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転生うさぎは異世界でお月見する  作者: 白黒兎
幕間 王都までのあれこれと回想
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幕間 半魔族の鬼と新しい仲間

 私は今、目の前の光景に頭を悩ませている。



「ですから、こっちの方がトワちゃんに似合います!買うならこっちにしましょう」


「クーちゃんは趣味全開過ぎるの!もっと種々な服を着せて楽しも・・・こほん。トワちゃんの気分転換になるでしょ?」



――お前らどっちも欲望の塊だよ!



 内心でツッコミを入れながら二人から視線を外すと、試着室の前でエルが洋服を広げてトワの前に差し出していた。



「次はこれよ、トワちゃん」


「・・・まだ着るのですか」



 普段からされるがままの状態でも無表情なトワが、若干うんざりしたような声音になるほど着せ替えられている。正直、同情する。私が同じ立場だったらとっくに発狂しているか死んだような顔になっていそうだからな。



 トワが横目でチラッと私を見てきた。宝石のような綺麗な目と合うが、エルに急かされる様に試着室に服ごと押し込まれていく。最初は私も着飾るトワを見てその容姿に感嘆し、もっと見てみたいと思ったものだが、新しい街に着く度にこの光景が繰り返されているので、さすがにうんざりしてきた。いや、毎回違う服を着るトワは可愛らしくて眼福ではあるのだが。



――貴重な収納魔法の中身を洋服でいっぱいにする気かこいつら?



 本来、冒険者で収納魔法持ちはとても貴重で重宝されているもので、極力余計な物は入れないものだ。魔物や薬草などの各種素材や、野宿の道具、武具の携帯、食料の保存など、少し思い付くだけでもその有用性の高さがわかるだろう?それなのに、ヘルスガルドでも十着以上買って満足したかと思えば、乗合馬車で次の街に着く度にトワに試着させてまくって服を買い漁って収納にぶち込んでいるのだ。



――まあ、セラやクーリア、それにトワほどの魔力の持ち主の収納容量ならばこれくらい焼け石に水のようなものなのだろうが。



『熾天使』であるセラや魔人のトワは言うまでもなく、クーリアも獣人にしては珍しい魔法使いで、魔力もAランク冒険者の魔術師にふさわしいほどには持っている。エルだって、かなり効果で希少な高性能な収納の魔術具を持っているし、私もそこそこの容量の収納袋を持っている。私達のパーティーにとっては手荷物は無いに等しい。



――こう考えると、本当にこのパーティーは恵まれているな。



 いくら高ランク冒険者のAランクパーティーとはいえ、全員が収納出来るものを持っていて冒険道具も全て収納できる上にこうして娯楽品まで詰め込めるほどの余裕があるのだ。これを贅沢と言わずになんと言おう。



「はぁ」



 大きく溜息を吐いて店の入り口近くの壁に寄り掛かる。この後はさっきからチラチラとセラ達を見ている店員達が群がってきて、貸し切り状態でのファッションショーが始まるのだろう。



「はぁ」



――この間に街をぶらぶらと散歩をしていても良いのだが、トワを見捨てるのも罪悪感があるしな。どうするか。



 再び大きな溜息を吐く。すると、くいくいと服の袖を引かれる感覚があり下を見ると、いつの間にか目の前に来ていたトワが私をじっと見詰めていた。



「・・・時間かかりそうですし、街を歩いてきてはどうですか?退屈でしょう?」



 表情は変わらないものの、人形のような整った顔に上目遣いで見上げられて思わず心臓がどくんと高鳴る。



「ああそうだな。私は少し街を歩いてくるよ。トワも嫌になったらちゃんと言えよ?あいつらだって無理やりはやろうとしないからな。・・・たぶん」



 思わず高鳴った胸の高鳴りを誤魔化すようにトワのさらさらとした綺麗な白銀色の髪を撫でると、私は踵を返して店を出た。



――セラやクーリアが夢中になるのもわかるんだがな。



 あまり可愛いものに興味が無いと思っている私でも、急に詰められると動揺するくらいにはトワは可愛いと思う。夢中になって構いたくなる気持ちも分からなくもない。のだが。



「あいつら過剰に構いすぎなんだよなあ」



 いくらトワが大人しくてほとんど反抗しないとはいえ、セラやクーリア、最近ではエルもトワと話す場面を見かける。



「そのうち、トワに本格的に避けられそうだな。そうなったらあいつら絶望のあまり立ち直れなくなるんじゃないか?」



 私は苦笑しながら、とくにあてもなく街をぶらぶらと歩き続ける。王都に近い(と言っても乗合馬車で二日近くかかるが)街だからか、ヘルスガルドよりも人の数も店の数も多い。ふらふらと立ち寄った屋台で、肉串を買って歩きながら頬張る。



――前にトワが作ってくれた肉の方が断然うまいな。



 味付けは少なかったのに、肉本来の味がぎゅっと詰まったあのステーキは今思い出しても口の中でよだれが溢れてきそうになる。別に今食べている肉串がマズイというわけでは無く、むしろ食べ慣れた味ではあるのだが。



