王都への帰還
外で手合わせを、と呼び出してみれば、すぐに約束の場所へとジョルジュは姿を現した。
呆気なさ過ぎて、アデリシアは膝から崩れ落ちそうになる。
いいのか、第二騎士団の団長がこれで。もっと普通は警戒をするべきだろうに。
アデリシアは逆に心配になる。刺客とかに命でも狙われたらどうする気なのだ。ああでもこれは尚更喜んで迎え撃ちに行きそうだ。この様子では、果たし状とかだったら、さらに自ら進んで呼び出されてしまいそうな雰囲気だ。
まあ、実力は桁外れに強いから心配する必要すらないのだろうが。だからこその団長位か。
「ジョルジュ団長」
「なんだ、お前一人か?シルヴァールあたりが待っているかと思ったんだが。もしかしてお前が俺とやり合うってのか?杖しか持ってないじゃないか。魔法勝負だとちぃと苦手なんだが」
ジョルジュは嬉しそうに指の関節を鳴らした。
苦手といいつつ、好戦的なのは常時変わらないようだ。
確かジョルジュが得意とするのは闇魔法だったか。風とはあまり相性が良くない。ライアンは炎だからアデリシアとは相性がよかった。支援するのにも制御にも。
「違いますって。団長である貴方のお相手なんて絶対に無理ですから。力が違い過ぎる」
「じゃあ何故呼び出した?」
「提案が一つあります。もう王都に戻りませんか?私が転移魔法でお送りしますから」
「理由は?」
「このままこちらにいてもジョルジュ団長とまともに戦ってくれる人は此処にはいなくないですか?」
「そんな事はないぞ。ライアンとか、あの家令だっているじゃないか」
「…………その家令にすら相手してもらえてないくせに」
ぼそりと呟くと、瞬時に殺気が飛んできた。
「………くっ………!」
アデリシアは一歩後ずさった。
第二騎士団長の本気の殺気。ライアンとも気配が全く違う。
背後に滲む気配は重く昏い。限りのない闇の深淵がそこに覗いている。
ぶわと毛穴が開く。身体中の毛が逆立った気がした。
気を抜けば殺られる。怖い。
「おい、なんか言ったか?」
ジョルジュの黒髪が覇気で揺らめく。
「い、いえ……すみません。く……っ、お願いですから、もう少し殺気抑えてくださいませんか………っ?」
震える指でアデリシアは天位の杖を握り締める。
「ふん……まあ、いいだろう」
そう言った瞬間、ジョルジュの纏う空気が変わった。殺気を一瞬で解いたのだ。怖ろしい覇気だった。
アデリシアは深呼吸する。思わず息を止めてしまっていた。
「俺の殺気にすら気付けない団員もいるからな。お前はなかなか見所あるぞ。やっぱり俺の所に来いよ」
「あの……ですから、何度も申し上げましたようにご遠慮します」
「ちっ、迷う事も無しかよ。つまらん。せっかく呼び出されてやったのに」
頭を軽く掻いてジョルジュは息を吐く。
「此処にいるより、王都の方が剣のお相手がいると思うんですけど」
「そうか?」
他愛ない会話のはずだった。それなのに一瞬、ぞくりと身体が震えた。
アデリシアはつい反射的に杖を目の前に構える。
「いい反応だ…………行くぞっ!」
言うが早いかジョルジュは背後から剣を抜き払った。そのままの勢いでアデリシアへと迫ってくる。
「!」
アデリシアは咄嗟に天位の杖に魔力を流し込み、鎌型に変幻させた。風を投げてジョルジュの勢いを少しでも減らす。即席の鎌を回し、勢いをつけて下から振るう。
ギイン、と斬り下ろされる大剣の刃と風の刃がかちあった。
「よくぞ受け止めた」
褒めてやる、とジョルジュは笑う。
笑っているのにその身体には殺気が戻っている。
「……っ……!」
立っていた距離が少し遠くて良かった。予備の杖の長さではこうはいかなかっただろうと思ってアデリシアは震えながら唾を飲み込んだ。
おそらく予備の杖ではジョルジュへは届いていないはずだ。今頃ばっさりと斬られている。天位の杖は自分の肩上程まである長さなのだ。だからこそ、長さで辛うじて対応出来た。
既に力で押し負けそうだが、これ以上こちらからは動けなくなる。動いたらすぐに斬られる。それだけはわかった。
