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転生うさぎは異世界でお月見する  作者: 白黒兎
第二章 人間世界
36/106

32話 転生うさぎと国境門防衛戦(後編)

 この世界で最も強いとされている生き物は龍種といわれている生物で、魔物でもないのにSランクの魔物を超える魔力と身体能力を持ち、更に人間を越える知性を持っている長命な種族です。その龍が眷族として生み出した存在が竜種で、何らかの理由で竜種が野生化して魔物になったものがドラゴン種、そこからワイバーンなどの亜竜種へとその場の環境に合わせて多様な変質をしていきます。



 さて、ドラゴン系統の中で最も龍に近い魔物がドラゴン種ということになります。ドラゴン種は普通の魔物でも全てがSランクに指定されていて、討伐できればドラゴンキラーの英雄として国から称号と褒章が出るのです。



 基本的にドラゴン種は本来滅多なことには縄張りから出ない魔物で、街まで来ることはほとんどないらしいのですが、変異種になると行動原理が変わることがあるらしいので、今回はこのドラゴンが変異種となってしまったのが原因でここまで移動してきてしまったと考えられます。



 かつて一度だけ、変異種となったドラゴンが王国の街を襲ったことがあったそうですが、その時は当時のSランク冒険者であるグレンという人がたった一人で討伐したらしく、それからは伝説の竜殺しの冒険者として名を馳せたらしいです。ちなみにこのグレンという人は王都で一度だけ会っています。あの見た目は普通の好々爺のおじいちゃんが竜殺しですか。本当にこの世界は見た目詐欺ばかりです。



 夕焼けに照らされる白い巨体、鱗が夕焼けに反射してその巨体が輝いています。大きな二つの翼をはためかせて空を悠然と飛んでくる姿は確かに、この世界最強の種族の血を引いているだけはありますね。



――ファンタジー世界の王道キャラクターの登場ですね。いや~ホント、ファンタジーですね。



 木の上から視力を上げてじっくりと観察をしながら、わたしはそんな悠長なことを考えます。そして、未だに国境門の上空で地上の援護をしているセラさんへと視線を移しました。



――あの調子ではセラさんが気付くまでもう少しかかりそうですね。早めに前線を下げておかないと平地で戦うのならば被害が出るでしょう。



 わたしはぴょんぴょんと木から木へと移動して国境門の上まで来るとセラさんの真下まで移動します。セラさんがわたしに気付いたようで、一度戦況を確認してからわたしのところまで降りてきました。



「どうしたのトワちゃん?」


「・・・元凶が来ますよ。もう少ししたらセラさんでも感知できると思いますよ」


「わざわざ教えに来てくれたってことは、ヤバい奴なのかな?」


「・・・ドラゴンの変異種です。巨体だったので恐らく巨躯型ではないかと思います」



 人型になってセラさんにスタンピードの元凶がドラゴンの変異種であることを伝えて、その特徴も併せて教えます。セラさん普段の微笑から表情が消えたように無表情になると額に手を当てます。



「はぁ。よりによってドラゴンか。森で戦うと折角ここまで地形を変えずに戦った意味が無くなるね。・・・平地で戦うなら前線を下げないと巻き込まれるか。すぐに行動させないと」



――もうすでに地形変わっていると思いますよ?



 心の声が一瞬漏れそうになりましたが、ぐっとこらえます。この様子からしても、セラさんでもあのドラゴンの相手はかなり厳しいのでしょうね。下手な魔人種よりも強いでしょうから当たり前ですけどね。



「スタンピードの元凶がドラゴン種の巨躯型変異種であると確認出来ました。平地で向かい打つから、前線は巻き込まれないように可能な限り後退してください!」



 再び空に浮かんだセラさんが、風の魔法で声を国境門全域に届けます。スピーカーのように音割れするようなこともなく、セラさんの美声が全ての人に届けられました。前線が少しずつ下がっていくのが見え、後方の魔法組がサポートのために大規模魔法で魔物を殲滅し始めます。



「トワちゃん、可能な限りで構わないんだけど手伝ってくれないかな?」



 再びわたしの前にセラさんが天使の羽根と共に降り立ってきてお願いしてきました。わたしは考えるように腕を組んでう~んと唸ります。



「・・・平地で戦うのならば、わたしは手が出せませんよ?」



 目立たない様にわざわざ森の中にずっと潜んでいたのです。ここで出てきてしまえば全て無意味になってしまいます。セラさんは考えるように視線を落としてから、すぐに思い付いたように視線を上げてわたしと目を合わせます。



