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19/19

皇太子妃の身代わり

 グランジアの王宮を出発して今日で七日目。

 私はグランジア最大の船に乗り、遂にエトルリア領へ入った。

 もうまもなく、ヴィクトリア様とエトルリア軍が待ち構えている約束の浜辺に到着するらしい。

 いよいよエトルリアへ引き渡される時が迫っている。

 慌ただしく上陸の準備をしている兵達を眺めながら、私はこの七日間の旅路に想いを巡らせた。




 ダニエル王子にお別れを言って離宮を飛び出した後私は、宮殿に着く前には何とか涙を落ち着かせた。

 宮殿に着くと既に出発の準備が整っていて、兵達は整列して出発の時を待っていた。

 私の帰りを待っていたセドリック王子は、私の泣き腫らした顔を見ると、悲しそうに目を伏せた。


「きっとダニエルは、私を許さないでしょうね……」


 セドリック王子は悲しそうに微笑んで、そう言った。

 自分の妻を取り戻すために、弟の婚約者を取り上げてしまった事に罪悪感を感じているらしかった。

 二人はとても仲の良い兄弟だから、可愛い弟に嫌われるのは兄として辛いものがあるのだろう。


 けれど、ダニエル王子はセドリック王子をとても尊敬していて、セドリック王子の話をするときとても楽しそうにしていたし、新婚旅行から帰った彼が会いに来てくれるのを心待ちにしていた。

