表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/44

指示は的確に

「ええと……?」


 身体が動くようになったアデリシアが着替えて階下に降りてきてみれば、客間は書類の山と化していた。

 部屋にはなかったはずの机や椅子が置かれ、騎士四人が座らされている。

 座っている、ではない。

 座らされている、で正解だ。


 自分が寝ていた間に何があった。


「まったく嘆かわしいですね。こんなにも書類を溜めるとは。一体今まで何をやっていたんです」


 机の側には家令が張り付き、次から次へと書類を撒いていた。

 ちらちらとライアンがアデリシアを気にしてこちらを見る。

 ライアンの浮ついた様子を一睨みして、家令はさらに書類を積み上げた。ライアンに休む暇など与えない勢いだ。

 積み上げられた書類は、その中でもライアンの数が筆頭多い。


 辺りを従僕が走り回り、書類を種類分けをしているのか束ごとに重ねたものを積み上げる。それを別の従僕が家令に手渡していく。家令は内容を一読しては、適宜四人へと振り分けていく、といったことを繰り返している模様だ。

 

 ある意味、見慣れた様子だ。違うのは座らされているのがライアン一人ではなく四人だということ。

 今、家令が行っていることを執務室では常はシルヴァールが行っていた。自分がライアンの隣で手伝うこともあった。走り回っていたのはカルロとウォルターか。

 今やその四人が監視され指示され、ペンを手に必死に動かしている。


「騎士団の仕事とは剣を振り回すだけではありません」


 まったく、と家令は呆れる。


「旅費の申請や武具の修理、新調、他の団や訓練の調整、報告書の確認等々数え上げればキリがありません。そして、それらは手を抜いていいものではありません。これ程溜めるとはもっての外」


「しかし」

 何事か言いかけたライアンの前に書類がどん、と増やされる。う、と詰まって渋々ライアンは手を動かす。


「アデリシア様の件が気になるのはわかりますが、これは決して疎かにしてよいものではない。わかりますね?」


 ちくりちくりと家令は言い諭す。

 アデリシアは身につまされる思いで一緒にそれを聞く。


「優先順位は守っていたようですが、シルヴァール殿も甘い。このような報告書では再提出になります。二度手間、三度手間になるとわかっているはず。部下にきちんと書類を作成させるのも必要でしょう」

 家令は書類を手の甲でぱんっと弾いた。

「……はい」

 シルヴァールはその言葉に頷くのみだ。あの氷の貴公子が素直だ。アデリシアは驚きを隠せない。 

 目を細めて、家令はカルロ、ウォルターの手元へと手早く書類を滑らせる。


「うわ、また増えた……」

 ウォルターが絶望的な声を上げて頭を抱える。


「カルロ殿は、問題ないですね。そのまま続けてください。ウォルター殿は……正しい書類を作成することを覚えましょうか」

「うええ」

「返事は」

 家令は鋭く問い質す。

 何故か家令は帯剣しており、剣の柄の音を響かせる。

 ギクリとしたように身を震わせたのはなんと四人全員だ。


「はい………覚えます……作り直します……」

 項垂れながら、ウォルターは机にかじりついた。


 アデリシアは思った。

 何かあったに違いない、と。

 そうでなければ、ウォルターがこんなにも素直に従うはずもない。


「ーーそれと、アデリシア様?」

「は、はいっ!」


 突然、家令に呼び掛けられてアデリシアは焦った。

 まさか矛先がこちらにも向いてくるとは考えても見なかったのだ。


「先程から見て現状はお分かりいただけましたね?」

「……はい」

 わかりたくはなかったが。見たままの惨状だ。


「貴女の方が字が綺麗でしょうから、替わった方がいいのかもしれませんが」


 家令がウォルターを見遣る。ウォルターの目が期待に輝いた。


「恐らく今までそうやって甘やかしてきたのでしょうね。いい機会です。やり遂げましょうか」


 家令がにやりと笑う。期待が潰えたウォルターは机に突っ伏して呻き声を上げていた。周りからはくすくすと笑い声が漏れる。


「ですので、アデリシア様。貴女は書類を分けつつ、魔力回復に専念してください。それと回復次第、終わった書類を執務室へ送り返してください。でないと一向にこの部屋が片付きません」

「わかりました」


 家令の視線を辿って部屋の隅を見れば、終わった決裁が積まれている。これは増える一方だ。

 つまりは転移魔法で執務室へ送れということか。なんという贅沢な魔法の使い方だ。

 そもそもどうやってこれらを持ってきたのだと問えば、転移魔法で送りつけられてきたのだと説明された。

 思い当たる節はある。多分にある。

 こんな魔力の無駄遣い、嬉々としてやるのは一人だけだ。


 師匠。これは一体なんの嫌がらせですか。


 にょほほほと嘲笑う賢者を思い描いて、アデリシアは脳裏で風を使って切り刻んだ。

 屋敷に張られた守護魔法をご丁寧に遠隔で破ってまでして、この大量の書類を送りつけてきたらしい。

 最初にウォルター達三人を送り届けた時には手を抜いて外に放り出したくせに、書類には手を割くのか。いや、書類を野外に放り出されても後始末に困るから一応の配慮、ということなのだろうか。

