33話 転生うさぎと国境越え
セラさんがスタンピードの元凶であるドラゴンの変異種を討伐したことにより、国境門防衛戦はほぼ終わりを迎えました。
暴走している魔物の残党狩りや、大量の魔物死体の処理を最低限終わらせた頃には既に九の鐘が鳴り終わり、戦闘に参加した人達は肉体的にも精神的にも満身創痍でした。
――四の鐘が過ぎた辺りから始まった戦闘で、今は九の鐘ですからね。おおよそ十時間も休みなく戦っていれば誰でも満身創痍になるでしょう。
長い戦闘が終わった後も一部の人達は働き続けます。大量の魔物の死体の匂いに釣られて、僅かに残っている北の森からの魔物や南の魔物からの襲撃に備える為に見張りをする人と、今回の戦闘で出た重軽傷者の怪我の手当てをするための治療魔法が使える人等はまだまだ休むことなく働いています。
「全く、私がどれだけ慌てたと思っているの?周りの魔術師達も集中力が散漫になるくらいの魔力の流れを感じて気が気じゃなかったのよ?」
「ご、ごめんなさい。つい出来心で・・・」
「出来心で使っていい魔法ではないでしょう!?貴方は魔法に関する知識が普通の魔術師よりもずっとあるのだから分かるでしょう!?」
「は、はい。ごめんなさいです」
クーリアさんオリジナルで簡略化され、本来の威力の半分程しかなかったらしいアビスコアという魔法について、クーリアさんはエルさんから小一時間くらいガチ説教を受けていました。
そんな状態の中、二人から治療を受けていた人達はとても居たたまれなかったとかなんとか。とんだとばっちりですね。あの時は、わたしも暴発しないか気が気ではなかったですし、クーリアさんはもっと反省するべきです。
そして、残念なことですが、死者も出ています。前線に出ていた国境警備隊の人達から、王国側が三十四人、公国側が十八人で合わせて五十二人になります。冒険者達は重傷者は出たものの、死者は居ませんでした。
死者の皆さんは国境門にて遺体が火葬されて、それぞれの国の法律に則って処理されます。王国側では、遺族に王国騎士のドックタグのようなものと私物が返却され、気持ち程度になりますがお金も支払われるようです。
絶望的な戦力差の中で比較的少ない被害で勝つことは出来ましたが、死者が居て、癒えない傷を負った人達が居る以上、少なくない傷跡をこの戦いは残していったのです。
重傷者の治療も終わり、休みなく働いていた魔術師達はそれぞれ休憩になりました。その間に、今まで休んで居た人達が遺体の処理と死者の弔いをします。
それからは、数日間掛けての魔物の解体です。何しろ量が多いので、とてもじゃないですが人手が足りません。騎士や冒険者だけでなく、素材を剥ぎ取り出来る人は全員駆り出されて対応に追われました。
誰がどれを倒したかなど、わざわざ覚えている人など居ないので、冒険者や商人に好きな素材を早い者勝ちで持っていってもらい、残った分を王国側と公国側でそれぞれ処理することになりました。
そして、戦いが終わった後始末に一区切りがつくと、今度は祝勝会が開かれました。さすがに国境を自由に越えて称え会うわけにはいかないてすが、それぞれの国側から生き残ったことに大勢の人達が歓喜の声を上げ、その中で大事な人を失ったことに嘆く人達もいました。
泣いて笑って悲しんで喜んで様々な感情が渦巻く声を聞きながら、わたしは魔物のほとんど居なくなった森の小さな広場の真ん中で真っ暗な空に浮かぶ月を見上げます。
「こんなところに居たんだ?」
「・・・あちこち引っ張りだこだったのでは?」
「逃げてきた」
茶目っ気たっぷりに言葉を返したセラさんは、そのままわたしの隣に立って空を見上げます。
「今回はありがとね、トワちゃん」
「・・・わたしが居なくてもなんとかなったのでしょう?」
「否定はしないけど、もっと被害は大きくなっていたと思うし。私達の知らないところで、危険な変異種を倒してくれていたでしょう?」
ドキリとします。わたしは自慢のポーカーフェイスで無言のまま月を見上げ続けました。わたしがこっそり変異種の魔石を取り込んだことは内緒なのです。
「言っておくけど、トワちゃんが変異種の魔石を取り込んだのは気付いているからね?」
――な、なんでです!?気付かれない様にこっそりと魔力を圧縮していたのに、何故ですか!?