 今は気持ちが混乱していてセドリック王子に対して冷たい態度を取るかもしれないが、時期に心が落ち着いたら、きっと仲の良い兄弟に戻れるだろう。


「そんなことはありません、殿下。きっとダニエル王子も殿下の気持ちをわかっていると思います」


 セドリック王子を元気付けたくてそう言うと、彼は力なく微笑んだ。


 二台ある馬車のうち、一台にセドリック王子とアラン様、もう一台に私一人で乗り、王宮を出発して港を目指した。

 ここ最近体調不良が続いていた私は、馬車での長旅で更に気分が悪くなるのではないかと心配していたが、不思議なことに王宮を離れれば離れるほど体が楽になっていった。

 あんなに酷かった眠気と倦怠感がどんどん解消され、私は体が軽くなると同時に心も軽くなった。

 原因はわからないけれど、数日ずっと悩んでいた事が解消され、私は少し元気を取り戻した。


 私が元気を取り戻したのは、体調以外にも理由があった。

 それは旅の初日の事だ。

 日が暮れたので、宿を取って休憩することになり、私は数時間ぶりに馬車を降りた。

 体を伸ばしていると、そこにエイブリー副団長様がやって来て、私に手紙を渡したのだ。

 手紙の送り主はヘレナさんだった。

 宿泊する部屋に入り、真っ先に開けたその手紙には、ヘレナさんからのお別れのメッセージが認められていた。

 どうやらヘレナさんは、あの短い間に急いで手紙を書いて、エイブリー副団長様に渡してくれていたらしい。

 手紙には、暖かい言葉でお礼とお別れが書いてあって、私はまた泣いてしまった。

 ヘレナさんときちんとお別れできなかったのが心残りだったので、私も手紙を書くことにした。

 書いた手紙はエトルリアに着いたらエイブリー副団長様に預けて、ヘレナさんに届けて貰えばいい。


 馬車での旅は取り立てて大きなトラブルもなく、順調に進んだ。

 予定通り五日目に港に着いたとき、もう一つ嬉しい事があった。

 船に荷を積み終わるのを馬車の仲で待っている時の事だった。

 馬車の外で誰かが喧嘩腰に叫んでいる声が聞こえてきて、私は怖いながらも外で何が起きているのか知りたくて、馬車を降りた。

 少し向こうの方に兵達が集まり、馬に乗った男性二人がこちらに来ようとするのを必死で止めていた。

 あの男性達はなぜあんなに怒っているのだろう、と暫く様子を見ていると、男性の一人がこちらに気づいたので、私は慌てて馬車に身を隠そうとした。


「ララ!!」


 名前を呼ばれ、私は驚いて男性たちを振り返った。

 男性二人は馬から降りると、私に向かって全力で走ってこようとした。

 そんな二人を兵達が数人係で止め、その場はもみくちゃになった。


「ララ、ララ!」


 もみくちゃになりながらも此方に手を伸ばし、名前を叫び続ける男性二人に、何だか見覚えがあるような気がしてきて、私は目を凝らして二人を見た。

 そして、ようやく二人が誰なのかわかった。


「に、兄さん……? 兄さん!!」


 二人は、マーロウ村にいるはずの私の兄達だった。

 私が叫ぶと、兵達は驚いて動きを止めた。

 その隙に私は兵達を掻き分けて、二人の元へ走った。


「アーサー兄さん! クリフ兄さん!」


 兄達ときつく抱き締め合い、私は再会を喜んだ。

 最後に会ったのは聖女に就任した時なので、二人に会うのは一年半ぶりだった。


「二人とも、どうしてここにいるの?」

「お前がエトルリアへ行ってしまう事を、神官長様が早馬を飛ばして知らせてくれたんだ」

「最後に顔くらい見たくてさ、俺達だけでもって駆けつけたんだ」

「……神官長様が……」


 あの日、私が荷造りをしている間に、神官長様はマーロウ村へ早馬を飛ばしてくれていたらしい。

 母や姉達も見送りに来たがったが、母は高齢で長旅は体に障るし、姉達には小さな子供がいる。

 本当は家族皆で見送りしようとしていたが、母や子供達を連れていくとなると、どうしても時間がかかって船の出港に間に合わない。

 仕方なく、長男のアーサー兄さんと次男のクリフ兄さんだけで、馬を走らせて来てくれたのだ。

 もう家族に会えないと思っていた私は、最後に兄達に会えて本当に嬉しかった。

 出港の準備が整う僅かな間ではあったけれど、私たちは別れを惜しんで競うように話をした。

 兄達はそのまま、船の出港まで見送ってくれた。

 港から大きく手を振る兄達に、私も目一杯手を伸ばして大きく手を振って応えた。


 どんどん遠ざかっていく故郷と兄達の姿に、私は溢れる涙を堪えきれなかった。

 泣くのはこれを最後にしよう。

