幕間 放浪エルフは密かに誓う
私の名前はエルアーナ。ちょっと事情があって永いこと里から離れて世界中を放浪しているただのエルフよ。今は『白の桔梗』というパーティーを組んで冒険者をしているの。最初はこの騒がしさに戸惑うことも多かったけれど、今ではとても居心地の良い大切な場所になっているわ。
帝国から一番近い街である王国領土の辺境街ヘルスガルドで新しい仲間が増えたの。うさぎの魔人のトワちゃん。そう、魔人。私にとっては縁深い忌むべき存在。嫌でも500年前のアリアドネの災厄の時のことを思い出すわ。それでも、今では仲間だと思っているの。なぜかは分からないけど、彼女はアリアドネとは違うってなんとなく感じたから。なにより、セラが見逃しているのが大きいわね。あの子が大丈夫だというならば信じられるでしょう。
今私達はヘルスガルドを出て王都に向かう馬車に乗っているの。と言っても途中でいくつかの街に寄ることになるんだけどね。直通でも三週間はかかる距離だから仕方ないわ。ヘルスガルドから一番近い王国の街でも三日はかかるもの。
「も~クーちゃん、トワちゃんを構いすぎだよ!うらやま、じゃない、トワちゃんも迷惑でしょ!?」
ヘルズガルドを出てからずっと馬車の端でトワちゃんの隣に座って独占していたクーリアを見ていたセラが我慢の限界が来たように声を上げる。
クーリアはちらりとセラを見ると、ふいと目を逸らしてトワちゃんの綺麗な白銀色の髪を解かし始める。
「む~~~」
「セラ、他の人達に迷惑かけるから、暴れちゃダメよ?」
「分かってるけどさあ」
セラは拗ねたように俯いて横目でちらちらとトワちゃんを見て小さく溜息をついた。
――本当に随分といれこんでいるわね。
セラと初めて会った頃から考えると、信じられない光景よね。
しばらく馬車は道なりに進んでいたけれど、道の途中の少し開けた場所で休憩になった。乗客が一人一人馬車を降りて思い思いに体を動かしている。ずっと馬車の中に居たら体が固まってしまうものね。私達も順番に馬車を降りていく、トワちゃんが降りた瞬間にセラがすぐさま抱き着いた。
「う~~、いつ抱き着いてももふもふだよお」
「変態ですね」
――クーリアも大して変わらないでしょう?
思わず言いかけて止める。この二人を見ているだけならば面白いけれど、巻き込まれると面倒くさいということを学んでいるからね。私はされるがままになっているトワちゃんに視線を向ける。
――いつ見ても綺麗な子ね。
エルフは見目が整っている人しか居ない。そんな環境で何年も生きていると、人間達の言う綺麗な容姿というのが見慣れてしまってよく分からないことが多いの。多種多様な色形をしている人間達のほうが見ていて新鮮で面白いと感じるくらいね。
そんな中でも私が今まで生きてきた中で、綺麗だと素直に感嘆した容姿を持つ人は三人だけ。一人はもうすでに死んでしまった聖国の聖女、聖天使アリス。二人目はセラ、彼女も私の目から見ても非の打ち所がない美少女ね。そして三人目はもちろんトワちゃん。人間ではないけれどね。
セラは清楚で可憐ながら、笑顔になると愛嬌があり、真面目な顔になると強い意志を宿す目つきになり、まさに最強の天使と言われるほどの威圧を感じるの。本当にいざという時には頼りになる子なのよね。
それに変わってトワちゃんは、お尻の方まである月明かりのように艶やかで煌びやかな白銀色の髪に透明感のある艶やかな白い肌をしていて、その中で一際目を引く大きくて紅い宝石のような瞳が怪しく輝いています。あどけなさの残る顔立ちは表情をほとんど変えることは無く、まるで人形のようですが、そんなところがまた彼女の神秘性を高めているの。総評するならば、トワちゃんはあどけなさと妖艶さと神秘さが絶妙に混ざった少女かしらね。
