94話 転生うさぎの黒い月が全てを飲み込み舞台の幕が閉じる
こつこつと音を立てながら通路を進み、やたらと広い部屋に辿り着きました。
最奥にはダンジョンコアが安置されている台座があり、チカチカと光を放っています。
その前に趣味の悪い豪華な玉座のような椅子が置いてあり、そこに黒いローブを纏った人っぽい形の存在が偉そうに座っていました。
わたしが部屋に踏み込むと、もともとは人工魔人らしきものだったシャドウが挟み撃ちで襲い掛かってきたので、紅月の槍を即座に召喚して手に持ち、くるりと回転して薙ぎ払い、胴体を横に半分に切り落として吹き飛ばします。そのまま、何事も無かったかのようにわたしは歩を進め、悪魔王と少し距離を離したところで立ち止まりました。
「・・・面倒なので、貴方の手駒をさっさと出して頂きたいのですが。まぁ、諦めてさっさとわたしに殺されてくれるのならばそれに越したことはないですけど」
わたしが首を傾げながらそう言うと、悪魔王・・・えっと名前なんでしたっけ?ヤカンっぽい名前でしたよね?ヤカンで良いですか・・・悪魔王ヤカンがクックッと笑いだしました。
「随分と余裕なようだが、もはや全て遅い。貴様らに勝ちうる力を我は手に入れたのだからな!」
「・・・あーはいはい」
面倒ですね。なんでこうラスボスは喋りたがりなのでしょう?「もはや語ることなどない」とかかっこよく早々に口上を終わらせてもらえないでしょうか?時間が勿体ないです。
わたしが半分以上意識を飛ばしている状態で悪魔王・・・えっと、ミカン?が高笑いを混ぜながら懇切丁寧に説明してくれたことによると、どうやら完全に復活は出来なかったようですが、持ち前の錬金の力で最強の体を手に入れたとかなんとか、そんな感じの内容でした。
端的に纏めると、幽体による物理攻撃の完全無効化と、彼の能力でもあるシャドウの力を使って魔法攻撃を全て吸収するそうです。その他にもごちゃごちゃ言っていましたが、特に印象に残るようなものはありませんでした。
「分かったか?もはや貴様らに勝ち目などない。素直にその魔力を我に寄越せ!」
「・・・え?嫌です。というか、貴方が懇切丁寧に説明している間、暇だったので周りに配置されていたシャドウ達を倒してしまったのですが・・・。あの大きなシャドウは貴方の渾身の作品ですか?」
「なんだと!?馬鹿な、いつの間に!?」
〈月食光〉をこっそり当てていただけですけどね。範囲を絞ると威力が若干上がるので、命令も無く立ち止まっているシャドウの魔力を全て吸収させて頂きました。〈月食光〉という名前のくせに別に光を放っているわけではありませんからね。ただ見ているだけでは気付きにくいでしょう。それでも、〈魔力眼〉や〈魔力感知〉で気付けるはずなので、この悪魔王はとても馬鹿です。
「まあいい。貴様は我の最高傑作をもって・・・」
がすんと大きな音を立てて、わたしの投擲した槍が悪魔王の胸を貫きました。衝撃で悪魔王の座っていた趣味の悪い玉座が吹き飛びます。
「全く、話が終わるのも待てないとは。野蛮な魔物め」
「・・・貴方と話をしに来たのでは無いのですよ」
わたしは〈月神覇気〉を全力で発動して威圧をかけました。悪魔の王と分類されるだけあって、悪魔王はほとんど動じた様子はありません。それでも、わたしは煮え立つ魔力を抑えることなく周囲に発します。
「・・・もううんざりなのですよ。貴方に振り回されるのは」
「何を言っている?」
この世界に来てスライムさんに会えたことは幸運と言えました。ですが、そのスライムさんを実験で作ってあちこちに放ったのはこの悪魔王の指示によるものです。
スライムさんと森に逃げて、わたしが襲われた血熊。あれも血のような赤い目をしていたことから、例の魔石を埋め込まれてあの場で暴れていたのでしょう。わたしはあの熊に殺されかけました。
あの魔石関係では、エルさん達が不意を突かれて危険な目にあったスモアネスという魔物や、わたしが王国を出て公国に出向く理由にもなり、公国との国境門ではあの魔石が埋め込まれたドラゴンが原因のスタンピードにも巻き込まれました。
そして公国では魔石によって理性を失いかけた天狗と戦い、公国に派遣されたゼストと魔物を憎んでいたらしいグレンさんの策略で過去一番の危機に陥りました。
間一髪生き残り、弥生達と会って神獣となってからも、あの魔石関係の事件に何度も巻き込まれ、帝国ではクーリアさんが人工魔人にされて、リンナさんが死ぬ原因にもなりました。