 肉串を食べ終えると残った串は収納袋に仕舞っておく、後で捨てられる場所を見つけたら捨てる予定だ。しばらく歩いていると、人が行き交う広場に辿り着いた。空いているベンチがあったのでそこに座って空を見上げる。



――さすがに、この時間じゃあ月は見えないか。



 前にトワがほぼ毎日やっているというお月見を皆でやった時から、私は夜空の月を見上げることが多くなった。別に何か意味があってやっているわけではないが、あの時に見た月は確かにとても綺麗で、ついついあの時のことを思い出して見上げてしまうのだ。



――魔人か。



 そして、月を見上げているとどうしても考えてしまう。魔人というまるで自分たちと変わらないような容貌をしている魔物が私達の仲間として一緒に居ることを。はたして、自分達は正しいことをしているのか?何か取り返しがつかないことをしているのではないか?そんな疑念がついよぎってしまう。



――もう話し合って決めたことじゃないか。



 頭を横に振って雑念を振り払う。魔人を倒したこともあるセラや、魔人に対して思うことのあるエルが、トワのことを見逃している以上は私やクーリアに口が出せる問題じゃない。



――それに、私がどうしようとトワには手も足も出せないほど実力差があるしな。



 Sランクの魔物と対峙し、危うく全滅しかけたあの日のことを思い出す。本来Sランクの魔物というのは、Bランク以上の冒険者を中心に100人以上の大人数で多大な犠牲を払ってやっと討伐するような化け物だ。それを単独で討伐できるSランク冒険者のセラがどれほどの強さなのかは言葉にする必要もないだろう。



 そんなSランクの魔物を相手にして、倒すことは不可能でも時間稼ぎぐらいならばなんとかなると慢心していた。結果としてほんの少しの油断が、後衛のエルやクーリアに攻撃され体制を崩されて思わず意識が後ろにいってしまった隙を攻撃され、防御も受け流しも出来ずに直撃してまった。



――私は本来アタッカーで、防御は苦手とはいえ、あれは今思い出しても酷かったな。



 エルとクーリアが魔物に殺されそうになったところを、トワが魔人だとバレるのも覚悟の上で助けてくれたおかげでその場はなんとかなった。



――あの時の戦闘は何度思い返しても人外大戦だったな。



 あの時のことを思い出しているとそのままの流れでトワとSランクの魔物との戦闘のことも思い出してしまう。100年近く冒険者をやっていて、自分ではかなり上位の実力を持っていると自負していたが、あの戦闘を見た後ではそんな自信は全く無くなってしまった。



――セラは本気で戦うところを私達には見せないからな。



 恐らく、本気のセラは今のトワよりも強いのだろう。トワが倒した魔物の魔石を食べようとした時に「これ以上成長されると私でも手に負えない」と言って魔石を取り上げていたからな。Sランク冒険者が何故世界に五人しか居ないのか。その理由をまざまざと見せつけられたような気がする。



 ベンチに座ったまま、私はあの時のことを詳細に思い出していった。



 * * * * * *



「トワちゃん・・・貴方は、魔人なのですか?」



 クーリアの問いで、私は思わずトワを見てしまう。聞くまでもなく、戦闘中に魔物に変身していたのは目で見ているの間違いないと思うが、それでも信じたくないという思いとそうだったのかという納得したような気持ちが頭の中で複雑に織り交じっていた。



「・・・はい。人間側の区別で言うならば、わたしは魔人ということになるのでしょうね」



 いつもと変わらずに無表情な顔でトワは肯定した。やはり直接本人が肯定すると嘘では無いと分かるためか、すでに頭の中では分かっていたつもりでも驚いてしまう。



――今までの行動を考えればそう遠からず気付いていたとは思うけどな。



 彼女の持つ魔力量の異常さは魔力感知で分かっていたし、まるで使い慣れているかのように使いこなす原初魔法をこの目で見た。あれだけでも、人族の子供ではありえないようなものだったのだ。



「恐らくはアリアドネの災厄以来の、完全に人間に溶け込める魔人だね」



 かつて人間の世界に入り、新たな人種として国まで築き上げた魔人アリアドネ。その繁栄による影響力はとても高く、当時は小さいながらも魔物の居ない安全な国として人間達も住んでいたという。しかし、アリアドネが突如として暴走し人族と戦争を始めた。多大な犠牲を払って討伐するも、その後は魔人は危険な魔物として世界に認識されるようになってしまった。



 人族の世界では当たり前の知識であるアリアドネの災厄について、エルとクーリアがトワに説明する。私は無言で武器に手をかける。魔人の危険性はもはや説明のしようがないほど明らかだ。しかも、かのアリアドネの再来ともいっていいほど人間世界に入ってくるほどの知能を持っているなら尚更だ。クーリアの説明が終わると、私は感情が出ない様に気を付けながら口を開く