「魔力を圧縮しても魔力眼なら魔力の濃さで分かるから。魔力感知でも訓練次第で分かるようになるし、無駄ではないけど、あまり意味無いよ?」
「・・・そういう事は早く言って欲しかったですね」
「ごめんごめん。それに、別に怒るつもりもないから安心して。流石にあの状況でトワちゃんの監視は出来なかったし、さっきも言ったけど、あの変異種を倒してくれなかったら正直ヤバかったし」
「・・・わたしは自分の目的の為に倒しただけです。他意はありません」
「ふふっ。そっか。そういうことにしてあげるね」
あげるねも何も、本当にそうなのですが。わたしは別に、今回の戦いで見ず知らずの誰かが死のうが何とも思いませんし、リンナさん達だけ無事ならばその他は別にどうでも良かったのです。
極端な話、『白の桔梗』のメンバーさえ無事ならば、この国境門がボロボロにされて、中に居る人が蹂躙されようが気にしません。人間は魔物を害虫のように殺すのが常ならば、魔物にも人間を殺すだけの道理があります。
「それにしても、あの熊は素材としても一級品だったから収納に仕舞っておけば良かったのに」
「・・・魔石以外は興味がなかったもので」
「普通の魔石とはやっぱり違うみたいだね」
セラさんの口ぶりでは、魔物の変異種が成長するのに同じ変異種の魔石が必要だということは知らなかったようですね。なんとなく察してはいたようですが。
「・・・魔力量の上限を上げて成長するには必要なようですね。それと、魔力が魔力量の上限近いと変異種の魔石を求めやすくなるみたいです。・・・本能のようなものですかね」
「なるほどね。今後の参考にさせてもらうよ。それにしても、魔力量だけなら普段の私と近いくらいまで増えてたんだね。今の時間だと私より多いんじゃない?」
「・・・セラさんの場合は天使になったら今よりもずっと増えるではないですか」
――それに、普段だって魔力量が一定量いかないように抑えているようですから、実際はもっと多いでしょう。
セラさんはそうだねーと返事をすると、くるっと振り返って隣にいる私に顔を向けます。
「明日にはこの境界門も落ち着くと思うから、当初の予定通りに公国に向かうよ」
「・・・分かりました」
「ん。じゃあ、私はみんなのところに戻ろうかな。トワちゃんは今日はこっちに居るの?」
わたしが無言で頷くと、セラさんは少し苦笑してからその場を去っていきました。途端に静かになった小さな広場の真ん中で、わたしは土魔法で小さい山を作って、うさぎに姿を変えてその山の上に座って夜空を見上げます。
沢山の命が散って静寂に包まれたこの場所で、わたしはひとり静かにお月見をしていました。
次の日、先日セラさんが言っていた通りにわたし達は国境門を越えて公国に入ります。今回の防衛戦の一番の貢献者であるセラさんは、街を歩くといろんな人から声を掛けられていました。
「・・・少し見ないうちに人気者になったのですね」
「元から人気はありましたよ?あの容姿ですし」
「聖国に行けば一躍国のトップになれるくらいには人気があるな」
「ふふふ。そうね。今回の件が聖国に伝わったら、さぞかし大盛り上がりね。いずれ行くのが楽しみだわ」
「うあ~。私達が行くまでにほとぼりが冷めていると良いけどなぁ」
これから聖国に向かう人もこの国境門のどこかに居るかもしれません。もし居たら、思っている以上に早く噂に尾ひれと背びれと足が付いて布教されていそうですね。
そんなどうでもいい会話をしながら歩いていると、すぐに国境門の手前まで着きました。
遠目でずっと視界に入っていましたし、防衛戦の時はこの上に登っていたのですが、こうして地面でじっくりと間近で見上げると、その存在感と重厚感に気圧されそうになります。