そのあとは、悪魔王の復活阻止のために各地にばらまいて魔力を回復するのに利用していたシャドウを倒して回り、それが阻止された途端にわたしの領域を襲ってきました。
わたしのこの一年余りの平穏を乱していた元凶は言うまでもなくこの悪魔です。
世界を混乱に陥れたとか、たくさんの人の命を弄んだとかどうでもいいのです。
わたしはただ、わたしの平穏をことごとく奪っていったことに怒りを覚えていました。わたしはこの悪魔を明確に敵と断定しました。だから・・・
「・・・貴方には転生する魂すら残しません。わたしの手で、一片も残らず、完全に消滅させます」
言い終えてすぐに、わたしは月食槍を構えて〈神速〉で一気に距離を詰めて悪魔王に槍を突き出しました。
貫いた感触はありませんでした。ただそこにはボロボロになった黒いローブがあるだけです。それを視認した瞬間、真上から魔力弾が雨のように降ってきました。月食鏡を真上に設置して魔力弾を防ぎつつ、わたしも蒼月の槍と紅月の槍を射出して反撃します。
紅月の槍は避けられましたが、蒼月の槍は自分から当たりにいって魔力を吸収しました。さっきわたしが聞き流していた通り、魔法は効かないようですね。威力云々も関係無く吸収してしまうようです。
「はっはっはっ!なんという魔力量の込められた魔力だ。これは実にうまいぞ」
悪魔王が実に楽しそうに、余裕たっぷりに笑いながら再び魔力弾を撃ちます。正直、オロチさんの魔力弾の方が威力が高いのですよね。だから、全然脅威を感じません。
「貴様も魔物ならば、こういうのは効くのではないか?」
悪魔王が放つ魔力弾に浄化能力が付与されたものが混ざりました。といっても、せいぜいが下位天使レベルの弱いものです。熾天使の浄化を受けたことがあるわたしには鼻で笑える程度のものでした。
あっさりと月食槍で魔力弾を弾くと、背後から気配を感知して振り向き様に槍を横薙ぎに振るいました。
しかし、がしっと強い力で受け止められてしまいます。わたしの身体能力による攻撃を受け止めるのはなかなか凄いことです。視線を上げると、何やら色んな魔物やら人工物やらをくっつけたような異形の化け物がわたしの槍を掴んでいました。四本ある腕の内の空いている三本がわたしに殴りかかってきたので、槍から手を離してバックステップで躱します。
体長は3メートルほどで、大きい鳥の翼に筋肉隆々な四本の腕、ヘビの頭がある尻尾にとても大きい足。人型の魔物がベースなのか、人工魔人の誰かベースにしているのか、一応は人の形をしています。例の人工魔石がいくつも埋め込まれていますね。でも、そんな中でもわたしが一番気に入らない所があります。
「・・・なんで頭が熊なのですか?」
顔の形だけでは種類は判別出来ませんが、熊種の魔物であるのは間違いありません。最終戦にまで出てくるのですね。ホント、熊に縁があるようです。
「・・・熊ももううんざりです」
別に熊が嫌いなわけではありませんけど。デフォルメされた熊とかは可愛いと思いますし。でも、リアルな顔の熊はやっぱり可愛くないですし、この世界で何度も襲われていますからね。うんざりもしますよ。
ぐぅおおお!!と雄叫びを上げた熊キメラ(名前は今わたしが決めました)は、わたしの槍を横に投げ捨ててそれぞれの手に収納魔法か何かから取り出して、四本の魔剣を手にしました。あれもいくつかの魔剣や希少な素材を錬成して作られたもののようですね。それぞれに面倒な効果が付与されています。わたしでも当たるとちょっと痛いかもしれません。
「これが我の最高傑作だ!存分に楽しんでいけ!!」
背後で悪魔王が自慢気に叫びながら魔法を放って来ます。今度はレーザーのような放射タイプですね。
フェニさんの話では悪魔戦はほぼ魔法による戦闘が多いそうです。肉弾戦が得意な悪魔ももちろん居ますけどね。
この世界で実体化するには〈魔力体〉として体を持つか、肉体を持つかのどちらになり、悪魔や天使の場合はほぼ前者になるそうです。なので、基本的には対魔人戦と変わりません。
ただ、〈魔素体〉というスキルのせいで完全に消滅させることは基本的に出来ないということです。一度倒してもいつかはその魂が復活してしまうのですよね。こいつらの場合はスキルとしてになりますが。はた迷惑な奴らです。