 泣き止んだら、聖女として、強い気持ちでエトルリアへ上陸しよう。

 私は自分にそう言い聴かせながら、船尾で離れていく故郷を眺めた。




 ヘレナさんからの手紙と兄達の見送りで励まされ、私は心を強く持って今日を迎えることができた。

 ヴィクトリア様を無事にグランジアへお返しし、エトルリアとグランジアの和平のため、私は聖女として力を尽くす事が使命。

 エトルリアが敵国の聖女である私をどんなに理不尽な目に遇わせようとも、私は聖女として立派に役割を成し遂げて見せよう。

 私は目の前に広がる光景を目に、自分を鼓舞した。


 船がエトルリアの指定した浜辺に着くと、そこには浜辺一体を埋め尽くす程の兵達が整列して此方を待ち構えていた。

 国土や人口や国力は圧倒的にグランジアの方が上だが、今は船一隻に数十名の兵だけ。

 この場では圧倒的に不利だ。

 しかも浜辺までは遠浅で、このまま大きな船で近付くことは不可能。

 小型の手漕ぎボートで岸まで行かなければならないが、ボートに乗れる人数は精々十人程度。

 その少人数で、あの大群の元へ行かなければならないのだ。

 私たちの間に緊張感が走った。


 皇太子であるセドリック王子に何かあっては大変なので、船に待機する事になった。


「聖女殿、本当にありがとうございます。どうか、宜しくお願い致します」

「はい。セドリック様、行って参ります」


 船で待機するセドリック王子とはここまでだ。

 私はセドリック王子と最後の挨拶を交わし、小型ボートに乗り込んだ。

 一緒に行くのはアラン様とエイブリー副団長様と、第一騎士団数人だ。

 最後の一人が乗り込むと、オールを漕いで岸に向かっていった。

 岸が近付くにつれ、私の心臓はバクバクと大きな音をたて始めた。

 緊張で、指先が冷たくなっていく。


 ボートが岸に乗り上げると、アラン様の手を借りてボートから降り、私は遂にエトルリアへ上陸した。

 目の前のエトルリア兵達の威圧感に圧倒されていると、私たちの目の前に兵達の上長の様な軍服を着た男が、マントを翻して颯爽と現れた。

 その男は物凄く背が高く、体格ががっしりとしていて群を抜いた存在感があり、無精髭を少し生やし、左側の頬には斜めに走る傷痕があった。

 赤褐色の髪と同じ色をした瞳は、じっとりと私を見ている。

 今まで周りには居なかったタイプの、少し粗悪な印象を受ける男性に、私は恐怖感を抱いた。


「ようこそ、遥々我々の地へ来てくださった。私はエトルリアの総統、レナード・ラドフォートと言う。そちらが聖女殿か?」


 男は力強く深い声ではっきりとそう言うと、私の隣に立つエイブリー副団長様が一歩前に出た。


「そうです、レナード・ラドフォート総統様。我々はあなた方の要求通り、我がグランジアの聖女様をお連れしました。約束通りヴィクトリア様をお返しいただきたい」


 エイブリー副団長様の言葉に、男は一つ頷くと、体を少しずらして見せた。

 すると後ろにいた兵達が一斉に動いて、私たちの目の前を空けた。

 そこには兵達に隠されていた様に、一台の馬車が停止していた。

 馬車の近くに控えていた兵が馬車の扉を空けると、中からゆっくりとクリーム色のドレスを着た貴婦人が降りてきた。

 ヴィクトリア様だ。

 馬車を降りて顔を上げたヴィクトリア様は、新婚旅行出発前に見た姿と変わりなく、元気そうに見える。

 ヴィクトリア様の無事を確認して、私たちは安堵した。


「ララ様!」


 ヴィクトリア様は私を見るや否や、こちらへ駆け寄ってきた。

 次の瞬間、ヴィクトリア様が私を力一杯抱き締めたので、私は衝撃で後ろに倒れそうになった。


「ララ様っ、わたくしのせいで……わたくしのせいで、申し訳ありません!」

「ヴィクトリア様、大変でしたね。ご無事でよかったです。私の事は気になさらないでください」


 自分の代わりにエトルリアに来る事になった私に、ヴィクトリア様は胸を痛めているようだった。

 けれど、こうなったのは決してヴィクトリア様のせいではないので、私は彼女を責めることなんて出来ない。


「ララ様……何てお優しい……! ちょっとあんた!」


 突然、ヴィクトリア様が総統と名乗る男をキッと睨んだ。

 いつも貴族の令嬢として、高貴な言葉遣いを崩さないヴィクトリア様からは想像もつかない声音に、私は驚いてヴィクトリア様を見た。


「あんたっ、ララ様は素晴らしいお方なのよ!! とんでもなくお優しくて努力家で忍耐強くて純粋で! この世のものとは思えないほど、尊い存在なの!! ララ様を手荒に扱ったりすんるじゃないわよ!!」


