。
「そうだな、これは愚問だった。ただ、見た目以上にこの階段は長いから、心していて欲しい」
「え゛」
クーリアさんが絶望の表情を浮かべていますが、今のは自業自得です。・・・まあ、いざとなったらサポートはしてあげましょう。
それからおよそ三十分。わたし達は先の見えない階段を上り続けています。なんでも超人のセラさんや長い一人旅で歩きなれているエルさん、体力が無いと出来ない前衛のリンナさんは涼しい顔で階段を上っていますが、Aランク冒険者である程度旅慣れしているとはいえ、根本はもやしっ子の引きこもりであるクーリアさんは皆さんからやや引き離されながらも懸命に階段を上っていました。いつの間にか愛用の杖も使っています。
「ふぅ・・・はぁ・・・空間の魔法陣でいじってあるのでしょうか?ぜぇ・・・はぁ・・・いくらなんでも長すぎです」
ちなみにわたしはそんな苦しそうなクーリアさんの後ろをゆっくりとついていっています。
「・・・身体強化を使えば良いのでは?」
「はぁ・・・はぁ・・・身体強化を使っても・・・はぁ・・・体力が増える訳ではありませんから・・・ぜぇ・・・むしろ体に負荷がかかって・・・はぁ・・・後で酷い目に遭います」
「・・・なるほど。言われてみればそうですね。では、頑張ってください」
「ふぇ・・・まだ着かないのですかぁ~~」
耳をぺたんとさせて力のない叫び声を上げるクーリアさんを尻目に、前の一団はとんとんと先を歩いて行ってしまい、姿もだいぶ小さくなってしまいました。そこでわたしはずっと黙っていたことをぽつりと呟きます。
「・・・風魔法か何かで飛んで行けば楽だと思うのですが・・・」
「はっ!!」
クーリアさんが今気付いたと言わんばかりに声を上げて、さっそく風魔法で浮遊します。そのまま飛ぶように一気に階段を上り始めました。わたしはみるみるうちに姿が小さくなっていくクーリアさんを見送りながらゆっくりと階段を上ります。
わたしが階段を上っていると、突然何かの結界のようなものを潜り抜けたような感覚を感じました。恐らく今のが秋姫さんが言っていた結界なのでしょう。好奇心に駆られて一度貰ったお守りを地面に置いて手放してみると、いきなりガクンと体の力が抜けて階段に座り込んでしまいます。その間にも急激にわたしの魔力が浄化されて消えているのが分かって、慌ててお守りを再び手に取ります。
――なにが相当に辛いですか。普通に死にますから!
急激に体を満たしていた魔力が無くなってしまったため、再び体中に魔力を巡らせます。これ自体は数秒で終わって体に力が戻りましたが、先ほどの急に魔力が浄化される感覚がトラウマのように植え付けられたので、お守りを絶対に落とさない様に両手でぎゅっと握って階段を再び上ります。
――好奇心はうさぎをも殺す、ですかね。今後は忠告にはきちんと従いましょうか。
それから更に一時間ほど掛けてようやく階段を上り切ると、大きな社が目の前に飛び込んできました。境内には大きな紅葉と銀杏の木が左右に植えられていて、右側が紅く、左側が黄色に染まっています。中央の本殿に続く石畳の道は紅と黄色の境界のように綺麗に整備されていました。
わたしは色の世界に入らない様に石畳の上を歩いて本殿に向かいます。既に先に着いていたセラさん達が巫女袴を纏った女性と話をしている姿を見つけてそちらまで歩いていきます。
「あ、トワちゃん、遅かったね」
「・・・最初はクーリアさんに合わせていたのですが、途中からすーっと飛んで行ってしまったので、わたしはそのままの速度で来ただけです」
「あぅ。ごめんなさい」
わたしを置いていったことに気が付かなかったクーリアさんが耳をぺたんとして謝ってきます。わたしは「気にしていませんよ」と返しておきながら、振り返って改めて境内の景色を一望します。境内にある紅と黄色の世界の先には、秋の紅葉で染まる外の世界とその中にある人の街が小さく見えます。筆舌に尽くし難いほどの美しい風景にしばし見惚れます。
「・・・綺麗ですね。この領域に入った時とはまた違った秋の風景を感じます」
「ありがとうございます。そちらの魔人の娘は良い感性をお持ちのようですね。この領域は秋姫の世界。秋姫そのもので御座います。お褒めの言葉はそのまま秋姫をお褒め頂いているようで、秋の巫女であるわたくしも嬉しく思います」
