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9話 転生うさぎと別れそして決意

 がばっと飛び起きます。折角生き残ったのに、こんな場所で寝ていたら他の魔物に食べられてしまいます。



 飛び起きた衝撃で、応急処置をした傷から血が噴き出しました。とっても痛いです。慌てて魔力を治療に回しますが、完全に治癒するには魔力が全然足りませんし時間もかかりそうです。



――とりあえず、安全な住みかまで帰ってゆっくり治療しましょうか。



 そのためには、何をするにも魔力が必要です。お月様のおかげで少しずつ魔力も回復していますが、動けるように治療するのに精一杯です。



――かくなる上は・・・



 わたしは目の前にある大きな熊の死体を見ます。肉を食べるのは良い記憶はありませんが、背に腹は代えられないですね。



――とはいえ、こんな血生臭い生肉を食べるのはやっぱり・・・



 躊躇するように、しばらくその死体を見詰めていると、ふと気が付きます。



――そういえば、この熊も魔物ならば魔石があるのでは?



 ほとんどの魔力を消費させて倒したので、体の魔力はかなり少なくなっていましたが、熊の死体の胸の辺りに魔力の塊を感じます。恐らく、これでしょう。



 回復したなけなしの魔力を使って水刃を作り出し、死体の解体をします。思った通り10センチほどの大きさの赤黒い石のようなものが出てきました。魔力もたくさん詰まっていますし、魔石で間違いありません。



――魔石を食べたら魔力が回復しましたよね。食べちゃいますか。



 そのままでは大きすぎるので、魔石を一口の大きさに切り分けて、一欠片を口に放り込んで飴のように口の中で転がします。炭酸の無いコーラのようななんともいえない味がします。



――確かに魔力は回復しますけど、これだと時間がかかりますね。出来るだけ早く魔力を回復したいですし、工夫をして早く取り込めるようにしましょう。



 というわけで、水の渦を作って魔石を投げ込みミキサーのように粉々にします。粉々にした魔石を水と一緒にこくこくと飲みこみます。



――ん~。だいぶ回復しましたかね。これならば、収納で熊の死体を持ち帰る余裕もありそうです。



 思ったよりも余裕が出たので、収納分の魔力を使って熊の死体を収納します。そして、残りの魔力は緊急時用にとっておきます。今ここで治療に回しても、魔力が無くなる上に自衛も出来なくなりますからね。



 ようやくひと段落ついたところで、周囲の気配を探ってみます。あの熊が放っていた危険な気配が消えたからか、遠くのほうで魔物の気配がします。急いでここを離れた方が良さそうですね。



 深い森の中を住処に向けて走ります。森の木々に月明かりが遮られているせいで、視界はほぼ真っ暗です。動いても大丈夫なぐらいには治療してあるとはいえ、戦闘をする程の余裕はありません。特に、昼間に出会った魔木のように隠れ潜んでいる敵に会わないように、細心の注意を払って突き進みます。



 そうして、普段よりもかなり遅く移動していたため、住処に辿り着いた頃には夜が明け、空が白んできていました。既に疲労困憊なわたしは、早々に木の窪みまで移動して丸くなります。スライムさんが(たぶん)心配そうにわたしに寄り添って、大きなゼリーの塊をくれました。伝わるかは分かりませんが、「きゅい」と鳴いてお礼を言ってからゼリーを収納に仕舞って目を閉じます。残らせていた魔力を治療に回すのを忘れないでやっておきます。



――完全に治療が終わるのに数日はかかりそうですね。明日はスライムさんから貰ったゼリーを食べて少しでも魔力を回復しましょうか。



 魔力の回復も必要ですが、何より今は疲弊したわたしの精神に休憩が必要です。安全な寝床に辿りついたお陰で緊張の糸が切れたのか、意識がすぐに遠くなり、わたしは眠りにつきました。



 強烈な警鐘が鳴り跳び起きました。その瞬間、どかんと地面の抉れる音と風の切り裂く音が聞こえました。



――な、何事です!?