 ヴィクトリア様は自分より頭二つ分は大きい総統に臆する事なく、ぐいぐいと近付いて今にも噛みつかんばかりの勢いだった。

 私もアラン様もエイブリー副団長様も、ヴィクトリア様のあまりの剣幕に唖然としてしまった。


「わかってらあっ! こっちだって聖女がいねえと困るんだ、国賓として大事に扱う手はずだっ!」

「いい? もし万が一、ララ様が泣くようなことがあれば、あんたを呪ってやるんだからね。わたくしには呪術の心得があるのよ。末代まで呪ってやる!」

「おっかねえ女だなお前は……」


 エトルリア総統とヴィクトリア様のやり取りにも、私たちは唖然とした。

 とても誘拐犯と被害者には見えない、お互いに気軽なやり取りだ。

 ヴィクトリア様は総統を脅したあと、私を振り返った。


「ララ様、もしこの男に嫌な目に遇わされたら、どんな些細なことでも言って下さいね? 私はララ様の味方です!」

「あ、ありがとうございます……、ヴィクトリア様……」


 ヴィクトリア様の勢いに気圧され、私は若干のけぞった。

 そんな私に、ヴィクトリアは「絶対ですよ!?」と更に近付いたので、私も更に仰け反った。

 そんな私たちのやり取りに、誰かの咳払いが横槍をいれた。


「ヴィクトリア様をお返しいただいた事ですし、我々はこれで失礼致します」


 咳払いの主はアラン様だった。

 早くこの敵に囲まれている危険な状況から、ヴィクトリア様を連れだいたいのだろう。

 ヴィクトリア様は少し名残惜しそうに私から離れた。


「そうですね……。ララ様、本当に沢山お世話になりました。ララ様の幸せをお祈りしております」

「ありがとうございます、ヴィクトリア様。ヴィクトリア様もどうかお元気で」


 最後の挨拶を済ませると、ヴィクトリア様はアラン様にエスコートされ、ボートへ向かおうと歩を進めた。

 エイブリー副団長様の前を通りすがる時、ヴィクトリア様はそっと立ち止まった。


「いろいろと、ありがとうございました。どうか達者で」


 ヴィクトリア様がエイブリー副団長様にそう言った。

 ……ん?

 エイブリー副団長様もアラン様もキョトンとしてヴィクトリア様を見ていた。

 まるでお別れの言葉のように聞こえたけれど、エイブリー副団長様もヴィクトリア様と一緒に帰国する。

 ヴィクトリア様はエイブリー副団長様がエトルリアに残ると思っているのだろうか?

 けれど、エイブリー副団長様にはエトルリアに残る理由が無い。

 ヴィクトリア様がそんな勘違いをするのは謎だ。

 もしかしたら聞き間違えたのかもしれない。


 ヴィクトリア様はそれだけ言うと、またボートの方へ歩き始めた。

 アラン様もエイブリー副団長様も、ヴィクトリア様の発言の意図に釈然としない様子で、彼女の後に続いた。


 ──あ、手紙!


「エイブリー副団長様!」


 エイブリー副団長様の後ろ姿を見て、私は彼にヘレナさん宛の手紙を託そうとしていたのを思い出し、呼び止めた。

 エイブリー副団長様は、呼び掛けに足を止めて、こちらを振り返った。

 少し先を歩いていたヴィクトリア様とアラン様も立ち止まって私を見ていた。

 思わず大きな声を出してしまったので、みんなの注目を集めてしまった様だ。

 恥ずかしいのでさっさと済ませようと、私はそそくさとエイブリー副団長様に近付いた。


「あの、この手紙を離宮のヘレナさんと言う方に渡していただけませんか? 私宛の手紙をあなたに託してくださった方です。いつでもいいので、どうかお願いできませんか?」

「……ああ、あのご婦人へお返事ですね。かしこまりました、必ず届けます」

「ありがとうございます」

「では、聖女様。失礼致します」


 エイブリー副団長様は快く手紙を受け取ってくれた。

 ヘレナさん宛の手紙を懐に仕舞うと、エイブリー副団長様は胸に手を当てて深々と一礼した。

 そしてボートへと踵を貸した、その時だった。


「……ギルバート様? ララ様とエトルリアに残るのですよね……? 何故、ララ様から離宮への手紙を預かるのです?」


 ヴィクトリア様が恐る恐る、エイブリー副団長様に問いかけた。

 ヴィクトリア様は何故か、エイブリー副団長様がエトルリアに残ると思っていたようだ。

 それでさっき、お別れのような言葉をエイブリー副団長様に掛けていたのだろう。


「……私はエトルリアに残りません。このままあなた様を無事に王宮へ送り届けるのが任務です」

「……そんな……なんて、ことなの……」

「ヴィクトリア様!」


 ドサッと音を立てて、ヴィクトリア様が膝から崩れ落ちた。

 すぐ近くにいたアラン様が慌ててヴィクトリア様の肩を支え、エイブリー副団長様も彼女の元へ駆けつけた。

 地べたに座り込んでしまったヴィクトリア様の顔色は真っ青だったので、立ちくらみかもしれない。


「あんまりだわ……、こんなの酷すぎる……! 受け入れられない……!」

「……ヴィクトリア様? どうなさいました?」

「……ギルバート様、あなた、ララ様と一緒にここに残る気はありませんか!?」


 どうやら何かに絶望している様子のヴィクトリア様に、エイブリー副団長様が心配そうに問いかけるが、ヴィクトリア様からは予想だにしない言葉が帰ってきた。

 ギルバート様もアラン様も流石にポカンとしている。

 ヴィクトリア様は何故、エイブリー副団長様をエトルリア残したいのだろう?


