92話 転生うさぎと〈闇月の神化〉
約束の一週間後。わたしはリルさんの領域から外に出て帝国の領土に踏み込んでいます。わたしの側には眷族である弥生、卯月、如月、クーリアさんがついてきています。あ、もちろんスライムちゃんも頭に乗っていますよ。
この一週間はこれといって何かはしていませんが、今回乗り込む前にセラさんに会いに行って、ウロボロスさんから教えてもらった悪魔が潜んでいる場所について話をしました。
セラさんによると、悪魔が潜んでいる辺りはちょうどかなり深い階層のダンジョンがあるそうです。ラスボスはダンジョンの最奥ですかね?王道がよくわかっている悪魔ですね。
わたしは夜空に浮かぶ月に手を伸ばして、月魔法を発動させました。
「・・・さて、それでは始めましょうか。『新月の閉幕』」
すると、夜空の月が闇に覆われ、幾千幾万に輝いていた星々も闇に消えて世界が暗闇に落ちます。ただ、わたしだけは何故かキラキラと輝き、月の光のように周囲を照していました。この辺りはまだ雪原地帯なので、白い雪に反射して無駄にピカピカしています。
さて、唐突ですが、わたしの使っている〈月魔法〉がどんな魔法があるのか説明しましょう。何回も使っているので既に説明しているものもありますけどね。
まずは最も特徴的な魔法たちですね。わかりやすくスキル説明の時のように説明します。
紅月の狂演・・・月をブラッドムーンに変える。月が出ている時のみ使用可能。
蒼月の円舞・・・月をブルームーンに変える。月が出ている時のみ使用可能。
新月の閉幕・・・月を夜空に隠す。月が出ている時のみ使用可能。
これらの魔法はわたしや眷族達の固有スキルを発動させるために使います。少しだけ副作用がありまして、紅月は興奮作用が、蒼月は鎮静作用が月の光に付与されます。微々たるものですけどね。新月は特にありません。強いて言うならば月の光が完全に無くなって真っ暗になることでしょうか。ちなみに、紅月中に蒼月を使うと蒼月に切り替わります。どれか一つしか効果を発揮させることができないということですね。
月槍・・・月の魔力で作られた魔法の槍。攻撃魔法。蒼月時は槍が青くなり、威力が上昇する。
月鏡・・・月の魔力で作られた鏡。魔法攻撃を反射する。防御魔法。蒼月時は反射時に魔力を込めることで反撃の威力が増加する。
月光・・・月の魔力で作られた月光。傷の治療と魔力を回復させることができる。自身には使用不可。回復魔法。
これらがデフォルト魔法になります。この他に月の魔力を用いてオリジナルの魔法も使おうと思えば使えます。すごく魔力を使うので基本的には使いませんが。つまり月という特殊な属性の魔法を月魔法と呼ぶわけですね。そもそも、月属性というのが意味不明ですが。
蒼月時はデフォルトの月魔法の威力が上昇します。月光も恐らく性能が上がっていると思うのですが、使わないからわかりません。普通の治療魔法で大体はなんとかなりますからね。自分には使えませんし。
しかし、新月時に発動するわたしの固有スキルの能力、〈闇月の神化〉によりこれらの魔法の能力が大きく変わります。
紅月の槍・・・紅月の力が込められた槍。魔力が完全物質化されるため、物理攻撃魔法。
蒼月の槍・・・蒼月の力が込められた槍。槍とか言っていますが、ほぼビーム的なものを発射する攻撃魔法。
月食槍・・・当てた相手の魔力を奪う槍。
月食鏡・・・物理、魔法を吸収して自身の魔力に変換させて取り込む鏡を召喚する。一つしか召喚出来ない。
月食光・・・月の光を発生させて、光に入っている指定した相手から少しずつ魔力を奪う。
月の性質を変化させる紅月と蒼月の魔法がそれぞれ攻撃魔法になり、デフォルト魔法が全て変質して魔力を奪う魔法になります。紅月と蒼月の槍による圧倒的な攻撃力と、各種月食を用いた攻防回復一体の魔法を用いた最終決戦仕様。それが〈闇月の進化〉なのです。ただし、条件がありまして、現実世界の時間で月が出ている時にしか〈新月の閉幕〉が使えません。外が朝の時間帯で領域にある月を新月にしても効果が得られませんでした。おまけに、領域内でやろうが外が夜だった場合は強制的に新月にさせてしまうので、外の世界も真っ暗になります。試しに一度だけやったら即フェニさんから苦情が来たので、事情の知らない人間界は阿鼻叫喚の嵐だったでしょうね。ほんの短い時間だけだったのでそこまで騒ぎになってないと思いますけど。