――普段と違って真剣な表情でしかも天使の姿のセラさんと向き合っていると、魔人のわたしとしては浄化されるのではと恐怖を覚えるのですよね。



 そんなわたしの内心に気付く様子も無く、セラさんは口を開きました。



「良い方法を思い付いたよ。魔法だけならば誤魔化せるかもしれない」



 そう言うと、セラさんは再び風の魔法を使って自分の声を拡張します。



「クーちゃん!急いで私のところまで来て!」



 しばらく戦況を見守りながら待っていると、程なくしてクーリアさんが空中をぴょんぴょんと跳ねるように登って来ました。足がついてる時には魔方陣が浮かんで、跳ぶ時に光って反応した後消えてまた空中で魔方陣に着地するのを繰り返しています。



――風魔法の応用ですかね?今度やり方を聞いてみましょう。



 わたしには重力魔法があるので、引力を操作してある程度自由に空を飛べるのですが、継続魔法に属するのでちょっと魔力消費が激しいのですよね。気にする程でもないですけど、節約できるところでは節約しないと、いざという時に必要になる場面があるかもしれないですからね。



 考え込んで意識がぼーっとしていると、いつの間にかクーリアさんが目の前まで到着していました。



「おや?トワちゃんも来ていたのですね。それで、私になんの用でしょうか?」


「うん。クーちゃんにはトワちゃんと一緒にドラゴンの変異種を魔法で攻撃して欲しいの」



 それだけでセラさんの意図を理解したのか、クーリアさんはとんがり帽子の鍔を持って少しだけ下げると不満そうに顔をしかめます。



「私でもトワちゃんの奇想天外な魔法の代役は出来ませんよ?原初魔法は根本からして私達の使う魔法とは違うのですから」



 どうやら、わたしの使う魔法をクーリアさんが使った魔法として扱うことを考えたようです。確かにクーリアさんならば魔法の実験と称して奇想天外な魔法を使いそうですが、それでも原初魔法を誤魔化すのは難しいそうです。



――わたしってそんなに奇想天外な魔法を使っていますかね?



「良い案だと思ったんだけどな」


「・・・セラさん一人では倒せないのですか?」



 わたしの質問にセラさんは困ったような表情になりました。首を小さく横に降ります。



「倒せると思うけど、ちょっと本気を出さないと難しいかな。出来ればあまりやりたくないんだよね。もちろん、被害が出そうなら躊躇いなく本気出すから安心して」


「あ~なるほど、そういうことですか。まだ、セラさんは決心が付いていないのですね。分かりました。セラさんがその考えならば協力しますよ」



 クーリアさんにはセラさんの言っていることが分かるようですが、わたしにはさっぱり分かりません。でも、セラさんが本気を出すとなにかセラさんにとって不都合が起きるということだけは分かりました。



「では、トワちゃんに出来るだけ誤魔化せそうな魔法を使ってもらいましょう。大規模魔法ならば逆になんとでも誤魔化しが利くと思いますから大丈夫だと思います。いえ、私がなんとかしてみせましょう!」



 クーリアさんの言葉でセラさんがクスッと笑いました。それと同時に張り詰めていた雰囲気が少しだけ柔らかくなります。そのままふわりと羽根が舞ってセラさんが空中に浮かびます。



「クーちゃんのことも、トワちゃんのことも信用しているからね。任せたよ」


「お任せください!」


「・・・セラさんも油断はしないようにしてください」



 セラさんが上空高くに舞い上がっていくのを下から見送った後は、残されたクーリアさんと目を合わせます。



「・・・先ほどはわたしに誤魔化せそうな魔法をという話でしたが、もっと良い方法があります。・・・聞きたいですか?」


「良い方法、ですか?セラさんの前で言わなかったってことは普通の方法では無いのですよね?」


「・・・というよりは、話が終わるまでクーリアさんに正気で居てほしかったので黙っていただけです」


「どういうことですか?」



 訝しげな視線を送ってくるクーリアさんに、わたしの考えた()()()()を伝えます。聞き終えるとクーリアさんは興奮したように、でも申し訳なさそうな顔になりました。



「確かに名案だと思いますし、私としても心惹かれますが・・・その、大丈夫なのですか?私がやり過ぎたら、トワちゃんも危険ですが」


「・・・危険と判断したら自分でなんとかしますのでご心配なく。・・・それよりも、そんな悠長なこと言っていられる相手でも無いでしょう?それに、わたしよりも魔法の知識がとても多いクーリアさんにか出来ないことです」


