憔悴
崩れ落ちるアデリシアを抱き留めながら、ライアンはその場に膝をついた。
「アデリシア!しっかりしろ」
腕の中のアデリシアはぐったりとして浅い息を繰り返している。顔を軽くはたくが、意識が戻る様子はない。固く目は閉じられており、憔悴しきった顔には疲労が色濃く滲んでいる。
「アディ!」
「アデリシア、どうして」
ウォルターとカルロは駆け寄った。
ただ、ジョルジュ団長を送り返すだけではなかったのか。
自分が言い出さなければ、とカルロは青ざめる。
ライアンは背後を振り返った。すぐにシルヴァールと目が合う。ライアンは頷いた。任せた、と視線で伝える。
頷き返したシルヴァールは剣の柄を掴んで、外へ飛び出して行った。
「セシリアを呼べ。俺が運ぶ」
素早く家令に命じてアデリシアを抱き上げる。
重い気分でライアンは階段を登るべく足を動かした。
団員がこれだけいて、治癒魔法はアデリシア以外にはろくに使えないのだ。唯一治癒魔法が使えるセシリアを呼ぶしかなかった。
くそ、ジョルジュと一体何があった。
ここにいないのはジョルジュだ。奴しか考えられない。
力量差はわかっているだろうに。ドレスの斬られ方を見ても遊んでいたのがわかる。
着ていたドレスはあちこちが切り裂かれていて、もう繕っても使い物にはならないだろう。肌は浅く斬られ深いものはないが、血が流れた跡があった。
ジョルジュがあの大剣で本気で斬り刻めばこうでは済まない。命に関わるような傷はないが、まさに弄んだ、といった表現が正しい状態だ。
「アディ……」
心配そうにウォルターが天位の杖を持ちながら後ろを付いてくる。その横にはカルロも付いてきている。
ライアンはウォルターの手にした杖に目を留めた。
執務室に置いてきたはすだ。
「何故天位の杖がここにある」
「こ、これは賢者の爺ちゃんからアディに渡せって言われて預かったんだ」
嘘じゃないよね、とウォルターは隣のカルロに同意を求める。
カルロは頷いて寄越した。
「間違いないです。預かりました」
「そうか」
ライアンは歯噛みした。
ジョルジュの相手をもっと自分がしていれば、と考えるが既に遅い。後悔先に立たずだ。
なまじ杖があったからジョルジュに目を付けられたに違いない。手合わせの相手をあれだけ探していたのだから。
しかし、とライアンはアデリシアの首元を注視する。団長であるジョルジュがこの首枷の意味を知らぬ訳ではないだろう。
それでも魔石に力を吸い取られながらもジョルジュと戦ったのか。
それならばこの消耗し切った状態も納得がいく。
部屋に着くと、先んじたカルロが扉を開いた。
そのまま中へと入り、アデリシアをベッドへ寝かせる。顔にかかった髪を横へと撫で付け、手のひらでアデリシアの頬にそっと触れる。
「アデリシア……済まない」
自分がこの首枷を嵌めなければ、こうはならなかったかもしれない。
「ライアン様、アデリシア様!」
セシリアが手拭いと盥を手に駆け込んできた。
珍しい。屋敷内で走る姿など滅多にないのに。
「セシリア、頼む。癒やしを」
ライアンが頭を下げる。
セシリアは手にした盥を側の机に置いた。ライアンの肩に手を置き、やめて下さい、と頭を上げさせる。
「応急措置しか出来ませんが」
「それでもいいから頼む」
セシリアは神妙な面持ちで頷いた。
アデリシアの状態を見るや否やセシリアは手に魔力を集め始めた。治癒魔法の光が輝く。
セシリアの手が翳される度に、肌に走った傷が次々と塞がっていく。
「う……ん………」
アデリシアが呻いた。とにかく呼吸が浅く短い。
「ん……これは……?」
セシリアはアデリシアの胸に耳を当てた。
間違いない。アデリシアの半身を起こして、破れたドレスへ手をかけた。そこではっと気付いて、一度は引き下ろしかけたドレスを元へと戻す。
ベッドの周りには騎士団の顔が揃っており、皆一様に不安そうな顔でこちらを覗き込んでいる。
セシリアはアデリシアを抱きかかえて自分の身体で隠すようにしてから、咳払いした。
「ライアン様達、殿方は部屋の外に出て行ってください」
「なんで、何かするなら手伝うよ?」
ウォルターが申し出る。ライアンもカルロも手持ち無沙汰のようで視線を投げてきて頷く。
下心なく善意から言ったのであろうが、この状況を何故読まないのだ。アデリシアの纏っているドレスはボロボロなのだ。着替えの必要があることくらいわかるだろうに。
苛々してセシリアは、きっと睨み上げた。
「殿方、と私は言いました。淑女の着替えを手伝って頂く必要はありません!」
「そんなつもりじゃ」
ない、と言いかけたウォルターの首に腕をかけて、カルロは問答無用で部屋の外へと引きずっていく。
「……後を頼む」
ライアンも二人に続いて部屋を後にして、扉を閉ざした。
部屋から男性が居なくなるや、セシリアはアデリシアから切り裂かれたドレスを引っぺがした。身体を半分だけうつ伏せ状態にしてコルセットの紐を緩める。素早く解いていくと、アデリシアがさらに呻いた。
「う……はあ……っ……ん……っ」
途端にアデリシアが肩で大きく息をし始める。やはり。余程苦しかったのか少々咳き込む勢いだ。すると、その動きに合わせてコルセットの隙間から小さめの杖が転がり出てきた。
「魔術師の杖……」
セシリアはそれを拾い上げて呆れた。
