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第4話:光の都ルミナリアと、平穏な日常の裏に潜む影


「わあ……! パパ、見て見て! 魔力灯がとってもきらきらしてる!」

アリアが私の手を引きながら、楽しそうに声を弾ませる。ギルバートに抱っこされたレオも「きらきらー!」と小さな指を差してはしゃいでいた。

体調が完全に安定した私は、数日ぶりに屋敷を出て、家族全員で王都ルミナリアの市場へと買い物に出かけていた。

一歩足を踏み入れたその街並みは、前世の現代日本の都市とは全く異なる、息を呑むほどの美しさに満ちていた。

“光の都”と称されるルミナリア。その名の通り、通りに立ち並ぶ白い大理石の建築物は陽の光を浴びて純白に輝き、道を行き交う人々を遮るように張り巡らされた魔力灯が、昼間だというのに淡く神秘的な光を放っている。中心部には、大陸最高峰のアストレイア魔導学院、そびえ立つ王城、そして世界の英知を集めたとされる大図書館が君臨し、都市そのものが一つの巨大な魔導芸術品のようだった。

「ふふ、アリア、危ないから手を離さないでね。ギルバート、レオの帽子が少しズレているわよ」

「おっと、すまないエレーナ。……うん、これでよし。それにしても、こうして君と子供たちと並んで歩けるなんて、私は今、世界で一番幸せな男に違いないな」

街頭の真ん中で、ギルバートが至極真面目な顔でそんな甘い台詞をのたまう。通りすがりの若い女性たちが「まぁ、マクシミリアン様ご夫妻だわ」「相変わらずお熱いこと」と顔を赤らめて囁き合っているのが聞こえ、私の中の十四歳の少年(和彦)の理性があっという間に悲鳴を上げた。本当にこの夫は、人前での羞恥心というものをどこかに置き忘れてきたらしい。

「あ、あのね、ギルバート、少しは周囲の目も気にして頂戴……」

「おや、照れているのかい? 頬が赤くて可愛いよ、エレーナ」

「~~っ!」

もう勝手にしてくれ、と心の中で降伏する。

市場を進むと、市井の商人や冒険者たちが、次々と私たちに声をかけて頭を下げてきた。

「剣姫様! お体の具合はいかがですか?」「大賢者様、先日の魔導結界の論文、感銘を受けました!」

エレーナの記憶にある通り、この二人の名声は国内において絶対的なものだった。最強の剣士と最高峰の魔術師の夫婦。それは国の象徴であり、民にとっては平和の盾そのものなのだ。これほどの影響力を持つ女性に自分が転生してしまったのだと、改めて背筋が伸びる思いがする。

アリアに可愛い髪飾りを買い、レオに木製のおもちゃを選び、平穏で温かい時間が過ぎていく。前世の私には決して縁のなかった、眩しいほどの『家族の日常』。このままずっと、この幸せに浸っていたい――そう願った、その時だった。

大図書館の裏手に差し掛かり、人通りの少ない大通りを曲がった瞬間。

私の背筋に、ピリッとした冷たい電流が走った。

(――ッ!?)

一瞬で、和彦としての『Cランク探索者』の経験、そしてエレーナとしての『伝説の剣姫』の野生が同時に跳ね上がった。

気配は三人。大図書館の二階の窓際、そして対面の路地裏の物陰。

市井のファンが向ける憧れの視線や、下世話な好奇心の視線とは明らかに違う。それは、獲物の隙を冷酷に値踏みする、実戦の場でしか生じ得ない『殺気を含んだ監視の目』だった。

私はさりげない動作でアリアを自分の背後に引き寄せ、下腹部を片手で庇うようにして、視線が放たれた方向へと、一瞬だけ鋭い眼光を向けた。

エレーナの、紫水晶のような瞳が冷徹に細められる。

数多の戦場を潜り抜けてきた剣姫の覇気が、無意識のうちに漏れ出していた。

(……消えた? いや、気配を完全に隠したな。かなりの手練れだ)

ほんの一瞬の交錯だったが、相手は私が気づいたことを察知し、即座に気配を霧のように霧散させた。

前世の泥臭いダンジョンで培った私の危機感知能力が、告げている。あの視線は、マクシミリアン家――いや、明確に『身重の私』を標的にしている。

「……エレーナ? どうしたんだい、急に立ち止まって」

ギルバートが、私の微かな肉体の緊張を敏感に察知して、心配そうに覗き込んできた。

すぐにギルバートに伝えるべきか、一瞬迷う。しかし、ここで下手に騒げば、怯えやすい子供たちを怖がらせてしまうし、何より今の過保護なギルバートのことだ、王都全域に広域探知魔術をぶっ放して戒厳令を敷きかねない。

「いいえ、なんでもないわ。少し、大図書館の蔵書が懐かしいなと思っただけよ」

私はすぐにいつもの優しい微笑みを作り、夫を安心させるように首を振った。

「そうか。君さえ良ければ、今度は二人だけでゆっくりと調べ物をしに来よう。もちろん、君の体調が最優先だけどね」

「ええ、ありがとう」

ギルバートの優しい言葉に頷きながらも、私の胸の奥には、冷たい澱のような警戒心が残っていた。

平穏な異世界ライフの裏で、確かに忍び寄る不穏な影。

(誰だか知らないけれど、今の私は前世のただのガキじゃない。もしこの人たちや、お腹の子に手を出そうとするなら……伝説の剣技の錆にしてやるから覚悟しなさいよ)

愛しい家族の手を握り直し、私は再び白い大理石の街を歩き出す。母としての覚悟が、私の胸の中で、さらに深く静かに研ぎ澄まされていくのを感じていた。



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