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第3章:プロンプト誤爆伝説の始まり(サンダルを添えて)

プチバズり、という現象は実に厄介なものだ。 一夜にして俺のチャンネル登録者数は二桁から三桁へと進化した。これは俺のMagiTube人生におけるコペルニクス的転回であり、数字だけ見れば大いなる前進だ。

しかし、その実態は「面白い珍獣が発見された」という類の注目度に過ぎない。栄光とは程遠い、いわば「晒し者」としてのステージに上がってしまっただけのこと。 翌朝、メイジア高校の校門をくぐる俺を待っていたのは、賞賛の眼差しではなく、好奇と嘲笑が入り混じった生温かい視線の集中砲火だった。

「おい、見ろよ…あれが『死亡フラグ芸人』の…」

「『パン屋の角でぶつかった幼馴染に告白するんだ』ってやつだろ? マジで意味わかんなすぎて逆に天才かと思ったわ」

「動画見たけど、泥だらけの顔が必死すぎてウケる」

すれ違う生徒たちのヒソヒソ声が、鋭利なナイフとなって俺のメンタルを的確に削っていく。

やめてくれ、俺のHPはもうゼロよ! ポケットの中のスマホが、ブブッと短く振動した。

ノアからの冷徹なメッセージだ。

『マスター、周囲の生徒からのエンゲージメントを観測。好意的なものが12%、嘲笑が55%、無関心が33%です。総合的に見て、マスターの社会的評価は“道端の面白い石ころ”レベルにまで上昇しました。おめでとうございます』

「どの口が言うか! 全然嬉しくないわ!」

心の中で絶叫する。こいつの祝辞はいつだって俺を絶望の淵に叩き落とす。

教室のドアを開けると、その空気はさらに顕著になった。クラスメイトたちの視線が一斉に俺に突き刺さる。そのほとんどがニヤニヤとした笑みを浮かべている。ああ、もうダメだ。今日は一日、机に突っ伏して死んだふりをしよう。

俺が自分の席に向かおうとすると、すぐ前の席の男――神月零が、窓の外の空を眺めたまま、まるで壮大な叙事詩の一節を詠むかのように呟いた。

「……来たか、混沌を纏いし道化クラウン。貴様の放つ因果律の歪みは、愚者どもの好奇の視線を引き寄せる。それもまた、世界のことわりを書き換えるための布石か…」

「(ただの晒し者になってるだけだから!壮大な話にしないでくれ!)」

彼の厨二病的な解釈は、もはや俺のツッコミが追いつけない領域に達していた。俺は神月くんには一切関わらないという鋼の意志を固め、自分の席へと滑り込む。

「はぁ……」

深いため息をつきながら机に突っ伏した。今日は一体どんな地獄が俺を待っているのだろうか。

そんな俺の憂鬱を知ってか知らずか、ホームルームの開始を告げるチャイムが鳴り響き、担任のジャージ姿の熱血教師が入ってきた。

「よーしお前ら、席に着けー! 今日の5、6時間目は合同戦闘訓練だ! 場所はアリーナβ! 二人一組でペアを組んで、連携戦闘の基礎をみっちり叩き込んでやるからな! 心してかかるように!」

その一言で、教室は一気に騒がしくなった。

「よっしゃ! 栞様と組めるやつ、誰だよ!」

「悪いな、俺はもうAクラスのエースと約束してるんだ」

「うちらで組んで、派手な合体魔法でもぶっ放しちゃおーぜ!」

クラスの上位カーストに属するメイジアたちは、あっという間にパートナーを見つけていく。この学校では、誰とペアを組むかもまた、自らの評価を左右する重要なステータスなのだ。

当然、俺みたいな底辺中の底辺、しかも「面白い死亡フラグ芸人」という不名誉な称号を手に入れたばかりの男にペアを組んでくれる奇特な人間など、いるはずもない。

(まあ、いつものことだ……。どうせ俺は、訓練用のゴーレムと一人寂しくペアを組むことになるんだ……)