「お前、簡単に騎士団を、この国を抜けられると思うなよ」
低く呟かれる言葉にアデリシアは目を見開いた。
「わかっているはずだ。騎士団の掟を。仲間が敵に捕まったら必ず助ける。だが裏切り者には制裁を」
びくん、とアデリシアは震える。
第二騎士団長が来た理由。
賢者自らが転移魔法で送り込んだ本当の理由は。
「爺さんは天位を国から出すなと言った。そこに生死は含まれない」
ジョルジュは続けて、大剣を片手でがつがつと振り下ろした。
両手で支えた鎌で受け止めながら、手に伝わってくる衝撃にアデリシアは唇を噛み締めた。それでさえ、加減されたものだとわかってしまう。
片手で振るわれているというのになんと重い剣だ。アデリシアが両手で受けても痺れを感じる。そう長くは保たない。防ぎきれなかった攻撃がドレスを切り裂き、肌に赤い筋を走らせていく。
「く……っ!」
剣を受ける度に後ずさってしまっていた。
距離をとって深呼吸を繰り返す。
逃げ回って剣を受け続けて既に息はあがり、体力の限界は近い。ただでさえコルセットがきつくてまともに息が出来ないのに、ドレスの裾が足捌きをさらに悪くしていた。
大魔法を練る隙さえ与えてくれない。詠唱の短い小さな魔法は既に躱され、剣で斬られて消滅している。
駄目だ。このままでは本当にーー。
「……っ!」
喉元を狙って剣先が突き付けられる。
「アデリシア。そろそろ俺の元に来る気になったか?」
にやりとジョルジュは笑う。
限界が近いのを悟って尋ねてくる。
剣はいつでも斬るという構えのままだ。
「い……いいえ、嫌、です。ライアンじゃなきゃ嫌なんです」
震える声で、だが、はっきりとアデリシアは言い切った。
例え、この身が散ろうとも。
第三騎士団に、ライアンの側に上がってからはライアン以外には仕えないと決めている。
「いい機会だ。答えろ。ファランドールへ行くつもりだったくせにライアンじゃなきゃ嫌?可笑しいだろうが」
ジョルジュは鼻で笑った。
「最低限……食いつなぐためだけにしか力は使いません」
ぐっとアデリシアは込み上げたものを飲み込む。
「どうかな。それに天位は国に仕えてるんだろう」
「天位を与えられはしましたが、単なる称号でしかありません。称号も騎士団も辞してしまえば個人とは関係ないはず」
杖も返上するつもりでしたと、アデリシアは説明する。
そういうもんだったか?とジョルジュは首を傾げる。
「じゃ貴族としての務めは」
「しがない子爵の三女です。姉様達が果たしています。私が受けた恩義はすべて騎士団へ返したつもりです。それに家とは絶縁しました」
「親が決めた婚姻を放り出して絶縁だっけか?随分だな」
「それは…………」
アデリシアは項垂れた。
駄目だ。
このままではこの人を納得させられない。
死、の文字が頭を過ぎった。
戦の最中であれ、騎士団の仲間といれば大丈夫だという思いがあった。今更になって思い知る。天位なんて底が知れてる。こんなにも自分は無力だ。自分が守られていたことに気付かなかった。だからこそ大丈夫だと勘違いしていただけだ。
皆、ごめん。
「ライアンじゃなきゃ嫌、か。それ忘れんなよ」
ぽつりと呟いて、ジョルジュは大剣を一振りしてから背に収めた。
「ジョルジュ団長……?」
恐る恐るアデリシアは声をかけた。
だが、杖は構えたままで、だ。すぐに斬り掛かられても文句は言えない。この人なら殺ると思ったら迷わずそうするだろう。
剣を収めたということは自分は殺されなくて済んだということなのか。
「なんだ、続けたいのか?」
「いいえ!」
噛みつかんばかりの勢いで答える。
「じゃ下ろせ」
そう言われてアデリシアは震える手でようやく杖を下ろした。杖に施した変幻を解く。
続きはいらない。いらないが疑問が残る。
ジョルジュは自分を消しに来たのではないのか。
「ジョルジュ団長、あの」
「ああ、説教終わり。俺もやり合えて面白かったからな。これで赦してやる」
「え…………?」
アデリシアは呆然とするしかない。
あの殺気で斬り付けておいて、面白いで終わり?
