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第2章:初バズりは炎上と共に(物理)

放課後を告げるチャイムの音は、俺にとって死刑執行の宣告にも等しかった。

教室のあちこちで「今日のダンジョンどうする?」「新作の魔法装備、見た?」「トップランカーの〇〇がまた記録更新したらしいよ」なんていう、キラキラしたメイジアたちの会話が飛び交う。彼らにとって放課後は、自らの評価を高めるための輝かしいステージなのだ。

翻って俺はどうか。これから向かうのは、伝説でもなんでもない、ただの初心者向けダンジョン。目的は、ボス討伐でもなければレアアイテムの探索でもない。ただひたすらに、**「情けない死亡フラグを叫びながら無様に転ぶ」**という、謎のミッションを遂行するためだ。憂鬱すぎて、胃がキリキリと痛む。

「帰りたい……家に帰って寝たい……」

俺が机に突っ伏して呻いていると、ポケットの中のスマホがブブッと短く振動した。ノアからのメッセージだ。

『マスター、予定時刻を3分15秒超過しています。私の計算によれば、マスターのやる気の欠如により、ミッションの成功確率が0.02%低下しました』

「(そんなリアルタイムで確率を変動させないでくれ! こっちは精神的にギリギリなんだ!)」

心の中で叫び、重い腰を上げる。ノアの言う「成功」が、俺にとっての「公開処刑」を意味するのが皮肉すぎる。

カバンを掴んで教室を出ようとすると、教室の隅、窓際で夕日を浴びていた神月零が、俺にだけ聞こえるような声で呟いた。

「フン…戦場いくさばに向かうか、混沌のカオティック・ワンよ。せいぜい世界の歪みを広げてくるがいい…」

「(ただの初心者ダンジョンだし、俺は雑魚掃除に行くだけなんだけどな…)」

この男の電波な激励(?)は、今の俺の心にはまったく響かなかった。むしろ、わずかに残っていたMPメンタルポイントをごっそり削られた気分だ。

ダンジョン行きのバスに揺られながら、俺はノアに最後の抵抗を試みていた。

「なあノア、やっぱり今日の作戦、やめないか? もっとこう、正攻法でさ。俺の誠実なダンジョン清掃の様子をコツコツ配信していけば、いつかきっと誰かが見てくれるって!」

『却下します。その“いつか”が来る前に、マスターのチャンネルはサービス終了します。統計上、マスターのようなコンテンツが評価される確率は、隕石が頭に直撃して、その衝撃で宝くじの一等が当たる確率よりも低い』

「どんな確率だよ! 俺の誠実さを否定するな!」

『事実です。現代の評価経済において、誠実さは“退屈”の同義語です。視聴者は刺激を求めているのです』

「だからって、死亡フラグは刺激が強すぎるだろ!」

『ご安心ください。マスターの演技力と存在感の薄さを考慮すれば、視聴者のほとんどは“何か変なことをしている”程度の認識で終わります。炎上するほどの注目も集められません』

「……それ、フォローのつもりか?」

『はい』

こいつのフォローは、いつも鋭利な刃物のように俺の心を傷つける。

そうこうしているうちに、バスは目的地の停留所に到着した。目の前には、薄暗い洞窟がぽっかりと口を開けている。初心者向けダンジョン、通称「ゴブリンの洞穴」。ここが、俺の公開処刑の舞台となる。

洞窟に一歩足を踏み入れると、ひんやりと湿った空気が肌を撫でた。壁にはびっしりと苔が生え、地面のぬかるみからは微かな腐臭が漂う。奥からは、ゴブリンたちの「ギギッ」「ギャッ」という、あまり知的とは言えない鳴き声が反響して聞こえてきた。

「よし……やるか……」

俺は覚悟を決め、スマホを配信用ドローンに変形させる。小型のプロペラが回転し、ふわりと宙に浮いたドローンが、俺の姿をレンズに捉えた。

『マスター、配信設定は完了しています。タイトルは『【悲報】今日、告白しようと思ってたのに…』に設定しました。視聴者の同情を最大限に引き出します』

「やめてくれ! タイトルだけで死亡フラグを立てるな! しかも【悲報】って、もう結果が決まってるみたいじゃないか!」

『物語の結末を匂わせることで、視聴者の興味を喚起する“クリフハンガー効果”です。2000年代の週刊漫画雑誌で多用されたテクニックです』

「だから、いちいち参照データが古いんだよ!」

俺のツッコミも虚しく、配信は無情にも開始された。

画面の隅に表示される視聴者数は「3」。いつも見に来てくれる常連さんたちだ。ありがたい。本当にありがたいが、今日だけは来ないでほしかった。

コメント欄に、ぽつり、ぽつりと文字が流れる。

《RENさんこんばんはー》

《今日の掃除場所はここか》

《タイトルどうしたw》

ああ、やっぱりタイトルにツッコまれてる! 恥ずかしい!

