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大事な存在

 

「う、嘘だ……。私が気になるなんて嘘です!そんなの信じません……!」


 アデリシアは噛みつかんばかりに否定した。

 今までの数年間、重々身に沁みて思い知っている。それは消せない記憶だ。思い起こすだけに憂鬱にもなろうというものだ。それなのに今更それらを覆す発言をされても説得力がない。


「信じないと言われても困るんだが」

 ライアンは軽く肩を竦めてみせる。

「だって、団長がそんな事を言うはずないもの!」

「そんなに信用ないか、俺は」


 苦笑してライアンはアデリシアの腕を取った。そのまま力を込めて自分の方へと引き寄せた。

 両腕の中に閉じ込めて、自分の顎をアデリシアの頭の上に載せる。


「ああ……やっぱり側にいると思うと安心するな」

「!!!!」

 頭上に頬ずりされ、アデリシアは口をぱくぱくさせた。

「うん、落ち着く」


 深みのある低い声が耳に届く。

 しみじみと、だが自分勝手に呟くライアンの言葉にアデリシアは茫然とするしかない。

 こちらは全く落ち着けない。

 この変貌は一体何なのだ。


「な……何で……どうして?」

 問い返す声も上ずってしまう。

 なんとか腕の中で藻掻いて、アデリシアは頭上のライアンの顔を見上げた。

 ライアンには困りきった表情に見えたに違いない。

「何でと言われても……だから、言ったろう。お前の事が色々と気になるんだよ」

 何故か少しだけ言いにくそうにして、ライアンは言葉を紡ぐ。

「そんなの嘘……信じません!」

「そう言ってくれるな」

「でも!」

「俺も考えたんだよ。騎士団の規則や皆の手前もあったし……団長である俺が表立って、とか思ってたし。まあ……その、色々あるんだ。それに、今まではお前を手放すなんて考えたこともなかった」

「………」

 アデリシアの眉間にぐっと皺が寄る。

 今まで考えもしなかったのか。

 それはそれで微妙な気分だ。


「俺はさ、お前が側にいるのが当たり前だと思ってた。どんな事があっても側にいてくれるに違いないって思ってたんだ。ずっとお前に甘えてたのかもしれない」

「………」

「今回の事で俺も考えたんだ。俺は……お前が他の奴に連れて行かれると考えただけで腹が立った。今もそうだ。迷う態度を見せるお前が許せない」

「………!」

「首枷をして力を奪っていた時は安心だったんだ。外してしまったのは惜しかった。今だって縛って枷を嵌めて閉じ込めておきたいくらいだ。だからそういう事じゃないのかと思うんだが、どうかな?」

「どうかと私に言われても……」

 困る。本当に今更だ。

 それを自分に聞かれてもとにかく困る。

 しかも首枷とか閉じ込めるとか、所々不穏過ぎる言葉が堂々と入っているのはどうしたことか。


「それにな、命まで預けようなんて考えられる女性はお前しかいないんだ。誇っていいぞ」

 誇っていい、とか更に言われても困る。

 仲間発言はそんな意味まで含んでいたというのか。

 わかりづらいことこの上ない。諦めの涙まで流した。相当なショックだったのに。


「だから、俺はその、なんだ……上手く言うのは難しいな。だから、俺の元にいてくれないか。すぐに多くは望まないよ。とりあえず側にいてくれるだけでもいい。駄目か?」

「そんな……」

「それと強制はしたくないからお前には頼むしかないんだが……。頼むからシルヴァールの、あいつの求婚は受けないで欲しいんだ。他の騎士団に行ったりしないでくれ」

 ライアンの懇願にアデリシアは気が遠くなりそうだった。


 そうだ。

 これはきっと自分に都合の良い夢を見ているに違いない。夢の中なら何だって有り得るのだから。


 アデリシアは手を伸ばしてライアンの腕を抓った。

「痛いな。何をする」

 ライアンが僅かに眉を顰める。

 幻や夢は痛みを訴えたりしないか、とアデリシアは首を傾げる。

「あれ、夢じゃないのか。ならやっぱり現実なのかなぁ……?」

 アデリシアは茫然と呟く。

 どうやら、目の前のライアンは自分に都合の良い幻ではないらしい。これは本当に喜んでいいのか。


「こら。手癖の悪い奴だな」

 ライアンはお返しとばかりに、ぎゅうとアデリシアを抱く腕に力を込めた。

「く、苦しいです、痛い!」

 アデリシアは締め上げられて悲鳴を上げた。

 ばんばんとライアンの胸を叩いて、解放するように訴える。

「俺だって抓られて痛かったぞ」

 ライアンは苦笑しながら力を緩めた。

 アデリシアは腕から抜け出そうと仰け反る。だが、ライアンの腕の力は弱まっても、逃すつもりはないようだ。少しも外れない。

「ええと……すみません?」

 逃げ腰で言いながらも、アデリシアは半分意識が飛びかけていた。

 自分も痛みを覚えるからやはり夢ではないらしいが、やはり俄には信じがたい。

 仲間だけれどかけがえのない存在で、命を預けられる存在。首枷をしてでも側に置きたいのだと目の前の団長の幻モドキは言うのだ。

 

 ーー本当の本当に?

 本当に夢じゃなくて?


「何度も聞くようだが、何処にも行かないと約束してくれないか?勿論ファランドールにも行かないと誓って欲しい」

「でも……」

「俺が守ってやる。絶対に悪いようにはしないから」

 シルヴァールの求婚を断って欲しいと、隣国へ行ってくれるなと真摯に頼むライアンの姿を誰が想像しただろう。


 今度こそ、信じてもいいのだろうか?


 アデリシアはライアンを見上げた。

 真剣な眼差しと視線がぶつかる。冗談や嘘ではなさそうだ。

 アデリシアは唾を飲み込んだ。

「私はーー」

 その時、コンコンとノックの音がした。

 ぎくりとして、思わずアデリシアはライアンに縋り付く。

 二人は音が聞こえてきた方角を見遣った。



「アディ……アデリシア、まだ起きていますか?」

 扉を叩く音の後、扉越しに微かに聞こえてきたのはシルヴァールの声だった。



「あ、はい」

 アデリシアはライアンから縋り付いていた身を離した。

 返事をして扉の方へと向かいかけたアデリシアを掴む腕に力が籠もる。

「駄目だ」

 鋭く声を発してライアンが止める。


「え……副団長ですよ?」

「だから尚更駄目だ。行くな」

「でも」

「行くなって言ってる」

 ライアンの指に手を絡め取られる。指と指を絡めてられている。これは恋人つなぎというやつではないだろうか。

「え………?」

「あいつの所へなんか行くな。アデリシア」

「な………」

 何で、と尋ねたいのに、与えられた衝撃が大きすぎてきちんとした言葉にならない。

 アデリシアの頬ごと顔を抑えて、ライアンは正面からじっと見つめた。

「頼むから俺の側にいてくれ」

 頭ごと抱きしめられる。

 アデリシアは目を見開いた。


 

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