「・・・あの騒ぎの中では特に気にもしませんでしたが、こうして間近で見上げると、おっきいですね」
「昔は公国との国境門は無かったらしいですね?どうやって国境を行き来していたのでしょうか?」
クーリアさんが一緒に国境門を見上げながら呟きました。エルさんが顎に手を当てると昔を思い出すように答えます。
「たしか、公国の巫女達が結界で境界を作っていたはずよ。あの頃は公国から渡されたお守りがないと入れない仕様になっていたわね。結局巫女達の負担が激しいから止めたって聞いたことがあるわ」
「・・・それっていつ頃の話なのですか?」
「アリアドネの災厄から少なくとも百年ぐらいはその状態だったのは覚えているわ。でも、いつの頃から始めていたかは覚えていないわね。あの国はころころと体制が変わる国だったから」
エルさんって大体五百年前後くらいのことを話すことが多いですけど、絶対にもっとずっと長生きですよね?なんとなく、そんな雰囲気を感じます。
「みんな~、そろそろ行くよ。特に止められることは無いと思うけど、ギルドカードの準備だけはしておいてね」
セラさんの言葉でわたしは、普段は収納に入れているギルドカードを取り出して首に掛けます。出国や入国には身分証の提示と、出国入国のそれぞれの理由を説明するのが決まりになっていて、商人などが馬車で来た場合には荷物の確認もあるそうです。
「収納魔法があるから、完全に全ての荷物を確認することは出来ないけどね」
「・・・たしかにそうですね」
そう考えると、危険物の持ち込みは簡単に出来てしまいそうですね。といっても、収納魔法はかなり高難度の魔法ですし、収納の魔術具も非常に高価ですし、それになにより、危険物なんて持ち込まなくても腐るほどその辺にありますからね。バレたら厳しい罰則があるのに、わざわざ外国から隠して持ってくる人はそんなに居ないでしょう。
まあ、危険物は置いといて、他には奴隷なんかは、きちんとした資格を持った商人でないと罰則があります。きちんとした商人でも国によってはいろいろと審査が厳しいそうです。特に公国では奴隷は原則禁止ですので、持ち込み持ち出しは非常に厳しいそうです。
わたし達は冒険者ということで、他国を跨ぐような依頼を受けている場合や、わたし達のように旅をする人が多いので、最も手っ取り早く終わるギルドカードの提示と簡単な質問だけで終わります。しかし、過去に犯罪歴が無いかどうかだけ調べられて、犯罪歴がある場合は追加で魔術具を使った審査があるのだとか。
犯罪歴はギルドカード等の身分証に記載されて、新しくしようが違うものを準備しようが魔力で登録されているのでバレます。
それと、当たり前ですが、身分証がないと国境は越えられません。例外として、身分証の代わりに国のトップ、つまり王様等が身分保証する証を持っている人はその証が本物かどうかの確認だけで国を出ることが出来ます。入国がすんなりいくかは分からないですけどね。
さて、というわけで、わたし達はすんなりと門番に通してもらって無事に出国しました。あ、審査はすんなりと済みましたが、防衛戦協力のお礼やらなんやらで少しだけ時間が掛かりましたけどね。
巨大な門の下を数分掛けて通ると、今度は公国の兵士が入国手続きをします。王国の西洋風の鎧を纏った騎士とは違って、公国の兵士は日本の戦国時代を彷彿とさせる武士のような感じです。そのせいか、異世界転生というよりもタイムトラベルした気分になりますね。
こちらの手続きも特に問題無く終わり、ここでもセラさんや他の『白の桔梗』の皆さんへの感謝の言葉で少しだけ時間が掛かりました。