俺が諦めの境地で達観していると、不意に、頭上から快活な声が降ってきた。

「ねー、ホッシー! アンタ、ペアいないんでしょ? ウチと組もーよ!」

顔を上げると、そこに立っていたのは、クラスでもトップクラスの陽キャグループに属するギャル、東堂とうどうカリンだった。派手なピンクのメッシュを入れた金髪をサイドテールに揺らし、制服を着崩してへそをチラ見せさせている。ネイルもピアスもバッチリで、俺とは生息する世界が違う、まさに光属性の人間だ。

教室中が「え?」という顔で俺たちを見ている。俺自身が、一番「え?」と思っていた。

「え、あ、東堂さん? な、なんで俺と……? 人違いじゃ……」

「んー? だって面白そうじゃん! なんかホッシーの動画、ウチのクラスで地味に流行ってんだよね。『告白ガンバレ』ってさ!」

「あのことは金輪際忘れてくれええええええ!」

俺の悲痛な叫びを、東堂さんは「アハハ!」とカラカラ笑い飛ばし、バシン!と俺の背中を力強く叩いた。痛い。

「いーじゃんいーじゃん! 普通のやつと組んでもつまんないし! ホッシーって、なんか何しでかすかわかんないオーラ出てるもんね! そういうの、ウチ、キライじゃないよ?」

彼女は誰にでも分け隔てなく接するタイプらしく、俺みたいな陰キャにも偏見がないようだった。その屈託のない笑顔に、少しだけ、本当に少しだけ救われた気分になる。

『マスター、分析完了。東堂カリンは、新規性・意外性を好む“アーリーアダプター”層に分類されます。マスターの予測不能な行動(という名の失態)が、彼女の好奇心を刺激したと推測されます。良好な関係を築くことを推奨します』

「(黙っててくれ、ノア! 今、俺の人生で数少ない陽キャとの会話イベントが発生してるんだ!)」

こうして、クラス中の男子生徒から嫉妬と怨嗟の視線を浴びながら、俺は東堂さんとペアを組むことになったのだった。

***

放課後、俺たちは広大なドーム型施設「アリーナβ」に来ていた。内部は最新鋭の設備が整っており、仮想の地形をホログラムで投影したり、様々なレベルの訓練用モンスターを召喚したりできる。

あちこちで、生徒たちが派手な魔法をぶっ放していた。炎の槍が宙を舞い、氷の壁がそそり立ち、雷鳴が轟く。まさにメイジアの卵たちの見本市だ。

「よーし、じゃあウチらの相手はこいつね!」

東堂さんが操作パネルをタップすると、俺たちの前に一体のゴーレムが召喚された。身長3メートルほどもある、岩石でできた無骨な人型モンスターだ。訓練用なので、動きは鈍重だが、パワーだけは本物だ。

今日の訓練内容は「連携によるプロンプト魔法の精度向上」。つまり、片方が敵を引きつけ、もう片方が精密な魔法を叩き込むという、メイジアの基本戦術の練習だ。

「オッケー! じゃあ作戦会議ね! ホッシーがゴーレムの足元をなんかこう、ちょこまかーって感じでかく乱して! その隙にウチが、必殺の『爆裂螺旋火球バーニング・スパイラル・フレイム』でドカンと頭をブチ抜くから!」

「(かく乱の指示が雑すぎる! あと魔法名が物騒!)」

ツッコミたい気持ちをぐっとこらえる。

「お、おう! わかった! 足止めだな!」

東堂さんの威勢の良さに引っ張られ、俺も少しやる気が出てきた。

「よし、ノア! ゴーレムの動きを鈍らせる、一番効果的な初級魔法を教えてくれ!」

『推奨プロンプトは『アイス・フロア』です。敵の足元に氷の床を生成し、移動を阻害します。ただしマスターの魔力では、せいぜいスケートリンクの製氷に失敗した程度の薄氷しか張れませんが』

