幕間 黒猫少女と転生うさぎとの出会い
「・・・では、三日後に会いましょう」
そう言った少女は白銀色の長い髪をさらりと流して背を向けて人込みに紛れました。私はその姿が見えなくなるまで目で追い続けます。
「行っちゃったね」
「はい」
隣にいるセラさんが、サイドテールを揺らしながら赤茶色の目を細めてじっと彼女の見えなくなった方向を見詰めています。その目にはどこか不安そうな、心配そうな感情が浮かんでいます。
――彼女に万が一があることは無いでしょうけど。
彼女の強さはつい昨日目にしたばかりで、目を閉じればまだ鮮明に思い出せるほどです。それでも、どこか危うい感じのする彼女は目が離せません。単純につい目で追ってしまうほどの容姿をしているといのもありますが。
彼女・・・トワちゃんを一言で表すならば天使でしょう。いえ、私の隣に正真正銘の天使が居るのですがそういう意味では無くて、透き通るような白い肌と小柄な体躯、絶妙に整った顔はあどけなさが残るもののどこか妖艶を感じ、宝石のように紅く輝く大きな瞳と人形のようにほとんど動かない表情は神秘的な印象も受けます。お尻まである長い白銀色の髪はキラキラと輝いているように艶やかで綺麗です。
――あの見た目で孤児だと言い張って冒険者になろうとしたのですから。無謀にもほどがあります。
私も雑踏に紛れて見えなくなった方向を見ながら、トワちゃんと初めて会った時のことを思い出します。
* * * * * *
私の名前はクーリア。獣人の黒猫族で、獣人にはとても珍しい魔法使いです。いろいろなことがあって、『白の桔梗』のパーティーメンバーとして一緒に行動しています。
少し前にスライムの変異種を倒した私達は、セラさんがまだこの街で調べたいことがあると言い出したので、この街、ヘルスガルドに留まって毎日冒険者ギルドに顔を出していました。今日もまた、冒険者ギルドに来ています。
「あら?ギルド内が騒がしいね。どうしたんだろ?」
今日はいつもと違ってギルド全体がざわざわとした空気を感じます。以前のスライムのと変異種の時と同じような感じです。
「まさか、また変異種でも出たのですか?」
「受付の方が注目を集めているみたいだね。ちょっと行ってみようか」
こういう時のセラさんは何を言っても聞かないので無駄ですね、エルさんとリンナさんも諦めたように肩を竦めてセラさんの後をついていきます。
――また面倒なことにならなければ良いのですが
大体、スライムの変異種の調査と討伐の依頼を受けた時も、セラさんのその場の勢いで決まってしまったことですから。今回もまた近いことになりそうな予感がします。私は溜息をついてから皆さんの後を追いました。
「うわっ!何この可愛い生き物!」
私が辿り着いた時にはセラさんが白銀色の長い髪の白いワンピースを着た少女を抱きしめたところでした。髪を顔をうずめて匂いを嗅いでいます。どこの変態ですか。
「ん~~ふはっ!なにこの良い匂い!」
私が呆れていると、セラさんが堪らないという顔で髪から顔を上げました。その瞬間、セラさんのサイドテールで隠れていた少女の横顔が見えます。
――なっ!?どうみても良いところのお嬢様じゃないですか!?
あれだけのことをされているのに何故か無反応ですが、このままではまた面倒事まっしぐらです。私が止めなければ!
「こら!何やってるのですか!そんなことをしたら迷惑でしょうが!!」
「ほら、その子を放しなさい。受付に居るということは依頼者でしょう?」
「しかし、綺麗な子だな。何処かご令嬢か?」
私だけではなく、エルさんとリンナさんの二人もまずいと思ってセラさんを止めてくれます。私はセラさんの節操のない行動にむかむかしてお説教をすることにしました。
「こんな衆人環視の中で子供とはいえ知らない子に抱き着くなんて何考えているのですか!?しかも匂いを嗅ぐとかただの変態ですよ!?ちゃんと理解しているのですか!?何で大事な時にはきちんとした判断が出来るのに普段から出来ないのですか!?この間だって―――――」
私は一生懸命にセラさんを叱っているというのに、セラさんの目がまるで「嫉妬するなんてクーちゃん可愛いなあ」と言っているようにデレデレしています。いえ、もう顔が緩んで来てますね。
――うにゃーーー!!私は大真面目なんですよ!!!
思いっきり叫んで杖で頭をぶっ叩いてやりたいですが、どうせ避けられるだけですし、街中での特定の場所以外で武器を構えるのは犯罪ですから我慢します。
私がむきになってセラさんに説教を続けていると、ギルドの奥からギルドマスターと女の子の担当をしていたであろう受付嬢さんが出てきました。
「なんだ?随分と騒がしいしゃないか」
「セ、セラさん!?お越しになっていたのですね!」
「うん。ちょうどね。そしたらすごーく可愛い子を発見したので、確保しているの!」
「しているの!っじゃ、ありません!ほら、迷惑ですから!い・き・ま・す・よ!」
――全く反省していないじゃないですかこの人は!!