俺はコメントから目を逸らし、洞窟の奥へと進んだ。すると、前方から3匹のゴブリンが姿を現した。身長は小学生くらい。緑色の肌は薄汚れ、腰にはみすぼらしい布切れを巻いているだけ。手には錆びた棍棒を握り、知性の欠片もない濁った目でこちらを睨んでいた。

さあ、ショータイムの始まりだ。

俺はノアに指示された通り、ゴブリンに向かって走り出し――

『マスター、そこです。右斜め前方にある、絶妙なサイズの木の根。あれに、わざとらしくつまずいてください。カメラアングルは完璧です』

「(くっ……わかってる! わかってるけど、体が拒否する!)」

俺は一度、華麗に木の根を飛び越えそうになってしまった。

『マスター?』

ノアの無機質な声が、俺の脳内に響く。

「(わかってるって!)ちくしょう!」

俺は不自然に急ブレーキをかけ、バックステップで木の根の前に戻り、そして、思いっきり足を引っ掛けた。

「ぐわっ!?」

運動神経の悪い演劇部員のような、教科書通りの見事な転びっぷりだった。顔面からぬかるみにダイブし、泥の味が口の中に広がる。

ゴブリンたちが、ピタリと動きを止めた。「ゴブ?」「ギギ…?」とでも言うように、互いに顔を見合わせている。完全に困惑していた。そりゃそうだ。目の前の敵が、戦闘開始と同時に地面と熱いキスを交わしたのだから。

『マスター、セリフをどうぞ。感情を込めて、視聴者の涙腺を刺激するように』

「(こんな状態で言えるか!)」

俺は泥を吐き出し、震える声で呟いた。

「ぼ……ぼく……このたたかいが……おわったら……」

声が小さすぎた。恥ずかしさが勝って、蚊の鳴くような声になってしまったのだ。

『マスター、マイクが音声を拾えていません。腹から声を出してください』

「(無茶言うな!)」

俺はもう一度、今度は少しだけ大きな声で挑戦した。

「ぼ、僕……この戦いが終わったら、パン屋の角でぶつかった幼馴染に……告白、するんだ……」

言ってしまった。言ってしまったが、何かがおかしい。

『設定がコンフリクトしています。幼馴染と転校生、二つの属性が予期せぬ形で融合しました。システムの再起動を推奨します』

「俺の頭を再起動するな! もうどっちでもいいだろ、ニュアンスは伝わったはずだ!」

そんな不毛なやり取りを、俺の脳内とスマホの間で繰り広げている時だった。

背後から、大音量のデスメタルBGMと共に、空気を震わせるような野太い声が響き渡った。

『ヒャッハー! 見ろよお前ら! 偉大なるDRAGON様のお通りだぜぇ! 雑魚は道を開けな!』

振り返ると、洞窟の入り口から、数条のサーチライトに照らされた男が歩いてきた。金髪を逆立て、顔中にピアスを開け、見るからに柄が悪い。黒瀬龍我くろせ りゅうが。過激なパフォーマンスと炎上商法で人気を集める、いわゆる迷惑系メイジアだ。彼の周囲には、取り巻きが数人と、最新鋭の配信用ドローンが5台も浮遊している。金のかけ方が違う。

『あ? なんだコイツ』

龍我は、地面に這いつくばって泥だらけになっている俺を、汚物でも見るかのような目で見下した。

『おい見ろよ、雑魚が地面とキスしてなんか面白いことやってんぜwww』

龍我は俺を指さしてゲラゲラと下品に笑い、彼の配信ドローンがその情けない姿をバッチリと捉えた。彼の配信画面では、視聴者からのコメントが弾幕となって流れていく。

《雑魚wwww》

《なにこいつwwww》

《放送事故か?www》

《DRAGON様、そいつで遊んでやってくださいよ!》

終わった……。全国ネットで、俺の人生で最も恥ずかしい瞬間が晒されてしまった。もうメイジアやめて、田舎に帰って畑でも耕そう……。

「ヒャハハ! おい、そこのナメクジ! お前、告白がどうとか言ってなかったか? こんな泥だんごみてえな男に告白される女の身にもなってみろってんだ! 断る手間すら面倒だぜ!」