悪魔も魔法は使えますが、この世界の住人のようにイメージで特定の現象を引き起こすようなものではなく、純粋な魔力エネルギーを破壊エネルギーに変えて攻撃する魔力弾系の攻撃ばかりやってくるそうです。恐らくはもともと存在していた世界では実体のある世界では無かったために、イメージがしにくいのではないかとフェニさんが分析していましたね。
なんて考えているうちに目の前の熊キメラも四本の腕を振り回して攻撃してきました。こちらは武器を振り回す速度は早いですが、技術が無い為、ただ振り回すだけの攻撃です。これが最高傑作ですか。あまりに雑な造りすぎてもはや笑えません。
溜息交じりに新たに月食槍を出して熊キメラの攻撃を受け流し、背後からの攻撃は一度引っ込めていた月食鏡を置いて防ぎました。魔力、ありがとうごさいます。
わたしが熊キメラの攻撃を受け流している最中、今度はわたしを囲むようにして魔力弾が展開され、襲い掛かって来ました。熊キメラへ攻撃の余波がいくのもお構いなしなのは、熊キメラにも魔力吸収の能力が付与されているからでしょう。厳密には呪いによるシャドウ化をしているだけですが。
わたしはくるりと踊るように魔力弾を避け、ついでに熊キメラを盾にします。自分の魔力なのですから自分で処理して頂きましょう。
その間に鑑定を終了させたわたしは、呪いの核となる部分・・・人工魔石を、手に持った紅月の槍による超高速連続突きで一気に全て破壊しました。頭や胸、胴体のあちこちに手や腕、足に至るまでちりばめられていた魔石を全て的確に貫きます。
全ての魔石の破壊を終えたわたしは、一度バックステップで距離をとって熊キメラの様子を確認します。悪魔王の最高傑作(笑)である熊キメラは徐々にその形を崩して最後は跡形も残らずに消滅しました。
「な、な、な!我の最高傑作が!?」
「・・・期待外れもいいところです。悪魔の王だなんて言っていたからもう少し強いと思っていましたが、貴方弱すぎです」
「き、キサマぁぁあああ!!!」
この程度の煽りですぐ激昂する辺りが小者なのですよ。わたしは深く息を吐きます。こんな奴にわたしはこの世界で散々な目に遭って来たのですか。なんだか自分が情けなくなってきました。
「我の最高傑作を倒したところで、幽体化して物理攻撃を透過させ、魔法を吸収する我を倒すなど不可能だ!」
「・・・そういうところが本当に小者ですね」
もう少し、ラスボスらしくしてください。なんだか気が削がれてしまいます。
ボロボロのローブ(いくつローブを持っているのでしょう?)のフードから、赤い目の光だけが浮かぶ悪魔王の体を鑑定しましたが、確かにちょっと面倒な体をしているようです。が、倒せないわけではありません。ですが、今のままでは完全消滅は難しいかもしれないので、少し時間を掛けますか。
「さあ神獣よ。我の素材となるがいい!」
芸の無い魔力弾と魔力波を避けたり防いだりしながら、わたしはじっと時が来るまで待ちます。制限時間は夜が明けるまで。まだまだ時間はあります。焦らずいきましょう。
ひたすらに魔法攻撃が降り注ぐ中、わたしは〈因果予測〉を意識的に使いながら危なげなく捌いていきます。時折、不意打ち気味に撃ってくる魔力弾がありますがこの予測能力の前では無意味です。全て視えていますからね。
楽しそうに笑いながらわたしに魔法を撃っていた悪魔王が段々とイライラした声に変わっていきました。全く攻撃が当たらないのですから仕方ないでしょう。
「うろちょろうろちょろと!どうせ我に攻撃することなど出来ないのだから、諦めてさっさとやられてしまえ!」
悪魔王が部屋が埋まるくらいの量の魔力弾を展開させて、わたしに向けて一斉に向けて発射します。
わたしは正面の攻撃を月食鏡に任せて、それ以外は空間湾曲防御と念のために普通の魔法防御の結界を張って向かいうちました。
一分ほどの魔力弾の雨が終わり土煙で視界が埋まる中、わたしは〈全知の瞳〉で悪魔王の状態を確認します。
「・・・ようやくですか。随分と魔法を無駄に使っていたのでもう少し早く終わると思いましたが」
土煙を魔法で吹き飛ばし視界をクリアにします。すると、地面にボロボロのローブが落ちていて、腕の部分が胸の辺りを押さえていました。
「キサマ、一体何をした!?」
「・・・貴方の魔力をじわじわと減らしていただけですよ」
そう。わたしがやっていたのは、〈月食光〉の対象を、魔法を使うのに夢中で動いていない悪魔王に固定した状態でずっと使っていたのです。目的はもちろん、悪魔王の魔力を奪うことです。
