見動きがとれません
ドレスに着替えたアデリシアが家令に連れて行かれたのは、階下の客間だった。
シルヴァールとウォルターが、ソファーから立ち上がる。
先程、二人にはシーツ姿と生足をばっちり晒してしまっている。それが少々恥ずかしく感じるが、アデリシアは表情には一切出さなかった。出来れば黙殺するつもりだった。
「綺麗です。アデリシア。騎士団服やローブ姿もいいですが、そのドレス姿の方が何倍も素敵だ。とてもよく似合う」
「……ありがとうございます」
シルヴァールが進み出て、優雅な仕草で手を差し出す。
騎士団にいながら、氷の貴公子、という二つ名を持っているのが頷ける。
アデリシアはシルヴァールの手に自らの手を乗せた。
そのまま手を引かれ、ソファーへと座るように促されて腰を落とした。シルヴァールはアデリシアの隣へ、その逆側へウォルターが座る。
騎士団内ではあり得ない、貴婦人に対する振舞いだった。
「アディ、本当に良く似合ってるよ」
ウォルターがにこにこと笑いかけてくる。
なんて可愛い。自分に弟がいるならこんな感じか。
先程、ライアンに食われた発言をした同一人物とは思えないくらいだ。
可愛いといわれるのが嫌でなくせに、ここぞという時に使ってくる。たいした性格だ。自分を可愛い発言をした男には問答無用でしばき倒しているのをアデリシアは知っている。
メイドがカートを運んできて、テーブルへとお茶の支度を進めていく。
「団長は?」
周囲を見回してもいないことが気になって、アデリシアは尋ねた。
「ああ、ライアンなら犯人を問い詰めに行きましたよ」
「犯人?」
「アデリシアに魅力的な服を提供した人物がわかったらしくてね」
シルヴァールは片目を瞑って、悪戯っぽく微笑んだ。
侯爵夫人ーー母君か。
味方なら一度くらいお会いしたいものだ。
「すぐに戻ってくるよ。ライアンがあの人に敵うわけがない」
「お会いした事があるんですか?」
なんて羨ましい。とても気になる。
「何度もね。先程もお会いしたけど、とても面白くて素敵な方だったよ」
くすりとシルヴァールは笑う。
「で、副団長、これはどういう事なんでしょうか」
「うん、何が?」
「ですから、この状況です」
言いながらアデリシアは右手を引っ張った。が、外れない。先程エスコートされた時から、手をシルヴァールに掴まれている状態のままなのだ。
「嫌かな」
今度は両手で握り込まれた。
「あ、抜け駆け!ズルいです、副団長。僕も触りたい!」
狼狽える間もなく、ウォルターに左手を握り込まれる。
両手を左右に取られて、アデリシアは困惑した。
「ウォルターまで……。あの……一体なんの遊びですか?」
何かの賭けでもしているのだろうか。
「アデリシア、何で話してくれなかったんだ。酷いじゃないか。君に結婚話があるなんて知らなかったよ」
ぎゅっと力を込めてシルヴァールは手を握ってくる。
「そ、それは親が勝手に進めた話ですから……」
何故か婚約の事を知られているらしい。
アデリシアは口籠った。
「騎士団を辞めて国を出ようなんて思い詰めるくらいなら、私がアデリシアと結婚してあげます。だからもう思い悩まなくていいんですよ?」
「………はい?」
アデリシアの目が点になる。
「本当ズルいです。副団長。何で先に言っちゃうんですか!僕だってアディと結婚したいです!」
「………………」
シルヴァールに続けてウォルターまでもが求婚してくるとは。
一体これは、何事だろうか。
「二人共、私が団長の事が好きだって知ってます、よね……?」
「知ってるよ?でもそんなの関係ないじゃん」
「あの堅物やそこのお子様より私の方がいい物件ですよ?」
「お子様って俺のこと?!副団長酷すぎる!」
「…………嘘。信じません」
なんだ、この茶番劇は。