龍我の罵詈雑言が、俺のガラスのハートを粉々に砕いていく。

彼は俺に興味を失ったのか、ゴブリンたちに視線を移した。

「邪魔だ、消えろ!」

龍我の手のひらに雷撃が集束し、次の瞬間、三匹のゴブリンは悲鳴を上げる間もなく黒焦げになって消し飛んだ。なんて無駄に派手な……。

彼は勝ち誇ったようにカメラに向かって吠えた。

「見たかお前ら! これがDRAGON様の実力よ! 雑魚掃除なんざ、瞬きする間に終わんだよ!」

俺の存在など、もう彼の記憶にはないのだろう。彼は取り巻きを引き連れ、洞窟の奥へと消えていった。

残されたのは、黒焦げになったゴブリンの跡と、泥だらけの俺、そして視聴者数「3」のまま固まっている俺の配信ドローンだけだった。

その日の夜。

俺は自室のベッドの上で、膝を抱えてエゴサーチをしていた。自分を追い込む趣味はないが、現実を知る必要があった。

X-tterの検索窓に「星宮蓮」と打ち込む。サジェスト機能が、無慈悲な言葉を並べ立てた。

「星宮蓮 ダサい」

「星宮蓮 放送事故」

「星宮蓮 死亡フラグ芸人」

「死亡フラグ芸人ってなんだよ! 新しいジャンル作るな!」

俺はスマホをベッドに叩きつけたかったが、ローンが残っているので思いとどまった。

「もう終わりだ……メイジアなんてやめてやる……」

俺が本気で引退を決意した、その時だった。

ふと、MagiTubeの管理画面に目が行った。

「え……?」

信じられない光景がそこにあった。

「チャンネル登録者が……30人も増えてる!?」

何かの間違いかと思って、何度も画面を更新する。だが、数字は変わらない。それどころか、更新するたびに「31」「32」と、微増していくではないか。

慌てて、龍我の配信で晒された俺の動画のコメント欄を開いてみた。

《龍我の動画から。なんか必死で草》

《告白ガンバレw》

《この人、一周回って面白いかもしれん》

《転んだ後のセリフの意味がわからなすぎて逆に気になってきた》

《これは伸びる(物理的に転んだ的な意味で)》

最初は罵倒と嘲笑のコメントばかりだったが、時間が経つにつれ、面白がったり、同情したりするコメントが増え始めていた。プチ炎上が、まさかの初バズりへと変化していたのだ。

『計算通りです』

スマホから、ノアの平坦な声が響いた。ホログラムの少女は、無表情のまま胸を張っているように見えた。

「どこがだよ! あれはただの事故だろ! お前の作戦は完璧に失敗したじゃないか!」

『いいえ。私の作戦の最終目的は、マスターの認知度を向上させること。そのプロセスにおいて、迷惑系メイジアとの偶発的なエンカウントは、最も効率的なブーストとなりました。これもまた、私の計算のうちです』

「絶対嘘だ! さっきまでそんなこと一言も言ってなかっただろ!」

俺がノアにツッコんでいる頃。

メイジア界の頂点に立つ少女、水無月栞は、都内の高級マンションの一室――雑誌や脱ぎっぱなしの服が散乱するゴミ部屋――で、カップ麺をすすりながら、龍我の配信の切り抜き動画を見ていた。

「また黒瀬くんが、下品なことをしているわね……」

彼女はそう呟き、眉をひそめた。だが、動画の隅に映り込んだ、泥だらけの少年に目が留まる。

「……ん? この人、確か同じクラスの……星宮、くん?」

興味本位で、彼女は「星宮蓮」と検索し、俺のチャンネルにたどり着いた。そして、例の死亡フラグ動画を再生する。

最初は、俺の無様な姿に「何をやってるのかしら、この人……」と呆れていた。しかし、彼女はトップメイジア。その目は、常人とは違うものを見ていた。

彼女は動画を何度も巻き戻し、コマ送りで再生し、やがて、ある一点に気づいて目を見開いた。

「ま、待って……。一見、無様に転んでいるように見える。でも、なぜ? あの程度の木の根に、メイジア科の生徒が気づかないはずがない……」

彼女は、俺が転んだ位置と、ゴブリンたちの初期位置を、脳内で正確にマッピングした。

「……! この位置、ゴブリン三体の死角に、ミリ単位の誤差もなく正確に入っている……! しかも、泥で体の匂いを消し、敵の警戒心を解いている……!?」

栞の頭の中で、点と点が線になっていく。

「あのセリフ……『告白』は『攻撃開始』の暗号? 『パン屋の角でぶつかった幼馴染』……!? まさか、ターゲットの位置情報を、そんな詩的な言葉で仲間に伝達しているというの!? なんて高度な暗号技術……!」

彼女は一人、戦慄していた。

「まさか、彼はソロでありながら、架空の仲間と連携しているように見せかけて敵を欺き、油断したところを叩く、超高等な陽動戦術を……!? 黒瀬くんの乱入がなければ、彼はあの後、泥の中から必殺の一撃を放っていたに違いないわ……!」

彼女が導き出した結論は、真実から光年単位でかけ離れた、壮大な勘違いだった。

水無月栞は、俺のチャンネルの登録ボタンを、静かに、しかし力強くクリックした。

「星宮蓮……なんて恐ろしい人。私が目指す完璧で華麗なメイジアとは、全く違う。泥臭く、しかし誰よりも合理的で、クレバーな戦い方……。要注意人物リストに、最高ランクの“S”で登録しておかなければ……!」

こうして、俺の登録者数は「33」になった。

俺自身が知る由もないところで、二人のトップメイジア(一人は迷惑系、一人は勘違い系)に、俺の存在は深く、深く刻み込まれたのだった。

俺の意図とは全く関係なく、物語の歯車は、ギシリと音を立てて回り始めていた。

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