私がここまでトワちゃんについて力説してしまうのも、やはり私も彼女に魅了されているからかもしれないわね。容姿もさることながら、魔人でありながら普通の人間と全く変わらない立ち居振る舞い。そして、どこか自分自身を軽視しているような危うさと普段はとてもおとなしいのに突然常識外れなことをやりだす意外性と行動力。何事にもあまり興味を抱かないエルフの私でも常に視界の中に入れておきたくなるほどほうっておけないのよね。
セラとクーリアに挟まれてもみくちゃにされていても心配になるくらい反応のない彼女は、そっと視線を動かして正面にいる私を見上げてきた。身長の関係でやや上目遣いになっていて、二人が夢中になるのもわかるくらい愛らしい顔だ。
「ほら、そんなに構っていたら休憩にならないでしょう?・・・リンナ、お茶の準備は出来たかしら?」
「ああ。私はもう先に頂いているぞ」
一人で黙々とお茶の準備をしていたリンナはちゃっかりっと自分の分だけ用意して既に簡易の椅子の上で休んでいた。私も収納魔法が付与されている腕輪からお気に入りのお茶の葉とティーセットを出して、リンナが準備してくれていた魔道具からポットにお湯を注いで、カップにお茶を入れて一口飲んで唇を湿らせる。
それを見ていたセラとクーリアも慌てて自分たちの分の準備を始める。
――全く、いつもよりも気が緩みすぎね。
それでも、そんな変化もまた面白いと感じながらお茶を飲んでいると、二人から解放されたトワちゃんが私の隣まで来て興味深そうにティーセットを見ている。
「トワちゃんもお茶を飲む?私の特製だから他では飲めないわよ?」
「エルのお茶は格別だよね~。私も飲んで良い?」
「ええ。良いわよ」
「では、私もいただきましょうか」
セラとクーリアが自分たちのカップを持って私のポットからお茶を入れていく、毎回気分でブレンドを変えるから、彼女達には結構好評だ。リンナは帝国産のコーヒーという豆からつくる飲み物を好んでいるようだけど、私の口には合わなかったわね。
二人がお茶を入れ終わるのを見て、トワちゃんが未だにぼーっと私のティーカップを見詰めていることに気付き思い出しました。
――トワちゃんの食器まだ買ってないじゃない。
自分たちの雑貨屋や食料の他、トワちゃんの服は大量に買ったけれど小物類は失念していたわ。私は自分の予備のコップを取り出してお茶を入れ、トワちゃんに渡す。
「・・・ありがとうございます」
「ごめんなさい。貴方の分の食器を買うのを忘れていたわね」
「あ・・・」
私の言葉でクーリアがばつの悪そうな顔をする。別にクーリアの責任ではないけれど、この子は責任感が強いから何を言っても無駄ね。
お茶を受け取ったトワちゃんは軽く手を振って私の隣に小さな椅子を作り出した。何度見ても、彼女の原初魔法は恐ろしいほど自然に使われる。すぐ隣に居た私でさえ魔力の揺らぎがほとんど感じなかったくらいだもの。
――あれだけの強大な力を秘めているのだもの。これくらいではもう驚かないわね。
魔法の椅子の上にクッションを置いて座り、紅茶を飲む姿はまるで慣れているかのように行儀がよく、その容姿と相まってまるで貴族のようね。私や、教育を受けていたセラは意図的に崩した飲み方をしているけれど、とくに学んでもいない筈のトワちゃんが何故こんな上品な飲み方が出来るのか不思議で堪らない。
セラも気付いたようで、ほんの僅かに目を細めると私と目を合わせる。私は小さく首を振って私が教えたわけでは無いと伝える。セラは苦笑すると、どこか諦めたような目になってトワちゃんの観察を始めた。
――セラでも分からないってことね。本当に不思議な子。
隣でほどんど分からないくらい僅かに目を細めて美味しそうにお茶を飲む彼女を見ながら、彼女の正体を知るきっかけになったあの時のことを思いだす。
* * * * * *
ヘルスガルドで新たな変異種の情報が寄せられ、何度か調査をするが見つけることが出来なかったとギルドが私達『白の桔梗』に泣きついてきた。