罠だ。絶対に何かの罠に決まっている。
「ああ、理由が欲しいんですか?そうですね、先程のアデリシアの魅惑的な足が目に焼き付いて離れないんですよ」
「シーツ姿、色っぽかった!悩殺されたんだ!」
「………………」
「これで理解して頂けました?」
「…………くっ……」
にっこりとシルヴァールに笑みかけられて、アデリシアの顔は引き攣った。
意識をぐぬぬと踏ん張ってみせるが、無理だった。
繊細な神経は燃え尽きて真っ白だ。
生命力ゼロ。
ぐさりと刺されてもう回復が出来ません。
一番言ってほしくなかったことを的確に言ってくる辺り、本当に副団長は性格が悪い。
さすが、氷の貴公子。その言葉で誰でも凍りつく。
これは出奔しようとした事に対する嫌がらせ、だ。
「……団を抜けようとして申し訳ありませんでした。反省してます。もうしません」
たぶん、しばらくはね、と心の中で呟く。
「うん、そうだね、大変だった」
「ずっと馬走らせてさあ、本当に疲れたよ」
「それは反省してます。すみません。ご迷惑おかけしました。もうしませんから、だからさっきの私の格好については忘れてください。お願いします」
「んーまあ40点くらいかな」
一体なんの点数なのやら。
「それで、二人共、一体何を企んでいるんです?」
謝罪目的だけで、この茶番はあり得ない。
絶対に何か企んでいるに決まっている。
「……やっぱり誤魔化せないか」
「当たり前です」
「いや、ちょっと侯爵夫人の話に乗ってみようかと思ってね。面白そうだから」
「俺も俺も!協力しちゃいます!」
「は?」
二人共やけに楽しそうなのが気になる。
本当に何をやらかす気なのだ。
「団長はもうそろそろここへ戻ってくると思うんだ。それまでは我慢して?」
「そうそう、不自然なのってやっぱり良くないしさ」
「だから何を企んでいるんです?何を始める気ですか?」
「アディのためになることだよ!」
「ウォルター、本当に?私の目を見て言ってくれない?」
アデリシアはそらとぼけるウォルターを睨む。
「疑い深いな、君は。もっと副団長の私を信じなさい。私は女性の味方ですよ?」
それが実に疑わしいのだが、とは懸命なアデリシアは口に出しては言わないでおく。
「朴念仁な堅物の男にはね、好意をぶつけるよりも焦らした方が効果的かも知れませんよ?」
「効果的……?」
扉の外から足音が近づいてくる。
「貴女の団長への想いは知っています。悪いようにはしませんから。安心なさい」
シルヴァールはそっとアデリシアの頭を撫でた。
ガチャリと扉から音がする。
ライアンが戻って来たのだ。
「何より、あのライアンをからかうの、面白そうだからね。君も協力して?」
「…………」
耳元でシルヴァールに囁かれた。
角度によっては、アデリシアは頬へ口接けされたように見えたかもしれなかった。
*****
客間に入ったライアンの目に入ったのは、シルヴァールとウォルターの二人に左右から手を取られた状態のアデリシアだった。
おまけにシルヴァールが口接けをしたようだった。名残惜しげに髪を撫でたりしている。
無性にそれが気に食わなかった。
「何事だ?」
ライアンが低い声で問い質す。
びくりとアデリシアが震えるのがわかった。
「答えろアデリシア、何があった?」
「あの……動けないでいます」
「見りゃわかる。何があった」
縋るようにシルヴァールを見ると顎で示される。
はっきりと言えということらしい。
「ふ、二人に、求婚されました……」
「求婚?!二人から?」
聞かれたから答えただけなのに、ライアンは素っ頓狂な声を上げた。
「なんでいきなり」
「いきなりじゃないですよ、ライアン。ずっと考えていたんです。私と結婚すれば、アデリシアは父上からの押し付けの結婚はしなくて済むでしょう?それなら国境を越えなくてもよくなりますから。これですべて解決です。ね、アディ」
