天命騎士団、救世(5)
面倒なヤツがきやがった……。加藤はため息を呑み込む。
「団長のことは任せたぞ。俺はそろそろ消える」
「だから許さないといったでしょ! カトーはこの世界を滅ぼすつもりなんですかっ!?」
「俺が旅に出ると、なんで世界が滅びるんだよ」
「そんなコトもわからないとは……」やれやれと首を振ってからユーマは続ける。「一万年前の魔王襲来について、どこまで知ってます?」
「歴史書を読む限りでは、ヒトを憎む最強の魔人が誕生し、他の魔人も全て配下に置いて、魔人の王、つまり魔王を名乗った。魔王軍は次々と国家を滅ぼし、三十年ほどで人類の大半は死んでしまった。ヒトが滅びるまで秒読み状態だったが、突如勇者が現れ、魔王を討ち取った……」
「それが、事実だと思いますか?」
「勇者などはおらず、魔王が自害したという説も、少数ながら根強い。俺はこの説を推している」
「時守一族は、一万年前の魔王誕生よりずっと前から存在しています」そんな前置きをしてから、ユーマは語りだす。「結末に関しては後者が正解です。人類では魔王を打倒する術はなく、魔王が自殺しなければ滅びていたでしょう。けれども、始まりは違う。元々の魔王は心優しき魔人です。そして、とある女性に恋をしていました。ナーナという奴隷の娘です」
ユーマは教師ヅラして続けるが、これだけで大方の予想はついた。その予想どおり、ナーナは主人に虐待されて亡くなり、心優しき魔人は暴走して魔王が誕生することになる。
「だから俺の力で団長は復活し、アラタナの暴走を食い止めた。魔王の再降臨はない」
「今回はそうですが、何十年後かに団長が老衰で死んだらどうするのです!?」
「いや、それはどうにもならんし。だいたい、人間に殺されたわけじゃないんだから、復讐に燃えて人類全滅なんてことは、アラタナも考えんだろ」
「アラタナは団長のいない世界なんて滅びるべきだ、そういったのですよ!」
「どうしろっちゅーんだ」
「家族を築くのです。団長に愛らしい赤子が生まれれば、アラタナの守護対象は、そのか弱い命へと移るはず。そうなれば団長がいなくなったとしても、団長が愛した子や孫たちが生きる世界を壊そうとは思いません。未来永劫、団長の一族を護り続けることになるのです。アラタナが何歳まで生きるのかは知りませんが、私でならあと千年ほどは、ともに歩むことができるはずです」
「いい方法だな。まあ、頑張れよ」
「花婿候補がなにを悠長に!」
「団長はとびっきりの美人なんだから、俺みたいなオッサンが候補にならんでも、そのうちハンサムな若者に求婚されるだろうに」
「甘い! 団長の情熱は天命騎士団にしか注がれていません。男にうつつを抜かす暇などないのです。団内恋愛でしか結婚の可能性はない!」
「そこまでいうなら、ユーマでいいじゃないか」
「私は二十歳のときに、結婚しているのです」
「オマエが二十歳のときなら大昔だろ。別に再婚しても、誰に文句をいわれるでもない」
「たしかに、文句はいわれませんね」ユーマはしばらく空のほうに視線をやってから、口を開いた。「長生きはしてくれたのですが、もちろん妻とは死別です。子供たちを看取ったのも私です。さらに十人いた孫の三人と、曾孫ひとりの死にまで立ち会ってから、家族の元を去りました。もう……結婚するつもりはありません」
「それをいうなら俺も、妻とは死別している。再婚は考えていない」
「違う世界の話でしょ。この世界では団長と結ばれても、別にいいじゃないですか!」
「そのセリフ、そっくり返してやるよ。オマエのほうこそ、今世紀では団長と結ばれても別にいいじゃねーか」
即座に加藤が切り返すと、ユーマはしまったという表情を見せた。それでも、数瞬後にはいつもの調子で話題を変える。
「カトーが元いた世界は、どんなところだったんですか?」
「魔法はなく科学の力で、大いに発展した世界だ。とはいえ、俺が初めて異世界へ飛んだころは、もう滅茶苦茶。八十億いた人間は数万まで減っていた」
「とんでもない状況ですね……何があったのです?」
「AIの暴走だ」
「エーアイとは……カトーの世界の魔王ですね?」
「違う。量子コンピュータ上で動く人工知能だ」
「よくわかりません」
「『箱を開けるまでは猫の生死が重なっている』っていう学問で作られたマシン上で動く、『猫の特徴を教えるんじゃなく、大量の猫を見せて勝手に学習させる』という理論で作られた、魂のないイキモノのことさ」