そんなわけで、実は〈闇月の神化〉の実戦投入は初めてになります。でもまぁ、なんとかなるでしょう。
あ、もちろん予めセラさん達に新月の効果で真っ暗になることを伝えてあります。ここが地球の現代日本だったら月や星の光が無くても関係無いくらい明るいのでしょうけど、この世界は魔術具の照明があるとはいえ夜の明かりは少ないですからね。ある程度の影響は出るでしょう。たぶん。知りませんが。
「なんだか、トワちゃんだけピカピカ光っていると目立ちますね。遠くから魔物が寄ってきています」
「・・・ですね。この光は消せないようなのですよね。・・・虫にたかられる電球になった気分です」
「とってもお美しいと思います。主様」
「ぴかぴかーなのです!」「綺麗です!」
わたしの言葉の後半は恍惚としている弥生と、はしゃいでいる卯月と如月の台詞で消されました。まぁ、この中にネタが分かる人は居ませんからね。構いませんが。
「・・・とりあえず、寄ってくる羽虫は消しておきましょう」
月魔法『蒼月の槍』
青い光を放つ大きな槍を出したわたしは、それを正面から向かってくる魔物の群れに打ち出しました。まるでレーザーのように青い軌跡を残しながら飛んで行った蒼月の槍は、着弾と同時に蒼い半円状の魔力のドームが出来上がり、爆発音と共にドーム外に居た魔物達を吹き飛ばしました。ちなみに、ドーム内に居た魔物は跡形もありません。地面も深く抉られていますね。暗いのでよく見えなかったことにしましょう。
「・・・」
「・・・あの、トワちゃん?」
「・・・はい」
目の前の光景を見て思わずわたし達の間で暫し沈黙が起きたあと、クーリアさんが呆然とした顔をしながらわたしに質問してきました。
「私達必要無いのではありませんか?」
「・・・・・・・・・では、行きましょうか。この機会に〈闇月の神化〉の効果をしっかりと確認しておきますか。幸い、被験者は腐るほど居ますし」
寄ってくる魔物の群れを蒼月の槍で吹き飛ばす作業を何度か行いながら、とりあえず、帝都を目指して走っていますが、魔物が一向に減っている感じがしません。もう千単位で吹き飛ばしているのですけどね。
「予想はされていましたが、魔物の数が異常ですね」
「・・・元の地形がわからないくらいボロボロにしても良いのならば徹底的にやってもいいのですが」
「出来ればそれは最終手段でお願いします・・・」
人は住んでいないですが、そのうちまた人が住む国が出来るのでしょうからね。でも、最初からボロボロだったらその環境で適応していくと思いますけど。
「主様、あちらの街は何やら様子がおかしいようですが?」
弥生が暗い中遠くにぼんやりと見えた街を指差します。わたしがそちらに目を向けて確認してみると、領域に似た何かの結界のようなものを街の周囲に感じました。
「・・・ダンジョンですか。ゼロさんの報告通りですね」
「魔物を生産する工房になっているという話でしたね。出来れば潰しておきたいですね」
「そういうことならば、私達であちらを攻略致しましょうか?」
弥生達がダンジョン攻略に立候補しました。弥生、卯月、如月の三人ならば滅多なことにはならないとは思いますが、ちょっと心配です。
「・・・信用していないわけではありませんが、かなりの数の魔物と戦うことになると思いますよ。大丈夫ですか?」
「この一週間で訓練も積みました。お任せください」
「あるじ様の月魔法には制限時間がありますから、寄り道は避けた方が良いと思います。ここは如月達に任せてください!」
「あるじさまのために頑張るのです~!」
それでもちょっと心配だったわたしは保険を付けることにしました。頭の上に乗っているスライムちゃんを掴みます。
「・・・スライムちゃん、すいませんが、貴方もついていてあげてくれませんか?」
スライムちゃんは少しの間、迷うようにじ~っとしていましたが、やがて、ぷるんっと震えてからぴょんと跳ねて弥生の腕に収まりました。
「・・・貴方達とスライムちゃんならば、よっぽどのことが起きない限りは大丈夫でしょう。決して無理をしてはダメですよ?」
「畏まりました」
「任せてなのです!」
「あるじ様の憂いは如月達が晴らします!」
最後にぷるんっとスライムちゃんが震えたのを見て、わたしは弥生達をその場に置いて帝都方面へと駆けていきました。
「弥生達が心配ですか?」
クーリアさんがわたしを追いかけるように走りながらそう聞いてきます。あの体力の無かったクーリアさんが普通に走っているのを見ると感慨深いですね。