「いちいち一言多いんだよ!」

俺は悪態をつきながらも、スマホのホログラムキーボードを構え、プロンプトを打ち込もうとした。

――だが、その時だった。 アリーナの反対側から、ねっとりとした粘着質な視線を感じた。視線を向けると、案の定、金髪ピアスの迷惑系メイジア、黒瀬龍我が取り巻きを引き連れて、ニヤニヤしながらこちらに近づいてくるところだった。

「よう、泥団子芸人。お前みたいなのが東堂とペアなんて、百年早ぇんだよ」

「黒瀬……訓練の邪魔するなよ」

「あ? 俺に指図すんのか、あぁん?」

龍我の指先から、バチバチと紫色の電光が迸る。彼の得意魔法、雷撃系プロンプトだ。彼の評価魔力はBランク。俺とは比べ物にならないほど高い。その魔力が、威圧的なオーラとなって俺に突き刺さる。

東堂さんが俺をかばうように前に出た。

「ちょっと龍我、やめなよ。みっともない」

「ケッ、お前には関係ねえだろ。俺は、この雑魚が虫唾が走るほど嫌いなんだよ。なあ、星宮。お前みたいなのが、あの水無月栞さんと同じ学校にいるだけで、空気が汚れんだよ! 消えろ!」

龍我が叫ぶと同時に、強力な電撃魔法『サンダーボルト』が俺に向かって放たれた。紫電の蛇が、轟音と共に俺に襲いかかる。まずい、訓練用の魔法じゃない! 本気のやつだ! 避けきれない!

『マスター、危険です! 熱量、速度共に回避不能! カウンタープロンプトを発動!』

ノアの冷静な警告が、パニック状態の俺の頭に響く。俺は咄嗟にスマホを構え、ノアが脳内に直接表示したプロンプトを叫んだ。

相手の雷を、さらに強力な雷で相殺する! 訓練校の生徒が使うレベルを遥かに超えた、S級メイジアの高等技術だ!

「うおおおおっ! 『サンダーボルト』!」

震える指で、必死にキーボードを叩く。 T・H・U・N・D・E・R・B・O・L・T! 完璧だ! これで相殺できる! ……はずだった。

極度の焦りと恐怖で、俺の親指は無情にも、隣のキーを叩いていた。 ――ガガガガッ、タイプミス! 俺が実際に打ち込み、そして世界に承認されてしまったプロンプトは、『S・A・N・D・A・L・B・O・A・T』。

「「「…………は?」」」

その場にいた全員の思考が、完全に停止した。

龍我の放った紫電が俺に到達する、まさにその寸前。

彼の足元に、何の前触れもなく、それは出現した。

ポフンッ、という気の抜けた音と共に現れたのは、巨大なゴム製のサンダル。それも、公衆便所によく置いてある、あの独特の緑色をした、いわゆる「便所サンダル」だった。しかも、なぜか二人乗りくらいの大きさのボート型になっている。

時速100キロで突っ込んできた戦闘機が、着陸寸前に滑走路がバナナの皮に変わったようなものである。

「アッベシッ!?」

猛スピードで突進してきた龍我は、なすすべもなくその便所サンダルボートに足を滑らせ、奇妙な断末魔を上げた。彼の突進エネルギーは行き場を失い、物理法則に従って、完璧な放物線を描くための推進力へと変換された。

龍我の体は、きりもみ回転しながら天高く舞い上がり、アリーナの天井の照明を一つ破壊し、そして――ドッゴオオオオン!!!という凄まじい音と共に、アリーナの壁に激突した。壁には、見事な人型のヒビが入っていた。

シーン……と、水底のような静寂がアリーナを支配した。

誰もが、今目の前で起こった超常現象を理解できずに固まっている。

やがて、誰かが「ブフッ」と吹き出したのをきっかけに、静寂は決壊した。

「な、なんだ今のwwwww」

「龍我のやつ、サンダルで飛んでったぞwwwww」

「世紀の瞬間を見たwww」

アリーナは、爆笑の渦に包まれた。東堂さんは腹を抱えてヒーヒー言いながら床を転げ回っている。俺は、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。手の中のスマホからは、ノアの淡々とした分析結果が聞こえてくる。