「お~~し、公国に来たぞ~!・・・って感じはさすがにしないか」
「まだ門を跨いだだけですからね。それにしても、あれだけ感謝されるのは悪い気はしませんね」
「ああそうだな。ほとんどがセラのお陰だとは分かっているが。私達がこの場所を守ったのだと思うと、感慨深いものだ」
「私の力でここを守り切れたのは確かに間違いではないのだけど、一番の勝因は私達一人一人が協力してこの場所を守ろうと死力を尽くしたことだと思うよ」
セラさんの言う通り、人間一人一人の力は魔物に比べて全体的に劣っているでしょう。ですが、それを補って余りある連携力と団結力、そして知恵や技術で一見無謀にも思える戦いでも生き残ることが出来るのです。
――セラさんのような、規格外な強さを持つ人も何人か居ますからね。考えれば考えるほど、魔物から見た人間は、この世界を掌握する危険な存在なのですよね。
「・・・ここからは何処に向かうのですか?」
とりあえず、公国にはやって来ましたが、この国の何処に向かうのかは全く聞いていないことに気付いたわたしは、セラさんに質問しました。
「あ、うん。そういえば言ってなかったね。これから向かうところは常春の都、ソメイヨシノっていう街だよ」
――懐かしい名前が出てきましたね。ソメイヨシノですか。日本の桜といえば、やはりこの桜でしょう。
地球で生きていた頃の記憶を探って、あの満開の桜の時期を思い出します。でも不思議とお花見をしたという記憶はあやふやです。誰かと行ったことがあるような、ないような?やっぱり、自分自身に関する記憶ははっきり思い出せませんね。
「桜からの依頼ならば、やはりそうなるわよね」
「公国はどの街に行っても景色が綺麗ですけど、私はやはり春の都が一番ですね」
「おいおい。一番は夏の都だろう?海は綺麗だし、海産物は美味いし、日差しが強くて暑いが、からっとした暑さの中で遊んだあとの夕時の少し涼しくなった風を浴びた時なんかは最高じゃないか」
「あ~はいはい。そこまでそこまで。その議論は誰がやっても長くなるからほどほどにね?・・・今回は、王国の時とは違って徒歩だけど真っすぐ春の都まで向かうからね。そのつもりで準備しようか」
クーリアさんとリンナさんがお互いの推しの季節について論議を始めそうだったところをセラさんが呆れ交じりに止めました。わたしはセラさんの準備という言葉に首を傾げます。
「・・・準備も何も、食料品は全てわたしの収納に保存していますし、先の戦いから数日掛けて武器や魔術具の手入れや補充も済ませています。何を準備するのですか?」
「・・・・・・よし!じゃあみんな!さっそく春の都に出発しよう!」
わたしの指摘に気付いたセラさんは、強引に気を取り直して先頭を歩きだします。その後ろにクーリアさんがくすくすと笑いながら続き、リンナさんも苦笑しながらその後を追いかけます。
わたしはそれを思わず立ち止まってぼ~っと眺めてしまいました。
「どうしたの、トワちゃん?」
エルさんが不思議そうな顔でわたしを見下ろします。わたしは首を横に振って「・・・なんでもありません」と答えて、前を行く皆さんの後をゆっくりと追いかけました。わたしの後ろをエルさんが続きます。
――わたしも、いつかあのように笑い合える日が来るのでしょうか?・・・その前にわたしの表情筋を鍛えないといけませんね。
ほんのちょっとシリアスになりかけた思考をどうでもいいことを考えて上書きします。今はそんなことよりも、公国の文化を学ぶことに集中しましょう。
――常春の都ですか。前世の日本っぽいところも多いようですし、楽しみですね。