今にも女の子に飛びつきそうなセラさんを腕を引っ張って止めます。必死に引っ張りますが、びくとも動きません。私達が居るせいでこの子の話が進まなくなったらどうするのですか!?全くもう。
でも、この後のギルドマスターの言葉で私は耳を疑いました。
「それで、その子が冒険者になりたいって言ってる子か」
「「「えっ!?」」」
――今、何て言いました?
冒険者になりたい?この明らかに外にもほとんど出ていないような綺麗な恰好をした女の子が?私は混乱して思わずセラさんの腕を離して呆然としてしまいます。
「ち、ちょっと、本気ですか?親御様にきちんとお話したのですか?」
「冒険者は貴族やお金持ちの道楽では出来ないわよ?」
「何か、親に秘密の依頼でもあるのか?私達がやってやるぞ?」
セラさん以外の三人で少女に思わず詰め寄ってしまいます。少女はそんな私達を無表情に見上げました。大くて紅い瞳とぶつかった時に背中がひやりとします。
――今、何か、凄く危険な予感がしたような?
「その子、自分のことを孤児だと言うんですよ?いくら何でも無茶があります」
「「「えっ!!?」」」
「ふぅん。孤児ねぇ・・・」
私が疑問に思った瞬間に今度は受付嬢さんが爆弾を落とします。いくらなんでも、見た目的に孤児は無理があるでしょう。もっとマシな言い訳は無かったのですか!?
その後、あくまで孤児だと言い張り冒険者登録をしたいという彼女と、明らかに孤児ではない上に親に無許可で来ているであろうお嬢様を穏便に家に帰そうとするギルドで攻防が起きます。
すると、何を血迷ったか、セラさんが女の子の頭をそっと撫でてからギルド側に対峙して、女の子の味方しだしました。
――な、なんでこうやって問題に突っ込むのですか!?
セラさんは五人しか居ないSランク冒険者としてだけではなく、上位天使スキル持ちだったり、最年少最速Sランク到達の偉業があったりしてとても有名です。容姿だけでも女性の私が見惚れるくらい綺麗な人で注目を集めるというのに、こういった興味のあるものにはすぐに突っ込んでいくのですから、私達はいつも巻き込まれるのです。
そして、どんどんとギルド側を追い詰めていって、最後には私達のパーティーに入れて面倒を見ると言い出しました。私は慌ててセラさんを止めます。
「ち、ちょっと、何勝手に決めているんですか!?」
エルさんとリンナさんも言葉にはしていませんが、視線はセラさんを非難しています。さすがに今回は暴走が過ぎます。
「この際、貴族だとかは置いておきましょう。でも、10歳の子供に私達のパーティーは無理です!私達はAランクパーティーですよ?ギルドの依頼で、危険な場所にだって行きます。この子を連れて行っても足手まといになりますし、置いて行っても私達になにかあったらどうするのですか?貴方は影響力が高いのですから、ちゃんと考えて発言してください!」
「クーちゃんの心配は分かるよ?でも、元々私達は、それぞれ理由があって一緒に居るでしょ?トワちゃんだって変わらないよ。それとも、クーちゃんはこの子を見捨てるの?」
「そ、そういう訳では・・・」
そういう言い方は卑怯ではないですか、それでも、私達のような特殊な境遇のパーティーが見知らぬ子供の面倒を見るのは難しいです。
「・・・あの・・・わたしは、今日はもう帰り」
「トワちゃんも、出来れば早く冒険者になりたいもんね?」
女の子が何かを言おうとしたらセラさんが言葉を遮るようにして問いかけました。そして、女の子の耳元で何かを呟くと、女の子がわたしのことを上目遣いで見上げてきて、両手を胸の前で組んでお願いポーズをします。
「・・・お願いです。わたしを冒険者にしてください」
「うぐっ」
「ぐはっ」
私とセラさんが思わず声を詰まらせます。大きな宝石のように紅い瞳がうるうると輝いて見詰めてくる愛らしさで私の頭から理性を吹っ飛ばしました。
――なんて卑怯なのでしょう!こんな可愛い生き物にお願いされたらダメって言えないじゃないですか!?