『……観測不能な事象が発生。プロンプト『サンダルボート』は私のデータベースに存在しません。しかし、結果的に敵の無力化に成功。有効な戦術として記録します』

「(お前のせいでもあるんだぞ、このポンコツAI!)」この騒ぎでようやく事態に気づいた教師たちが、泡を吹いて気絶している龍我の元へと駆けつけていく。

こうして俺は、その日から学園で「謎のサンダル使い」という、最高にダサくて不名誉なあだ名で呼ばれることになったのだった。

そして、この一部始終をアリーナの2階にあるVIP観覧席から、一人静かに見ていた人物がいた。

プラチナブロンドの髪を揺らし、メイジア高校の特待生だけが着用を許される純白の制服に身を包んだ少女――水無月栞だ。

彼女の隣に控えていた側近の女子生徒が、信じられないといった様子で口を開く。

「し、栞様……今のは一体……? ただの事故、ですよね?」

しかし、栞は首を横に振った。彼女の青い瞳は、まるで世界の真理を見抜いたかのように、鋭く細められていた。

「……違うわ。あれは、事故なんかじゃない」 彼女は、手元のタブレットに表示されたリプレイ映像を、0.1倍速で再生した。

「見て。黒瀬くんの『サンダーボルト』が星宮くんに着弾する、コンマ1秒前……彼の足元に出現した、あの謎の物体。一見、ただのサンダルのように見える。でも、その本質は違う」

栞は映像を拡大し、龍我がサンダルボートに足を取られる瞬間を指さした。

サンダーと見せかけて、意表を突く足元サンダルへの攻撃……! これは、相手の意識を上半身の魔法から逸らし、全く予測不能な下半身への攻撃で体勢を崩す、超高等なフェイントよ」

「そ、そんな……!」

「それだけじゃないわ。あのサンダルボート……よく見て。素材は高反発性の魔力ゴム。そして、表面には特殊な粘液が付与されている。あれは、黒瀬くんの突進エネルギーを一切殺さず、ほぼ100%の効率で“滑らせる”力に変換するための、完璧に計算され尽くしたカウンター兵器……!」

側近の生徒は、もう口をあんぐりと開けている。栞の超絶解釈は、さらに加速していく。

「黒瀬くんが天高く舞い上がったのも、偶然じゃない。あのサンダルの絶妙な傾斜角度と、彼の重心移動のベクトルを計算し、最も戦闘不能になりやすいアリーナの壁へと、寸分の狂いもなく弾き飛ばしたのよ……! なんて恐ろしい計算能力……そして、それを一瞬で実行するプロンプト構築技術……!」

栞は、ゴクリと唾を飲んだ。その額には、冷や汗が浮かんでいる。

「星宮蓮……彼は、ただの道化を演じているだけ。その仮面の下には、誰にも理解できないほど深く、冷徹な戦略家の顔が隠されている……! 泥にまみれることも、サンダルを召喚することも、彼にとっては勝利のための些細なプロセスに過ぎないのね……!」

彼女の勘違いという名の評価が、また一段階、天元突破した瞬間だった。

俺が、新たな勘違いの種を蒔いてしまったことなど知る由もなく、ただただ自分のプロンプト誤爆の恐ろしさに震えている頃、アリーナの隅で、もう一人、この世紀の瞬間を目撃していた男がいた。

神月零だ。

彼は、腕を組み、静かに目を閉じていた。やがて、ゆっくりと目を開くと、フッと口元に笑みを浮かべた。

「……フ、フハハハハ! そういうことか……! 雷という『陽』の力に対し、便所サンダルという『陰』の極み……日常に潜む最も卑近な混沌をぶつけることで、世界の法則そのものを書き換えたか……! 星宮蓮、貴様こそが、この退屈な世界に終焉をもたらす、真の『破壊者デストロイヤー』なのかもしれんな……!」

彼の壮大な勘違いもまた、誰にも止められないレベルにまで進行していた。

俺のあだ名が「死亡フラグ芸人」から「サンダル使い」に変わっただけの一日が、こうして暮れていくのだった。


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