魔人の娘と直球で言われたわたしは、思わず巫女をまじまじと見ます。巫女は「そういえば、今は魔人は悪しき存在という扱いでしたか」と失言をしたとばかりに顔をしかめました。
「ちょっと事情があって私達と一緒に居るんです。出来れば口外はしないでもらえると・・・」
「もちろんです。秋姫がお守りを渡した相手ですもの。皆様と同じ対等の者として扱いますよ」
穏やかな笑みを浮かべた巫女はわたしの手を取ると、そのままわたしを連れて歩き出しました。セラさんとクーリアさんの目が一瞬険しくなりましたが、あれは恐らく嫉妬の目ですね。気付かなかった振りをしましょう。
「それでは、皆様お揃いになったようなので、秋姫のところまでご案内しますね。あちらも、準備を終えているでしょうから」
本殿を回り込むように移動すると、紅葉と銀杏が無くなった代わりに秋の草花が整然と咲いていました。竜胆や菊、撫子などなど、秋を代表する花々が色鮮やかに裏庭に色彩を与えています。そんな裏庭の縁側に、お茶の準備を済ませた秋姫さんが腰かけています。わたし達が近づくと、ぼんやりと庭を見詰めていた目をこちらに向けました。
「秋姫。お客様をお連れ致しました」
「ああ。ご苦労様。・・・どうして手を握っているんだ?」
「これだけ可愛らしい子はなかなか会えませんので。つい」
ついっと言いつつもわたしの手を離す様子のない巫女を、秋姫さんはじとっとした目で数秒見詰めたあと、まったくと深く溜息を吐いて皆さんに席を促します。わたしをちらちらと見ながら、セラさん達はそれぞれ縁側に座ります。エルさんが一番秋姫さんと近いのはお互いが知り合いだからなのでしょう。わたしは未だに巫女に捕まっています。
「秋姫、もし許可を頂けるのならば、わたくしはこの子と一緒に庭園を歩いてきても良いでしょうか?」
「私は別に問題無いが・・・」
「まぁ、トワちゃんには後で話をしておくから大丈夫でしょう」
エルさんと秋姫さんの許可出たので、わたしはこのまま巫女と一緒に裏庭散策となりました。どうせわたしが居ても口を出すわけでは無いので、後で依頼内容は聞いておくことにして今はゆっくりと綺麗に整備された花々を鑑賞しましょうか。
――強いて言うならば、後で嫉妬の念に駆られたセラさんやクーリアさんに構われ倒されそうで面倒ですけど。
「ええと、トワちゃんと呼んでもいいかな?」
「・・・構いませんよ」
「ありがとう。私は紅羽っていうの。よろしくね」
二人きりになったからか、巫女・・・紅羽さんは先ほどまでとは違って砕けた口調になりました。ストレートの黒髪に黒い目、顔立ちも日本人のようだからか、どこかしっくりくるような安心感があります。紅羽さんが裏庭の花の名前を口にしながらゆっくりと歩きます。どうやら、裏庭の多種多様な秋の花畑は紅羽さんが手入れと管理をしているようです。
「・・・あちらの彼岸花の花畑は紅羽さんが植えたものでは無いのですか?」
「そっちは秋姫の趣味かな。花畑の真ん中に椅子があってね。よくそこに座ってぼーっとしているよ」
最初は裏庭全面が彼岸花で埋め尽くされていたようですが、紅羽さんが「これはこれで綺麗だけれど、もっといろんな花を育てたい」と秋姫さんに直談判して、真ん中に彼岸花の花畑、その周囲に秋の多彩な花々今の様な二区画に分けた花畑になったそうです。
「・・・少し聞きたいことがあるのですが」
「聞きたいこと?私で答えられる範囲ならば答えるよ」
「・・・秋姫さん紅羽さんのように、聖人なのに普通の人にしか見えないのは何故ですか?どのような方法を使っているのでしょう?」
ずっと気になっていたことを聞いてみました。これを知ることが出来れば、わたしが人間として擬態するのにも応用できるかも知れません。そんなわたしの考えが分かったのか、紅羽さんがくすくすと笑うと人差し指をぴんと立てて悪戯っ子のような笑みを浮かべます。
「教えてあげても良いけど。トワちゃんには出来ないと思うわよ?それでも知りたい?」
「・・・ええ、是非」
「ふふふ。分かった。じゃあ教えてあげる」
そう言うと、紅羽さんはどこからともなく一枚のお札を取り出しました。そして、何かを小さく呟くとそのお札が燃えて無くなりました。その瞬間、周囲の花がぶわっとさざめきます。今まで全く感じなかった魔力が溢れ出すようにして紅羽さんに現れました。思わずじりっと一歩後ろに下がります。恐らくはとても強い人だとは思っていましたが、魔力量だけならば天使化したセラさんよりも多いとは思いませんでした。