「本来は私達の街の冒険者がやらなければならないことは重々承知しております。ですがここ最近、魔の森の魔物が活発化していて、Bランク以上のパーティーの都合がなかなかつかず、入念な調査が出来ないのです。なんとかお力を貸して頂けませんでしょうか?三日間だけで良いですから」
ギルドの受付嬢はしきりに頭を下げながらお願いしてくる。正直、顔を出す度にお願いされてかなり鬱陶しいのよね。
「はぁ。どうする?」
「明日は一日休みにするよていでしたし、一日だけなら良いのではないですか?」
「一日って・・・まあ、平原の中央部だけならば調査は可能か。ぎりぎりだな」
「私は皆に任せるわ。いい加減鬱陶しいもの」
私はさっさと他の皆に判断を丸投げして一歩後ろに下がる。Sランクであるセラを筆頭に、Aランク冒険者が四人もいるパーティーはまずいないでしょうし、頼る気持ちも分からなくもないけれど。
――被害が出そうな危険な魔物の討伐を押し付けようとしているだけなのよね。
本音は間違いなくこっち。人間の建前だけを鵜呑みにしていたら痛い目を見るのは昔から変わらないもの。結局はあまりのしつこさに折れて、明日の一日だけ草原の中央部の調査を請け負うことになった。
「じゃあ、トワちゃんは良い子で待っていてくださいね」
「・・・」
スモアネスの変異種は種類によってはSランクに匹敵する魔物だ。さすがに私達でもセラ以外は余裕が無いので、当然のようにトワちゃんは留守番になった。
――原初魔法が使えるし魔力も私達より多いとはいえ、まだ幼子だものね。仕方ないわ。
トワちゃんに見送られながら私達は宿を出発して街を出た。草原の中央部に近づくにつれて動物達の気配が急激に無くなっていく。
「これは居そうだね」
「皆、武器と防具の準備を。どのタイプが出てきても対応できるようにな」
リンナの指示で全員が収納から武器や魔道具を取り出して装備する。そして、草原中央部のやや高くなっている丘までたどり着いて周囲を見渡す。
――そういえば、この辺りは500年前のアリアドネの災厄の時に滅んだ国があったわね。
今では王国領になっているが、この辺りは元々違う国で、500年前は結構栄えていていたと聞いたことがあるわ。
――今はその名残もほとんど残っていないけれどね。
平原のあちこちに建物の名残らしきものがちらほらと散見出来るが、いずれも長い年月で風化したり、冒険者や魔物、動物達との戦闘等で壊れてしまっているため、ただの石の塊にしか見えない。
「・・・・・居た」
セラが視力を強化して遠くのほうまで見ていたようで、草原の一方を指さすと私達に顔を向ける。
「あれは、巨躯種だね。明らかに高い魔力と図体してる」
「巨躯か、私達だけじゃ厳しいか?」
「ん~。私一人なら安全に倒せるかな。でもみんなが居ると危ないから少し遠くで待機してて」
「悔しいですが、Sランク魔物が相手では仕方ありませんね。お願いします」
「セラ、油断しないようにね」
方針が決まったため、私達は移動を再開する。セラが指示した方角を少し進むと、まだかなりの距離があるのにその強大な姿を遠目ながら視認出来た。
「ちょっと時間かかるかもだけど。さくっとやってくるね~」
ちょっとお使いに行く様にセラが駆けだしていく、サイドテールが風に揺れてバタバタと跳ねている。
「ふう。後はここで待つだけですね」
「そうね」
クーリアに答えながらも、何か大事なことを見落としている気がしてならない。私はリンナを見て目配せをする。リンナも同じことを思っていたのか、頷いて考えるように手を顎に添えた。
「・・・この違和感はなんだ?変異種もすぐに見つかったし、問題ないはず・・・すぐに見つかった?」
「――!!全員戦闘準備!!クーリア、全力で後方に下がりなさい!!!」
私がリンナの言葉を聞いて違和感の正体を知った時と地面から突如途轍もないほどの魔力を感じたのは同時だった。
「え?きゃ!?」
