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◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
「ふわぁぁぁ…… 」
大あくびをしながらベッドを降り、顔を洗う。
「お嬢様、今朝の朝食はいかがします? 」
髪を梳かし着替えを手伝ってくれながら、ケイトが訊いてくる。
さすがにここ数日ホットケーキ続きだと、作るこっちも食傷気味。
だけど、パンを作るのはなぁ……
このちっこい身体で、早起きするのも、パン種を捏ねるのも体力が足りない。
「ケイト、何でもいいから、なんか作って」
あたしは甘えた声を出す。
たまには自分の作ったのじゃない朝食食べたい。
「ダメですよ。
そんなことしたらわたしが旦那様に叱られてしまいます」
ケイトは真顔で言う。
と言うことは脅しとかじゃなくて本当にそうなんだろうな。
「え~!
今日だけ、ね。ダメ? 」
「ダメ、です。
そうでした。
お嬢様が先日仰っていたお米、届いてますよ。
遅くなって申し訳ございません。
一般的でない食材でしたので届くまでに時間が掛かってしまいました。
今日はお米で何か作りませんか? 」
あたしの興味を反らすように提案してきた。
「ありがとう」
やったぁ。
これでご飯が食べられる。
お礼をいいながらあたしの顔がにやける。
「ねぇ、鮭ある? 」
「えっと、鮭でなくてはダメですか? 鱒の塩漬けならありますけど。
奥様はお魚料理がお得意ですから、切らしたことはありませんし」
「ちぇっ、鱒かぁ。
本当は鮭の方がいいんだけどな」
あたしは口を尖らせる。
「申し訳ありません。
鮭はシーズンにならないと入ってこないんですよ」
そっか、鮭は産卵シーズンにならないと上ってこないもんね。
無理ないってことだ。
「じゃぁ、鱒でいいわ」
「そうしていただけると助かります。
あとでいただいてきますね」
ケイトが安堵したように息を吐いた。
わぁい、朝ご飯。
焼き鱒に納豆、きゅうりの浅漬け、TKG!
弾む足取りでキッチンに向かい、お米を研ぐ。
あとは炊飯器に入れてスイッチオン。
ご飯が炊ける間に、おかずを用意。
さすがに納豆はなくても、生卵ならいつでもある♪
上機嫌で鼻歌交じりにお米を研いでいたあたしの手が止った。
炊飯器……
どこ?
じゃ、なくて。
そもそも炊飯器なんて、ここにある訳ないかぁぁぁ。
何しろあの豪華極まりない王宮でシャンデリアの明り、電気じゃなくて本物の蝋燭だった。
それにここだにだって電子レンジどころかIHコンロもない。
テンションが一気に下がった。
忘れてたけど、卵かけご飯用のおしょうゆ、なんてのもあるんだかないんだか。
うぅ…… 炊き立てご飯にたまごぉ。
お米洗っちゃったけど、どーしよ、これ?
お鍋で竈のご飯なんて炊いたことないよぉ。
「お嬢様、お魚いただいてきました。
ついでに貝もいいのがありましたから、貰ってきましたよ」
肩を落としていると、ケイトが頼んだ材料を持って戻って来た。
くぅん、焼き魚とアサリのお味噌汁。はむりかぁ。
せっかく貰ってきてくれたのに、残念。
じゃ、しょうがないから。
まずみじん切りにしたたまねぎを炒める。
貝と魚を一旦煮てスープを取って、お米をざっと炒め……
お米は洗わないって確か言ってたけど、ま、いっか。
お米とスープを合わせ、トマトを入れてその上にさっきの火を通したお魚と貝を並べたフライパンを火にかける。
あとは炊き上がりを待つだけ。
分量とか、手順とかよく憶えていないけど。
なんちゃってパエリアの完成!
う~ん、いい匂い。
やっぱりここの食材よっぽどいいものだけを揃えているみたいで、いい加減に作っても臭みもないし、味もいい。
「お嬢様、今日のこれはなんですか? 」
「炊き込み御飯の一種かなぁ?
不味い? 」
久しぶりに口に運ぶホットケーキ以外の朝ご飯に我ながら感動しながら答える。
だけど、ケイトの口に合うかどうかは微妙だよね。
「いいえ、おいしいですよ。
とっても。
ただ、お嬢様のことですからミルク粥か何かになるのかと、思っていたものですから」
慌てて否定しながらケイトはスプーンを口に運ぶ。
そっか、お粥っていう手もあったんだ。
お粥なんて病人食べるだからうっかり忘れてた。
「ですが、お嬢様。
このようなお料理のレシピをどこで?
何処かで、召し上がられたのですか?
奥様も一度もお作りになったことがないお料理ですけど? 」
……そっか、このちびっこ食べた物を再現するなんて高等芸も持っていたんだ。
で、その再現力が半端じゃないって訳ね。
「どこでだったかしら、忘れたわ」
まさか転生前の記憶でしたなんて言えないから、適当に誤魔化しておこう。
「ロレッタ! ロレッタはどこだ? 」
遅くなってしまった食事を終わろうとしているところへ、またしてもあの父親がけたたましくちびっこの名前を呼びながら飛び込んできた。
「お父さま、何かご用? 」
我ながら無愛想な返事だとは思うけど、それしか言い様がない。
「これをみて欲しいんだ! 」
少し興奮気味に言いながら、持ってきた袋を作業台の上に広げる。
バニラに、カスタード、なんて書かれた袋が数種類。
中身は粉みたいだけれど?
「先日、お前が作っていた、ミックス粉だよ。
手軽に使えるところが受けるような気がしてね、商品化しようと思うんだ。
その試作品。
粉の配合とか、お前の意見を聞きたくてね」
上機嫌で説明してくる。
「これは、なぁに? 」
あたしは袋の中ほどに書かれた文字に首を傾げた。
「フレーバーだよ。
ただのホットケーキじゃ味気ないから、香りをつけてみた。
ほら、ロレッタやお母様もやるだろう?
ローズウォーターいれたり、ハーブやバニラエッセンスを加えたり」
さすが商人、子供のアイディアからそこまでするか。
感心はするんだけど、このブラックペッパーとか焼きベーコンとかマッシュルームって何?
「とにかく、使って感想を聞かせてくれるかな?
頼んだよ」
言いたいことだけ言って、またしても足早に消えてしまう。
「いつものことですが、お忙しいですわね。だんな様。
お嬢様、これどうしましょう? 」
ケイトが溜息をついた。
そりゃそうだよね。
やっと毎日ホットケーキから開放されると思ったのにさ、これじゃ逆戻り。
「とりあえず、作ってみる? 」
あの父親、きっと言葉どおりすぐにでも感想を訊きにくるのは判りきっている。
まさか、手抜きで毎日ホットケーキだけ食べていたから、もうとうぶんホットケーキは見たくないとは言い難いし。