 しかし、魔方陣は床にではなくわざわざ天井に描かれ、書類を吐き出したという。

 量を見せつけるためか、順序をばらばらにするためか。いずれにしろ、やっぱり嫌がらせに他ならないだろう。

 アデリシアは脳内でさらに髭を切り刻んだ。


「アデリシア、悪い。それ送る時、すまんが俺も送ってくれ」

 カルロが手を止めてこちらを見ていた。

「ずっる、一人で帰る気かよ」

 ウォルターが愚痴る。

「阿呆。これだけの量だぞ?向こうでも捌かないと。ただ送るだけじゃ駄目だ」


 確かにその通りだ。

 このまま送っても、今度は執務室が書類まみれになることは目に見えている。始末に負えなくなる。


「私が行った方が……あ、でも」

 シルヴァールは提案するが、そういえば馬で来たのだ、と思い直す。

「じゃ俺が行く!」

 ウォルターが手を上げる。

 一から書類作成し直しよりは、決裁が終わったものを処理する方がどう考えても楽だ。ウォルターは楽な方に逃げたかった。


「そうですね……。全体の半分くらい片付けてからなら、お二人で帰ってもいいでしょう。その頃にはアデリシア様も回復されているでしょうし。如何ですか?」


 聞かれてアデリシアは頷く。

 先程まで嵌められていた魔力封じの枷はとうに機能はしていなかったので、昨夜から魔力は回復し続けている。ジョルジュと戦って王都まで送った分も大分回復した。気絶してしまったのは、あれは呼吸がままならなかったというのが大部分で、ライアンが考えるように魔力を限界まで使い果たしたせいではない。実は一人くらいなら今すぐにでも王都へ送り届けられるのだ。

 アデリシアは目の前の惨状に目を眇める。

 書類の山はうず高く積もり果てしない。半分とはいえまだまだ先が遠い。

 あえて、アデリシアは口を閉ざした。 


「さ、皆様方、手を止めずに動かしてください。さっさと終わらせましょう」


 ぱんぱんと手を鳴らした家令に、誰も逆らえる者はいなかった。



***



 騎士団の皆は客間で簡易な昼食を取ることになった。

 用を足したり、小休憩を取る以外は家令達に絶賛見張られ中。客間でまだ書類と格闘している。

 回復専念と接待用員という事で、アデリシアは一人抜け出すことを許され、食堂へと派遣されていた。

 正式な午餐は、侯爵夫人とマイカ、アデリシアでの作戦会議の場と相成った。


「で、どんな具合かしら?」


 食事を終えて、侯爵夫人は現状を確認する。

 ベッドで足を触られたことだけは言う事を控えて、ずっと寝た振りであったこと、枷をライアンが自らが外してくれたことをアデリシアは報告する。


「そう。じゃ罪悪感は感じているわけね……」


 ぽつりと侯爵夫人は呟く。

 アデリシアはその言葉に背筋が薄っすらと冷えるのを感じた。


「確か、アデリシアの部屋から出た時はライアン殿は動揺していたとのことでしたよね?何か慌てていたとか」

 家令に聞いた、とマイカが言い繋ぐ。


「そうなのよ。セシリアもわざとアデリシアの胸元を大きく開けておいたと言ってたわ。あの子を動揺させる何かがあったの?」


 だから寝衣の胸元がやけに開いていたのか。


 というかセシリアさん、だからわざと腿のバンドを外さなかったんですね。さっき感謝した言葉を取り消していいですか?


 侯爵夫人とマイカの視線が集中していて、アデリシアは頬を引き攣らせた。そんなに期待されても困るのだが。


「で、どうなの、アデリシア」

 侯爵夫人が促す。


「あの、頭ならば何度か撫でられました。あと、ちょっとだけ、足元の掛布を捲られました」

 足元に隠してた私物を見つけられまして、と続ければ、マイカは眉を僅かに顰めた。


「足を見られた?」

「はい」

「まあ、それ位は別に戦や執務中でもありましたから」


 気にならないかと言われれば気になる。しかし、貴族の子女だからという理屈は戦場では通用しなかった。アデリシアも当然だとわかっていたし、咎める事もしなかった。

 それに、直近で足を見られたというなら、ついこの間、シーツを巻いた状態でライアンだけでなく、シルヴァールもウォルターにも見られている。

 じっくりと触られた事はあまりないけれど。


「まあ、そのせいかはわかりませんが、先程まで書類整理をしていた時、すごく団長からの視線を感じました」


 ライアンの様子を思い出しながらアデリシアは説明する。

 それはもう、ちらちらと何度も見られたのだ。

 ライアンが彼女に話しかけようとすれば、家令によってすぐ書類を山と積まれていたので碌な会話はしてはいないのだが、視線はびしばし飛んできていた。


「何か話した?」

「いえ、あまり。とにかく団長は書類に手一杯のようでしたので」

「それは都合がいいわ」

 侯爵夫人は目を輝かせる。


「しばらくライアンと話しをしちゃ駄目よ、アデリシア。焦らしに焦らさなきゃ。あの子の性格だもの。喋らなければ、もっと気になるわ」

 

 侯爵夫人はにんまりと微笑む。


「マイカデリック様もお願いしますね」

「わかっていますよ。ライアン殿が苛つくように、アデリシアと適度にいちゃついて見せればいいのでしよう」

「流石、わかっていらっしゃる」

 二人は顔を見合わせて頷く。

 息の合い方がぴったりだ。


「それより侯爵夫人、共闘する仲間ではありませんか。私の事はマイカとお呼びください」

「ええ、マイカ様。では私もレスティアとお呼びくださいな」

「わかりました、レスティア様」


 次の策略を練りながら静かに笑い合う二人は、是非とも敵には回したくない相手だ。

 アデリシアは絶対に逆らうことはしないでおこうと、深く心に決めたのだった。




雷と頭痛はお友達のようです……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