第四章~新たな仲間~(12)
そして姿を消したシルキアは、小さな少年の背中を見ていた。場所は、廊下。食堂からだいぶ離れた場所の廊下に、ラジウは棒立ちになっていた。柵に寄りかかるでもなく、外の風景を凝視している。
「ラジウ」
名前を呼ばれると、あからさまにラジウの身体が跳ね上がる。けれど、シルキアの方を向こうとはしない。
シルキアは、ゆっくりと彼に近づいた。そして顔を見るでもなく、小さな体の横に、自分の体を落ち着ける。
「……なんだよ」
程なくして、消え入りそうな、しかしどこか怒気が孕んでいる口調をラジウが発した。シルキアはそれに、首を横に振って答えた。
「別に……」
一言の返答で、会話は終了した。二人の間に沈黙が訪れる。
しかし、二人とも動こうとはしなかった。ただ柵の外にある木々を見つめ、隣にいるのにまるでどちらも隣に居る人を気にしていないようだ。
外の景色に集中したまま、ラジウが先に口を動かした。
「なぁ、シルキア……聞きたいことがあるんだ」
「なんだ?」
弱弱しい口調で名前を呼ばれ、シルキアはやっとラジウの方を少し見遣る。彼の表情はどこか悲しげで、小さく揺れる瞳は悩みをありありと映し出していた。
しかし、シルキアには人から何かを聞きだす能力などない。だから、ラジウが話してくれるのを待った。
「あのさ、シルキアは、自分が間違ったことしたかもしれない。って思ったこと、ある?」
ラジウの声が密かに震えている。シルキアは視線を外の景色へと戻した。一瞬、言葉に詰まって躊躇し、開けた口を閉じたが、それでも、答えなければとゆっくりと口を開いた。
「あぁ、ある。……ラジウ、お前は自分自身を信じないのか?」
「俺自身を? どういうこと、シルキア?」
問いかけに、ラジウは目を瞬かせながらシルキアを見た。シルキアはきょとんっとしてまるでわかっていないラジウの顔を視界に入れると、はぁっと息を吐いて身体を反転させる。柵に寄りかかって天井を仰いだ。
「ラジウ、自分を信じない奴を俺は信じはしない」
シルキアの言葉にラジウは未だ瞠目しながら、彼を見続けている。シルキアは、ラジウに視線を向けかち合わせると、眠たげな細い目を更に細めさせた。
「でも……シルキア、僕、自分が一番信じられない。弱虫で、皆のこと助けられなくて、勘違いして、迷惑かけてる。カズンは仲間だって言ってくれたのに、僕はこんなに弱い……んだ」
口から不安がぼろぼろと堰を切ったように零れ落ちる。ラジウの幼い大きな青い瞳は、薄っすらと涙で滲んでいる。シルキアは、その表情を見て、なぜかふっと鼻で笑った。むっと口をへの字にした顔でラジウは笑った相手を睨みつける。
「ラジウ、貴様キヴィに言ったことがあるらしいな」
「……なにを?」
「言葉で僕を左右して、と」
シルキアはラジウへと身体を向け、彼の胸元に指を軽く突きつける。
「信じろ。お前の中に何かあるんだと信じろ、ラジウ。お前を信じている奴がいるならなおさらだ。お前がお前を信じないというのは、信じてくれた奴に失礼だろ?」
「シルキア……シルキアは、俺のこと――」
自分にかけられる言葉を反復して、ラジウは情けなかった表情を引き締めて、目の前の相手を見つめる。
そして、大きく息を吸い込んで次の言葉を吐き出した。
「信じて……る?」
「今は、な」
おずおずと聞いた言葉にはっきりと答えられる返答。ラジウの頬が自然に緩んで、表情が明るくなっていく。大きく頷くと、今度は弾んだ声で、彼に返した。
「僕も……僕も、シルキアを信じるよ」
「それなら、カズンも信じろ」
「……ちぇ、シルキアって何でもお見通しなんだなぁ。カズンがもしかしたら別人になっちゃうかもしれないって聞いて、僕、本当どうしようか悩んだんだよー?」
自分の心を見透かされたような感覚を誤魔化すように、ラジウは唇を尖らせて抗議した。しかし、シルキアは肩を竦めて小さく笑うに留め、またフェンスに寄りかかってしまう。
「悩む必要などないだろう? あいつはあいつだ。変わったとしてもそれは変わらない」
「シルキアが言うと当たり前に聞こえる。なんか……ほっとした」
聞きたい返答を貰えた、とラジウは零れんばかりの笑みを浮かべて眉尻を下げた。言葉通り安堵した様子で肩の力を抜き、眺めていた外から反転してフェンスを離れる。
「バカ」
「まーた言う! もう、シルキア用事はそれだけ?」
いつもの言葉を零す相手に笑いながら声を強調させて返し、ラジウはシルキアが来た本当の理由を尋ねた。きっと、来たのはほかの用事があってのことだ、シルキアは聞かないといつまでもその用事を話してはくれないだろう。肝心なところは抜けているのだ。
「……カズンの兄が帰るそうだ」
「えぇー!? ちょ、こんなとこで話してる場合じゃないじゃん! カズンに教えてあげなきゃ、行くよ! シルキア!」
そういえばという顔をして、のろりくらりと述べるシルキアに対して、ラジウの声が廊下に響き渡った。すぐ後に、ドタバタという子どもの駆け足の音と、それについていく大人の足音が、廊下を賑わしたのだった。