「・・・とても心配ですよ。なので、さっさと終わらせて迎えに行きます」
「ですね。しかし、てっきり私を弥生達につけると思ったのですが、まさかスライムちゃんを渡すとは思いませんでした」
「・・・クーリアさんには帝都攻略をしてもらう予定ですからね」
「月の領域を襲った魔物の群れを呼び出したゲートが繋がっていた先ですね?」
「・・・ええ。ラスクの分析が正しければ帝都にあるはずです。まだ機能するかはわかりませんが、破壊するに越したことはないでしょう」
わたしの領域が強襲された日に、他の神獣達へ連絡を取るためにラスクが地脈に魔力を通していろいろやっていたそうなのですが、その時に何故かあの辺りから遠く離れた帝国の地脈にたどり着いた魔力があったそうなのです。地図でその場所を確認したところ、ちょうど帝都があった辺りだったことが判明し、あのゲートは帝都と繋がっていたのではないかという話になりました。
「帝都に関しては私が一人で行動しますので、トワちゃんは悪魔の方をお願いしますね。結構深いダンジョンですから、いくらトワちゃんでもそこそこ時間がかかると思います」
「・・・そうですね。夜が明ける前に全てを終わらせたいです」
わたしの他の神獣達はウロボロスさんの「今回の悪魔の対処はわたしに任せる」という一言で今回の決戦に参加しません。セラさん達人間界側は、神獣であるわたしや、魔人であるクーリアさんや弥生達と鉢合わせになると事情の知らない人から攻撃を受ける可能性があるので、帝国領土まで踏み込んでこないことになっています。
わたしの役目は兎にも角にも悪魔を討伐することです。それさえ達成してしまえばさっさと引き上がります。第二目標のゲートの破壊と、第三目標のゼストを討伐するのに関しては、達成出来なくても後でセラさん達が頑張るでしょう。
「・・・さっさと終わらせて、今度こそ、平穏で安寧な居場所でお月見してやるのです」
わたしはそう呟いて、走る速度を上げました。
「は、早すぎですよ~。置いて行かれるかと思いました」
「・・・すいません。一瞬だけクーリアさんの存在を忘れていました」
「ひ、ひどい・・・」
走る速度をあげてからすぐに、後方からクーリアさんの情けない声が聞こえて速度を弱めました。それから二人で並走すること一時間ほどでなんとか帝都まで辿り着きます。
「転移しなくて正解でしたね。やはり周囲の空間が歪まされています」
「・・・クーリアさんの読みが当たりましたね」
わたしが転移で帝都まで移動しなかった理由は、クーリアさんが帝都に転移対策の空間魔法の結界がある可能性を示唆したからです。その予想が当たったということは、帝都には恐らくあいつがいるでしょう。
「・・・ゼストは帝都の中ですかね」
「恐らくは。あいつの相手は私がしますので、トワちゃんは先を急いでください」
「・・・風魔法で走る速度を上げてもやはり時間が掛かりますからね。ここはお願いします。・・・良いですか?無茶は厳禁です」
「分かっていますよ。これでも元冒険者ですよ?」
「・・・クーリアさんは一番無茶しそうで怖いのですよ。クーリアさんに何かあったら、またわたし暴走しますからね?」
「うわぁ~嫌な脅しですね」
本当は近くに誰かを置いておきたいのですが、今は弥生達も離れているので仕方なくクーリアさんを一人置いてわたしは先を急ぐことにしました。ここから全力で走っても目的のダンジョンまでは一時間以上かかるかもしれません。新幹線も顔が真っ青の速度なのですけどね。無駄に広いのですよ。帝国の領土は。
わたしはクーリアさんに帝都攻略を任せて、後ろ髪を引かれる思いで猛然と闇の中を駆けました。今回は完全に本気なのでうさぎモードです。やっぱり人の姿よりも若干早く走れます。体の構造上の問題でしょうか?
しかし、せっかくの月の光が無い暗闇なのに、わたしだけピカピカしているせいですぐ魔物に感知されます。これだけ目立っていると〈潜伏〉も効果薄いですし、光学迷彩はそもそも光を屈折して姿を消しているので今の状況では意味がありません。仕方なく魔物もついでに殲滅しておきます。もう万単位で倒しているような気がします。数えていませんけど。
そして、予想通り一時間弱ほどの時間を掛けて、わたしは悪魔が潜んでいるダンジョン前に辿り着きました。
さぁ、久し振りのダンジョン攻略といきましょう。