 慌てて窪みから顔を出します。真っ先に見えたのは、青い半透明の大きな塊。前に人間達との戦闘でも見たスライムさんの戦闘モードですね。あの時より更に大きく見えます。



 そしてその奥には4人の少女の姿が見えました。真っ先に目についたのは猫耳のついた頭に黒い尻尾、黒のツインテールの髪に少し釣り目の可愛い顔立ちをした少女です。ローブを着て、杖を持っていることから魔術師なのでしょう。先ほどの風の切り裂く音は彼女の魔法によるものでしょう。



 地面をえぐった攻撃をしたのは、大きな大剣を振り下ろしている赤いセミロングの髪の少女ですね。意志の強そうな赤い瞳と女性にしては身長も高めで、たぶん180センチはあるでしょう。女性にモテそうな女性という感じですね。



 残りの二人は魔法使いの少女と大剣使いの少女の間の絶妙な位置で武器を構えています。長弓を構えた金髪ロングの少女は、耳が尖っているのととても綺麗な顔立ちが印象的です。藍色の瞳は理知的な印象を受けます。そして、最後の一人は



――この人、やばそう。



 思わず冷静さが吹っ飛ぶくらいの衝撃を受けました。茶色の長い髪は片側に寄せて結いられゆらゆらと揺れています。赤茶色の瞳は面白そうにでも油断のなく相手を見据えて観察しているようです。顔の整いぶりは前世のアイドルが裸足で逃げるくらいの完璧さで、穏やかな笑みを浮かべている姿は、朝日に照らされた森の中で一枚の絵のように際立っていました。



 右手に剣を持っていますが、構えずに無防備にぶら下げています。ほかの三人よりも圧倒的に魔力量が多く、魔術師である黒猫少女の数倍はあります。スライムさんや先日戦った血熊よりも多いでしょう。恐らく彼女一人でスライムさんを一蹴できるくらいの力があります。それでも彼女は、他の三人のサポートに徹しているようで積極的に攻撃はしないスタンスのようです。



 注意して見ていたからでしょうか、ふいに彼女の視線がスライムさんから逸れてわたしのことを見ました。その瞬間、強烈な衝撃を感じてわたしは吹き飛ばされます。



「きゅぃ!?」



「――――――」



 わたしの驚いた声は黒猫の少女が放った魔法でかき消されます。数多の風の刃が竜巻になってスライムさんを切り刻みますが、強力な再生能力ですぐさま傷が塞がっていきます。わたしが吹き飛ばされたのはスライムさんが回転しながら触手で突き飛ばしたようです。茂みの中にぽとんと落ちたわたしはそこから成り行きを見つつ考えます。



――たぶん、スライムさんでもあの人達には勝てないでしょう。わたしが万全の状態でも結果は変わらないと思います。



 もっと事前に気配を察知していれば、あわよくば逃げおおせることも出来たかもしれませんが、今となっては考えるだけ時間の無駄です。



――スライムさんをおとりにしてこのまま逃げる?でも・・・



 この世界に来てから短い間ですがずっと一緒に行動してきました。わたしは勝手に親友だと思っています。親友を見捨てて生きのびるなんて、そんな後悔の残る生き方なんてしません。それに、そもそも見捨るならば平原での暮らしを捨ててまで準備不足のまま森に来たりしません。



 わたしは決意して目の前に戦場を見ます。考えている間にも状況はすこしずつ変わっていきます。スライムさんの周りはあちこちが地面に穴が開いていて、スライムさんが巨大な触手で魔法や弓矢の攻撃をはじきながら目の前の赤髪の少女に攻撃しています。いずれの攻撃も上手く捌かれているようで、ダメージらしいダメージは与えていないようです。



 わたしが死角から魔法で援護すれば、多少は相手を混乱させることが出来るはずです。運が良ければ逃げれる隙を作れるかもしれません。可能性が低くても試してみましょう。



 早速、少しだけ回復した魔力で魔法を使おうとします。その時、凄く視線を感じました。先ほどの茶髪のサイドテールの少女が、わたしの居る茂みを、無表情な顔でじっと見詰めています。他の三人はスライムさんとの戦闘に集中している中で、彼女だけがわたしをとらえていました。



――気配も消しているはずなのに、なんでばれているのですか!?



 彼女は決して視線をそらさずに、剣を持っていない手をわたしに向けました。



「―――」



 言葉は分かりませんが、とても澄んだ綺麗な声音で何かを唱えると、彼女の上げていた手から魔法陣が現れて、何本もの光の鎖がわたしに向けて伸びてきました。



――速い!今の状態で全部避けるのは厳しいかも!



