6.赴任の旅 ☆
野心に満ちた教団の出兵は、結果として僧だけでなく、多くのクレアルの民を死なせてしまった。その反省から、教団は僧兵団を解散した。
長だったエスは、本来であれば責任を追及される立場だった。だが彼は、元々挙兵に消極的だった。主戦論を振りかざす僧たちとは異なり、彼は大いなる災厄を王国との戦争とは考えていなかった。挙兵の判断も、独断ではなかった。結果として、彼は譴責を免れた。
ただ、長だった僧兵団が解散となったことから、必然的に無役となった。司祭の立場も失い、彼は一教導師としてクレアルの復興に汗を流すこととなった。
豊かな耕地の半分が潮に漬かったため、教団は小麦ではなく、塩に強い作物を栽培するよう人々を指導した。同時に限られた農地に小麦を植え、育成状況を観察した。二年、三年と時を経るにつれ収量が回復を見せたため、僧たちは修道院周辺地域を巡って小麦の種を配った。耕す男の多くを失ったクレアルだったが、東国の痩せた土地から殺到した入植者たちが労働力を補った。
そんなある日、教団は大平原西部からの知らせを受け取った。大いなる災厄で壊滅した信仰の町・ラァヒム、そこから逃れた、かつての住民からの訴えだった。避難を主導し、新しい土地でも復興の精神的支柱となっていた司祭ザカラクが病に倒れ、僧としての職を全うできなくなった。そのため代わりの者を派遣してほしいとの依頼だった。
そのことを知ったエスは、自らを遣わすよう教団に申し出た。
彼にとってランスウィールでの暮らしは、ある意味負け犬としての生活だった。糾弾されなかったとはいえ、多くの者は彼に責任がないと思っていなかった。そんな折の知らせ。修道院を去る言い訳もつく。エスの申し出を、教団幹部たちも了承した。
大いなる災厄から五年半の時が過ぎた、ある夏の日。
再び司祭の職を得たエスは、彼らのいる新しいラァヒム、エンラヒムへと出発した。その町は大平原の北西、かつてのラァヒムから三十カロルーテ北上した草原の中にあった。
※
北街道沿いの宿場町・ホタンの近郊。
その日も朝から気温が上昇した。街道上、蜃気楼が届かぬオアシスを見せていた。
そんな揺らぐ景色の中、旅姿の僧を背に、一頭が常足で進んでいた。側の森では、夏の虫がジョワジョワと合唱し、耳を聾する。馬も時おりうるさそうに耳を絞る。
不意に僧が手綱を引いた。馬が脚をそろえる。
僧が、道の北に広がる森に視線を向ける。
知らなければ、気付かないかもしれない。足元にひっそりとたたずむ道標。
北 トス 二十五カロルーテ
「……………」
僧は額の汗を拭い、手でひさしを作った。そして草が覆う森の入口を見遣る。
彼は知っていた。
かつてそこに街道があった。
その先、ネミスの森の奥深くに、ひとつの町が沈んでいる。
――トス。
道標が示すその町は亜人の南下により放棄されたが、二百年前まで、森を支配した一国の首都だった。
その、いにしえの都の廃墟に――魔導師の女がひとり、暮らしている。
その者、善より悪を愛し、
光より闇を愛した。
秩序より混乱を愛し、
寛容より虐殺を愛した。
信仰より背徳を愛し、
赦免より鞭打ちを愛した。
そして生より死を愛し、
創造より破壊を愛した。
その、愛してはならぬものを愛した咎を……
森の中、女は孤独と、悔恨の日々で贖い続けている。
『召喚士の休日』 完
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
長い長いリリィの旅、これにて完結です。この後あとがき、設定資料のアップを予定しておりますが、現在のところ影も形もなく、これにて一旦完結とさせていただきます。
リリィ:トス
エス :エンラヒム
ハル :たぶんキシュル
シール:ザカヴァ
4人の旅路の果てはばらばらとなってしまいましたが、きっと心の中ではつながっているでしょう。
いかにも続編が書けそうな終わり方になってしまいましたが、今のところ形になる見込みはありません。この終わり方で、皆様の心に仕舞っていただければと思います。
感想や評価をいただければ幸いです。
どうかよろしくお願いいたします。