「むむむ。・・・分かりました。では、その作戦でいきましょう。でも、私が夢中になりすぎてトワちゃんが危険に感じたらすぐに中断してくださいね」



 作戦が決まったので早速二人で準備をします。といっても、クーリアさんが描く魔法陣の手伝いというか補佐のようなものですが。



 * * * * * *



「来ましたか」



 巨大な魔法陣の中央に立つクーリアさんが呟きました。うさぎ姿のわたしは、クーリアさんの足元からじっと森から来る奴を監視していたので、距離までは気付きませんでしたが、ようやく他の人達にも見える距離までやってきたようです。



「この距離であの大きさ・・・トワちゃんの情報通り巨躯型の変異種ですね」



 頭から尻尾までの全長はおよそ三十メートルほどでしょうか、資料によると一般的なドラゴンの全長は十~二十メートルらしいので、およそ倍の大きさになります。翼を含めた横幅は十五~二十メートル弱はありますかね。間近で見ればさぞかし圧倒される大きさでしょう。



 近づいてくるにつれて徐々にその大きさが目立っていきます。未だに平地では森から出てくる魔物達との戦闘音が響く中、遂に真っ白な巨大なドラゴンが平地と森の境目まで到着しました。既にセラさんは移動していたようで、ドラゴンの前に翼を広げて立ち塞がっています。



(虫ケラ共ガ!全員食イ殺シテヤル!)



 頭の中に直接声が響いてきました。たしか、念話というスキルでしたか。龍やドラゴンなどの高位の種族や頭脳型の変異種が持っていることが多いスキルらしいですね。直接自分の思念を言葉にして相手に伝えるので、言語も関係なく言葉を伝えることが出来るスキルです。わたしが今欲しいスキルランキングトップ3の一つです。



――しかし、わざわざ広範囲に宣言してくるとは律儀ですね。



 わたしならば、まずは問答無用に突撃して数人ほど食べてから宣言しますかね。・・・いえ、宣言する時間で逃げられそうなのでそのまま無言で全滅させますか。



 少なくとも友好的な存在ではないと分かりましたので、こちらから攻撃を仕掛けましょうか。今回わたしは参加しませんけど。



 ドラゴンが念話で周辺に言葉をぶつけたの同じタイミングで、砦に居た魔法使い組は総出で防御魔法で対魔結界を張りました。事前に準備していた複数人で行う大規模魔法のひとつでしょう。



 ドラゴンの下を未だに多数の魔物が国境門に向かっていますが、こちらは結界内に居る前線組と後衛に居る遠距離武器使いでも相手が出来る程度の数です。



 魔術師達が結界を張ったタイミングで、ドラゴンは大きな口を開けました。そこから凄まじいほどの魔力が蓄えられていき球体のように圧縮されていきます。しかし、それは突如降り注いだ光の槍の雨によって中断されました。



 ドラゴンが鬱陶しそうに見上げると、ドラゴンよりも更に上空から見下ろしている六枚羽の天使がいます。セラさんは天使の羽根を撒きながら落下して一気に距離を詰めます。



 そして、セラさんが一瞬で肉薄して聖剣でドラゴンの首を切りつけました。元々が超高級防具で使われるほど強固な防御力を誇るドラゴンのうろこに加えて、有り余る魔力で硬化されて物理防御力が更に高くなっています。それでも、セラさんの攻撃はそのうろこを僅かに切り裂くことに成功し、そこからさらに内部を攻撃するためにアーツの衝撃波が追撃で叩き込まれて大量の血が噴き出しました。



 しかし、それでもその巨大な首を刈り取ることは出来ずに魔力で治療されてしまいます。思わぬところでダメージを受けたドラゴンは怒り狂ったように口を開けてセラさんに襲い掛かります。



 それからは、空中の高速戦闘でした。ドラゴンは巨体なので早く動いてもある程度目で追うことは出来ますが、セラさんは完全に瞬間移動のような素早さで空中を飛び回り、天使の羽根を撒き散らしながら次々とドラゴンを切り刻みます。それでも、生半可な攻撃はうろこに弾かれてしまい、攻撃を通してもまるでダメージなど無かったかのようにすぐに治療されていきます。



