第一章〜三通りの道しるべ(7)〜
「だーっ! くそっ!! なんでキヴィはそんなに体力あるのさ!?」
したたる汗を手のこうで拭いながら、ラジウは叫んだ。汗をだらだらと流し動きも鈍くなっているラジウに対して、白衣を脱ぎ捨て薄いシャツになりつつもまだまだ軽い動きでラジウの攻撃を避けているキヴィ。
「人を体力馬鹿みたいに言わないでくれるかい!?」
キヴィは、なおもボール目掛けて飛び掛ってくるラジウを避けたついでにペシッと彼の額をこ突いた。すると、こ突かれた瞬間、ラジウはバランスを崩して倒れ込む。
「っ……まだまだーっ!」
声と共にすぐさま起き上がり、構えなおした。
そこへ、クレクが戻ってくる。
「二人とも、休憩にしませんか?」
ラジウがキヴィに再び飛びかかる前に、穏やかな声でクレクが二人に呼び掛けた。
「おっ、いいねぇ」
「えー!? 後ちょっとなのに!!」
口々の反応に、クレクは微笑んでタオルを二人に放り投げた。そして、庭に出るとお菓子を入れたカゴや、カップやポットを乗っけている皿を白い備え付けのテーブルに置いた。
それから二人を笑んだまま手招きしたのである。
それにラジウとキヴィは顔を見合わせ、肩を同時にすくめた。どうやら一時休戦のようだ。二人とも、クレクに誘われるまま、テーブルの近くの椅子に腰を下ろした。
ラジウはさっそく、目の前に用意されたお菓子と飲み物に手を伸ばす。
「なーんで、キヴィは僕より疲れてないのさ?」
お菓子を食べながらラジウはキヴィに食ってかかった。
「あんたが弱いからだよ」
キッパリと放たれた返答に、思わずラジウは立ち上がる。
「まあまあ、落ち着いてください、ラジウ様。キヴィさんは、ある一定の場所でしか動いていなかったんですよ」
クレクはラジウをなだめて座らせると、紅茶を飲んでいるキヴィに視線を向けた。
「なるべく最小限の動きで避けてたからね。ムダがとっても多い動きをしていたラジウより、疲れてないのは当たり前なのさ。それに、あんたは動きが大き過ぎて読み易すぎるよ」
キヴィは自分に話題が振られたことを理解し、ラジウに向かって言い放つ。言い方は、涼しげであまり興味がない、そんな感じだった。ようするに、当たり前すぎて言われる前に気付くべきだと言っているのだ。
「しかも、今攻撃しますよ。って体全体で言ってるみたくボールを見てますしねぇ。後、勢い良すぎてキヴィさんから離れ過ぎてますし」
さらにトドメをさすかのようなクレクの言葉に、ラジウはうなだれ机に突っ伏した。また、溜め息もつく。
ラジウには戦うという経験がない。それが何より自分の弱点に気付けない理由である。だからこそ、キヴィもクレクも彼に言葉によって伝えようとしているのだ。伝えたからといってすぐ実践でできるとは思っていないが、知っているのと知っていないのでは明らかに動きが異なってくるものなのだ。
「……僕って、本当に弱いんだね」
そのことが伝わっていないのだろう。ラジウはただ落胆して弱気に呟いている。
「何言ってるんですか。弱いからこそ、強くなれるんですよ」
クレクは、そんなラジウの背中を軽く叩いた。そして、背中を叩くと同時に、言葉でも彼の背中を押す。
「できないからこそ、できるようになる可能性があるんです。できる人には、できるようになる可能性はありませんから。できないなら、できるまで、とことんやってみましょう?」
「駄目だったところは直せばいいだけだからね」
クレクとキヴィの励ましに、ラジウの顔はぱぁっと明るくなった。そして、
「うん! 絶対とってやる!」
大きな声でそういった。その彼の顔は満面の笑み。それから勢いよく立ち上がり、キヴィの腕を引っ張った。
クレクはお皿を片しながらそれを見ている。まだ太陽は高く彼らを照らしていた。
空が赤くなり夕暮れになるころ、クレクは洗濯物から掃除まで、一日にやる家事を一通り終らせていた。だから、様子見がてらに二人の元へとやってくる。
「ちょ! パスだよ!」
「へっ?」
まだ、ラジウとキヴィの姿を確認しないうちに、声とゴムボールが飛んで来た。クレクはきょとんと目を丸くし、そのゴムボールを受けとる。
「ずっるーいっ!!」
甲高い大きな不満声が頭に直撃し、クレクは思わず耳を塞いだ。声の方にチラリと視線を向けると、砂や汗まみれで汚れに汚れたラジウとキヴィが倒れている。
キヴィは仰向けに荒くなった息を吐きながらクレクを見、ラジウにいたっては腹這いになりながらもクレクが持っているボールに手を伸ばして悔しそうに顔を歪めていた。明らかに彼はボールしか目に入っていない。
「はぁ、やっと来たかい。あたしゃ、疲れたよ。保護者も来たことだし、もう勘弁しとくれよ」
キヴィはゆっくりと立ち上がって服を叩いた。確かに顔には、疲労の色がありありと見てとれる。ラジウはそんな彼女に首を大きく横に振って抗議した。
しかし、キヴィは歩き出す。
「やだやだ! 後ちょっとなんだ!!」
ラジウは慌てて立ち上がり、立ち去ろうとする彼女の腕を引っ付かんだ。
キヴィも負けじとフェンスまでラジウを引きずる。
「明日にしておくれ!」
「いーやーだーっ!!」
クレクは、キャンキャンと喧嘩をする二人の近くに歩み寄った。
「ラジウ様、キヴィさんは疲れてますし、もう日も沈みかけていますから、明日にしましょう?」
「やだやだ!!ね!あと一回!一回でいいからっ!!」
クレクのあやすような優しい言葉にも、やっと動きだした体を冷ましたくないのか、ラジウはしきりに首を横に振った。まだキヴィの腕をしっかりと掴んでいる。
「しょうがないねぇ。じゃあ、あと一回だけだよ?ただし、制限時間は五分だからね」
キヴィは溜め息混じりの言葉と笑みをラジウに向けた。OK!と言ってラジウは彼女に笑い返す。
キヴィそれを確認してからクレクに、首から下げていた金色の懐中時計を投げてよこした。
「あんた、計っといてくれ」
クレクは懐中時計を受けとると、逆にボールをキヴィに投げた。顔はにっこりと笑み、彼女に対して頷いた。
「よーし! 絶対取るよ!」
「ふん、あんたなんかに取らせないよ!」
いちにつくと、元気よくラジウが声をあげる。さらに、キヴィもそれに答えるように声をあげた。