1.結婚しよう。離婚しましょう。
今日、彼女にプロポーズしよう。
大国アーランドの王、ミシェル・ド・リシャールは決意を新たにしていた。
プロポーズの相手は、王妃マリー・ド・リシャール。
王が王妃に結婚?と不思議に思うかも知れない。
だが、彼ら二人は夫婦と呼べる関係ではなかった。
アーランドは歴史が長い国だった。
何百年と前に隣国と戦争をして、合併したのを最後に、アーランドは大陸一の国になっていた。
大国を統治するには、多くの難題もふりかかる。
権力を得るために、国内では血みどろの闘争も繰り広げられた。
権力の流出を避けるために近い親族での結婚が繰り返された。その結果、血が濃くなりすぎて子供が生まれづらくなっていた。
そうなると分かっていても、高い権力の者ほど『高貴な血は薄めてはならない』という意識が強く、それが解消される手立ては講じられなかった。
更に悪いことに、王として生まれた子が、遺伝子変異で病を持っていたのだ。
血が固まりづらくなり、少しの出血も命取りになる。更に、慢性的な腹痛、筋肉や関節の痛み、精神の異常をきたすと症状は多岐に渡った。
その病は珍しいもので、世界のどの国でも未だ解明されていない難病だった。
高貴な者の不祥事は隠されるもので、その病が発覚したのはしばらく後になってからだった。
悪いことは積み重なる。
病を作りだした王の息子。つまり次の王は色狂いだった。
王妃を含めて側室や公的な愛人、さらには使用人にまで手を出し、10人以上の子供を産んだ。
王族として生まれた女性達は、国の有力貴族に嫁に出される。結果、アーランドの主要な貴族にもその病は広がった。
血を残すことを何よりも重要視する貴族達の、肝心の血が汚染されたのだ。
このままでは子孫を残せないし、残ったとしても病に冒されている可能性がある。
そんな事態がいよいよ表面化したのが、ミシェル・ド・リシャールの配偶者を決める時だった。
今まで通りであれば、公爵家など高い身分の同世代の令嬢から婚約者が選ばれる。
だが、他の貴族の娘達も病を持つ可能性があったのだ。
幸いにもミシェルには病の兆候は出ていなかった。だが、結婚する令嬢達から再び病がもたらされて、子供に遺伝してしまうかもしれない。次の王が再び病になることだけは避けなければならなかった。
遺伝子の変異で病となった王は、精神の異常をきたしたことで国に混乱をもたらしたのだ。
思いつきで政策を決め、逆らった者は即座に処刑された。その狂気に誰も栄えなかった。
だからこそ、二度とそのような事が起こらないようにしないといけなかった。
多くの話し合いが開かれて、白羽の矢が立ったのがロランス家の娘、マリー・ド・ロランスだった。
ロランス家は子爵家だった。今まで王族に嫁いできた貴族の娘は、最低でも侯爵まで。
その下の子爵家から嫁いできたのは初めてのことだった。
ロランス家が選ばれたのは二つの理由があった。
一つは、新興貴族だったこと。二つ目は、ロランス家が薬の輸入や新薬開発などで財を成した家だったということだ。
新しい家ならば病に染まっていないだろうという事と、新薬開発で王家の病が改善されるかもという思惑が絡み合っての決定だった。
だが、低い地位から来た者は歓迎されなかった。
嫁いできたマリーは、王城、主要貴族のすべてから嫌われたのだ。
商人上がりで、大した歴史も無い家。現当主の父親はいけ好かないやつで、国に貢献した先代には遠く及ばない気質の男。領地の運営は立ちゆかなくなり、爵位は返上されるのではと噂されているような家だった。
血統書付きの者達の中に放り込まれた、みすぼらしい野良犬。
マリーは影でそう囁かれていた。
そして、王のミシェル自体もマリーに対してよく思ってはいなかった。
ミシェルに最も期待されたのは健康な子供を作ること。高貴な存在である自分が、まるで種馬のように扱われているのが気に食わなかった。
それを強く意識させるマリーに対しても、嫌悪感がひどかった。
だからこそ、彼女に辛く当たった。
どうせこの女は、野心を持って乗り込んできた野良犬だ。
だから、彼女のことを無視した。王城で粗末に扱われても放っておいたし、彼女の家が窮地に陥っても忖度することなく罰した。幼なじみの公爵令嬢と愛し合っているように見せて嫉妬心を煽ったりもした。
けれど、彼女はそのどれもに打ち勝った。
その姿はとても美しかった。
今まで暗闇の中にいた自分の人生に差し込んだ光のようだと思った。
苦難を乗り越えてきてくれた彼女の思いに答えよう。私から愛を告げるのだ。彼女が待ちわびた答えを、今与えてあげよう。
ミシェルはそのために準備をしていた。
庭園を飾り付け、王族だけが入れる裏庭のガセボで、跪いてもう一度結婚を申し込むのだ。
マリーが涙を流す姿が目に浮かぶ。いつも涼しい瞳を向ける彼女のほころぶ笑顔を早く見たかった。
だが、まずは国政会議をこなさなければ。
会議室に入れば、すでに参加者はそろっていた。自分の席の隣には王妃が座っている。
だが、いつもの彼女とは違う空気をまとっていた。
今までの彼女は、戦う騎士のような空気を持った女性だった。けれど、今日は違う。
柔らかく、晴れやかな瞳をしている。今日は春の日差しのような淡い色のドレスで、今まで見たことの無いものだった。
まるで、プロポーズを予見して答えるようなドレスに、ミシェルの胸は高鳴った。
今日の会議は早く終わらせよう。早く彼女をこの胸に抱きしめたい。
ミシェルは席について、口を開こうとした時、それを遮る声が隣から響く。
声を出したのはマリーだった。
「始める前に、議題を追加させていただきます」
想定外の話に、会議室全員の目線がマリーに注がれる。
そんな話を聞いていなかったミシェルは困惑しながらマリーに問いかけた。
「王妃、一体何の話だ?」
マリーはにっこりと笑って答えた。
「私と、あなたの離婚についてですわ」