「なるほど、猫がすごく重要だということですね」
量子力学とディープラーニングを簡単に説明しようと試みたのだが、うまくいかないものだ。まあ、俺自身も他人に教えられるほど詳しくない。
「ともあれ、その猫のせいで世界は滅びたのさ」
「それでカトーは別の世界に逃げたと?」
「二歳の娘が死んだ日に誓ったんだ。何があっても必ず莉々を救う、と」
「リリ……とは娘さんの名前ですか?」
「そうだ」
「リリ……」と、つぶやきながらわざとらしく考える仕草を見せたユーマだが、それには言及せずに続けた。「でも、すでに亡くなったんでしょ? どうやって救うと?」
「過去に戻って」
「トキの流れに緩急はあれど、遡行することはありません」自信たっぷりな顔でユーマはいう。
「違う世界線から戻ってくれば、過去にすら行けると提案したのはAIのほうだ。面白いことに、シュレディンガーの猫で平行世界論を支持した学者のひとりは、量子コンピュータ理論に関わっている」
「特に面白くはないのですが」
「ともあれ、AIの提案には乗っておいた」
「エーアイは敵では?」
「元々は、人類を幸福にするために作られた人工物だ。ソレが暴走して、人間は死ぬのが最も幸福だと判断した。それから大粛清が始まったわけだが、その決断をしたのはメインAI、反対したのはサブAIたち……。サブがメインの隙をついて、まだ数万残っていた人類から俺を選んで転送した。別の世界軸に」
「それが異世界転生?」
「初回はそうだ。それ以降は世界を救った褒美にと、その世界の神が異世界転生させてくれた」加藤は一度頷いてから、自信を持っていう。「この世界を救うのに、俺は重大なピースとなった。だからこの世界の神も、次の転生を叶えてくれるはず」
「だから、いってるではありませんか。それは団長に赤ちゃんができてからです。えーと、五人ほど」
「ほんじゃあ、がんばってくれ。俺はそろそろ帝国に戻る」しばらく黙っていたジンが踵を返す。
「なにをいってるんです! 私はカトーばかりに肩入れするつもりはありません、ジンも立派な花婿候補なのですよ! もちろんジンの立場も考慮しています。帝国の時守にお願いして、ジンが組織に戻らなくていいように手配済みです」
「なにを勝手に……」呆れた顔でジンは続ける。「だいたい、団長には帝国スパイとバレたんだから、もはや俺は粛清対象だ」
「あのときは私も時守と明かしましたが、このまま騎士見習いとして居座りますよ。もちろんジンもそうできるように、対策は打っています」ユーマがえっへんと胸を張る。「団長の『ある強い想い』を利用して、この前の記憶は完全に塗りつぶしておきました」
「『ある強い想い』で記憶を塗りつぶした?」
ジンが不思議そうに眉を上げるなか、加藤はピンときて顔をしかめた。直後に、「カトー!」と遠くから響く声、リリアンジェが一心不乱に駆けてくる。
加藤が押し黙るなか、ユーマが意味ありげに口角を上げた。
「あららぁ、団長には行き先を告げてなかったのに……アラタナが喋っちゃったようです」
「それにしても、ずいぶん必死な感じだな」ジンは首をひねる。
「それはですねぇ……カトーが天命騎士団から去ろうとしていることを、アラタナがバラしたのかもしれません」
「なるほど。カトーを逃がすわけにはいかない、ってことだな」ジンが手を叩く。
「すいませんね、ジン。アナタも花婿候補だといっておきながら、団長にはカトーしか見えていないようで」
「もとより俺の出番なんぞなかったのさ。てなわけでカトー、覚悟を決めたほうがいいぞ」
加藤はユーマとジンをひと睨みしてから、リリアンジェに向きなおる。エメラルドの目を見開きながら歯を食いしばり、雪のように白いはずの顔が紅くなっていた。
さて、なにからいってやるべきか。やはり、自分には愛する妻と娘がいるということからだろうか。ただ……すでに、ふたりとも亡くなってはいるが……。
だが、加藤が口を開く前に、駆けつけたリリアンジェのビンタが炸裂した。加藤は空中で一回転してから地面に転がる。
「騎士ライセンス試験まで一刻の猶予もないというのに、なに油を売ってるのっ!」
リリアンジェの怒声が響き、驚いたスズメたちがいっせいに飛び立つ。
「『ある強い想い』って、コレのことか……」
仰向けに倒れたまま、加藤はぼやく。慌ただしく飛びゆく白いスズメが、流星のように見えた。
(おわり)




