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引き留める理由を


「なあ、教えてくれよ。お前は……そんなにマイカと共にファランドールへ行きたいのか。どうしたら向こうに行かないでくれる?」


 懇願するかのような言葉にアデリシアはどう反応するべきなのか迷った。

 今のライアンは見知らぬ人のようで、行動も発言も先を読めない。迂闊に言葉を返せず、アデリシアは口を閉ざした。じっと床を見つめ続ける。

 黙したままのアデリシアの様子をじっとライアンは伺う。


「この国が嫌いなのか」

 戸惑いつつもアデリシアはゆっくりと首を横に振った。


「友人関係は良好なようだし……では魔術師?フレデリク殿に困っていたりするのか。天位が重責か?」

 ふるふると首を横に振る。


「家の……父君のことか」

 一瞬動きを止めて迷いつつも、やはり首を横に振る。


「子爵の決めた結婚は……望むはずないか」

 こくりと一つ頷く。


「ならば、騎士団か。団の奴らが何かお前に嫌になることでもしたのか?」

 はっとアデリシアは顔を上げる。そしてすぐに視線を逸らせて首を振った。

 ライアンは片眉を動かしてその様子を見守る。


「騎士団が原因か。もしかしてシルヴァールの求婚が原因か?」

 アデリシアは目を伏せて首を横に振る。

「ウォルターか」

 アデリシアは首を横に振るだけだ。

「じゃカルロ」

 同じ動作が繰り返される。

「一体誰なんだ。言えよ。悪いようにはしない。お前が団に戻れるよう俺が何とかしてやるから」

「…………」


 無理だ。そんなの。

 ライアン団長、貴方本人の心が原因なのに。


 数拍置いて、やはりアデリシアは首を横に振った。

 

「何も言ってくれないとわからないよ」

 ライアンは下を向いたままのアデリシアの髪を一筋取り上げた。手の中でもて遊び、時折軽く引く。


「俺だってお前の事を何とかしてやりたいと思っているんだ。だが、原因を言ってくれないと何も出来ないじゃないか」

 くんくんと髪を引っ張られる。

 

「アデリシア……アディ?何か答えてくれ」


 気遣われているのはわかる。

 だが、どう答えていいのかわからなかった。

 何かを探るかのような視線が少し怖い。


「もしかして俺が原因か」

 ひくり、とアデリシアの頬が引き攣る。

 ライアンは目を細めてアデリシアを見た。

 上から見下ろしているため、表情が少々わかりにくい。しかし確実に反応はあった。


「安心していいぞ。俺が原因なら……大丈夫だ。一緒にいてやれなくなるが、シルヴァールが団長位を拝命すれば、俺は第三からはいなくなる」

「そんな……どうしてっ」

 それては全く意味がないではないか。

 アデリシアは髪を弄っていたライアンの腕に思わず縋り付いた。

 ライアンのいなくなった第三騎士団など、考えたくもない。


「やっと声を発したな」

 にやりとライアンはほくそ笑む。

「あ……」

 やられた。誘導だ。

 アデリシアは手を離した。

 逆にライアンから二の腕を掴まれる。逃さない、という意図が伝わってくる。


「やはり、原因は俺、なんだな」

「……………」

 確認するかのように繰り返される。

 アデリシアはぎりと歯を噛み締めた。

 わかっていて尋ねてくる辺り、意地が悪い。


「子爵はお前を退団させて結婚させる、と書状を俺に送ってきた」

 びくりとアデリシアは肩を震わせる。

「辞職願はまだ俺の手元にあるんだ。だから、後は子爵の方を何とかすればお前は問題ないな?」

「何とかって」

「俺が何とかする」

 自信を持ってライアンは何故か言い切る。  


 だから、何とかするってどうするつもりなのだ。

 確かに見ず知らずのライアンの婚約者の存在に絶望して逃亡を図ったとはいえ、それは過去の話だ。

 今は自分が婚約者なのに。 


 ライアンはアデリシアの様子をじっと観察するかのように見つめていた。穴が開きそうなくらいの強い視線にアデリシアはどぎまぎする。

 咄嗟に曖昧な笑みを顔に無理矢理張り付かせる。ずっと観察されていたようで、視線が痛い。


「何、ですか?」

「いや、そんな真っ赤な顔をしながら何を考えているのかなって思っただけだ」

「どういう意味、でしょうか……」

 恐る恐る尋ねる。

「アディ、それをお前が聞くのか?」

 ライアンはにやりと笑みを浮かべた。

 それはとても魅力的で、だが、獲物を追い詰めるような鋭い視線は優しくない。アデリシアはつい反射的に聞き返したことを後悔した。

 そもそも団長が自分を愛称で呼ぶ時はろくな事がないとよく知っていたはずなのに。


 ーーまさか。何か気付いている?


 愕然としてアデリシアはライアンを見つめた。

 どうしよう。

 もしかして、ライアンはレスティアの計略に気付いているのだろうか?まさか、いやでも、と疑念が駆け巡る。

 何処までライアンはわかっているのだろうか。

 聞きたいけれど聞けない。墓穴を盛大に掘りそうで怖い。


「アディ……アデリシア?」

 心底会話したくない。

 黙したまま、アデリシアは再び床を睨みつけた。

「アデリシア?」

「……はい」

 何度か呼ばれてアデリシアは視線のみを上げた。

 物言いたげな深く青い瞳とぶつかり合う。


「何も言わずに何処かに行ったりしないと、とにかくそれだけでも今は約束してくれないか」

 真摯な言葉にアデリシアはゆっくりと頷いた。

 ライアンは静かに溜息をついた。力を緩めてアデリシアの腕を解放する。

 急に手放されてアデリシアは足元をふらつかせた。


「うん、今はそれで良しとする」

 ライアンは、ぽんぽんとアデリシア頭に手を置いて笑った。

 そのままアデリシアの手を引いた。

 背中を押して寝台へとそっと押しやる。


「まあ、疲れているだろうし、今日の所はもう休め」

 そう言うと、ライアンはバルコニーの方へと消えて行った。

 外からガラスの擦れ合う音が聞こえてくる。そんな音を聞きながら、アデリシアはその場に立ち尽くしていた。


「ああ、そうだ、アディ」

 愛称を呼ばれて窓の方を見ると、グラスと酒瓶を手にライアンが部屋の中を覗き込んでいた。


「あまり、急ぎはしないつもりだが……俺も男だ。待ってられなくなることもあるからな」

「…………は?」

「おやすみ、アデリシア。良い夢を」

 勝手にそう言い置いて窓を締め、ライアンは隣の自室へと消えて行った。


 良い夢なんて見られるわけがなかった。


本年もよろしくお願いします。

お読みくださってありがとうございます。

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