「そうよ、ララ様お一人で残してなんていけないわ。ちょっと、あんた!」

「あ? 何だよ」

「ララ様に護衛を残してもいいわよね? たった一人で、生まれ故郷を離れて、これから見ず知らずの土地で知らない人たちに囲まれて生きていくんですもの。護衛の一人くらい、別にいいわよね? 何の問題もないものね? ね? いいわよね?」


 ヴィクトリア様は笑顔だが、はいと言わざるを得ない圧をかけて、エトルリア総統に詰め寄った。

 確かに、慣れない生活を始まる中で、一人でも知っているひとがいるのは心強いかもしれない。

 私がエトルリアで少しでも快適に過ごせるように、こんなに一生懸命になってくださっているヴィクトリア様に、私は胸が熱くなった。

 本当に、ヴィクトリア様はなんて人徳のあるお方だ。


「こちらとしては護衛の一人二人、別に構わない」


 ヴィクトリア様に圧されたのか、エトルリア総統は頷いた。

 ヴィクトリア様はそれを見て、今度はエイブリー副団長様に詰め寄った。


「ほら、エトルリア総統もそう言っていますし! ギルバート様、あなたはララ様と幾度も遠征を共にした仲でしょう? この国に残って、ララ様をお守りするのです。どうですか?」


 エイブリー副団長様はあからさまに苦々しげな表情になった。

 密かに想いを寄せているヴィクトリア様に、エトルリアに残れと言われては、そんな表情になるのも仕方ないだろう。

 そんなことは知らないヴィクトリア様は、笑顔でエイブリー副団長様が承諾するのを待っている。

 私はエイブリー副団長様が気の毒に思えてきた。


 私の方から、護衛は要らないと断ろうかと口を開きかけた時だった。

 エイブリー副団長様が先に、重い口を開いた。


「……私は、グランジア国王陛下に剣を捧げると誓った身です。申し訳ありませんが、グランジア以外の土地に骨を埋める気はありません」

「……どうしてもダメでしょうか」

「……はい」


 エイブリー副団長様がはっきりと断ると、ヴィクトリア様はしょんぼりと小さくなってしまった。

 エイブリー副団長様は私の方を見ると、少し気まずそうな表情になった。


「ララ様、申し訳ありません……」

「いえ、私は一人でも大丈夫ですから! それに、副団長様にはヘレナさんへのお手紙を届けていただきたいですし」


 私が微笑んでそう言うと、エイブリー副団長様もほっとしたように笑ってくれた。

 すっかり元気を失ってしまっているヴィクトリア様は、アラン様にボートの方へ促され、とぼとぼと歩いていった。

 何もそこまで気に病まずとも、もともと一人でこの国に残るつもりだったし私は気にしていないのだが……。


 全員がボートに乗り、船に戻っていくのをみとどけると、いよいよ私はたった一人。

 皇太子妃殿下であり大聖女のヴィクトリア様と、聖女である私の引き替えは無事に終わった。

 後はヴィクトリア様が無事に王宮へ帰り、私はこの国の民が求める聖女としての役割を全うすれば、二国間の平和は保たれる。

 きっと上手くいくと思うけれど、私の手にグランジアとエトルリアの平和が掛かっていると思うと、プレッシャーで押し潰されそうだ。

 心細さと、恐怖と、不安と、少しの期待が入り交じって、複雑な心境だった。


「さて、聖女殿。ララと言ったか?」


 遠ざかっていくグランジアのふねをながめていると、後ろから声を掛けられた。

 エトルリアの総統、レナード・ラドフォートと名乗った大柄な男だ。

 そう言えばこちらからは名乗っていなかったことを思い出し、私は彼に一礼した。


「はい。聖女、ララ・エールと申します」


 すると彼は豪快にニカッと笑った。


「ララ・エール、ようこそエトルリアへ。歓迎する」

長くなってしまいましたが、分けるのが面倒でまとめたまま投稿しちゃいました。

最後までお読みいただきありがとうございます。

気に入っていただけましたら、評価やブックマーク宜しくお願い致します。

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