ヤンデレとの邂逅
「そういうわけで、君にはヤンデレという者を更生して貰いたい!」
「何がそういうわけで、ですか。ちゃんと最初から説明してください」
夕日が眩しい教室、彼と先生と呼ばれる職種に従事する彼女はそこにいた。
彼の名前は稲垣博己、教諭の名前は鮎川凛花、彼女はドイツのハーフであり、白衣を着た黒髪ロングロリ美少女だ。ミドルネームはアーベントロート・リンカ、生徒からはリンカちゃんなどの愛称で呼ばれている。
ちゃんと年齢は25歳、お酒だって飲めるもん!と前に同僚と飲み会に参加した時警察沙汰になったと入学当初の博己に愚痴をこぼしていた。
博己は日本人では珍しい顔の堀が深い純日本人だ。
一目で見たら外国人とのハーフなのでは?と思われることが多々あるが、そんなことはない。
がっちりとした体躯からか知らないが全校生徒に恐れられている…というかなんというか…筋肉好きの生徒からしたら素晴らしいオカズらしい。
「というわけでちゃんと話してください、リンカ先生」
「うむ、博己くん」
高い声でリンカは語り出す。
「ここ最近、君の持ち物が無くなっている事案が発生しているだろう?」
「ああ、はい」
ここ数ヶ月前、博己の持ち物がごっそり無くなっている事が多くなった。
シャーペンや教科書ならまだしも酷い時など、靴や体操服が無くなっていた。
最初は、イジメか…悲しいものだ…と少ししょんぼりする程度で、実質博己にはノーダメージだったのだが一応先生に報告しておいて損はないだろうと、元々交流のあった保健室の先生リンカちゃんに話をした。
というのがことの発端である。
「犯人が分かった」
「なんと」
イジメの犯人が分かったのか、金輪際やめようねと注意しておいてやろう。
博己は心が広いというかなんというか、そういうことに関しては寛容的でもあった。
「あーしかしその犯人が厄介すぎてな…」
「どのような」
「まあ端的に言えばヤンデレだ」
「ヤンデレ?」
「そうだな、簡単に言うとその人の事が好きで好きで堪らない、しかしその人はこっちを振り向いてくれない、そしてその愛情が病んでいって、結果愛する者に危害を加える者の俗称という者だな」
「もっと簡単に」
「周りにいる人間を殺しかねない女」
「よし、止めに行こう」
「待て待て!」とリンカが博己の腕を掴み止める、しかし博己は止まる気配など一ミリもない。
俺の大切な人に危害を加える人間、そんなに人間を放っておけるわけがなかろう、と博己はどんどんリンカを引き連れて足を進めていく。
「先生、今その子は」
「生徒指導室だが…なんだこれは貴様!腕がムキムキすぎるぞ!ムキムキー!」
謎の雄叫びをあげリンカは必死に博己を止めようとしたが努力も虚しく、二人は生徒指導室の前にいた。
「なるほど、只ならぬ殺気だ」
「はわわ…やばいぞ…これはやばい」
リンカはプルプルと足を震えている。
しかしそんなことは御構い無しに、博己はドアを開ける。
この男は何かがあると前が見えなくなるタイプの人間だったのか…数ヶ月の付き合いでそうリンカは確信した。
「あはっ…ーーー」
博己は黒い霧が幻視するほどの憎悪を感じた。
こんな奴が今までに俺の周りにいたのか…!博己は顔の前に手の甲をかざし、まるで風に耐えるかのようなポーズで前に進む。
そしてようやく、彼女の顔が見えた。
「ははーー参ったな、まるで普段の生活からはなにも感じなかったぞ、四月一日」
「お待ちしておりました、博己様ーーようやく貴方の顔を近くで見れます♪」
博己の目の前にいたのは、同じクラスであり学校の三代美女の一人として数えられるほどの美貌を持つ少女、そして学級委員を務める四月一日優子がいた。
先生とは違う黒髪セミロングでスッと通った鼻筋、透き通るような白い肌、まるで吸い込まれそうになる瞳。
何から何まで完璧な少女が目の前にいた。
今までに告白されてきた男の名は数知れず。
女子からも好かれる完璧超人がなぜ…こんな薄暗い雰囲気を醸し出している…?
前髪は綺麗な瞳を隠すかのように垂れ、隙間からチラチラ見える瞳には光というものがない。
恐ろしい、直感で博己はそう思う。
しかしなぜ彼女が…
「全く、博己くん先生の話は最後まで聞こうじゃないか」
「あらゴミクズ先生、今日も懲りずに博己様に近づいていたんですか、もう忠告しましたよね、あれほど博己様には近づくな、と。何また接触しているのですか、しかも先生博己様の高貴な腕にしがみついていましたね、匂いで分かります、ほかの女の匂いがするって、ふざけないでください妬ましい妬ましい、私なんか一回も博己様の腕に触ったことないのに、この女はなぜこうも容易く、妬ましい妬ましい死ねばいいのに死ね死ね死ね死ねシネシネイシネーーーー」
「とまあ、こんな所だ」
博己は手で顔を覆った。
まさかこんな奴が委員長だとは思いたくなかったのだ、好意をぶつけられるのは大変嬉しいが、しかしこれは幾ら何でも無いだろうと。
「……そんなに腕が触りたいなら、触れ」
博己は困惑したはずみで言ってしまう。
ああ、この男は混乱するとおかしな行動を取るんだなとリンカは心の中で思う。
今日は、博己くんの新たな一面が見れまくっているな。
「えっ!えっ!えっ!いいんですか!?いいんですか!?私がこんな高貴な腕に触っていいんですか!?嘘嘘嘘!嬉しい!嬉しい!やだ!そんな!こんな!あああ!イってしまいそうですうううううう♡♡♡」
博己は再確認する。
この俺の腕にしがみついてヨダレを垂らしながら、顔を真っ赤にしている彼女の顔を見る。
ああ、紛れもなく委員長だ、文武両道、容姿端麗な委員長だ。
そんな人が『イってしまいそう』とか言うか?こえーよ。
博己は腕にしがみつく四月一日を見てヒェッと情けない声を上げた。
リンカもこのことは予想外で、呆然としている。
博己は最初のことを考える、先生が言っていた更生という二文字。
元の良い状態に戻ること、そうなんでも教えてくれるネットの先生に教えてもらった。
しかし、こいつはもう手遅れでは?
博己はそう思う、それもそうだろう…だって。
『クラスのマドンナが死んだ目でヨダレを垂らした状態で俺の腕に頰をスリスリさせている女』なんて。
実際、博己の腕はヨダレでベトベトだ。
「あっ!あああああああ!ひゃろみしゃまの!ひあああああああ♡♡♡さいっこううんふうううううう♡♡♡」
そう四月一日は言い残し、ぶくぶくと泡吹きながら机に倒れこんだ。
それを見たリンカがハッと我に帰り、博己の方へ見る。
心底リンカもドン引きしているようだ。
「…」
「…」
「あへ…」
重い沈黙が流れる。
博己は思った。
「ガンバ☆」
「無理☆」
リンカと博己、そして重度のヤンデレ四月一日優子。
恐らく、地獄の高校生活が始まったと博己は心の中で思うことにした。
少しでも面白ければ、評価していただけると幸いです。