――防御力もさることながら、あの巨体では一撃で致命傷を与えるのは困難ですし、あのアホみたいな魔力量を全て削り切るのはとても気が遠くなりますね。



 本来ならば、セラさんの強力な浄化の力で傷の治療に使う魔力が浄化されて、そう簡単には治癒出来ないはずなのですが、その浄化部分ごと尋常じゃない魔力を使って力技で治療しているようです。そんなことをしているにもかかわらず、魔力量が全然減っているように見えません。



 わたしは冷静にその様子を見ていましたが、突然足元の魔法陣が光りだして周囲に魔力が満ちます。それと同時に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして、その魔力はクーリアさんの下へ送られていきます。



 これがわたしの考えた作戦です。わたしが普通に魔法を使ったつもりでも、やはり原初魔法というのは常識外れな魔法になる可能性が高いです。わたしが常識に疎いせいというのもあるのですけどね。それはともかく、クーリアさんが使ったことにするには都合の悪い魔法を使うよりも、クーリアさん自らが魔法で攻撃すればよいと考えました。



 ただし、それではクーリアさんの魔力量的にドラゴンの変異種にまともにダメージを与えられるほどの大魔法はそんなに使えません。そこで考えたのが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()作戦です。わたしとクーリアさんは、複数の魔術師が魔法陣を使って行使する儀式魔法または極大魔法に使う魔法陣を改良したものを国境門の上に描いていたのです。



「これが、トワちゃんの魔力!これだけの魔力があれば、ずっと試してみたかった魔法が使えます!」



 クーリアさんは嬉しそうにそう叫ぶと、両手で杖を横に持ちなおして、目を瞑ってぶつぶつと詠唱を始めました。黒いツインテールが風でなびき、クーリアさんの鈴を振るような声がまるで謡うように周囲にこだまします。



「原初の火よ、世界を照らし破壊する創生の炎よ、深遠より封じられし蒼き炎となりて我が手へと至れ」



 クーリアさんの詠唱で、手のひらサイズの蒼い火の玉がゆらゆらと揺らめきながら姿を現しました。小さくて頼りなさそうな見た目なのに、ぞっとするほどの魔力を感じ、わたしの危険察知スキルが鳴り響くほどの恐怖を感じます。



――なんだかヤバそうな感じのする魔法なのですが、大丈夫ですよね?暴発とかしませんよね?信じていますからね、クーリアさん!



 内心穏やかではないわたしを尻目にクーリアさんは更に詠唱を続けます。



「我が望むは破壊の火、我が望むは混沌の風、我が望むは清浄の水、我が望むは再生の土、世界を造りたもうし四元の力よ、この地に宿れ」



 揺らめいている蒼い炎を囲むように四つの魔法陣が展開され、蒼い炎が段々と色が変化していき、最終的に白い炎に変わりました。大きさは変わっていないのに、魔力だけは先ほどと比べ物にならないほど詰め込まれています。



 わたしはいよいよ不安になってきました。今はまだ制御出来ているようですが、これを撃ちだす時の制御が離れた瞬間に爆発しそうで怖いです。さすがのわたしでもこれが暴発したら塵の一つも残らないような気がします。というか最初は心配していたくせにもうわたしの魔力を半分近く使っているのですけど、もう少し遠慮しても良いのですよ、クーリアさん?



「勢いで作ったのは良いですが、これで攻撃する方法までは考えていませんでした。どうしましょう?」



――クーリアさん!?



「ん~・・・あ、そうです。ちょっとこれをこっちにやってと・・・」



 まるで遊び終わった玩具のように白い炎をぽいっと端に追いやると、新たな魔法を唱え始めました。



――そんな雑に扱う物じゃないですから、絶対!クーリアさんってば!?