 目の前にせまる光の鎖に呆然としていると、スライムさんの触手が突然こちらに伸びてきて鎖の進行を邪魔しました。その瞬間、彼女の無表情だった顔が驚愕に染まりました。わたしもうさぎの顔ですが、恐らくびっくりした顔をしているでしょう。



――スライムさんが助けてくれた?



 そういえば、最初の位置からわたしは飛ばされているのに、スライムさんはわたしの目の前で壁のように立ちはだかっています。まるでわたしを庇うような位置です。触手に阻まれた鎖は、眩しい光を放って爆発しました。触手はその光に呑まれるように消えていきます。



 呆然としているわたしにぺちっと冷たい何かが当たりました。スライムさんが戦闘をしながらわたしに小さい触手を伸ばしているようです。わたしを咎めるように頭を叩いた後は、わたしの体をぐいぐいと外に押します。



――わたしを逃がそうとしているのですか?



 言葉は分からなくても、必死に伝えようとしています。スライムさんは目の前の敵と戦いながらわたしを守って逃がそうしてくれています。恐らく、敵わない相手だとわかっているでしょう。だから、わたしだけでも逃がすためにこんなことをしているのでしょう。



 少女達も攻撃を止めてなにやら話し合っているようです。逃げるなら、今しかありません。わたしは目をぎゅっとつぶって覚悟を決めます。



――スライムさんの意志を無駄にはできません。生きろと言うならば、生き延びてやろうじゃないですか。



 目を開けると、いまだにわたしを押しているスライムさんの触手をそっと押し返して背中を向けます。それで伝わったのか、満足したようにスライムさんは触手をひっこめると、魔力が爆発したように膨らんでいきます。



 どうやら、スライムさんはため込んでいた魔力を全て使うつもりのようですね。わたしは、残っていた魔力を全て身体強化に回して一気にその場を離れました。背後で激しい戦闘の音が聞こえますが、それもすぐに聞こえなくなってきます。



 全速でその場を離れ、森の中を駆け抜けて、気付けば草原地帯まで出てきました。それでもまだ走り続けます。しばらく走っていると、見覚えのある岩を見つけました。わたしがこの世界に来たばかりの頃に蹴っ飛ばした岩です。よく似ているだけで違うかもしれないですけど。その岩の影に隠れるようにして気配を消して、しばらくぼーっとしていました。



 そのままぼーっとしていると、気が付けば夜になり、綺麗な満月が夜空に浮かび夜の草原を煌々と照らします。わたしは岩の頂点まで登ってその月をじっと見上げて祈ります。可能性はゼロに等しいですが。



――スライムさんが生き残れていますように。



 朝になり、警戒を密にしながら森の住処に向かいます。道中で人間の気配はしなかったので、もうこの辺りには居ないのでしょう。住処だった場所に着くと、昨日の戦闘の名残がまだ残されていました。周りの木々はあちこちが切り倒され、地面はあちこち穴ぼこです。



 そんな中で、住処にしていた木は何故か傷一つありませんでした。相変わらず、他の生物も近づかないですし、不思議な木です。でも、そこで一緒に暮らしていた親友はどこにもいませんでした。



 戦闘の跡を確認した後に、寝床にしていた木の窪みに行くと妙なものを見つけます。水色の石が奥でひっそりと隠すようにそこにありました。とても馴染みのある魔力を感じます。わたしはその石を回収するとそっとその場を後にします。



 再び夜になり岩場まで戻ってきたわたしは、ほとんど毎日見上げている月を今日も見上げます。



――そういえば、この世界の月はずっと満月ですね。



 月っぽいけど月ではないのか、満ち欠けの無い不思議な月は今夜も静かな夜を照らします。わたしは水色の石を取りだして両手で抱えると、それをじっと見つめます。



――スライムさんの魔石。これがあるということはもう・・・



 魔石は魔物が死んだ時に残るものです。どうやって彼女たちにバレない様に隠したかはわかりませんが、わたしに渡すために隠したということはわかります。



――なぜ隠したか・・・は考えるだけ無駄ですね。



 スライムさんが何故この魔石を託したかの本当の理由を知る術はありませんが、わたしが親友のために残すならばと仮定するならば。



――取り込んで、力にしてほしいって思いますよね。わたしの分までこの力で生きてほしいって・・・勝手な妄想ですけどね。



 でも、わたしはその妄想が、スライムさんの遺志だと思いました。だからわたしは、スライムさんの魔石を一口サイズにカットして、ついでに団子っぽく加工してから口に放り込みます。