――上には上が居るということですね。
彼女は秋の巫女と言いました。秋姫を奉る巫女がこれならば、秋姫本人はどれだけなのか。考えるだけで背筋が寒くなります。四季姫と敵対するのだけは止めようと心に深く刻みます。
「・・・とても、強大なお力を持っていることは良く分かりました。・・・でも、どうやってそれだけの魔力を?」
「それでは、よく見ていてね?」
紅羽さんが再びお札を取り出すと今度はそれを胸に貼りました。そして、胸に手を当てたまま、また小さく何かを呟くと、お札が体に吸い込まれる様に消えていきます。それと同時に先ほどまで感じていた魔力がさっぱりと感じなくなりました。わたしは訳が分からずに首を傾げます。
「これは私達の国で使われている陰陽術という魔法の一種で、その中の擬態の能力を持つものだよ。今の私は、私という本人の上に私という見た目は同じの偽物を被っているの。この擬態も完璧なものでは無くて、鑑定スキルとかでバレてしまうのだけどね」
「・・・なぜそんな手間をしてまで擬態を?」
「私達のような規格外の存在はその場にいるだけで生活の毒になるからだよ。人々が私達に依存しないように、私達はこの世界の象徴であり続けるの。生きて生活するのはこの世界に住む人々の力でやらなければならないことで、私達はその生き方まで口は出さない。その姿勢を見せるために、普段は普通の人のようにしか見えないようにしているのよ」
「・・・そうですか」
恐らくは今の説明だけでは不十分なのでしょうが、わたしは理解したように頷きます。四季姫達やそれに仕える人達がどのようにして生きてきて、どうして今のようになったのかは、あまりにも歴史の厚みがありすぎて、わたしが全てを知る必要はないと思いました。
そして、陰陽術というものに興味の対象を移します。魔法の一種ならば、原初魔法で再現が出来ないでしょうか?試しに胸に手を当てて、先ほどの光景を思い浮かべながら擬態魔法を試してみます。でも、全然上手くいきません。それだけ陰陽術は特殊な分類の魔法でイメージだけでは再現が出来ないのでしょうか?
「試してみているの?陰陽術のスキルレベルが10は無いと出来ないよ?」
「・・・それって上限ではないですか」
「あはっ、そうだね。・・・うん?」
紅羽さんと話をしていると、人型の紙切れが飛んできました。それを紅羽さんが手に取ると人型の紙切れから声が聞こえてきます。
「紅羽、一緒に居る子をこちらに連れてきてくれないか?少し話をしたい」
「かしこまりました、秋姫。すぐに戻ります」
話が終わると人型の紙切れは燃えて消えてしまいました。
「・・・今のも陰陽術ですか?」
「そうだよ。さて、秋姫が何やら貴方に話したいことがあるそうだから戻りましょうか」
わたし達が本殿まで戻ると、別れた時と同じ配置のまま縁側でお茶を楽しんでいる皆さんと合流します。
「・・・お話は終わったのですか?」
「まあ、うん。ほとんどね。・・・トワちゃん、こっちおいで」
特に拒否する理由もないので言われるまま近づくと、がしっと捕まってセラさんの膝上に乗せられました。わたしがじとっとした目で見上げると、至福の表情を浮かべてわたしを人形のように抱きしめます。
――そういえば、この人はこんな感じの鬱陶しい人でしたね。ぼーっとしていたせいで捕まってしまいました。
どうせこの後はクーリアさんに構い倒される未来が見えます。思わず遠い目をしていると、わたし達の様子を見ていた秋姫さんがこほんと咳払いをしました。
「その子・・・トワと言ったかな。少し話をしたいのだが、良いかな?」
「・・・この状態で良ければ、どうぞ」
わたしが遠い目をしながら返事をすると、エルさんとリンナさんが頭が痛そうにこめかみに手を当てます。紅羽さんがくすくすと笑う隣で、秋姫さんが至極真面目な顔で話を始めます。
「『紅い森』の探索時に、出来れば妖を探してくれないか?君の索敵能力ならば恐らく可能なはずだ」
「・・・妖ですか?」
妖とは、魔物がこの領域の中で異常進化した特別な魔物の変異種らしく、人の言葉を話す知能の高い、比較的害のない存在だそうです。それが古くから『紅い森』という場所に住んでいるそうなのですが、秋姫さんや紅羽さんが赴いても姿を見ることも出来なかったとのことで、出来れば生死を確認してほしいという依頼でした。