 わたしの心の叫びが届くはずもなく、クーリアさんが新たな魔法を唱え終わると新たな魔法陣が浮かび上がります。真ん中の空間が歪んでいることから空間系の魔法でしょうか?動揺していて呪文をよく聞いていなかったので予想も出来ません。



 クーリアさんはその魔法陣に白い炎をぽいっと投げ込みました。すると、白い炎は歪んだ空間の中に入って消えていきます。それを見届けてからクーリアさんは、今度ははっとしたように今なお激しい戦闘をしているセラさんの方に顔を向けます。



――まさか。



「あ!何も考えずに投げ込んでしまいましたが、あのままではセラさんも巻き込んでしまいます!まあ、もうやってしまったものは仕方ありませんねっ!セラさんなきっと大丈夫でしょう!」



――クーリアさんって頭はいいですけど、時々致命的なくらいポンコツですよね。



 深々と溜息を吐くと、突然目が眩むほどの激しい閃光が発生して、白い球体のような炎の塊が空中に現れました。その衝撃で真下の木々は全て薙ぎ払われ、平野の後方まで後退した前線組も何人か衝撃耐えられずに転んでしまいました。そのままその衝撃は魔力では無い為結界をすり抜けて国境門と街の外壁を大きく揺らして通り過ぎていきます。国境門に居る後衛組が必死になにかに掴まって耐えているのが見えました。



――これは後でエルさんのお説教コース確定ですね。



「ち、ちょっと!やっぱりクーちゃんの仕業かあああ!!」



 血相を変えたセラさんが特に怪我をした様子もなくわたし達の前に現れました。どうやら巻き込まれなかったようですね。安心しました。



「あ、セラさん。ご無事でしたか」


「ご無事でしたかじゃないよ!?全然援護が来ないなおかしいなと思ってたら、突然空間の魔法陣が目の前に現れてそこから『アビスコア』が出てきたのだから、本気で焦ったよ!死ぬかと思ったよ!」


「トワちゃんに負担をかけないようにと、周囲の被害も考えてきちんと威力は抑えたのですよ?それに、上級魔法程度ではあのドラゴンにダメージは与えられないと思ったので、これくらい思い切りのある魔法の方が効率がいいと判断しました」



――一応あれでも遠慮していたのですね。あと、ドヤ顔していますが、絶対にただやりたかっただけですよね?



「万一、転送した直後に爆発したら私が巻き込まれるじゃん!」


「数秒は余裕があると判断したので、セラさんならば逃げられると思ったのです。私の計画通りですよ」



――いやいや、思いっきり『あ!』って言ってましたよね?



 未だに白い球体のような形でドラゴンの体を丸々と覆っている炎を確認した後、セラさんがジト目でクーリアさんを睨みます。



「どうせ、トワちゃんの膨大な魔力を好きに使えると思って理性が飛んじゃったんでしょ?」


「否定はしません。前々から挑戦してみたかった最強の魔法のひとつを使えるチャンスだと思いましたからね」


「本来なら最低でも四人以上で制御する魔法なのに、ほんとクーちゃんは魔力の制御が上手いね」


「本来の威力よりかなり落としていますから制御出来ただけですよ。本来の威力であれは魔力量的に作れませんし、制御も出来ませんよ。本来は都市ごと災害級の魔物を葬る魔法なのですから」



――なんて危ない魔法使ったのですか!?



 会話が終わる頃には白い炎が徐々に小さくなっていきました、空中で身を守るように丸くなっている白いドラゴンが徐々にその姿を現します。



「倒せたでしょうか?」


「まだ飛んでいるってことは、まだかも。でも魔力量を八割近く減らしたみたいだし、怪我の治療も追い付いていないね。今がトドメを刺すチャンスかな」



 白い炎が完全に消えた瞬間、丸くなっていた体を一気に広げて顔をわたし達の方へ向けました。その口には圧縮された魔力の塊があります。



「っ!!」


「クーちゃん伏せて!!」



 セラさんの言葉でクーリアさんが咄嗟に伏せたのとドラゴンの口から白いレーザーのようなブレスが吐き出されたのはほぼ同時でした。ほぼ音速に近い速さで飛んでくるブレスを咄嗟に前に立ちはだかったセラさんが聖剣で受け止めます。



「~~っ!」



 声にならない声を上げて耐えていますが、不意打ちの攻撃だったせいで防御系の魔法を使う余裕が無くてちょっと辛そうですね。



――仕方ないですね。バレない程度に手を貸してあげますか。



 セラさんの前に月魔法『月鏡』を張りました。まるで月食のような金環の中は鏡になっています。その鏡部分にブレスが当たると、そのままそのブレスをドラゴンの方に跳ね返します。