「クーリア!?ちっ、時間がない。投げるぞ」
「え、ちょ、にゃああああああ!!!!?」
魔物が地面から出てきた瞬間、地面の揺れで尻餅をついたクーリアをリンナが後方へ思いっきりぶん投げる。私は慌ててクーリアの後を追って着地地点に風魔法でクッションを作りクーリアを無傷で着地させる。
「にゃふ。エルさん、ありがとうございます。しかし一体何が・・・・え?」
「最悪ね」
「くそが!」
クーリアが体勢を立て直して見上げるのと、私が振り返って魔物を確認するのはほぼ同時だった。
全身が真っ黒な毛で覆われ、二本足で立っているその身長はとても大きく、同じく巨大な手足と大きくて禍々しい爪と、大きな口から除く巨大な犬歯と鋭い歯、真っ赤な目は爛々と輝き私達を見下ろしている。
「スモアネスの変異種・・・なんでですか?今セラさんが戦っているはずじゃあ」
「考えるのは後だ!!来るぞ!!」
「勇敢なる戦士へ送る万事の守りよ。ここに。フルプロテクション」
リンナが大剣を構えた瞬間、スモアネスの変異種・・・エルダーネスがその巨体からは考えられないほどの速さで腕を振り下ろす。私は即座に防御の支援魔法をリンナにかける。今この場であの攻撃に耐えられるのはリンナしかいない。リンナが倒れたら私達も終わりでしょう。
Aランク冒険者とはいえ、クーリアはそこまで場数を踏んでいるわけではない。高い才能と堅実な性格でランクを上げてきたためこういう本物の命懸けの戦いを経験していないのだ。だから、こういう場面にはとても弱い。
――せめて、セラが居てくれれば上手くフォローしてくれるのだけれど。
セラも先ほど戦闘を開始したばかりで、ここに救援にくるにはまだまだ時間がかかるだろう。
――こういう時のために、もっとクーリアを鍛える必要があったわね。
それは今後に生かすとして、今は目の前の魔物をなんとかしなければいけないわね。私は持っていた弓を構えて魔力の矢を作り出し弦を引いていく
「魔弓・多重分裂。ピアシング」
引いた弦を離し魔矢を放つ。放った矢は目にも止まらぬ速さで飛んで行き、いくつもの数に分裂してそのスピードのまま凄まじい衝撃音を立てて魔物に突き刺さっていく。ほとんどダメージを与えることが出来ずにそのダメージさえもすぐに癒されてしまった。
――やっぱりダメね。
巨躯型の変異は強大な魔力を鎧のように纏って、魔法攻撃による攻撃の威力を減衰させてしまう。それに加えて巨大な体はそれだけで強靭な肉体で出来ていて物理攻撃でに傷をつけるのも難しい厄介な変異。故に魔物の種類によっては高ランクの魔物に指定されやすいの。
――私の攻撃ではまともにダメージも与えることは難しいわね。支援に徹してとにかくリンナが倒れないようにしましょうか。
「私は支援と治療でリンナを援護するわ。クーリアは魔法攻撃でとにかく敵を弱らせて頂戴」
「わ、分かりました」
私の指示でクーリアが持ち直し、詠唱を始める。私達に出来ることはとにかく時間を稼ぐこと、セラがこちらに来るまで生きていられれば私達の勝ち。私達の命を懸けた防衛戦が始まった。
それから時間が経ち、私の治療だけでは回復しきれないほど攻撃が苛烈になっていく。クーリアも頭や心臓部などの急所だけではなくて、手足を攻撃して相手の動きを阻害しようと色々と頑張ってはいるけど、生半可な魔法攻撃では効力が無い為魔力消費の多い上級魔法ばかり使わなければならず、かなり魔力を消費しているわね。
「最悪です!よりによって巨躯タイプの変異で、しかも双子だなんて!」
「無駄口叩いてる暇があったら、魔法で援護して頂戴!私の支援だけじゃリンナが持たないわ!!」
「ちい!セラが来るまでの時間くらい稼いでやるさ。とにかく防戦に専念するんだ!!」
あまりの状況の悪さにクーリアが毒を吐くけど、私も同じ気持ちだわ。何より最悪だったのは、セラが向こうと戦闘を開始してから出会ってしまったことね。本当に、せめてセラが居てくれれば。