「最初から手合わせっていう約束でここに来たからな。そうだろう?」
にやりと笑いながらジョルジュは尋ねてくる。
アデリシアは言葉が出なかった。ただ呆然としながら頷くのみだ。
確かに言った。そういう約束で呼び出した。だが。
「ライアンに感謝するんだな。親父さんがお前の辞職願を出していたようだが、正式に受理はされていない。奴の手元で止められている」
「え……」
知らなかった。
「だからお前はまだ騎士団の一員だ。騎士団の規則に縛られる。行き先不明の休暇で規則破り。罰則代わりに謹慎と、今は首輪つけて反省中……って筋書きか?」
休暇の上に謹慎なんて俺が欲しいぞ、とジョルジュは鼻で笑う。
「ライアンも甘過ぎるな」
ジョルジュが目を細めて、アデリシアの首元を見遣る。
すでにこの枷の要である魔石は壊されている。本当は嵌めている意味もない。彼女が杖を手にして魔法が使えた時点で意味をなしていないのは明白なのだが、それについては何も言わないでいてくれるのだ。
「……国は出るな。そんだけは守れ。あと俺の所に来るなら大事にしてやる。それ以外は……何とかしろ」
何とかってなんだ。
疑問に思う事もあったが、アデリシアは胸が熱くなるのを感じて泣きそうになった。
単なる戦い好きだけの団長に見えるが、決して愚かではない。そして、優しい人だ。
今回の顛末を正確に把握し、かつ取り返しのつかなくなる前に戒めに来たのだ。
さすがというべきか。今回の手合わせもまた、罰則の一部に数えられるのだろうか。
「んじゃ、俺の気が変わらないうちにやってくれ」
「え」
「王都に運んでくれるんだろう?言ってたじゃないか」
「……はい」
アデリシアは杖を構え直した。ジョルジュとの手合わせで消耗しているとはいえ、転移魔法を放つ魔力くらいは残っている。体力気力は酷く擦り減らされたため、ほぼ枯渇といった状態になるかもしれないが。
アデリシアは杖を地面に突き立てた。
ジョルジュの足元に赤い円陣が拡がって明滅する。
「お前、あんまり爺さんイジメんなよ?相手してくれないって拗ねてたぞ」
拗ねているのはわかって放置している。が、苛めた覚えはない。勝手に監視はされているようたが。
微かに眉を顰めたアデリシアだったが、最後の魔力を込める際にジョルジュへと声をかけた。
「あの、ありがとうございました……!」
軽く右手を上げるようにして、ジョルジュは円陣の中に姿を消した。
***
杖に縋るようにして疲れ切った身体に鞭打って歩き、ようやく館まで辿り着く。扉を開けると、騎士団員達が言い合いをしているところだった。というより、ライアンを真ん中にして団員三人が取り囲んでいるところだった。
「何かあったの……?」
呼び掛けたアデリシアの声に、一斉に視線が集中する。酷く動揺が走っているのが見て取れる。
どうしたのだろう。
「何があった」
近寄りながら、低い声でライアンが誰何してくる。
聞いたのに逆に聞き返された。何時になくライアンはひどく硬い表情だ。
「何って……え?」
杖に縋っていたアデリシアは、周囲を見回して皆の視線が自分に注がれていることにようやく気が付いた。
何かあったのは確かに自分だ。
改めて自分の姿を認識する。着ているドレスはボロボロ、至る所が切り刻まれ、薄汚れた状態だ。肌も露出している部分があり、切り傷が走っている。綺麗に編み上げられたはずの髪も崩れ落ち、乱れていた。
正に、襲われた状態とでも言えるべきそれだ。
「ち、違うの、これは」
説明しようとアデリシアは一歩踏み出した。
だが、皆の顔を見て緊張が途切れたのか、膝から力が抜ける。からり、と手の中から杖が滑り落ちたのがわかった。
「あ、れ……?」
身体に力が入らない。
暗くなって行く視界の隅にライアンが駆け寄ってくるのが見えた。