「・・・幽体は実体を持ちませんが、存在を維持するために魔力を常に使わなければなりません。今の貴方にはもう幽体を維持するだけでも大変でしょう?さっさと魔力体で体を作った方が良いですよ?」
「ぐ・・・!?」
わたしがてくてくと歩いて近付きながらそう提案すると、悪魔王はなけなしの魔力で魔力弾を撃って来ましたが、わたしは虫を払うようにそれを槍で弾きました。壁に当たった魔力弾が爆発して部屋が揺れます。
そして、ボロボロのローブの前に立つと、悪魔王が実体のない顔に浮かぶ赤い目を憎悪に染めてわたしを見上げました。
「・・・実体化しないのですか?」
「ふん。キサマの言われた通りに誰がするか」
――あ、そうですか。それならそれで構わないのですが。これだけ弱っていれば他にやりようがありますし。
別に慈悲を与えるつもりは毛頭無いので、さっさと終わらせることにしましょう。フェニさん達にも内緒にしている本当の奥の手で。
わたしは〈魂干渉〉と〈精神干渉〉を月食光の能力と合わせて行いました。そして、悪魔王の状態を逐一〈全知の瞳〉で確認します。
「うがあああああ!なんだ!?痛い!苦しい!あああああ!!?」
「・・・痛いのですか?苦しいのですか?では、成功ですね。そのままじっくりと、心が壊れるまで苦しむと良いでしょう」
「ああああああ!!!!」
悪魔王がさっさと実体化してくれれば、こんな拷問めいた方法ではなくて、もっと楽に心を破壊してあげたのですが。仕方ありませんよね?本人が拒絶しましたし。
〈魔素体〉による唯一の蘇生を不可能にする方法。それは相手の心を壊すことです。徹底的に、再生不可能なほどに。
そのためにわたしは、相手の魔力を枯渇させていつでも殺せる状態にまで弱らせてから、魔力を通して魂に干渉して、その魂に直接痛みと苦しみを与え、更に月食光と〈精神干渉〉の組み合わせによって全身の魔力にじわじわと絶望感を植え付けていきます。魔力は感情にとても敏感です。自身の体を形作る魔力の全てが絶望に染まったらどうなるのでしょうね?
「あああああああ!!!!」
「・・・うるさいですね。遮音しますか」
あとは、相手が壊れるのを待つだけなので、わたしは遮音結界を張って風のクッションに座りながら〈全知の瞳〉で悪魔王を視続けます。〈全知の瞳〉でなければ心が完全に壊れたかどうかわかりませんからね。
なんだか叫んでいるような気がしますが、なにせ実体化していないのでいまいち分かりにくいです。こんな奴をずっと観察していないとなんて、わたしの方が拷問なのでは?
保有魔力の半分ほどが絶望に染まりましたね。正常な魔力は月食光で奪っていますし、もう少しでしょうか?
わたしは退屈で欠伸をしました。月の領域ももう落ち着いているようですね。さすが永久、敵には容赦無いです。
それから更に少しの時間が経ち、心が完全に壊れて魔力がほぼ無くなりかけている悪魔王の体が不安定に揺れてる状態になりました。
わたしは最後の仕上げとして、心の壊れた魂を〈魂干渉〉から〈魔力返還〉を使って魔力として取り込みます。心が無くなった魂はただのエネルギーでしかない・・・そうです。〈全知の瞳〉がそう言っています。
わたしの魔力にきちんと変質していることを確認して、最後にまだ僅かに残っている悪魔王の幽体の魔力を月食光で吸い取りました。黒いローブだけがその場に音も無く落ちます。
「・・・ふぅ。終わりましたか」
落ちたローブを念のために回収して、わたしはダンジョンコアを一撫でしてから魔力を注いであげます。だいぶ無茶をされて魔力が枯渇していましたからね。このままにしたらダンジョンが崩壊してしまうかもしれません。別に崩壊しても良いのですが、せっかくのこれだけ完成度の高いダンジョンなのです。いずれは弥生達と普通に攻略に来たいですからね。生き残っていただきましょう。悪魔王の錬金対象にはならなかったようですし。
ダンジョンコアが嬉しそうに魔力の光を点滅させました。意外と愛いやつですね。
「・・・さて、ではクーリアさんや弥生達を連れて帰りましょうか。わたし達の家に」
ダンジョンコアの魔力補給を終えた私は速やかにその場から立ち去ることにします。
こうして、錬金の悪魔王ザガンは完全に消滅して、わたしの舞台は誰に気付かれることもなく、暗闇に包まれたまま幕を閉じました。




