味方は何処に
目当ての人物はサロンでお茶を嗜んでいる、と家令から聞き出して、ライアンは足早に向かった。
柔らかく陽射しの差し込む窓際のテーブルで、その人は優雅に紅茶を飲んでいた。
「失礼します。お尋ねしたい事があります」
ライアンは声をかける。
ゆっくりとその人物は振り返った。
「うふふ。お母様、頑張っちゃった」
悪びれもせずに扇子を揺らめかせながら、侯爵夫人はにっこりと笑った。
「母上……やはり貴女でしたか……」
がくり、とライアンの肩から力が抜ける。
やはりあの透け透けの男を誘うような衣は母の仕業か。
本当に余計な事をしてくれる。
すべてお見通しですからね、と侯爵夫人はライアンに笑いかけた。
隣へ座るように促され、ライアンは指示に従う。
「ねえねえ、ピンク色のあれ、見てくれた?色の白い彼女にとてもよく似合ってたでしょう?」
「いや、似合う似合わないの問題じゃないでしょう。なんてことしてくれるんです」
不覚にも、その姿に一瞬でも見惚れてしまったことは決して言わないでおく。顔を赤らめてしまったことも。
「あらやだ、ライアンは紫色の方が良かった?セシリアにはそう言われたのよねぇ」
「母上!」
抗議の声を上げると、ぴし、と綴じた扇子で手を弾かれた。
「だってお前ったら、堅物すぎてつまらないんですもの!」
「つまらないって言われても」
ライアンは眉を顰めた。
「だってそうでしょう!浮いた噂でもあるならまだしもいいわ。でも聞こえてくるのは女性を振ったとか、袖にしたとかそんな噂ばかり!まったく、情けないったら!」
「当たり前です。私は騎士団を預かる団長なんですよ?」
浮わついてどうする。
「だから早く騎士団を辞めて領地を継げって言ってるのよ。私は可愛い孫の顔が見たいの!」
「お祖母様なんて絶対に呼ばれたくない、柄じゃないって言ってたくせに何を言うんです」
「口の減らない子ね。まったく」
びしびしと扇で手の甲を叩かれた。
母が怒っている時の仕草だ。これで手を引っ込めるとさらに怒りが増すのはわかっているので、ライアンは黙ってそれを受け入れる。
「ライアン。あれから何年たったと思ってるの?意見くらい変わるわよ。貴方がそんなだからいけないのよ。私をこんなに心配させておいてそれに気づいていないなんて。ホントわからず屋ね」
びしびしびし。
叩かれる回数が増えて地味に手が痛い。
「いい事?血を繋ぐのは貴方の責務です。それをここまで引き延ばしたのは誰だと思ってるの。お父様だってもういい顔をしないわよ」
「…………」
それは幼い頃から事あるごとに言われ続けている言葉だった。
「大体、貴方がこの館に女性が連れて来たのなんて初めてのことなのよ?これはもう、貴方が襲いたくなるように心をこめて歓迎するしかないじゃない!」
「母上……それは歓迎とは言いませんが」
びしびしびしびし。
反論は許されないらしい。
「手を出してくれれば話も早いのだけど」
「あり得ません。彼女に失礼です」
「ホントつまらない子ね」
ふう、と侯爵夫人は息を吐いた。
「せっかく私が纏めてあげた婚約を無視して戦に出てしまうし。とても可愛くていい娘なのよ。なのに、勝手に破棄しようとしちゃうんだもの」
破棄すべく、ライアンは婚約式を無視したのだ。
どうやら戦に赴いている間に、両家の親同志で勝手に話を進められていたらしいとは後で聞かされたが、そんなもの断るに決まっている。
「当然です。そもそも私はまだ身を固める気はありません。相手が誰か知りませんが、相手方にも期待させるだけ可哀想でしょう。迷惑になります」
「でも、向こう様は本気なのよ?我が家で花嫁修業をさせるって言ってたもの」
「だから余計な事をしないでくださいって言ってるんです」
「ふん、だ。絶対に後悔するわよ?」
「後悔なんてしませんよ。きちんとお断りしてください」
「いいもの。お前が勝手にするなら、私だって勝手にするわ」
「母上!」
「もう貴方とはこれ以上お話したくないわ。下がってちょうだい」
つん、と母は顔を背けてしまう。
こうなるとテコでも動かないのだ。話を聞かなくなる。
ライアンは諦めて席を立って扉へと向かった。ノブを回して扉を開く。
「領地では、ライアンが婚約者に贈るためにドレスと初夜のための衣服を買い求めたと言われている、かもしれないわ。でもそれは私の知ったことじゃないわねぇ」
「母上!!!」
ライアンは振り返った。だが、メイドに無理矢理に押し出されてしまい、扉は閉ざされてしまった。
「本当になんて事をしてくれるんですか……」
憔悴しきったライアンの言葉を聞くものはなかった。