第一章〜三通りの道しるべ(8)〜
「それでは、よーい……スタート!」
クレクの掛け声とともに、ラジウが地面を蹴った。キヴィもゆっくりとだが右へ移動する。ラジウがキヴィの一歩手前でブレーキをかけた。
「おっ……」
キヴィもその変化に気付き、後ろへと一歩退く。それを追うかのように、ラジウは状態を低くし、足をぐんと曲げる。また、彼の目はキヴィの右手に持たれているボールに注がれてはいなかった。視線はキヴィの腹。ようは目の前を凝視しているのだ。
ラジウの足が伸びる。
「ちっ!」
このまま突っ込まれては避けきれないと理解したキヴィは、仕方なく左手を内に曲げた。そして、その手を払うようにラジウに向けて繰り出した。
ラジウは地を蹴ったと同時に前のめり、地面に両の手をつく。それによって、彼のスピードは失速した。次に、足を手の近くに着地させる。はたから見ると、かえるのような格好だ。
いきなり低くなったラジウのせいで、キヴィの左腕は宙を切った。彼女の腕が自分の頭上を通りすぎると、ラジウは勢いよく手足のバネを伸ばして、キヴィの右手目がけて飛びかかった。
「しまった!」
避ける前に、キヴィにはラジウの体重がのしかかる。だから右手を軸に、キヴィは後ろに倒れこんだ。
ラジウは彼女と違って、軽々と地面に着地し、両手を高々とあげバンザイをしている。
その手にはゴムボールがしっかりと握られていた。
「やった!!」
「あーあ、やられちまったねぇ。……よくやったよ」
苦笑いをしながら立ち上がったキヴィが、ラジウの頭を軽く叩いて褒める。
「へへ。だって、キヴィが攻撃する時は読みやすいし、した後は隙があるって言ってたからね。やってみようと思ってさ」
照れて頭を掻くラジウ。顔は嬉しそうで、ほんのり赤い。
「ね、クレク! 時間は?」
ラジウはクレクに駆け寄って、フェンス越しに聞いた。クレクを見上げるその目は、とても強く輝いている。
「約一分ですよ。素晴らしい戦いぶりでしたね。ラジウ様」
クレクはラジウの頭を優しく撫ぜて微笑んだ。
そこにキヴィも駆け寄ってきたかと思うと、ラジウよりも先にフェンスを飛びこえた。それからクレクと向かい合って苦笑う。
「悪いんだけど、今日はここに泊まってもいいかい? 今から帰ると、家につく頃には真夜中になっちまうよ」
「えぇ、どこでも空いているので好きに使って下さい。お風呂は右の方に、夕飯は食堂が左の方にありますので、お気軽に使ってください」
「わかったよ。ありがとう」
クレクは微笑みをキヴィに向けた。そこにフェンスを登りながら、ラジウが割り込んだ。
「キヴィ! いっそのこと、ずっとここに住んでよ!」
「考えとくよ」
背中を二人に向け、キヴィは片手をあげた。そして去っていく。
ラジウに満面の笑みが溢れているのを見て、クレクはまたラジウの頭をそっと撫でた。また、キヴィが去っていった方向に、深く頭を下げたのだった。
太陽が高く登り、もっとも暑くなる時間帯に、ラジウは目を覚ました。久しぶりにぐっすりと寝れたことに、大きな欠伸をしてから嬉しそうに笑む。
ベットから降りて着替えると、勢いよく扉を押し開け、廊下に飛び出した。
「クレク! キヴィ!」
二人の名を呼び、キョロキョロと辺りを見回す姿は、とても元気で子供っぽい。
「こっちですよ」
ラジウの声に返答が返ってくる。声のする方を見やると、フェンスの外。ようは庭で、クレクとキヴィが白いテーブルを囲んでいた。
テーブルの上にはカップとクッキーの入ったお皿がのっている。どうやら二人でお茶をしていたようだ。
ラジウは二人に駆け寄った。
「おはよう! クレク、キヴィ」
『おはようございます。ラジウ様。』
ラジウの挨拶に、二人はハモって挨拶を返した。
ラジウは驚いて、きょとんとしながらキヴィをみる。
「どうかしました? ラジウ様」
にっこりと笑んで首を傾げるキヴィは、いつものクレクそのもので。ラジウは口元を引きつらせながら一歩後ずさった。
「……キヴィ……だよね?」
「当たり前じゃないですか。何言ってるんです?」
なおも昨日とはまったく違った笑顔と口調のキヴィに、ラジウは目を大きく見開いたかと思うと、
「……こんなのキヴィじゃない!!」
わっと駆け出し、近くの開いている扉に隠れてしまった。そして、扉からそっと二人の様子をうかがっている。はっきり言えばアホ丸出しである。
しかし、それを見てクレクはなぜか楽しそうに微笑んだ。
「なめてんじゃないっつーの。このくそガキ」
ガラッと口調と声色を変えて、キヴィは毒付いた。さっきまでの和やかな雰囲気はどこへやら、大雑把なきっぱりとした雰囲気をかもしだしている彼女。
しかし、その雰囲気にラジウは嬉しそうに反応した。
「あ、キヴィだ」
彼女の雰囲気に安心し、ラジウは扉からそそくさと出てきた。そして、キヴィ達の元に駆け寄った。
キヴィはそんなラジウを見て溜め息をつき、背もたれにどっかりと寄りかかる。
「あんたねぇ、人がせっかく大人とする関わり方でやったげたのに……まったく、子供だねぇ」
キヴィの顔は緩く笑っていた。
彼女の言葉に、へへっとラジウは笑い、子供だよ。と認める。それから彼は、クレクの隣に座り、出されたパンを頬張った。
キヴィは少し真剣な瞳に戻ったかと思うと机に肘をつき、前のめりになってラジウの瞳を見つめた。
「ラジウ、戦う勇気はあるかい?」
「はる!」
彼女の問いにラジウは大きな声で即答した。しかし、口の中にはパンがつめこまれていたため、『ある』と言ったはずが、濁った音になってしまったようだ。
「そうかい。それじゃあ、さっそく作戦立てて、今日のうちに挑みに行くかねぇ」
爽やかな昼時、ラジウはパンを片手にキヴィの話を聞き、クレクはそれに助言する。その内容は、どのようにして敵を陥れて勝つか。である。
見た目だけは和やかな昼時の食卓であった。