 守れなかった悔しさが、失ってしまった悲しさが、理不尽さへの怒りが・・・様々な感情が溢れ、わたしの中で渦巻きながらも魔石をゆっくり取り込みます。



 どれだけの時間が経ったのでしょう。わたしの魔力はとっくに全回復していましたが、それでも長い時間をかけて魔石を全部取り込みました。すると、抗えないほどの眠気がわたしを襲います。



――この感覚、以前にもありましたね。



 あの時はたしか、目が覚めたら魔法が使えるようになりましたっけ。煌々と照り付ける月光を浴びながら、わたしはゆっくりと横たわり、眠りにつきました。



 意識が覚醒します。冷たい石の感触が肌を伝わり、わたしは目を覚ましました。



「・・・ふぅ」



 ゆっくりと可愛らしいため息と共に体を起こします。背中にさらさらと髪が流れてすこしくすぐったいです。って



「・・・え?」



 驚いたような声を出します。わたしが。



「・・・え!?」



 先ほどよりも驚いたような声がでます。わたしはゆっくりと視線を下に向けると、日焼けの知らぬ白い肌が見えます。手を広げて夜空にかざすと見ると五本の指の隙間から月光が漏れてきます。



――人間の手。でもちっちゃいですね。身長とかを考えると10歳ぐらいでしょうか?



 わたしはまだ冷静です。こうやって分析できているのですから。背中に流れる髪を手ですくって前に流すと、絹のようになめらかで月明かりのように白い髪が見えました。



――随分長いですね。おしりのほうまでありますよ。不便そうです。



「・・・そんなことより」



 わたしはもう一度自分の体を確認します。



「・・・はだかなのは・・・ちょっと」



 わたしは今何も着ていないのです。いや、うさぎは服を着ないので当たり前なのですが。いやいや、そんなことよりも大事なことがあります。



「・・・なんで・・・にんげんのからだになったのでしょう?」



 少し舌足らずな喋りですが、言葉を話すのは久しぶりなので仕方ないでしょう。さて、目を閉じて自分の状態を確認します。こんな不可思議な現象に関係していそうなのは魔力ぐらいでしょうから。その魔力はというと・・・ふむ、以前の十倍以上は増えていますね。気付けばスライムさんより増えていますね。



――とはいえ、服を着ていない幼女が歩いていたら事案ものです。なんとかしなければ。うさぎに戻れるでしょうか?



 岩の上で女の子座りをして、顎に指を当てて考えます。といっても、なぜ人間の体になったのかわからないので、考えても分かりません。こうなったら、勢いとノリでなんとかしてみましょう。



――うさぎになれ~うさぎになれ~



 以前のうさぎの姿を思い浮かべながら呪文のように念じていると、魔力が動いて一瞬だけ小さく光ります。光が収まると、わたしはうさぎの姿に戻りました。



――い、意外となんとかなるのですね。



 変なご都合主義に困惑しながらも、その後試しに人型に戻れるかやってみましたが、特に問題なく出来ました。何度か繰り返すうちにコツを掴み、ほぼ一瞬で変身出来るようになるまでになりました。



 人型の状態でいつもと変わらずに浮かぶ月を見上げます。収納からスライムさんのゼリーを一口分出して口に放り込みます。



――人型で食べると、よりソーダっぽい味がしますね。



 そんなどうでもいいこと考えて、ゼリーを飲み込むと、静かに決意します。



「・・・わたしは・・・このせかいでいきます」



 ――死ぬまでの最後の瞬間になるまで、生き抜きます。わたしが安寧に暮らせる居場所を見つけます。



「・・・そのために」



――まずは人間の世界を知らなければなりません。



 今後生きていく以上は必ず人間達とまた接触するでしょう。その時にまた、今回のようなことを繰り返すわけにはいきません。月を見上げながら考えます。人間の世界に行くのに必要なものはなんなのか。必要なものはたくさんありますが、まずは



「・・・なまえ」



 わたしの名前。前世のわたし自身に関する記憶は相変わらず曖昧です。名前も思い出せません。それでもふと頭に浮かんだ名前をポツリと呟きます。



「・・・とわ」



 とわ・・・トワ。それがわたしの名前です。不思議としっくりとくるこの名前で、人間世界に乗り込んでみましょう。人間達と関わり合い、色々な場所を見て知って見つけるのです。わたしが生きて良い居場所を。



 そして、その居場所でのんびりとお月見をするのです。



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