さすが副団長。
いつもはアデリシアと名前で呼ぶのに、アディと愛称で呼び掛けてくる。これが効果的というやつか。
「は……そうです……かね……?…………ひぃっ!」
そっと慈しむように手の甲を撫でてから軽く持ち上げられる。じっと目を見つめられながらシルヴァールに唇を落とされて、アデリシアは悲鳴を飲み込んだ。
美男子がやると、そんな仕草も絵になる。
憧れる女性も多いと聞くが、アデリシアが好きなのはライアンだけだ。シルヴァールに靡くことはあり得ない。
むしろ、シルヴァールが手慣れていすぎて怖い。黒い意図を知っているだけに、アデリシアは気が気ではない。
「僕も僕も!立候補します!だってアディにどっかへ行ってほしくないもん」
ウォルターが逆側から抱き着いてきた。
うーん、可愛い奴め。
嘘だとわかっているけど、子犬がじゃれついているみたいでとても可愛らしい。
ただ、腹黒いけれど。
「だ、団長……?」
やはり動きがとれないままで、アデリシアは困り果てて視線を泳がせた。
助けて、と口には出さずに目で訴えてみる。
「あー……お前ら、離れろ」
ライアンはべりっとウォルターを力任せに引き剥がして、シルヴァールの手を払い落とした。
アデリシアを立ち上がらせて背後へと匿う。
「団長、可愛いアディを独り占めですか?」
「違う」
「だって貴方はアディを振ったんでしょう」
「そうだが駄目だ。アデリシアが困っているじゃないか」
「それこそライアンには関係ありませんよね。彼女を私達に譲ってください」
「駄目だ」
ライアンは頑なに拒否する。
「アディ?こちらへおいで?こんな朴念仁放っておいて私の家に一緒に帰りましょう。大事にしてあげますよ」
人好きのする笑みを浮かべて、シルヴァールはいつもは出さない蕩けるような声で甘く囁く。
怖すぎる。
「僕の部屋においでよ!アディ。それで一緒に過ごそうよ。父親なんてやる事やっちゃえばどうにでもなるよ」
ウォルター、可愛い顔して何を言うのか。
やる事やるとか、食ったとか、本当にウォルターは対応に困る発言をする。
「……だそうだが、アデリシア?どうする」
ライアンに聞かれて、アデリシアは勿論ぶんぶんと首を横に振る。
「本人の意思が重要だからな。お前らは引け」
「団長横暴です!」
「煩い、黙れ」
ライアンはウォルターを睨んで黙らせる。
ライアンのシャツを掴んでアデリシアは背中に呼びかけた。
「あ、あの……団長……」
「どうした」
「この首輪外して貰えません……?そうしたら、二人にも団長にもご迷惑はおかけしませんから」
外して欲しいとおねだりしてみる。
この首輪は嵌めた人にしか外せない魔法コードが仕掛けられているのだ。
「駄目だ。まだ外さない」
「なんで?!」
「だってお前、すぐ逃げようとするだろう。さっきだってそうだし……首輪を外せばまた同じ事を繰り返すとしか思えない。また追いかける羽目になるのは御免だ」
色々と見抜かれているらしい。
アデリシアは苦虫を噛み潰した。
「アデリシアは俺が預かる。わかったな。アデリシアの塔の部屋には何もないし、何より父親の所には戻れんだろう。今回の件が落ち着くまでしばらくここにいさせることにする」
反論は許さない、とライアンが告げる。
ライアンの背中越しにシルヴァールがしてやったりと笑うのが見えた。やはり腹黒い。
侯爵夫人の煽りによるシルヴァールとウォルターの仕掛けか。
すべて、仕組まれた事だったらしい。
アデリシアをこの館に滞在させることをライアンにはっきりと明言させるため、か。まだまだ仕掛けがある気がする。
もう、どうなっても知りませんよ。
アデリシアはこれからの生活を思って……こっそりと微笑みを浮かべたのだった。