「う、ぐ。わ、私がちゃんと守ってあげますから安心してください!こう見えてもAランクですから、幼子一人守るのなんて余裕です!」
――あ、言ってしまいました。でも仕方ないですよね。それなりの事情がある子のようですし、こんな可愛いのですから、いつ人攫いに会うかわかりません。そう、これは、この子を守るために必要なのです。
頭の中でいい訳をしながら、私もギルド側と対峙して彼女を冒険者登録するように説得します。
そうして、私達が面倒を見て、問題が起きても責任を取るということで話を付けて彼女、トワちゃんが新しく仲間になりました。
* * * * * *
あれからトワちゃんことを知る度に驚かされ、つい先日には重大な秘密を知ることになりました。今となってはあの時一緒のパーティーになったのは英断だったなと思います。セラさんがあの時あまりにも強引だったのも、きっとあの時点でトワちゃんの正体に勘付いていたからでしょう。
「さて、準備と言っても、必要な物はほとんど収納魔法に入っているんだよね~。どうしようか?」
セラさんが視線を私達に向けていつものように問いかけます。気まぐれで振り回して私が説教しても笑って流してしまうよう人ですが、私達の誰よりも『白の桔梗』を大切に思っていて、いつでも私達を気にかけてくれます。昨日も、普段は封印している天使化してまで私達の下まで来てくれましたからね。もっとも、実際に助けてくれたのはトワちゃんですが。
「なにクーちゃん?私のことそんなに見詰めて。恋した?」
「今の台詞で百年の恋も冷めますね」
「えぇ。でも、その言い方だと今まで恋してたみたいだよ?」
「何アホなことを言っているのですか。準備するものだって全く無い訳じゃありませんし、さっさと街をまわりますよ」
不満そうだけど、楽しそうな顔でセラさんは頷きます。私もセラさんとのこういうやりとりはとても楽しいですが、絶対に口には出しません。鬱陶しいくらいネタにしていじってきますからね。
「せっかくだし、トワちゃんの服とか見繕いましょう?あの子、あの白いワンピースしか着ていないじゃない」
エルさんの言葉はっとなります。たしかにトワちゃんはあのワンピース姿しか見たことがありません。セラさんも衝撃を受けたような顔になっています。
「買うのは良いんだが、ほどほどにしろよ?あの子どう見てもお洒落を楽しむような子じゃないぞ」
「私達が楽しむから良いの!」
「そうね。せっかくあれだけ可愛い容姿をしているのだから、いろいろと着せてあげたいわね」
リンナさんが呆れたように肩を竦めます。ですが、私もセラさんやエルさんと同意見です。三日後にトワちゃんが帰ってきて王都に向かうまでの間に、たくさん着せ替えしましょう!
「ではさっそく洋服店に行って服を買い漁りましょう!見た目がお嬢様みたいなのですから、安物で妥協する必要はありません。高くても気にせずに買い込むのです!!」
「「お~~!!」」
私が方針を決めると、セラさんとエルさんが声を上げます。リンナさんはやれやれと首を振っていますが、顔はにやけていてどんな服を着せようか考えています。
三日後にトワちゃんが合流するまでの間にヘルスガルドの町中の洋服店を巡りまわって服を買い漁りつつ、必要な食糧や雑貨も買い足しました。
そして、三日後の二の鐘が鳴った頃、王都行きの馬車の前で待っていると、トワちゃんが人込みの中からやってきます。あの見た目ですから、遠くにいてもすぐに分かります。相変わらずの白いワンピースを身にまとって、人形のように全く表情を変えずに私達の前まで来ました。
「・・・少し遅れましたか?」
少し拙くて愛らしい声を聞いた途端に心が癒されていきます。
「いえ、ちょうど良い時間ですよ。では、馬車に乗りましょうか」
乗合馬車なので私達の他にも十人ほどの人が乗っています。私はさっさとトワちゃんを座らせて隣に座ってくっつきます。ちらりと私を見ますが特に嫌がる素振りは見せないため、このままでいることにします。
「トワちゃん。一応クッションを買っておきましたからどうぞ」
「・・・ありがとうございます」
お礼を言うと、一度立ってクッションを下に敷いて座ります。ふわりと白銀の髪が舞ってとても良い匂いがしました。
「ねぇ。ねぇ。クーちゃん。なんでトワちゃん端っこなの?こっちに座らせようよ。クーちゃんだけずるいよ」
「最年少のトワちゃんを最初に座らせるのは当然でしょう?ほら、早くセラさんも座ってください。他のみなさんに迷惑ですよ?」
む~っと口を尖らせながらセラさんが私の隣に座りました。
――ふふふ。これで次の街までは私がトワちゃんを独占出来ます。
隣が少しうるさいですが、馬車の旅の間ずっとトワちゃんの世話ができて幸せでした。結局途中の休憩場所でセラさんが騒ぎ始めたので、休憩が終わってからは私達の間に座らせることになり、隣に座るのも交代制になりましたけど、それでもとても満足出来ました。やっぱり可愛い子を愛でるのは良いものですね。それがセラさん並みの傾国の美少女であればなおさらです。
こうして、私達はヘルスガルドで新たな仲間を得て王都に向かいます。この一匹のうさぎとの出会いが、私にとって大きな分岐点だったのだと、この時の私には知るよしもありませんでした。