「だからこそ、どんなに人間達と親しくして、害が無さそうでも、魔人は殺さなきゃならない。かつてのアリアドネの災厄を起こさないようにするには、そうするしか無いんだ」



 私が大剣を持つと、ずっと何を考えているか分からない微笑を浮かべたセラがトワの矢面に立った。



「リンナ。まさか、さっきまでの戦闘を見た後で、トワちゃんを殺せると本気で思っているの?もしそうなら、随分とお花畑な頭だね。魔力の大半を使ったとはいえ、余力がない訳ないでしょ?ね、トワちゃんだって無抵抗に殺される気は無いでしょ?」



 私は奥歯を噛み締めた。セラの言う通り、私達が三人掛かりでまともに傷も負わせられなかった相手をたった一人で倒しような相手だ。私一人でどうこうできるはずがない。



「・・・魔石、欲しいです」


「う、そんな可愛い顔してもダメだよ。君にこれ以上成長されちゃうと、私でも手に負えなくなるかもしれないんだから」



 トワが上目遣いでセラにおねだりしている。その姿だけを見るならば普通の人間の子供にしか見えない。すると、今度はクーリアがトワの前に立って私と対峙した。クーリアが首を横に振って私を説得する。



「ダメですよ。セラさんでしか相手出来そうにないのに、セラさんが懐柔されてますからね。それに、リンナさんだって本気でトワちゃんを殺したいわけではないでしょう?」



 私はその言葉で顔をしかめる。セラしか相手が出来ないというのも悔しいし、何よりトワを殺したいなんて微塵も思ってなどいない。私は持っていた大剣をそっと元に戻した。



「私達の誰もトワちゃんを殺したいと思えないならば、どうすることもできないわね。迷いをもって戦って勝てる相手でも無いし、仕方ないわ」



 エルがそう言ってこの話は終わりになった。魔人の危険性を身をもって知っている筈のセラと、魔人に対して思う所があるようなエルが良いというなら、私だけが反対していても仕方がない。



 その後は助けてくれたトワにお礼を言った後は、トワが元々は普通のうさぎだったことと、魔物になってから僅か二か月ほどしか経っていないという衝撃の事実を知ることになり、トワが仕留めた魔物の調査をした。



 街に帰ろうとすると、トワはここに残ると言い出した。なんでも、月明かりに当たっていると魔力が早く回復するのだとか。聞いたことがないが、何かのユニークスキルだろうか?草原に幼い容姿の彼女を残せるはずもなく、私達はみんなでお月見をすることになった。



 * * * * * *



 コーンコーンと高い鐘の音が三回鳴る。気付けばもう六の鐘だ。そろそろ店に戻るか。私は思っていた以上に長いこと座っていて固まってしまった体を軽くほぐしてから、トワが着せ替えられている洋服屋に向かった。



――さすがにもう居ないかもな。いや、一応確認はしておくか。



 店の近くまでくると、何やらざわざわと騒がしい。嫌な予感をひしひしと感じながらも騒がしい店の中を覗き込んだ。



「きゃーートワちゃん可愛いよ!いいね、いいね、本物のお嬢様みたい」


「むむう。私的にはさっきの衣装の方が似合っていると思いますが」


「あらあら。何着せても似合うわね。次は少し趣向を変えてみようかしら?」


「お客様。こちらの組み合わせはどうでしょうか?彼女の艶やかな白銀色の髪がよく映えると思いますわ」


「あら、いいわね。ならこれも付けてみましょうか。セラ、クーリア、次はこういうのにしない?」


「いいね、いいね!可愛いと思うよ!」


「ふむ。こういう攻めですか。ならば、次のコーディネートは私に任せてください。良い案が浮かびました」


「ふふ。分かったわ。トワちゃん。はいこれ。次はこれね」


「・・・・・・」



――か、カオス過ぎる。



 予想通り店中を巻き込んでのファッションショーになっている。客も服を見ないで着せ替えられているトワを見に集まっているし、店員が総出で裏からサイズの合う服を片っ端から持ってきていて、サイズの合わない服をその場で調整している。エルの隣で服を進めているのはこの店のオーナーだろうな。



 セラは狂ったようにトワを褒めちぎって興奮しているし、クーリアも露出の多い過剰な衣装ばかり選んで欲望に染まっているし、エルはそんな様子を含めて楽しそうに混ざっているし。トワは・・・



――いつもと変わらない無表情に見えるが。死んだような目をしているな。



 私はそっと店を後にした。あれに巻き込まれるのはさすがに勘弁だ。



――すまん、トワ。頑張ってくれ。後で骨は拾ってやる。



 結局その後、店じまいの八の鐘までこの騒ぎは続いたようで、死んだようにぐったりとしたトワと水を得た魚のように生き生きとしている他の三人が宿に帰ってきた頃には私は一人で夕食も済ませた後だった。



 今度は夕食に拉致られるトワを苦笑しながら見送ると、私は窓の外に目をやる。すると丁度そこには大きな満月が目に映った。



――王都まであと二日くらいか。



 ヘルスガルドであれだけいろいろとあって、王都に来るまでも今までより騒がしくなったこの三週間は本当にあっという間だった。



――王都でもいろいろとありそうだな。



 それでも、愛すべき私の仲間達となら笑って乗り越えられるだろう。私はそう確信しながら夜空を見上げてあの時と同じ月を見て頬を緩めた。




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