コルセットで締め上げた上にこんなものを仕込んでいては、呼吸がままならなくて当然。相当苦しかったはずだ。
アデリシアが身体に受けた傷はセシリアでも癒せたくらいのもので、それ程大したものではなかった。要するにただ酸欠状態だったのだ。
少なからずほっとしながら、セシリアは傍らの机に杖を置いた。そして、持ってきた盥に手拭いを浸して固く搾った。
下着以外のものを取り去っていきながら、アデリシアの身体の汚れを拭い去って行く。顔、胸、腕と拭いていって、セシリアは手を止めた。
「……こんなものまで」
セシリアはさらに呆れた。本を束ねるはずのバンドで自らの手提げ袋を左腿へ止めてあるのだ。
用心深い所作なのだろうが、休息が必要な今はかえって邪魔になるだろう。
一旦バンドを外そうとして、セシリアはそれを止めた。
いい事を思い付いた。
きっと奥様も推奨してくださるはずだ。
セシリアは何時になく上機嫌で、箪笥の元へと歩み寄った。衣服を収納してある引き出しを引いて、被る型の白く長い寝衣を取り出す。ベッドへ戻って、アデリシアを抱え上げさせてそれを頭から被せる。
きっちりと着せて、胸元の釦を止めた。少し考え直して、息苦しくないように上2つの釦は外しておいた。胸元がぎりぎり見えるかどうかの位置まで緩く開放する。
起こさないように慎重に乱れた髪を櫛でざっくりと整える。寝かせたアデリシアの表情を伺えば、先程よりはだいぶ赤みが戻ってきていた。
「あまり無茶をなさらないでくださいね……?」
今後、コルセットは少し緩めに締めるようにしよう、と心に留め置いてセシリアはボロボロになったドレスを手に拾い上げた。
***
セシリアが部屋から出ると、廊下に男三人が所在無さ気にウロウロとしていた。
烏合の衆か。もっとこう何かすることは無いのだろうか。困り切って何も手につかない様子が丸わかりだ。
はあ、とセシリアは呆れてため息をつく。
「……!どうだった」
すぐにセシリアに気付いてライアンが近寄って来る。
「傷は治せるところは治して着替えさせました。今は眠っています」
「そうか、ありがとう。手間をかけた」
「いえ」
そのまま立ち去ろうとして、セシリアは振り返った。ライアンの元へ再び戻る。
「ライアン様、あの、アデリシア様の足元のあれは……」
セシリアは言いよどんだ。
「足元?」
「いえ………私が言う事ではないですね。隠したかったのでしょうし……そうですよね……?」
抽象的すぎて、ライアンはぽかんとしている。
「何だ、何かあるのか?」
「いえ、何も。忘れてください。ああ、ただとても苦しそうにしてましたから、今はゆっくりと寝かせてあげてくださいませ。さあ中へ」
「ああ、わかってる」
ライアンは扉を開いて中へと入って行った。
その姿を見送り扉が閉まるのを確認すると、セシリアはにんまりと笑った。
さて、種は撒いた。あとは刈り取るのを待つばかりだ。
うまく引っ掛かってくれればいいが。
団長に続いて部屋に入ろうとしたカルロとウォルターを、セシリアは身を持って遮る。
素早く扉の前に立ちはだかったのだ。
「え?」
「気になるでしょうが、もう傷は粗方治しましたから大丈夫です。少し休めば気が付かれるはずです。ここはお二人だけにしてあげてくださいませ」
にっこりと笑えば、得心したようでカルロは頷いた。
「団長、寝てるアデリシアに手を出しちゃうかもよ?」
いたずらっぽくウォルターが尋ねると、セシリアはにやりと笑った。
「望むところです。奥様も皆も喜ぶだけですよ」
でもそんな甲斐性がありましたかしらねえ、とセシリアは呟いて歩き出した。
ウォルターとカルロは顔を見合わせて、吹き出した。
確かに。違いない。
そうでなければここまで拗れていない。
二人は笑いを堪えながらセシリアの後を追ったのだった。
***
ウォルターとカルロが階下に降りると、客間にはシルヴァールが館周辺を見回って戻って来ていた。
念の為、周囲を警戒したが何もなく、ジョルジュの姿も既になかったことを確認したと伝えると、カルロは胸を撫で下ろしていた。自分が提案した手前、気になっていたのだろう。
それにしても、とシルヴァールは思う。
アデリシアを使ってライアンを追い詰めるのはジョルジュの常套手段だ。しかし、今回は様子が違う。しかもあそこまで女性のドレスを意図的に刻む必要があっただろうか。
二人の間にかわされたであろう会話が気になる。
とりあえずは当初の目的ーージョルジュを王都へと返すことには成功したようだが、アデリシアが憔悴して倒れる程にまで嬲ったジョルジュの意図がわからなかった。何か賢者からの指示があったのだろうか。あの性格で素直に従うとも思えない。
ただ、侯爵夫人が演出する状況を知ってか知らずか、ライアンを焼きもきさせたことに変わりないのだが。
考え込んでいると、わざと二人きりにした部屋に、何時突撃して邪魔したら楽しいかを悪戯好きな団員達が話し合っているのが聞こえてくる。
突入したら却って面白くないではないか。
出てきたところをからかう方が反応が面白いに決まっている。
二人を止めるべくシルヴァールは立ち上がった。
ジョルジュの心の言葉
「しまった、残ってれば戦えたのに……!」
気付いたのは帰ってから、というオチ。
頭が痛過ぎて眠れません……お盆だから?