――それか全盛期の頃の力があれば、私一人でも倒すことが出来たのだけどね。
あまりの悪い状況につい無いものねだりをしてしまったわ。今は集中しなければ。クーリアが何度目になるか分からない爆裂魔法を使う。凄まじい爆発音が響くものの、巻き上げられた煙から攻撃してきたエルダーネスは今までとほとんど変わらない動きで正面にいるリンナを攻撃する。
「くっ!クーリア!!あと何発撃てる!?」
「あと二、三発が魔力的に限界です!どうしますか!?」
「落ち着いてクーリア。あれだけの火力の魔法を何発も受けても弱らないなら、これ以上撃っても無駄よ。なんでも良いから、敵の攻撃を逸らすようにして攻撃して。リンナ?まだ耐えられる?最悪は私が前衛で壁をやるわ」
「まだ大丈夫だ!っと!エルが前に出たら殺されるぞ!絶対に来るな!!ここは私が死んでも通さん!!」
「死んだら面倒なので、ちゃんと生きてくださいよ!フレアバースト!」
死んだら面倒というか、リンナがやられたら、私達もすぐに後を追うことになりそうだけれど。でも、リンナの言う通り、私が前に出ても、それほど長くは持たないわね。鬼族の半魔族は伊達ではないということかしら。
そんな時だった。ずっとリンナを攻撃していたエルダーネスが後方に居る私達に顔を向けた。ぞくりと冷たい汗が背中を伝う。
――これはマズイわね。
「――っ!!しまった!!避けろぉぉおおお!!!」
「あ」
「くっ」
リンナが叫ぶと同時に私は魔法陣の構築で動きが止まっていたクーリアの前に出て両手を前に出す。
――ぎりぎり間に合うわね。
「精霊よ。お願い!」
私の声に応えた光の精霊が即座に結界を張ってくれる。エルダーネスの放ったブレスは結界に当たった瞬間に大爆発し、簡易の精霊魔法で張った結界は脆くも消し飛ばされ、私達に爆発の衝撃が襲い掛かる。
「きゃああああ」
「うぐっ」
衝撃で吹き飛ばされて地面を跳ねるように転がっていく。その時、遠くからリンナの私達を呼ぶ声と何かが吹き飛ばされる音が聞こえてきた。
――リンナが私達に気を取られて攻撃をもろに受けたのね。
「けほっけほっ」
「う・・・」
クーリアが地面でぐったりとしながら咳き込み、私も全身の痛みから思わず呻いてしまう。早く体勢を整えないとと思いながらも、思った以上に先ほどの攻撃は必殺の威力が込められていたようだ。ダメージが大きすぎて体に力が入らない。
「う、こ、こんな・・・」
「クーリア、逃げなさい。はやく・・・」
「ぐっ、や、やめろ・・・その二人に、手をだすな・・・」
私の後ろに居たクーリアならばまだなんとか体を動かせるはず、私はクーリアに逃げるように言う。せめて彼女だけでも助けなければ。
しかし、無慈悲にも魔物は真っ先に私達の前にやってきて、その腕を振り上げた。私はその腕を見上げながら思う。
――天罰かしらね。
500年前のあの時、大切な仲間を見殺しにした天罰。贖罪と言い訳をして里から逃げ出した天罰。
――ようやく私も、あの子の下に行けるのね。
もはや抗う気力も湧かずに私は目を閉じて最後の瞬間を待った。
「・・・え?」
クーリアの困惑したような声が聞こえる。私は閉じた瞼を上げて確認する。すると、ここには居ない筈の白銀色の少女がそこに立っていた。信じられないことに、エルダーネスの攻撃を片手で受け止めている。
――何がどうなっているの?
困惑する私達に白銀色の少女・・・トワちゃんは独り言のように小さな声で呟く。
「・・・あーやってしましました」
彼女はいつものように抑揚のない喋り方で
「・・・助ける義理なんて無いですが」
小さな体で大きな魔物を見上げた。白銀の髪がさらりと風に舞う。
「・・・まだ死ぬには惜しい人達ですから」
彼女・・・宿で待っている筈のトワちゃんはそう言って私達の前に立った。
――偽物・・・な訳無いわよね。彼女は一体・・・?