「え?」



 セラさんが一瞬呆けたような顔になると、顔だけ振り向いてわたしを見ます。わたしは今はうさぎなので言葉は発せないため、何食わぬ顔で既に真っ暗になった空を見上げます。気付けば月も出ているようですね。



「ありがとね、トワちゃん」



 小さくお礼を言うと、セラさんは自らのブレスを受けて瀕死にまで陥ったドラゴンのところまで飛んで行きました。



 わたしが未だに伏せているクーリアさんをつんつんと前足で突くと、猫耳をぴくっとさせて頭を上げました。周囲が安全な状態になっていること確認して安堵の息を吐きます。



「助かったのですか。さすがセラさんですね。咄嗟にあれだけの攻撃がきても防御出来るなんて」



――わたしがフォローしてあげましたからね。



 放っておいてもなんとかしたでしょうけど、無傷では済まなかったかもしれませんからね。わたしも巻き込まれるのを考えるならば当然のことをしたまでです。



「さて、良いところはセラさんに任せましょうか。流石にあれだけの魔力を使ったらトワちゃんも負担が大きかったでしょう?セラさんがドラゴンを倒すのを一緒にここから眺めていましょうか」



 そう言うと、クーリアさんはわたしを抱きかかえてその場に座り込みます。



 確かに魔力を半分近く使われましたけどまだ余裕はありましたし、なんなら今は月が出ていて魔力量も回復速度も上がっていますから全然余裕なのですが。なんだかんだであの魔法の制御はかなり精神的に負担だったのでしょう。よく見るとクーリアさんの額は汗でびっしょりでした。息も少しだけ乱れています。



 わたしはクーリアさんを守ることも兼ねて大人しくもふられていることにしました。セラさんならば手負いのドラゴンなどさっくりやってくれるでしょう。というわけで、その様子を観察していましょうか。



 ドラゴンの目の前まで移動したセラさんは、聖剣を下段に構えて空中で静止します。すると、セラさんは大量の魔力を聖剣に込め始めました。聖剣はここからでも分かるほど眩しく発光しています。やがて聖剣の刀身が伸びるように光の剣が現れます。実際に剣が伸びているわけではなくて、光属性の魔力の塊みたいですね。



――光属性とも聖属性ともちょっと違う感じがしますね。強いて言うなら天使属性ってやつですかね?



 それに、あの光の剣の部分には以前に見た浄化の力を感じます。あれに切られたら並みの魔物はじゅっと消えてしまうでしょう。



 そして、セラさんの三メートルほどまで光の剣が伸びると、そのままドラゴンに向かって突進していきました。ドラゴンも危険を感じたのか、素早く体を縦に回転させて巨大な尻尾で迎撃しようとします。かなりのダメージを負っているとはいえ、その魔力量はスモアネスの変異種より多く、身体能力は未だに健在です。



 巨体に似合わず目にも止まらぬ速さで振り下ろされた尻尾を、セラさんは空中で回転するように切り払います。ほとんどのうろこが無くなったドラゴンの尻尾はそれでも強固な肉体と魔力で高い防御力があったはずでしたが、魔力は浄化能力で無力化され、もとより遥かに硬いうろこすらセラさんのアーツである程度貫通してダメージを与えていたのですから、そのうろこが無いのならばもはやただの大きいトカゲの尻尾だと言わんばかりに易々と切り落とされました。



 この地域全域に聞こえるのではないかというほどの絶叫が周囲に響きます。あまりの煩さに思わず耳をぴくぴくとさせますが、その行動がクーリアさんの琴線に触れたのか、目の色を変えてわたしをもふりはじめました。



――もう最後なのですからちゃんと見ていてあげましょうよ?



 ちょっと鬱陶しいだけで害は無いので放置しましょうか。さて、セラさんは尻尾を切り落とした後に今度はそのまま右の翼と右手を流れるように切り落としていきます。そして、片翼を失って完全に制御を失ったドラゴンが空中で傾き下に落ちていきます。



 どすんと大きな音と土煙を立てて地面に落ちたドラゴンは血のような赤い目を憎悪でいっぱいにしながら空を見上げます。ドラゴンが見上げた空からはゆっくり六枚の翼を広げた天使が舞い降りてきて、無表情にドラゴンを見下ろしたあと、巨大化した光の剣でその首をはねました。



 こうして、王国と公国の国境門防衛戦は幕を閉じました。




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