「これはあくまでおまけのようなものだ。見つからなかったらそれはそれで別に構わない。あいつらがそう簡単に全滅するなどありえないからな」
「・・・ちなみに、どのような妖なのでしょう?」
「『天狗』という妖で、鴉の羽と鼻の高い赤い仮面が特徴的な魔人だ。間違っても争おうとは考えるなよ?あいつら一人で戦闘力は人間達の言うsランク越えの強さだ」
「・・・天狗ですか」
日本でも有名な妖怪で、場所によっては土地神のような信仰もある存在ですね。この世界では実在するのですか。それに、魔人ですか。それは確かにセラさん達には頼めませんね。わたしがちらりとセラさんを見ると、秋姫さんは物分かりが良くて助かると頷きます。
「・・・セラさん達は良いのですか?」
「う~ん。私としても戦いたくは無いんだけど、天狗は人間嫌いって話だから、殺意を持って攻撃されたら反撃せざる得ないかな」
「正直な話、セラを除いた私とクーリアとエルの三人がかりでも倒すのは難しい相手だろうな。戦わずにして済むのならそれに越したことはない」
「そうね。天狗はちょっとね。話も噛み合わないというか、話を聞いてくれないというか。私もあまり得意な相手では無いわ」
とりあえず、セラさん達的には手を出して来なければ見逃すということですね。
それはそれとして、何故、ただ住み着いている魔人の天狗の安否を何故知りたがるのか。わたしが疑問に思って首を傾げると、そんな様子に気付いた紅羽さんがこほんと咳払いしてからわたしに目を合わせます。
「かつて四季姫の間で大きな争いが何度もありました。その中で領域に住む妖は、自身の領域の勢力を強くするために積極的に四季姫に協力していたのです。天狗の一族は秋姫と一番付き合いの長い妖で、秋姫にとっても友人と言えるほどには親交があるのですよ」
「友人ではない。利害関係が一致しているだけだ」
「はいはい」
紅羽さんと秋姫さんの関係も主と従者というよりも友人に近いものを感じますけどね。
――いや、巫女ですから従者ともまた違うのでしょうか?
「・・・まぁ、事情は分かりました。・・・となると、今回はセラさん達とは別行動になるのでしょうか?」
「そういうことになるね。だから今のうちにトワちゃん分を補充しないと!」
「ですです!」
てきとうな建前を言いながら二人でわたしに抱き着いてきました。
――本当に鬱陶しいですね、この人達は。
「はぁ。とりあえず、依頼の開始は明日からで良いかしら?」
エルさんが呆れた目でセラさんとクーリアさんを見た後、秋姫さんに確認を取ります。秋姫さんが頷いたのを確認すると、未だにわたしを抱きしめたままのセラさんの頭をバシッと叩きました。
「一国の主の前ではしゃぎ過ぎよ。いい加減にしなさいな」
「いたた・・・。分かったよ。それに、まだ時間もあるから後でゆっくりやろうか」
――何を後でゆっくりやるのでしょうか?嫌な予感がするので逃げてしまいましょうか?
セラさんがわたしを解放すると同時に、他のメンバーは縁側から立ち上がります。わたしはセラさんから解放されて膝からぴょんと飛び降りると、そのままリンナさんの後ろまで移動して隠れました。あの二人の側にいるくらいならば、ここのほうが安全です。
「その、もし良かったら、もう少し話をしていきませんか?エルアーナさ・・・ん」
思わず敬称を付けようとして、少し言葉に詰まってから秋姫さんが言い直すと、紅羽さんがフォローするように口を開きます。
「秋姫もこう言っていますし、エル様の都合さえ良ければどうでしょうか?わたくしにも積もる話がありますし」
「そうね・・・。それでは、私は少し残ろうかしら。リンナ、セラとクーリアが暴走しないようにきちんと見ていてちょうだい」
「マジか。それは難題だぞ」
「明日にさえ間に合えば、今日は宿に戻らなくても良いからね。ゆっくりと話していると良いよ」
「ありがとう。そうさせてもらうわ」
というわけで、エルさんを置いてわたし達はまた社を後にします。帰りにまたあの長い階段を降りることになりさすがに辟易としましたが、その後はセラさんとクーリアさんに連れまわされて常秋の都を堪能して一日を終えました。