私が困惑していると、白い月明かりに照らされた草原は真っ赤に染まり、トワちゃんの魔力が煮えたぎるように活性化しだした。そして、エルダーネスの懐に瞬間移動したように潜り込み、その小柄な体躯からは信じられないほどの力で殴って吹き飛ばした。
「なっ」
思わず声が出てしまうのも仕方ないでしょう?こんな信じられない光景を間近で見ることになるなんて。
そして、それからトワちゃんは紅い月明かりで赤く染まった草原の中でエルダーネスを圧倒し、最後には倒してしまった。
* * * * * *
「ふふ。いつ思い出しても、あの時の私はなんて馬鹿なことを考えていたのかしら」
「・・・?なんの話ですか?」
私の呟きが聞こえたのか、トワちゃんが首を傾げて私を見上げてくる。とても可愛いその姿に思わず頬が緩み、頭をそっと撫でて「なんでもないわ」と誤魔化しておく。
すると、興味を無くしたトワちゃんがまた紅茶に口をつける。中身はもうほとんど残っておらず、気付けばそろそろ休憩時間も終わりの頃だった。
――随分と長いこと考え込んでしまったわね。
エルフにとって時間なんてものは気付けば過ぎ去っていくものだ。特に人間なんてものは昨日会ったかと思えば気付けば寿命で死んでいることも珍しくない。それでも、『白の桔梗』として行動するようになってからはこの短い時間が楽しくて仕方ないように感じてしまう。少しでも長くこんな時間が続けば良いのにと何度考えたことか。
――私もここ数年で変わったわね。
でもこの変化は嫌いではない。そんなことを思いながら少し冷たくなったお茶を飲んでいると、乗合馬車の御者から声がかかる。休憩時間が終わった様ね。残ったお茶を一気に飲み干して、トワちゃんからもカップを返してもらい洗浄魔法で一気に洗うと収納に仕舞った。
「トワちゃんの次に座る場所は私とエルの真ん中ね」
セラがトワちゃんを抱きしめながら席を決める。クーリアはとても不満そうに口を尖らせて「次の街までは私が独占するつもりだったのですが、思っていた以上にセラさんが煩いので妥協しましょうか」と言って馬車に乗り込んでいく。
「やった!トワちゃんいっぱい遊ぼうね」
「・・・お手柔らかにお願いします」
相変わらず無表情なトワちゃんはセラに連れられて馬車に乗り込んでいく、私はそんな彼女を見てあの時助けられた時の彼女の独り言を思い出す。
『・・・助ける義理は無いですが』
『・・・まだ死なせるには惜しい人達ですから』
――彼女がどんな目的で私達を助けたのかはわからないけれど、きっと信用しても大丈夫だと思う。だってあんなにも、寂しそうで、空虚な瞳をしているのに、優しい子だから。
「エル?早く乗ろう」
リンナが不思議そうな顔で私をのぞき込んできた。私は適当に相槌をうって馬車に乗り込む。トワちゃんの隣に座ると、彼女の甘くて不思議な香りが僅かに私の鼻腔をくすぐった。
「トワちゃんは本当に良い匂いがするわね」
「・・・そうですか?」
トワちゃんが不思議そうに自分の腕を顔に寄せて匂いを嗅いでいるけど、こういうのは自分ではわからないものだ。私がくすくすと笑うと、セラがトワちゃんに抱き着いて髪に顔を埋める。
「ふ~~~。良い匂いだよお」
「セラ、さすがにそれはただの変態よ」
トワちゃんに会ってからどんどんとセラの行動が変態じみている気がするわね。そのうち矯正してあげないとダメかしら?
そして、全ての乗客が馬車に乗るとガタガタと揺れながら動き出す。休憩時間中に乗客同士で親交を深めたのであろう、馬車の中が最初の時よりも賑やかになり少し騒がしい。そんな馬車の中で、セラにしつこく構われながらもほぼ無抵抗の無表情でいるトワちゃんを見る。
――この迷子のような小さな子を守りましょう。彼女が安心して過ごせる場所を見付けるまで。きっと大丈夫。アリアドネの時のようにはならない。いや、私がさせないわ。
誰にも気付かれることのない心の中で密かにそう誓うと、王都に向かう馬車の外の景色を眺めた。
――どうせ、また厄介ごとに巻き込まれるのでしょうね。
私は苦笑しながらも心の中ではどこか楽しみにしているように、わくわくと高揚感に満たされていた。




